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EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)06

「それって誰か試したのか?」
「……はぁっ!?」

 突拍子もない一言に思わずアーフィが声を荒げる。

「だから、マザーってやつを誰かがぶっ壊したことってあんのかなって?」
「お前は、何を言ってるんだ? マザーを破壊すれば俺たちは生きてはーー」
「だからよぉ、それを実際に試したことあるのかって俺は聞いてんだよ」
「おいっ! 俺と似た顔のお前。この男はバカなのか? まるで話が通じないぞ!!」

 それを聞いて今まで、静観を決め込んでいたフィリアがゆっくりと口を開く。

「サロス。アーフィの言うことはもっともだ」
「あん?」
「君は、もし仮にそのマザーという存在を破壊したことでアーフィや、ヨーヤ、ターナや村のみんなが生きていけなくなったらどうするつもりだ?」
「だから、それを試したことがないならーー」
「サロス! そのとにかくまずはやってみなければわからないという考えにすぐさま至ることに関してはいつもすごいなと思っている」
「なっ、なんだよ……急にーー」
「でも! それは取り返しがつく範囲のことであればの話だ。マザーを破壊して本当に彼らが死んでしまうことになればその責任を……いや、その結果を引き起こしてしまう覚悟が君にはあるのかい?」

 フィリアの言葉にサロスは口を閉ざした。
 いつも後先を考えず前にただ前へと突き進むサロス。
 その行動力にフィリアは何度も救われてきた。

 しかし、今の彼は知っている。
 考え無しに突き進んだことで取り返しがつかなくなってしまうことも世の中にはあるということを。
 そして、それはフィリアだけではない。

 サロスもまた、成長していく中で自分の選択に対して後悔をしたことがないとは言えない。
 それでもサロスは前に進むことしか自分にはできないと思ってしまう。
 立ち止まってしまうこと、それがサロスにとっては何より怖いことでもあった。

 しかし、それは一人の時であればの話であり、今の彼には頼れる親友フィリアがいる。
 フィリアの存在はサロスをただの無謀に突き進ませるのではなく、一度立ち止まらせることができた。

「悪い。簡単に考えすぎてたな。俺」
「いや、僕だってこのままで良いとは思ってはいない。君もだろ? アーフィ」
「……なぜ、俺に意見を求める? お前らにとって俺たちがどうなろうと関係のない話だろ?」

 そう言い放った、アーフィの肩をサロスが抱いた。
 アーフィはそのサロスの行動に心底困惑した表情を浮かべる。

「俺たちには関係ない? そんな寂しいこと言うんじゃねぇよアーフィよぉ」
「なっ!? なんだ貴様!! 急に馴れ馴れしいぞ!!」
「俺たちは今こうして話してる。お前だけじゃねぇヨーヤやターナとも俺は短い時間とはいえ、話したんだ。それにだ!!」
「……それに……」

 心底嫌そうな顔をするアーフィに対して、サロスがニッと歯を出して暑苦しい笑顔を浮かべる。

「アーフィは別に悪いやつじゃねぇだろ! なら、お前はもう俺の新しいダチだ!」
「はっ? はぁっ!? ダチだと!! お前、本当にわけわかんないやつだな!!」
「そうか? なんかおかしいこと言ってるか? フィリア」

 そのサロスの問いにフィリアが苦笑いを浮かべる。

「まぁ……おかしいかどうかで言えばもう何から何までおかしくはあるけれど……君らしくて僕は良いと思うよ」
「おう! だよな!!」
「待て待て待て!! おいっ!! 俺と似た顔のーー」
「なぁ、アーフィ」
「なんだ? 赤髪のバカ?」

 アーフィが振り向くと、サロスが真剣な表情でアーフィの方を見ていた。

「そいつはフィリアだ。アーフィと顔は似てるかも知れねぇが、まったく違う人間で名前もある」
「?」
「俺のことは好きに呼んでくれて構わねぇ。でもよ。俺の大事なダチの名前はちゃんと呼んでやってくれ。頼むよ」

 そう言うと、サロスがぺこりと頭を下げる。
 その様子を見て、アーフィはまたも呆気に取られてしまった。

「おいっ……フィリア! なんなんだこの理解不能バカは」
「理解不能……か。そうだね……ただ、アーフィ、確かな根拠はないけれど。君もサロスのこと、嫌いではないんじゃないか?」
「はぁ? 何言ってーー」
「君は今、僕のことをフィリアと呼んだ。サロスが言った君に対してのお願いを素直に聞き入れてくれている」
「……」
「それが答え、なんじゃないのかな? アーフィ」

 アーフィは納得のいかない顔で、サロスの方をもう一度見る。
 サロスは今も、頭を下げている状態のままでその姿を見てアーフィは苦笑いを浮かべる。

「……お前は……俺が出会ってきたやつの中で間違いなく一番バカなやつだ……だが、残念なことに俺はお前のことをそこまで嫌ってはいないようだ。顔を上げろ……サロス」

 その一言を聞いてサロスは嬉しそうな表情と共にニヘラと顔を上げる。
 その顔を見て、アーフィは再び苦々しい表情を浮かべた。

「前言撤回だ。お前のこと俺は嫌いだ」
「おう! じゃあ、これからはダチとしてよろしくな! アーフィ!!」
「だーかーらー!! あー……もういい好きにしろ」

 ついにサロスの真っ直ぐな好意に折れ、アーフィは頭を抱え。その様子を見てフィリアは嬉しそうに笑みをこぼした。

「それで……お前らはどうするつもりだ……何度も言うがこのマザーとこの呪いがある限り俺たちの運命は変わらない。お前達の変化はどうしてか俺達の呪いの現象とは違うもののようだ。つまり部外者であるお前たちには何も出来ることなどない」
「……なぁ? その呪いだけをなくすことはできねぇのか?」
「……はぁ?」

 サロスの再びの突拍子のない発言に、アーフィは眉を吊り上げ、困惑したような複雑な表情を浮かべる。

「そのマザーっつーうのは昔からそんな呪い? をまき散らすような存在だったのか? どうも話を聞いた限りじゃ前はそんなことなかったみたいだけど」
「……? どういうことだ……?」
「だからよぉ、そのマザーつーうのは、要するにお前らみんなの母ちゃんみたいなもんなんだろ?」
「かっ、母ちゃん?」
「俺は他の母ちゃんのことは知らねぇけどさ。でも、そのマザーってのが母ちゃんみたいなもんならお前らは子供みたいなもんなんだろ? ならよぉ、子供を自ら進んで不幸にしようとする母ちゃんなんかいないと思っちまうんだよなぁ」

 サロスはかつて自分とヤチヨを置いて消えたアカネに対しての気持ちを思い出す。
 今でもその寂しさと哀しさで胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚は抱くことはある。

 でも消えてしまった彼女を恨んだり、憎しんだりしたことは一度もなかった。
 起きたこと全てが自分のせいであると塞ぎこんでしまったこともあった。

 しかし、今はそれも何らかの理由があって起きた事なのだと思うことが出来る。

 自分とヤチヨが大好きだったアカネが自分たちの前から望んでいなくなるはずはないと。
 
 そうであるならば、マザーもきっと望んでこのような呪いを振りまいているのではなく、何か理由があってこのようなことをしているのではないかとサロスは思った。

 いや、そうであって欲しいという願いも含まれてはいただろう。
 

「……僕も、サロスの意見に賛同する」
「フィリア……?」
「僕も、自分の子供を望んで不幸にする母親はいるはずがない。いや……いないとそう思っている」

 フィリアも幼くしてメノウという母親を亡くしている。
 そして、その亡くなるその瞬間までメノウが自分を大事に……愛してくれていたことを知っている。
 で、あるならばアーフィたちを生み出したいわば母親のような存在であるマザーが何れ自分がいなくなれば、滅んでしまうような運命を与えるはずはないと。

「……」
「なぁ! アーフィ! そのマザーってのがおかしくなっちまった理由があるんじゃねぇか?」
「今はまだ仮定の話でしかないけれど、もしそうであるならば、その原因がもしわかれば対処する術だってあるはずなんだ」
「……」

 サロスとフィリアの話を聞いて、アーフィは目を閉じ腕を組んで考え始めた。

「なぁ! アーフィ!! 俺とフィリアだけじゃここのことはわかんねぇんだ!! お前の力が必要だ!! だから力を貸してくれ!!」
「アーフィ、君一人ではできないことかも知れない。でも、僕達が力を貸すよ!! 一人ではできないことも三人でなら出来るかもしれない! だから、力を貸して欲しいんだ!!」

 その話を聞いて、アーフィが目を開けてニヤリと笑う。

「ったく……おめぇらはとんだお人好しのバカ二人だよ……だが、そんなバカ二人を頼ってしまいそうな俺が一番バカだな」
「アーフィ……」
「じゃあ!!」
「ただし、マザーの呪いだけをどうにか出来る状況ではないと感じた時には俺は途中でもこのバカな案からは降ろさせてもらうし、お前らを敵に回したとしてもマザーに危害を加えようとするその行動を止めるからな!! それだけは覚えておけ」
「あぁ」
「わかっているさ」

 アーフィ、サロス、フィリアの三人はお互いの顔を見合わせ、拳をその場でぶつけあう。
 この瞬間、アーフィの中に言いようのない根拠なき希望が満ち溢れていた。
 この二人がいれば、もしかしたらなんとかなるかも知れないとアーフィは今までで一番の笑顔を浮かべていた。

「それで! その後にマザーはどうなったの!? 呪いは消せた?」

 ヤチヨの質問に、サロスとフィリアは顔を伏せた。

「上手く……いかなかったの……?」

 ヒナタが心配そうな表情を浮かべる。

「……それが、わからねぇんだ……」
「わから……ない……?」

 サロスの意外な答えに思わず、ここまで傾聴していたソフィも口を開いた。

「……ソフィの疑問はもっともだと思う……でも、それは本当のことなんだ」
「……どういうこと、ですか? マザーは、無事なのですか? 呪いは消えたのですか?」

 ソフィに続いてコニスも意味不明な発言に口を開く。

「途中までは覚えてんだ……アーフィと一緒に揺り籠と呼ばれる場所にいって、そのマザーってやつの目の前まで行った……そこまでの記憶は確かにある……でも……」
「その後の記憶がないんだ……僕たちが次に目覚めたのは……あの……不思議の門の前だったから……」
「不思議な……門?」
「……あぁ。そして俺たちはその門の前でまたもう一度来た時のようにゴーっていう音を聞いたんだ」
「……その後、僕達は何かに導かれるようにまた光に包まれて……」
「気が付いたらこっちに戻ってきていた……ってわけだ」

 二人はそこまで話すと互いの顔を見合わせて頷いた。
 その光景を見てソフィは二人が嘘をついていないことを確信した。
 突拍子のない話。作り話ではない真実。

 間違いなくもう一つの世界という場所は存在し、コニスもまたその場所から来たのだという確信が持てた。
 
「不思議な点がもう一つ。僕達は何もわからなかったはずのこの不思議な力のことを完璧に理解していたということだ」
「えっ!? それはどういうことなの? フィリア」
「僕と……おそらくサロスもだけど、ぽっかりと抜け落ちている記憶を埋めるようにずっと昔から使って来たかのようにこの不思議な力を使いこなせるようになっていたんだ」
「まぁ、もちろん。全部が全部できるわけじゃねぇ。良くわかんねぇけどフィリアは俺みたいに巨人にはなれねぇみたいだしよ」

 そんな二人の話を聞いていたソフィが、突然二人に対して土下座のような体制を取る。

「そっ、ソフィ!? どうしたのいきーー」
「お願いします!! ボクを!! ボクをもう一度鍛えてください!!!」

 今までソフィもヒナタも聞いたことのないような大きな声でソフィが叫んだ。

「ボクはお二人に比べてとても弱い。だからもっと強くなりたいんです!! お願いします!! ボクを強くしてください!!」
 
 それはソフィの願いであった。
 今のままではコニスを守ることは出来ない。もしフィリアやサロスが来ていなかったらあの場所で終わりを迎えていたかも知れない。

 その事をソフィはレムナントたちとの戦いの中で痛感していた。

「頭をあげてソフィ、僕たちだって君に教えられることはーー」
「うーっし、わかった。いいぜ、強くしてやるから外に行こうぜ。ソフィ。その代わり根性見せろよ」
「サロス!?」
「はっ、はい!!」
「……強くなるってのは、そんな簡単なことじゃねぇからな」

 昔に見たことがないような憂いのあるサロスの横顔にヤチヨ、フィリア、ヒナタの三人は目を奪われるも、すぐに彼はいつもの表情へと戻る。

 外へとズンズン歩いていくサロスとソフィの後ろ姿。

「ちょっと!! サロス!! ソフィ!!!」

 呼びかけるフィリアの言葉も聞かずに、サロスとソフィが連れ立って出ていく様子をコニスはジッと静かに見つめているのだった。


つづく

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