176 遠征からの帰還
「よし、みんな、進もう!」
レストを終えた生徒達は少しばかり吹きすさび始めた雪原を進む。
ここでもウェルジアはヒボンへと出発前に進言をしていた。
勿論、これも何かしらの根拠があるという訳ではない。
「ヒボン。進行の方角を変えてほしい」
「ウェルジア君? それはどうして?」
「勘だ」
「……」
ヒボンは悩む。ここで進行方向を変えてもし帰還できなかったら、と。この判断は慎重に慎重を期して決めなければという重圧と秤にかける必要がある。
時間との戦いである現状を鑑みれば根拠のない勘に頼るなど愚の骨頂である。
「勘か、なら承知しかねるな」
「そうか」
「待ちなヒボン」
そこで口を挟んできたのはフェリシアだった。ウェルジアの隣に立ちヒボンに視線を送る。
「ウェルジアの言うとおりにしよう」
「なんだって? 君まで」
目を瞑り激動の遠征を振り返る。どの時点での出来事でも今回はウェルジアがもし居なければどうにもならなくなっていたという可能性が高い。
特に洞窟内においての生存は紛れもなくウェルジアの功績によるものであるとフェリシアは思っている。
リリアも自分も結果的に彼に命を救われたと言っても過言ではない。
「今回の雪原へのアタックではコイツの存在に何度も助けられた」
「それはそうかもしれないけど」
「こういった極限下では一番運のあるやつの勘が生死を分けるぞヒボン」
「しかし」
「お前はウェルジアの事を信じてないのか?」
「そういうわけではないけど」
「なら決まりだ」
強引に話を進める間も時間は惜しい、吹雪を頬に受けながらヒボンの大きな白い息が中空を舞う。
「……」
「こいつが居なければあーしらは洞窟の中で全滅だった」
その目には嘘偽りのない意思が宿る。ヒボンの知らない所で起きた出来事を悲壮に物語っている。
「……わかったよ」
「そういうことだウェルジア」
「すまない」
「謝るような事じゃねぇって」
「で、どこに向かう?」
フェリシアに問われ昨晩、あの不思議な動物の駆けていった方角が妙にウェルジアの脳裏をよぎっていた。
スッと指差した方向を二人の視線が追う。
「よし、決まりだな」
ヒボンはゆっくりと鼻から息を吸って全体へと号令をかける。鼻の奥がピリピリと冷気によって痛む。
「みんな! 聞いてくれ! 進路を変更する!」
ヒボンの大きな声が響き渡った。進路の変更を告げる声、当然多少の混乱はあるがヒボンは自らの責任の上で決断をしたことも含めて全員へ檄を飛ばす。
「大丈夫だ。必ず僕たちは学園へと生きて帰れる! そして、歴史を塗り替えた遠征として学園に名を刻もう!」
力強いその言葉に全員の瞳に今一度光が宿るのだった。
その後の道のりでは驚くほどにとんとん拍子に雪原の進行が進んでいく。それはまるで何かに導かれてでもいるようでもあった。
昨夜のレストから丸一日かけて彼らは遂にシーラ丘陵を遂に視界に捉える。雪が降らない場所との境界線。
フェリオン領にある人里までの距離もここまでくればもう目と鼻の先だ。位置としては行きに泊まった宿舎とは異なる場所ではあるが彼らにとっては雪原を戻れるだけで十分な安堵と達成感を得る事が出来た。
懐かしさすら感じるその丘陵の景色を眺め彼らは抱き合って喜びをかみしめ合う。
シーラ丘陵へとたどり着いた彼らはその後、無事に学園への帰還をも果たしたのだった。
急遽代行となったヒボン率いる班の今年の遠征は大成功の元に終わり、かつて遠い昔に学園の生徒だったアレクサンドロ率いる遠征班が打ち立てた記録を更新した事を証明し、学園内は大きく沸き立つのであった。
「これは、確かに……間違いない」
マキシマムはヒボンたちの報告を受けていた。
「これは、あやつらの指輪じゃろう」
既に九剣騎士が欠けているという情報を保持しているマキシマムは彼らの遭遇した不可解な出来事に頭を抱える。
「ゼナワルドとミリーがどうしてそんな場所に現れたのだ?」
ヒボンに連れられて遠征の報告にきていたフェリシアとウェルジアは目を見合わせた後に自分達の身に起きた事を思い出すように説明する。
「怪しい女性がその闇の中から呼び出すようにして、地面から現れたんです」
「怪しい女性、か。風貌は覚えているか?」
「いいえ、容姿を確認するような余裕はまるでありませんでした」
「ウェルジア。お前はどうだ?」
「耳障りな声は覚えているがそれ以外は記憶していない」
絡みゆく情報の中でマキシマムは出来る限り情報を整理して告げる。
「お前達に頼みがある。その情報、決して口外しないように頼む」
ヒボンが頷く
「はい、わかりました。現地で彼女らに報告を受けた僕とフェリシアさん、そしてウェルジア君、それからまだ目の覚めないリリアさんしか知らない事です。了解しました」
「良くそれ以上拡げないように情報統制してくれたな、感謝する」
「それどころじゃなかったという事もりますが、ひとまず良かったです」
ヒボンは苦笑いしながら軽く会釈をした。
「ふぅ、ひとまずもういいぞ。お前達もよく無事に戻った。ひとまず体を休めてくれ」
「はい、ありがとうございます」
ヒボンたちの背中を見送り彼らの成長を感じるも、やはり学園の騎士を育成するこれまでの手段には今回もまた疑問を持たざる得ない。一歩間違えれば多くの生徒が命を落としていた。
眉間を指でグッとひと押しした後、マキシマムは鍵の付いた自分の机の引き出しを開ける。
そこには既に一つの指輪が置いてあり、その隣に彼はそっとゼナワルドとミリーという九剣騎士二人の指輪を置いて再び鍵を閉めた。
「どうして、まだこれから未来ある者ばかりがこんな目に」
物証が手に入った事でクーリャから聞いた話の信憑性は増した。マキシマムが握り込んだ拳は以前よりも力強さを増して握り込まれ、手のひらに食い込んだ爪から血が滴り落ちていった。
つづく
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