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Fifth memory (Philia) 08
濡れたままでまっすぐに僕を見つめるヤチヨ。
「ヤチヨ? どうしたの? ずぶ濡れじゃないか!! とにかく、入って! そのままじゃ風邪をーー」
「一緒に来て! フィリア!!」
その目を見て何かがあったんだとすぐに気づく。
ヤチヨに手を引かれ、そのままどこかへと連れて行かれる。
二人、傘もささずに駆けていく。
ずぶ濡れになりながら、たどり着いた場所は教会だった。
ヤチヨは、その教会の扉を勢いよく叩く、すると、やがて、やさしそうな黒装束を纏ったシスターが現れ、彼女は驚いた表情でヤチヨを見る。
ヤチヨは、短く、シスターと目線をかわす、小さく頷くシスター。そのまま階段を駆け上がっていくヤチヨ。
階段を駆けあがっていったヤチヨを追いかけ、少し遅れて追いついた。扉越しに誰かに向けて言葉をかけているヤチヨの姿がそこにはあった。
ヤチヨが話しかける様子から、僕は、そうか、ここが、ここが、サロスの家なんだ、とようやく気付いた。
そして、扉の奥にいるであろうサロスに必死に訴えかけていたヤチヨは……泣いていた。
その姿を見た時、僕の中にある何かに火が灯る。ただ、口が上手く動かない。言葉が喉の先に出てこない。
僕のどの口がそれを言うのか。自分の事でいっぱいになってしまい二人に会いに来ようともせず日々を過ごして、僕の知らない間に、二人がこんなことになっていて。
この状況に僕が入り込む余地なんてあると言えるのだろうか?
涙を零しながらヤチヨが何かを必死に訴えている。話の内容は僕にはわからない。けれど、ヤチヨの涙でぐちゃぐちゃになった表情を目の前にして、僕の胸は締め付けられていく。
何でヤチヨにこんな顔をさせてるんだよサロス、僕の中で沸々と沸き上がる衝動があった。
こんな気持ちになるのは初めてだった。
怒りという感情が自分の中にもある事を僕は初めて知る。
「いい加減にしろよ!! サロス!!!」
一度、ついた火はどんどん燃えあがり、やがて弾け、紡いだ言葉たちは不思議なくらい簡単に、止まることはなく僕の中で生まれ続けた。
でも、僕の必死な叫びも、想いも、いくら伝えても、サロスは何も返してはくれなかった。
わずかに下がってくる胸の奥の熱。冷静になる頭と共に今のサロスへと僕の言葉は昔よりも届いていない感覚に襲われる。
きっともう君には届かないんだね……そうか、もう君にとって僕は……。
「あーそうか、君は、そんなやつだったんだね。見損なったよ。最低だよ!! 君は!! 君のあの時の言葉は、ヤチヨを本当に心配して僕と約束したあの言葉は全部、全部、そんな簡単になかったことにできるぐらい、君にとって大切なものではなかったんだね!! 君は、ヤチヨのことを!!!!」
「うるせぇ!!!」
一言、怒鳴り声に似た、サロスの声が扉越しに聞こえた。久しぶりに聞いたサロスの声は怒鳴っていても小さく、掠れて弱々しかった。僕にはとてもとても小さく消えてしまいそうな声のように感じた。
……もう、扉の中にいるサロスは僕らの知るサロスではない。
いつだって力強く、僕らを引っ張ってくれていた彼はここにはもういない。
残念だし、とても悲しいけれど……あの頃のような三人に戻ることはもう出来ない……そう、僕は結論付け、ヤチヨを連れて帰ろうとした……。
僕が、こんなに辛い気持ちなんだ……ヤチヨはそれ以上だろう……。
時間はかかるだろうけど、サロスの分まで僕がヤチヨを支えればーー。
きっといつかはーー。
「馬鹿じゃないの!!」
……そうやって、諦めていたのは僕だけだった。ヤチヨは変わらず、サロスに語り続けていた。
そこでわかってしまったんだ……ヤチヨの本当の気持ちに……。
きっと、これから先、何年経ったとしても、僕ではヤチヨの気持ちを変えることはできないのだろう。
でも、それでいい。あの時、僕に手を差し伸べてくれたヤチヨに、僕が返せることがあるとしたら、きっと今なんだ。
だからこそーー今の僕にしか出来ない。言えない言葉を届ける。
もう一度、サロスに声をかける
「サロス、僕は君のことが初めて会ったときは、苦手だった。いや、嫌いだった!!」
「フィリア!?」
そんな、今の僕だからこそ、だからこそ言えることがある……。
「でも、君とかかわるうちに君をどんどん好きになっていった。大事な親友だと思えるようになった。初めてだったこんな気持ちを持つなんて。友人なんて必要ない。ただ、一人で大人にさえなれれば良いと思っていた!! でも、今は違うんだ!! 君と、ヤチヨとずっと一緒にいたい!! それが、僕の願いなんだ!! 夢なんだ!! 希望なんだよ!! サロス!! 僕に光をくれた、君と、ヤチヨが僕には必要なんだ!!」
それは、素直な気持ちだったし、僕の純粋な想いだった。
ヤチヨも僕に続くように、サロスに想いを気持ちを伝える。
すべてを伝え終わった後、しばらく静寂が続く、それはほんの数秒だったのかも知れない……でも、僕たちには永遠にも思える時間だった。
ゆっくりとその固く閉ざされていた部屋の扉が開き、サロスが顔を出した。
一度は諦めかけた僕の……僕たちの想いは……サロスへと届いた。
その後は嘘みたいに……本当に、久しぶりにあったはずなのに……言葉は止まることもなく、本当に何でもないような話をずっとしていた。
笑ったり、怒ったり、少しだけ泣きそうになったり……それは、夢のようで……僕が……僕たちが夢見ていた光景で……。
話に夢中になり過ぎたのか……ふと、外を見れば、夜が深くなっていた。
これ以上、遅くなるのは帰り道が危険だ。
名残惜しかったが、僕たちはまた、こうして話し合うことを約束して、サロスに別れを告げ、僕はヤチヨを分かれ道まで送っていく……。
ヤチヨの大きく手を振る姿に懐かしさを感じて家へとたどり着く。
入り口のドアを開けて家に帰った瞬間、大きな音が鳴る。びっくりして明かりをつけるとコップが棚から落ちて割れていた。
その瞬間、嫌な予感が全身を走り抜けていく。
僕は入口へと舞い戻りそのままドアを強く開け放ち駆け出した。
その不安を払拭するべくあの分かれ道へと戻る。
ヤチヨが歩いて行った方向の道を辿り、名前を、何度も呼ぶ、何もないのなら、家にたどり着いているころだし、声が返って来ないのは当然だが……その日はどうしてだかその声が帰ってこないことにすごく恐怖を感じていた。
これが気のせいであればいい。けれど、どうしても嫌な感覚が全身から離れない。
冷や汗が一気に流れ込む。理屈じゃない。何もなければ、勘違いであればそれでいい。けど、もしそうじゃなかったら?
そう思った瞬間、僕は気づけば、夜の森を走り抜け、ヤチヨの家に向かった。
たどり着くと、鍵は閉まっていて、家の灯りも消えたままだった。
「ヤチヨ……いる……かい?」
ノックをしても声は帰って来ない。
既に寝ているのかも知れないが……いや、この時間はまだ灯りをつけて父親を待っていると確かいっていたはずだ……。
それなのに灯りは消えたまま……つまりーー。
瞬間、土を蹴り出して、僕は再び、サロスの家へと向かっていた。
続く
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