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158 遠征先にて
遠征で生徒達に与えられている任務の進行は滞りなく進んでいた。
各地域の最終地点となる場所に向かう前、任務内容は別で異なるが、途中にある拠点で東西の生徒共に同じ場所に滞在するという期間が最後にある。
そこでは必要外の接触は控えねばならないという暗黙のルールがあるものの、今年に関しては東西学園都市による模擬戦、イウェストが行われなかったことで例年の遠征の時期には必ずあったはずの殺伐とした空気が存在していない。
遠征は元々の予定ではイウェストの後の時期に毎回行われている。
直前のイウェストでの死傷者の知り合いがいたりすることも過去はあり、東西の者達がその恨みにも似た気持ちを抑えきれずに度々いざこざを起こす事も少なくはなかった。
死を覚悟して学園に来ているはずだろうというような建前もこの監視の目が薄い遠征の場では意味をなさない。感情がそれを許さない者も多くいる。
わかってはいても目の前で自分の友人の命を奪った者を拠点内で見かけてしまっては感情の制御が利かなくなるのも無理はない事なのかもしれない。
イウェストが存在しなかったという異例の年である今年の遠征。
そんな事情も重なり、今年の遠征拠点のうちの一か所ではこれまでにあり得なかった東西の交流が図られる事となった。
きっかけとなったのはこの拠点に来ていた東部学園都市コスモシュトリカの生徒会長であるエナリア・ミルキーノの提案である。
「私達の申し出をお受けくださり、ありがとうございます。ヒボンさん」
「初めまして、エナリアさん。それと……」
「スカーレットだ。よろしく頼む」
「スカーレットさんね。こちらこそよろしく。西部生徒会の正規のメンバー
ではなく遠征の臨時代行者の私が相手ですみません」
ヒボンはしっかりと腰を折りお辞儀をする。
「私が判断していいものか悩んだのですが折角の機会ですし、こちらも色々と東部の生徒会の皆様から学ばせていただけるのではと現場判断した次第です」
エナリアは少し聞きづらそうにしつつ、目の前のヒボンの行動を信頼し、彼ならば問題ないだろうと問いかける。
「その、臨時というのは先ほど初めて伺いましたけれど、つまりヒボンさんは生徒会のメンバーではないにも関わらず引率代表者ということなのですか? 西部で何かあったのでしょうか?」
ヒボンは僅かに思案した後、意を決して話をする。特に口外してはならないという情報があったわけでもなかったので何かあったとしても反論は可能だろう。
「はい、遠征の直前に急遽、そのユーフォルビア家からの遠征要請が入りまして、西部学園都市では通常の4班編成ではなく特殊な5班編成にせざるを得なくなったんです」
「ユーフォルビア家?」
スカーレットが首を傾げる。元が農民の出であるスカーレットはあまりその辺りには詳しくないようだった。
「双爵家が遠征の依頼を? 東部にはその情報は来ていませんわね」
ユーフォルビア家というのは、ラティリア家と双璧を成すこの国で最も爵位の高い双爵と呼ばれている家柄のうちの一つだ。
ラティリア家とは異なり、領地内の出入りを著しく制限しており外界との接触がほとんど行われていないと聞く。
国としても必要以上の物資などが潤沢に納められていることから、基本的に特に問題視はしていない。
しかし、ラティリア家をはじめ、親王派の貴族内からは不満の声も噴出し始めているという。
彼らは何かを企んでいるのではないかと。
実際には誰もそんな情報の信ぴょう性など調べようもない事だった。
そんな声にも一切ユーフォルビア家は反応しない為、勝手な噂に尾ひれがついて国内に広まっているのは確かなようだった。エナリアも噂だけならば幾つも聞いたことがある。
その話を聞くに本当に今年は異例な事が続いているようだった。だが、あまりにも多すぎやしないだろうかとエナリアは思う。特に西部学園都市での出来事の数々は常軌を逸していた。
自分がもし西部に居たらと考えると、その不運を東部にいる事で避けられて幸いであると思う気持ちがエナリアの胸中での正直かつ複雑な気持ちだ。
「はい、内容確認には現地に行くしかないという要請のタイミングだったものですから念のため失礼がないようにと、うちの会長が向かいまして」
「そう、ティルスがユーフォルビア領に……」
口元に手を添えて何かを考えるように口を閉ざすエナリアの様子にスカーレットが呼びかける。
「エナリア様?」
「失礼、ヒボンさん。それで今回のご相談の本題なのですが」
「はい」
「一対一での交流模擬戦を三戦ほど設置したいのと、そのあと東西の生徒での懇親会、パーティを開きたいのですが」
エナリアの申し出にヒボンは頭に???を浮かべるが、すぐさまそのイベントが果たす役割を理解した。
その上であえてこう返す。
「模擬戦にパーティですか? しかし、これまでの任務とは違い東西遠征で残っている最後の任務に関しては開示はお互いできないまでもこれまでとは異なり、どちらも過酷なものであるかと存じます。その様な余裕は果たしてあるのでしょうか?」
ヒボンは冷静にエナリアの様子から意図を読み解いていく。にしても目の前の彼女は視線一つズラして来ない。真っすぐにヒボンを見据えて答える。
「ええ、だからここそですわ。例年ならばイウェストの熱もあり、士気が高いままで遠征へと突入するはずですが……」
ヒボンの予想は概ね正解していた。そう、今年は大きな緊張感を伴うイベントがオースリー以降で全く存在していない事による懸念材料だ。
「……つまり、生徒達、特に新入生を中心に例年のように命の重さを知る機会が極端に少なかった今年、遠征での緊張感が足りず難度の高い最後の任務でトラブルが起こるのではないか? という心配がある。というような所ですかね」
エナリアは口元を微かに吊り上げる。
「あら、非常に察しが良くて助かりますわ。ヒボンさんは代行者と仰いましたが、流石に引率代表になるだけの事はございますわね」
その言葉に柔らかく笑みを浮かべて恥ずかしそうにした。そう言う仕草がフェイクではない事で人間的な信用も十分に足るものとエナリアの中では現時点での印象が付いた。
「はは、東部の生徒会長ともある方にお褒めいただき恐縮です。それにしても東の生徒会長さんもまさか貴族の方だとは、東西トップが貴族だなんて学園の歴史上でもないんじゃないですか?」
「あら、そこまでお分かりに。なかなかの切れ者のようですわねヒボンさん」
「いえ、それほどでも流石に高位な出自の方の名前くらいは知っているというだけです」
「いえ、私、そもそもエナリア。としかあなたに名乗っておりませんけれど」
いたずらに微笑むエナリアに参ったなぁとばかりにヒボンは頭をポリポリと掻く。彼は口は回るが隠し事は下手なようだった。こうした正直な反応もエナリア達にはかなり好印象に映っている。
「あはは、いやはや。一年の時に生徒会長の座を取っただけのことはありますねぇ、舌戦では敵う気がしない」
「ふふ、ありがとうございます。口は少々達者なモノでして」
ヒボンは空気を切り替えるように話題を元に戻した。
「そうですか。では、脱線はこのくらいにして。えーと、とりあえず話を進めましょうか。東西どちらもここまでの任務は遂行済み、最後の高難度任務に取り掛かるまでに今日から数日空きがある。そこで交流を図るという計画で問題ないですかね」
東部の二人はコクリと頷く。
「パーティに関しては言い出した東部の方で準備をして場を提供しよう。西部の生徒達は来賓として招かせてもらう」
スカーレットが重ねてそのように説明する。
「いいんでしょうか? 東部の皆さんも疲れてるでしょう?」
「問題ありませんわ。その為の人材も予め連れてきておりますもの」
つまりエナリアは遠征に来る前からこの計画をしていたという事になる。それほどまでに異例となる今年の遠征導入には不安が残るということであり、おそらく東部に与えられている任務はヒボンの班のものよりも難度が高いであろう事を予想した。
「そうですか、ではそこはありがたくご厚意に預かります。西部の生徒へは僕から説明しておきますね」
軽く会釈をするエナリアへとヒボンは続けて声を掛けていく。
「で、模擬戦の話なのですが……」
スカーレットがヒボンへと言葉に即座に反応する。
「ああ、模擬戦には私スカーレット、あと二名の生徒で対応させていただく」
「んと、パーティというのは本題となるこの模擬戦のブラインドイベント、ということですよね」
エナリアはここまで見透かされていたとは思わず、ヒボンの鑑識眼に感嘆した。
「……流石ですわ」
「いやいや、緊張感が足りないといいつつパーティというのは少々違和感がありますからね。ここまでの活動を労うという点ではそれも目的だと言えるのでしょうけど」
エナリアが軽く目配せをするとスカーレットは正直に告げる。
「最後の任務は足並みを揃える事もそうだが、今の緩み切った空気では大きな失敗をしでかしかねないとエナリア様は考えている。全員の気合を入れ直さないと怪我人が出るだけでは済まないだろうというお考えだ」
模擬戦は緊張感、危機感を増幅させるための起爆剤ということになるが、それはそれで目的を達成するのは難しい部分もある。
「ふむ、となると人選がかなり重要ですね……ちなみにそこまでお考えという事はそこのスカーレットさんも含めて、東部は中途半端な人選ではないでしょうねぇ」
「そこもお分かりに?」
ヒボンは最近付き合う者達の中にいる実力者達のおかげで人を見る目もいつの間にか養われていた。
「まぁ、この部屋に入ってきた時の歩き方などで大体は、ですが」
「いい眼を持っていらっしゃいますわね」
「うーん、これも生き残る為の僕なりの必死な経験の賜物であるとだけお伝えしておきますよ」
そういってパチリと爽やかなウインクをするとスカーレットは少々眉間に皺を寄せた。
「ふふ、面白い方ですわね」
「ジトォ~」
凄い形相でヒボンを睨んでいる。
「あ、ああ、で、人選ですよねぇ。あ、そうだ」
ヒボンはここでポンとわざとらしく手を打った。
「何か?」
「スカーレットさんはそのまま参加で構わないのですが、残りの二人のうち出来れば一人だけでもその……」
「??」
「剣を使える生徒にしていただきたいのですが」
「剣使い、ですか?」
「はい、西部で起きた出来事の情報はそちらにも入っていますよね?」
「ええそれは勿論」
「なので、まぁ少しでも剣を使ってみようかなと考える生徒を僕としては遠征後に増やしていける布石が欲しくてですね。そういうプロモーション的なパフォーマンスになればいいなぁなんて」
「なる、ほど、わかりました。スカーレット、剣使いの生徒の同行者は?」
「そう、ですね。この班の生徒ということであれば……彼しかいませんが……その」
エナリアとスカーレットの様子にヒボンはきょとんとした顔のままで首を捻る。こればかりは情報も何もないことだ。
「うーん、まだ『あのこと』がありますものね。やってくれるかどうか保証が出来ませんわね」
「なにか、問題でも? 剣使いの生徒の同行がないとか?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが、オースリーの時にちょっと。その時も一対一でしたもので」
「ははーん、その生徒に一対一のトラウマ的な何かがある。ということですか」
「そういうことですわ」
「……では、僕が直接、お会いして頼んでもいいでしょうか?」
「え、ええ。それは構いませんけれど」
「他には、候補者いらっしゃいます?」
「生憎、剣使いの生徒で今回の東部のこの班員なのはその彼だけです」
スカーレットは改めて東部でも剣を使う生徒が著しく少ないという事に初めて気付きエナリアと視線を交わす。
「ヒボンさんは、また西部で起きた事態のような事が起こると、お考えなのですか?」
当然、それは警戒すべき事だった。東部では知る由もない事だが西部のあの時の惨状は話しても余りあるほどの衝撃があった。それで備えないという選択肢は、絶対にないと断言できるほどだ。
自分の私見でという話であれば判断に迷いはない。
「これは僕の勘でしかありませんけれど、間違いなく、起きると思います」
即答したヒボンを見てエナリアも気を引き締め直している様子が窺えた。
「東部も他人ごとではない話なのかもしれませんわね」
「そうですね。こうして提案されて初めて実感しました。私もエナリア様も、東部でも剣を使う者の少なさに」
「東部も同じように剣を使うという事への興味付けはしておくべきかもしれませんわね」
エナリアとスカーレットは二人で大きく頷いてヒボンへと向き直る。
「では、その生徒への模擬戦への参加交渉はお任せしますわヒボンさん」
「では早速ご案内をお願いしても?」
「わかりました。こちらへどうぞ。私が先導いたします」
スカーレットがそそくさと歩き出す。
「ありがとう」
ヒボンは椅子から立ち上がり、スカーレットの後をエナリアと共に追うのだった。
つづく
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