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27 融通無碍な少女の夢
「…………なるほど。確かにこれまで一切聞いたことのない斬新な切り口の考え方でたわ。見事ですわ、カレッツ」
エナリアがぽつりと零す。
「ふふ、実際に出来るかどうかは今は問題じゃないですものねぇ、面白い発想だったわぁ」
エルの言葉に周囲はハッとする。いつの間にか状況を自分たちがゲームとして想像をしていただけに過ぎないことを思い出す。
ほぼ全員まるでその戦場にいるような気持ちになってしまっていた。カレッツの話術によるものなのだろうか? アイギスだけは違ったようで顔を真っ赤にしながらカレッツに手を出すのを我慢している様子ではある。
「会長! ありがとうございます。欲望に忠実な僕の思考でも役に立つのならここにいる意味もあるというものです!」
「ただ言葉選びが最ッ悪だけどなァ!!!!」
喜ぶカレッツにアイギスが即座にツッコんだ。
場の空気が不思議と熱気を帯びているのが分かる。これがストラテジーゲームの面白さの一部なのだろう。シュレイドは周りを見ながらそんな風に思っていた。と、その時ふとメルティナが視界に入った。
「……」
メルティナはカレッツの話を黙って聞いて微動だにしていなかった。その後ろ姿に何故か少しばかりの不安をシュレイドは覚えていた。
カレッツはふう~と一息つくと
「という訳で、僕の頭でたどり着いたのはここまでです」
「説得力は十分にありましたわよ。では、次はメルティナ」
「…はい」
メルティナは一歩前に進むとゆっくりと口を開いた。
「…一つ、確認してもいいでしょうか?」
「何かしら?」
「このゲームはどのようになれば勝ちなんでしょうか?」
「今回に限って言えば今のカレッツの話よりも私達に対して説得力がある行動や思考の導線を披露する事でしょうね」
「ありがとうございます」
メルティナは一度、深呼吸をしてゆっくりと話しはじめた。
「…私はまず、この戦いの意義、そもそもの意味を考えました」
冒頭からメルティナの言葉が場の空気を包んでいくのがわかる。とても集中しているようだ。
「なぜ神コーモスとカメオスは争っているのかという点です。この話は神話の終わり、そして、人々の歴史が始まったという話の中での戦ですよね? なのにどうして、その戦いからが人の始まりだったと言われているのかが気になりました。それまでに人は全く存在していなかったということでしょうか?」
エナリアは眉間にしわを僅かに寄せた。
「…これは本当にコーモスとカメオスによる争いだったのでしょうか? 既にこの時点で人々はもしかしたら存在していて、コーモスとカメオスは彼らに対して『何か』をしていたのではないでしょうか?」
スカーレットが勢いよく立ち上がり、エルはメルティナを凝視し、アイギスは机を拳で叩き、ガレオンも驚きの表情を浮かべ生徒会の面々その発想の奇抜さに度肝を抜かれる。
立ち上がったスカーレットが大きな声でメルティナへと叫んだ。
「まて!! この国の成り立ちそのものを否定するつもりなのかお前は!!」
「スカーレット」
「しかし、会長!! 最早ウォーストラテジーゲームですらなくなります。そもそもの初期設定すら遵守しないなど、、、」
「気持ちは分かるわ。ですが、今は聞きましょう」
隣でガレオンもスカーレットに目配せし、彼女はゆっくりと席に着いた。
「…はい…と、突然すまなかった、続けてくれ」
メルティナはこくりと頷き続けた。
「私は、これはコーモスとカメオスが力を合わせて何かをしていたのではないか? と考えたんです。だから眷属達は敵対者ではない相手に対して攻撃を仕掛けることがお互いになかった。これが膠着をしていた原因じゃないのかなって? これなら沢山の眷属達がこの時、全く行動をしていなかったという点が腑に落ちます」
周囲の反応は驚愕一択だ。先ほどはスカーレットが先走ってしまったが、全員が同じ感想を抱いていたのは間違いない。この国の神話専門の研究者でさえ、その神話の根底が違うなどと発言する者など一人もいなかった。ましてやこの国の人間達の歴史の始まりだとされている物語が、もし、そうでなかったというならば自分たちは何者なのか?ということにもなりかねない。
「そして、その時に私がすべき事は、コーモスとカメオスのどちらに属していたとしても変わりません。その場にいる全員の眷属達に次の準備をさせておくことです」
カレッツがぽつりと問う
「え、な、何の? 一体何の準備?」
「……」
メルティナは自分の頭の中にあるモノを口にするべきかどうか悩んでいる様子で思考を逡巡し、言葉を選んでいるようだ。
「メル?」
ミレディアが声をかける。メルティナは軽く彼女に笑みを向ける。
大丈夫だよと言わんばかりのその表情を自分にも向けられ目が合った。シュレイドはドキリとする。一瞬誰か知らない人の顔のようにも見え、不思議な感覚が走る。
「メルティナ!」
思わずその瞬間、名前を呼んでいた。
「シュレイド。大丈夫だよ」
メルティナは生徒会の面々に向き直り、こう答えた。
「____協力して倒すべき『何か』と戦う準備です____」
この場の時が一瞬で止まって凍り付くのが見て取れた。それは生徒会のメンバー達の思考の停止が現実に溢れ出てきているような錯覚を起こさせる。
かろうじてエナリアが口を開く
「何か? とは?」
「神々が力を合わせてでも倒すべき、倒さなければならない存在がいたのではないかということです。その為の準備をしている途中で、眷属達は何らかの儀式を見守っていた。のではないでしょうか? つまり、今のこの均衡した状況を崩しては…傾かせてはならない。だから眷属達に支持は出さずに何があってもすぐ動けるような指示だけを出す。私はそのように考えます」
エナリアも必死で思考を追いつかせようとしているらしい。口元に手を置いて考えている表情に僅かな汗が流れるのが見えた。
「……一つ質問なのだけど。貴女はどうやって、その説にたどり着いたのかしらぁ~?」
エルがメルティナへ向けて柔らかく声をかけた。少し場の空気が弛緩する。これは彼女の持つ雰囲気がそうさせるのかもしれない。
メルティナは質問をしてきたエルの方を真っすぐに向いて答える。
「ええと、その、これは信じてもらえなかったとしても仕方がないんですけど」
「ええ、構わないわよぉ」
「____夢です。夢の中で、見た、、、気がしていて」
「夢ねぇ~? へぇ~そう、そうなのねぇ」
「はい」
誰もが返答に困る事態となった。どのような夢を見たのかまでは誰も聞こうとはせず、最早ゲームとしての体裁はいつの間にか消え去っているような雰囲気ですらあった。
「エナリア会長。ここまでにしておきましょぉ~」
再びエルが言葉を発した。
「もう十分でしょう? 会長にとって今欲しい人材なのかどうかはもう既に決まってる気がするわぁ、少々、魔女信奉に近い危険思想である可能性はあるけど、今の状況の打開にはこれくらい突拍子もない発想が必要であるのも間違いないわぁ」
「…そうね。型破りもいい所だけど、発想というか固定概念に捉われないという着眼点においては十分に及第点以上ですわ。この国の人間で神話として根付いているお話の形を順守せずに考えられるというのは凄い事ですわ」
「……」
メルティナは僅かに口を引き絞り、短い沈黙の後おずおずと聞いた。
「えと、結局、これは、どうなるのでしょうか?」
メルティナの表情から緊張感が再びにじみ出ていた。
続く
作 新野創
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