First memory(Hinata)01
私の世界は、いつも本の中にあった。
本の中なら、私は何者にでもなれた。
ある時は、お姫様。ある時は、女騎士、またある時は、シスターさん。
本があれば幸せだった。本さえあれば幸せだった。
そう思っていた。私の世界には私以外いない。あるのは、本の中だけ。
それが当たり前で、それだけしかないと思っていた。
この後の人生もきっと、本に囲まれて生きていく。そんな人生だと思っていた。
「ねぇ、あなた?」
いつものように資料室で、本を読んでいる私に紫髪の大きな紫の瞳の彼女がぴょんぴょんと小さく跳ねながら、声をかけてきた。
確か、同じクラスの。
「あなたは、確か……ヤチヨさん?」
「あっ、覚えてくれてたんだ!! そう! あたし、ヤチヨ! あなたの隣の席のヤチヨよ!!」
これが私とヤチヨちゃんの初めての出会いだった。本の世界しか知らない私の人生に、突然踏み込んできた彼女。
最初は、すごく怖かったし警戒していた。だって、私にこんなに積極的に関わって来たのは彼女が初めてだったから。
「あー。それで、ヤチヨさん。私に何か用ですか?」
一刻も早く彼女を追いだして、本の続きを読みたい。
他人と関わるのはあまり得意ではないから。
あの日の私はそう思っていた。
「何、読んでるの?」
「この本が読みたいのなら、もう少し待ってください。もうすぐ読み終わるので」
実際はまだ半分も読んでいなかったが、この本を渡せばいなくなってくれるのだとしたら、仕方ない。この本は、また彼女が返してくれたときにでも読もう。
そんな考えを知らない彼女は、私の隣に自然に座ってきた。
「あの……」
「私は、ヒナタちゃんが何を読んでいるのか。それが知りたいの!」
そういって、無邪気な笑顔を浮かべる彼女。
どうやら、彼女の興味の対象はこの本ではなく、私自身のようだ。
「……失礼します」
私は、本を持って立ち上がり資料室を出るために扉へと向かおうとした。
しかし、彼女はそんなわたしの左腕を掴み呼び止めてきた。
「……なんでしょうか?」
僅かに、睨みをきかす。あまり、高圧的な態度は得意ではないがこうすれば、大概の人間は諦めてくれるはずだった。
「私、ヒナタちゃんと友達になりたいの!!」
友達?
友達、つまり友人、親友、戦友など多くの意味を持つがその全てが私の人生という物語に加わるということだ。
そんなものはご遠慮願いたい。すでに、私の世界は本で溢れているから。今更、それ以外のものを受け入れることなどできない。できるわけがない―――。
「ごめんなさい……」
と、言いながら小さく俯く。
「私は、友達は――」
そう断ろうと顔をあげた瞬間。彼女と目が合う。
あまりに純粋な子犬のような眼を見て、考えが揺らぐ。こんなにも真っすぐな目をした人を私はこれまで見たことがなかった。
「ダメ……かな?」
これまで感じたことのなかった大きな衝撃のようなものが私を襲った。なんなの? この可愛すぎる生き物は? 本の中で大好きになった登場人物にすら感じたことのない愛おしさだった。
「…………」
これ以上、彼女といれば、私の今までが揺らいでしまいそうで逃げるように私は資料室を去った。
「また、明日ね!」
去り際、そんな彼女の声が耳に聞こえてきた。
きっと、彼女は明日も同じように私を待っている。明日は、真っすぐ帰ろう。
放課後の唯一の楽しみであった資料室での読書を一日我慢しなければならないけれど、それ以上に彼女と一緒にいたくなかった。
今まで誰一人として踏み込むことがなかった私の世界に彼女は何の躊躇いもなく入ってきた。 それも、私自身が距離を置く間もなくごく自然に。そんな彼女が怖かった。私の今までを変えてしまうかも知れない彼女の見えない力に怯えていたのかも知れない。
――続く――
作:小泉太良
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