Fourth memory 13
『ヤチヨ!! だいすきだ』
『サロス!! サロス!!!』
脳裏に残るその声。
『ヤチヨ!』
『フィリア!!』
『ヒナタに謝っておいてくれ。ゴメンって』
『フィリアァァァ!!!』
記憶の底に残るその言葉……二人ともすごく勝手だよ。
言いたいことだけ言って、あたしの返事も聞かないで、全部押し付けて天蓋の中に行ってしまった。
……怖く、なかったのかな? いや、そんなはずない。
自分がこれからどうなるかもわからないのに……死んじゃうかも知れないのに……。
目の前に迫る、死っていう現実は、きっと、すごく怖くて、寂しくて、泣いてもおかしくないはずだったのに……。
サロスもフィリアも、あたしに対しては最後のあの瞬間も笑顔だった。
きっとあたしに心配をかけたくなかったのだろうけど……。
その、優しい二人の気持ちから出た、優しくないあの表情が今も頭に焼き付いて残っている。
あたしはぐっと奥歯を一瞬噛みしめた後、ニッと笑う。
「……サロスのその根拠のない自信、あたしも信じる」
「えっ!?」
「あたしも、そのフィリア君って子は必ず助けてくれる。あんたの話を聞いてもあたしもそう思えた」
「ハハ、なんだよそれ」
あたしたちは、何故か、ふたり、笑いあった。
それは、あたしにとって、とても、とても幸せな時間だった……。
__けれど、現実は……そんな簡単にあたし一人の力で変えられるほど甘くはなかった。
具体的にどうすればいいのかもわからない。
解決策など誰も知らない。
あるのはただ、どうにかしなきゃという焦燥感。
運命という形の見えない存在は、信じられないほど残酷で、無慈悲にあたしの前に立ち塞がってくる。
例のX day……つまり、サロスがあたしを救い出すために天蓋に乗り込む。
その日は、あっという間に訪れる。
あたしは、その日が来るまでに『あの人』から教わったできる限りの技と、知識と、力をサロスに与えた。
『あの人』というのはあたしが天蓋から出た後、これからどうすればいいのか途方に暮れていた時に偶然、あたしが出会った人だ。
とても不思議な人で掴み所のない雲みたいな人。
あたしの心が読めるように、あの人は突拍子もなく、あたしに、強くなりたいか?
と突然尋ねてきた。
あたしはその問いにただ、無言で頷いた。
その人が誰なのかは知らないはずなのに、不思議と懐かしいような、安心できる人物だった。
あたしの答えを聞いたあの人は、深い事情も聞かなかった。
ただの女の子だったあたしが強くなる為に手助けをしてくれた。
おかげでヒナタが驚くくらい、その辺の並大抵の男には負けないくらいの強さを手に入れることが出来ていた。
力だけじゃない、技を使うことをあたしは学んだんだ。
その技を、全部サロスに渡していく。
それが、役に立つかどうかは分からない。
それでも何かしてあげなければとただ、伝え続ける。
それが、『あの人』への恩を返すことにもなると思うから……。
結局、『あの人』はいったい誰だったのかは分からない……サロスに雰囲気が良く似たあの人はーー。
「くはっ!!」
フィリアの拳が、綺麗に決まり、サロスが、苦悶の表情を浮かべ、その場に膝から崩れる。
あたしは、とっさにサロスの方を向き、声をあげた。
「サロス!! サロス!!」
「今、あなたが戦っている相手は、僕です。よそ見をしている暇なんてーー!!」
険しい表情のまま、剣を振り上げ、ソフィがあたしに切りかかろうと迫ってきた。
「っるさい!!」
怒りのまま、放った銃弾はソフィの肩を撃ち抜き、ソフィは痛みに顔を歪ませて、その場に倒れる。
その隙を見て、あたしはサロスの方へと駆け出す。
「サロス、無茶だよ!! もう、止めて!!」
「大丈夫だ。ヤチヨ心配すんな!」
天蓋から抜け出した、あたしが泣き叫んでいる。
あの時と違うのは、フィリアが立って、天蓋へ向かうサロスを見つめていること。
今、ここにいるサロスはあたしの知っている記憶の中の、あの怖い感覚はなく、あたしの知る……つまり、いつも通りのサロスだと感じていた。
でも……訪れた結果は……。
あぁ……まただ……また、あたしは……。
この後、起こる事態をあたしは、何故か想像できてしまった。
どうしてか、説明はできないけど……きっと、サロスは、また行ってしまう。
懐から取り出した赤い宝石を天蓋に向けて掲げたサロスの姿を見て確信する。
同じだ。あの時と、おんなじだ。
いつの間にか、サロスの横にいたフィリアがサロスを支えている。
二人の、最後の瞬間がまた、視界に同じように焼き付いていく。
それを見つめるヤチヨもあの時と同じ。
どうにかして、サロスを止めて、天蓋から引きはがしたいのに……サロスが天蓋の中に入っていくまでの、その一連の流れをあたしはただ、記憶をなぞるように眺めていることしかできなかった。
ぎゅっと拳を握り込み、喉から出そうになる言葉を必死で嚙み殺して耐える。
アカネさんとの約束……それがなければ、きっと叫んでいただろう。
(……覚えておいて、ヤチヨちゃん。あなたがこれから行う事は、サロスに知られるわけにはいかない)
『どうしてですか?』
(それが、制約だから。もし、あなたやあたしが動いていることが知られれば、今のままの未来が続いていく事になる……つまりね、サロスを救うことが出来ない、そんな未来が確定してしまうの……)
『……そんな……』
(だからね、これから起きる現象は絶対に天蓋に関与している人間には知られてはダメなの。念のため、関与していない人間にも極力、秘密にして。この現象を認識している人間が増えれば増えるだけ、未来が確定してしまう。そうなってしまえば、それで全部終わり)
きっと、今叫んでしまえばこの未来を……
でもそれは……未来を決定付けてしまうことに繋がる言葉に違いない。
だから必死で我慢した。
握り込んだ手のひらに爪が強く食い込み、その肌を裂き、ポタッ、ポタッと血が滴り落ちる。
サロスが目の前で掲げているあの赤い宝石のように真っ赤なあたしの血が。
確定されてしまえば未来はもう変えることはできない。
アカネさんの言葉を何度も何度も思い出して歯を食いしばる。
もうここまで来たらこれ以上は何もできない。
未来を確定付けないために、あたしは、サロスに、サロスにだけは、あたしの正体を知られるわけにはいかないから。
例えそれが、あの悪夢のような最後の日を再び見る事になっても。
何とか我慢できたのは予感だ。
確証はない、けど、あたしが望むなら、諦めさえしなければ、サロスを失う未来をきっと変えることができる。
そう思い込む。そのために、ここで叫んではいけない、だから言葉を踏み留ませられた。
「ヤチヨ!! ごめんな。約束破っちまって」
「サロス、やだ!!やだよ!!!」
泣き喚くヤチヨに困った顔を浮かべつつ、視線だけをサロスがあたしに向けて声を掛けてくる。
「ピスティ、今までありがとな。お陰でヤチヨを救うことができた」
言葉が、喉の奥で、熱を帯びる。
だめ、だめ、言っちゃだめ。
「サロ、ス……、ちが、あたしは、あなたをまた……」
小さく、呟くように、決して聞こえないように、掠れて漏れだしてしまった小さな声。
必死にその心を閉じるようにあたしは強く目を瞑る。
サロスの声が耳に届く。
「わりぃ……ピスティ俺の最後のわがままを聞いてくれ……今すぐ、ヤチヨとフィリアを連れてここから離れてくれ……頼む……」
カッと目を開け、口を大きく開けたあたしは――
「さろ――」
叫ぶヤチヨの声にあたしの声はかき消された。
「嫌だよ!! あたし!! サロス!!!!」
「ヤチヨ、じゃあな、元気で、幸せに、なれよ」
サロスが、あたしたちに笑顔を向け、同時に、天蓋へと吸い込まれていった。
ヤチヨという、今の選人を失い、異物ともいうべき人間を吸い込んだ天蓋はそのまま、崩落を始めた。
どうにかここまで頑張って、あたしがたどり着いた、結末、それはあの時と同じもの。
変えられなかった未来……あたしは、助けることができなかった。
続く
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