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Third memory 11(Yachiyo)

「サロス? 久しぶり元気?」
 
 返事は当然返ってはこない……なんとなく、わかっていたことだった。
 
 向こうからすれば今更、突然やってきて何の用だって気持ちなんだろう。

 でも、あたしだってここまで来て諦める気にはなれなかった。

「ちゃんとご飯は食べてる? たまには顔見せてよ。あたしも、フィリアもサロスがいないとつまらないんだからさ」
 
 奥底に仕舞い込んでしまっていた言葉が、次々と口から溢れ出てくる。

 声は帰ってこなかったけれど、あたしはこの数年の間に話せなかったこと話したかったことを矢継ぎ早に話し続ける。
 
 サロスの声が聞きたい。つまらなそうな相槌だっていいから……ただ、声を。

「それでね、それで……」
 
 言葉が詰まってしまう。

 話したいことはたくさんあるはずなのに、涙で、声が震えて言葉にならなかった。

 沈黙が廊下を包み、あたしとフィリアの呼吸音だけが聞こえてくる。

 ふと、アカネさんの部屋の扉が目に入った。

『もし、あたしがいなくなっちゃったらサロスのことお願いできる?』
『そう、あの子は明るくて元気で強そうに見えるけど、本当はとても弱い子。誰かがそばにいて一緒にいるよって伝えてあげないとダメになっちゃう』

 アカネさんから託された言葉が脳裏をよぎり、そっと、背中を押してくれているような気がした。

       ありがとうアカネさん。

 あの時、約束したのに、今日までごめんなさい……。

 もう一度……声をかける勇気を振り絞る。

 あたしの気持ちを、精一杯ぶつける覚悟を決める。

「ねぇ、サロス!! 今日まで、会いに来なくてごめんね。サロスが苦しんでいるときにひとりぼっちにしてごめんね。でもね、アカネさんがいなくなって辛いのはサロスだけじゃないんだよ!! シスターもあたしもつらいんだよ!! でも、アカネさんはもう戻ってはこないんだよ!! いつまで、そうやってメソメソしてるつもりなの!! ねぇ!! サロス!!! そんなので、アカネさんは喜ぶの!!!」
 
 気づけば、涙が溢れて頬からこぼれ落ちていた。

 サロス、あたし辛いよ、苦しいよ、寂しいよ……。

 あの日みたいに、私の手を掴んで、引っ張ってよ。

 サロス、サロス!!!!!

「いい加減にしろよ!! サロス!!!」
 
 振り返ったあたしの目に映ったのは、今まで聞いたことのないくらい大声を張り上げていたフィリアだった。

「前に、僕に言ったよね? ヤチヨは、僕たちで守ろうって。ヤチヨは本当は泣き虫だから、俺たちでずっと笑顔にさせてやろうって!!」
 
 初めて聞いた……サロスが、あたしのことそんな風に……。

 ほんと、素直じゃないんだから。

「サロス、聞こえているんだろ? ヤチヨは、ヤチヨは今、泣いているんだ!! 君のせいで……泣いているんだ!! それでいいのか!!!! 君は!!!」
 
 フィリアの必死の叫びも、虚しく廊下に響き静寂は続いていた。

「あー、そうか……君は、そんなやつだったんだね……見損なったよ! 最低だよ!! 君は!!」
「フィリア、それはいいす―――」
「君のあの時の言葉は、ヤチヨを本当に心配して僕と約束したあの言葉は全部、全部、そんな簡単になかったことにできるぐらい君にとっては大切なものではなかったんだね!! 君は、ヤチヨのことを!!!!」

「うるさい」
 
 一言、サロスの声が扉越しに聞こえてくる。

 でも、その声はとても小さく、消えてしまいそうなか弱い声だった。

「お前に……お前らに何がわかるんだよ もう、放っておいてくれよ……今更、何の用だってんだよ」
「サロスーー」
「馬鹿じゃないの!!」
 
 言葉と同時に、一歩足が自然と前に出る。

「馬鹿じゃないの!! あんたは、あんたはそんなに弱くないでしょ!! アカネさんが、大事に大事に育ててくれたあんたは、アカネさんを一番近くで見てきたあんたが!! 弱いわけないでしょ!!」
「帰れよ………」
 
 アカネさんのおかげで弱かったあたしがこんなに強くなれたんだから……きっと、サロスだって!!

「そんな、今のあんた見て、アカネさんどんな顔すると思うの!! アカネさんはいつだって、笑顔だった。辛い顔なんて、あたしたちに見せなかった!! あんたは、そんなアカネさんの子供なんだよ!! だったら!!!」
「母ちゃんと……俺は……ほんとうの親子なんかじゃない!! 血の繋がりなんかっ、、、ねぇんだよっっ!!!!!!!!!」
「えっ……」
 
 その事実をしらなかったフィリアが、小さく驚きの声をあげる。

「っっ……そんなの! そんなの!! 関係ない!!! 関係ないよ!!!! 何で、何で、なんでなんでっっ、そんなこと言うのサロス!!!!」
 
 拳をぎゅっと握って、涙を堪える。サロスの口からそんな言葉、聞きたくなかった。

「あたしは、アカネさんと親子じゃないけど。あの日まで、あたしのもう一人のママはアカネさんだった。血の繋がりなんか必要ない!! あたしとアカネさんはあの日まで確かに親子だった!! サロスは違うの!? あんたにとってアカネさんってなんなのよ!!」
 
 悔しかったし、すごく嫌だった。

 あたしの大好きだった二人の関係を、サロスが自分で否定する言葉を使ったのがたまらなく悲しかった。

「アカネさんが思い出させてくれた!! 家族の暖かさを、家族の大切さを、家族がいることの嬉しさを喜びを!! だから、あたしは、サロスと血は繋がってはいないけど、家族と同じぐらい大切なんだよ!! フィリアもシスターも!! みんなみんな、あたしの大切な人だよ!! サロスは違うの!? ねぇ!!」
 
 その答えを聞くのは本当は、とても、とても怖かった。
 
 ぎゅっと服のすそを握り締めて扉の中にいるであろうサロスに向けて言い放った。

 否定されたらどうしよう、あたしが信じたかったものが間違っていたらどうしよう。
 
 アカネさんとの約束を守れなかったら? 

 サロスに拒絶されたら? 

 あたしはーー?

 返事のない現実に、思わずぎゅっと目を瞑ってしまいそうになる。

 そんな時だった。

「サロス、僕は君のことが初めて会ったときは、苦手だった。いや、嫌いだった!!」
「フィリア!?」

 隣にいたフィリアは、先ほどと違って静かに話し始めた。

「でも、君とかかわるうちに君を大事な親友だと思えるようになった。初めてだったこんな気持ちを持つなんて。友人なんてものは必要ない。ただ、一人で大人になれさえすれば良いと思っていた!! でも、今は違うんだ!! 君と、ヤチヨとずっと一緒にいたい!! それが、僕の願いなんだ!! 夢なんだ!! 希望なんだよ!! サロス!! 僕に光をくれた、君とヤチヨが僕には、必要なんだ!!」

 少しずつフィリアの言葉が熱を帯びていき、最後までありったけの声を振り絞って、扉越しのサロスに想いをぶつける。

 フィリアのそんな気持ちを受け止め、あたしの中にある気持ちと重ね合わせていく。

 正直、もう声を出すのも限界だった。

 でも、それでも!! あたしは全身全霊で、サロスに言葉を届けたい!!!

「サロス、あたしたちにはサロスが必要なんだよ!! サロスのことを大切に思っているのは、アカネさんだけじゃない!!」

 言葉にしていくたびに、心が軋んでいくようだった。心臓の鼓動がだんだん早くなる。

「あたしたちは、アカネさんと同じくらいサロスのことが大好きで、必要なんだよ!! 一緒にいたいんだよ!! ねぇ、サロス!!」

 ずっと、今日までほったらかしてしまっていたのに、今更こんなこと言う資格なんてないのかもしれない。

 あの日から逃げていたのはあたしもだったから……。

 でも、今の気持ちに偽りなんてない。

 喉が枯れることも構わずに、あたしは声を上げ続ける。

「一緒にいちゃダメかな? アカネさんの代わりにはなれないかもしれないけど、あたしたちは、アカネさんと同じくらい、サロスのこと大切だと思っているから!!! だから!! ねぇ!!!」
  
 届いて! あたしとフィリアの想い!! もう一度サロスと!!!

 静寂が辺りを包み込み、再びあたしとフィリアの大声を出して荒げた呼吸が通路に小さく聞こえている。

 静かな時間が数秒流れた後、布ずれの音がし、床の軋む小さな音がゆっくりと何度か響いたあと、キィと小さく目の前の扉が開いた。

続く

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