Eighth memory 14 (Conis)
『オ……ビィ……オー……ビー』
「誰だ……俺の名前を呼ぶやつは……」
ゼロに取り込まれ、自分が自分でなくなっていく中で優しく撫でるような懐かしい声が聞こえ、思わず耳を傾ける。
『もぅ……もう忘れたの……?』
少しだけ意地悪な笑みを浮かべたその女性は、オービーがもう一度会いたかったシーエイチその人であった。
「シーエイチ……お前、なんで……? いや、そうか……俺はーー」
シーエイチの顔を見たオービーは全てを悟った。
きっと自分はその命を、人生を終えたのだということを……。
自らの願望がこうして幻となって目の前に現れてくれた。
それだけで、幸せな最後といえるじゃないかとオービーは小さく笑い、ゆっくりと目を閉じようとした。
しかし、パァンという頬への衝撃により閉じたその目を大きく見開く。
目の前には自分の頬を叩いたであろうシーエイチから先ほどのような笑顔は消えており、自分を睨んでいた。
自分が願った幻であるならば、それはオービーが望んでいたことではなかった。
「なんだよ……どういうことだ……どういうつもりだよ! おいっシーエーー」
『どういうつもりはあたしのセリフだよ!! オービー!! あんたは、そんな簡単に大事なものをあきらめるような……そんなやつじゃなかったはずだろ!!!』
頬への痛みはなかった。
それは自分の命が終わってしまったからなのか、それとも記憶が見せている幻のシーエイチの手だからなのか……それとも両方なのかオービーにはわからなかった……
それでも、放たれた言葉は彼の心に深く突き刺さった。
「もういいだろ……俺はもう満足だ。思い残すこともなーー」
『また自分に嘘をつくの!? オービー!!!!』
オービーの言葉を遮るように、怒りのこもった言葉をシーエイチは投げかけた。
そんなシーエイチの言葉を聞き、少しだけ顔を背け、耳を塞ぐ。
自分はこんなこと望んでいない。
早く、目の前からこの幻が消えて欲しい。そうオービーは願った。
しかし、その願いとは裏腹にシーエイチはゆっくりとオービーに近づき、後ろから彼を抱きしめた。
『あたしにもう、隠し事はできないよ……』
それは、先ほどの平手では感じなかった感触がある。確かにそこにいる彼女に抱きしめられているという実感。
「そう……か……そうだな……そんな気がするよ……」
今のシーエイチには自分の考えていることは全て筒抜け……だからこそ彼は、背中ごしのシーエイチの顔を見ることが出来なかった。
『あんた……エスシーが心配なんでしょ……?』
「……」
『自分の命が終わることも含めてあんた自身には何も思い残すことはない。それは本当のことだと思うよ。でも、あの化け物みたいなやつからエスシーを逃がしてやりたい……せめてエスシーだけでも無事でいて欲しい……そう、あんたはそう思っているはーー』
「無理なんだよ!!!!」
シーエイチに心の中を晒され、オービーは自分の気持ちを大きく言葉に出すことしかできなかった。
ゼロとの圧倒的な力の差をオービーは嫌というほど思い知らされた。
自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥り、ここへ向かう事にした自分の判断を心底後悔した。
同時にその発言によってオービーは間違いなく今、自分の目の前にいるシーエイチが自分の知るシーエイチであり、彼女本人であることを確信する。
ここまで図々しく自身の心の奥に踏み込んでくるような人物をオービーは一人しか知らなかったから。
『……本当に、それでいいの? オービー?』
「……俺にはもうどうにもできねぇんだ……」
『ってことは……あきらめたくはないんだね……』
「……」
『良かった。なら、まだあたしはあんたの力になれる……』
「シーエイチ……? お前……」
『一度だけ、最後に一度だけ……』
「シーエイチ!! 待て!! 待ってくれ!!」
ゆっくりと抱きしめられていた感覚が消えるのを感じ、オービーはとっさに後ろを向く。
そこには、ゆっくりと笑顔を浮かべたシーエイチが光となって消えて行く光景が目に映った。
消えゆくシーエイチへとオービーは思わず手を伸ばした。しかし、その手はシーエイチに届くことはなかった。
「……はっ……くそったれが……ちゃんと全部説明してから消えやがれってんだ……言葉、……いや、言葉なんて俺たちには必要なかったよな……ありがとな……シーエイチ」
オービーの全身の結晶が真っ黒く変わっていき、同時にオービーは自分の中に感じたことのない力が溢れ出すのを感じていた。
「……ブ……シディーー」
ゆっくりとこの言葉を呟く瞬間、一瞬、本当にその一瞬だけオービーのその手にもう一つ手が重なった。
その言葉を言い終えると、彼を取り込もうとしていた黒いもやが晴れ、しかし別の何かが彼の中の記憶と体を奪い、彼の魂だけが離れていく。
しかし、それでもオービーはかまわなかった。隣にいる存在に賭けた。
直前まで言葉を交わしていたはずの彼女すら今はもう誰かは思い出せないが、でもその存在に自分の心が安らいでいることを感じる。
幸せな思い出すらも犠牲にしなければ、ゼロからエスシーを逃がすことはできないのだとオービーはそう理解した。
彼にはその後に起きる未来すらもが見えていたのだった。
「!?」
取り込む寸前であった獲物から感じた大きな力に驚き、ゼロはオービーを掴んでいた腕を離そうと力を緩めた、しかしその判断が遅かったことでかつてない痛みがゼロの身体を駆け巡る。
「っつつつぅぅぅぅぅ!!!!」
声にならない叫びと共に、オービーを掴んでいたゼロのその腕が宙に舞った。
オービーが握りこんでいた小さな槍が黒く変色し、巨大な斧に変わる。その斧がゼロの腕を勢いよく切り落としたのであった。
彼の目には既に光はなく、虚ろなその眼が辛うじてゼロのその姿を映し、ゆっくりとゼロに背を向け、気を失って倒れているエスシーの姿へ移る。
その後、オービーはそのままその斧を振りかぶって、地面へ大きく振り下ろした。
その途端、地面に亀裂が入り揺り籠の床に闇への道が開く、エスシーの身体はその穴の中に吸い込まれ落下していき、ゆっくりゆっくりと下へ下へ落ちて行った。
斧を振り下ろしたオービーもまた、その地面に吸い込まれるように共に闇の中へと落ちる。
最後にゼロが見たオービーのその表情はどこか笑っているように見えた。
ゼロの足元にも亀裂が伸び、咄嗟に体から翼のようなものを生やしその場から離れた。
亀裂がある程度まで広がり、後には、エスシーとオービーを飲み込んだ小規模な割れ目がぽっかりと開いているだけであった。
その下は真っ暗であり、2人がどうなったかまではわからない。
底の見えないその闇。
落ちればただではすまないことは誰が見てもわかることであった。
「……逃げられた……カ……とはいえ、これで助かる訳もない、カ」
オービーが放った最後の一撃により、自分の中で脅威となり得る可能性があったエスシーに対して自身でとどめを刺すことが出来なかった。
その事実にゼロは小さく舌打ちをした。
「ゼロ……君が今、何を思ったかはわからないが、少女一人、問題はないだろう……それより……」
ワイズは、ゼロが失った左腕を再生させないことを不思議に思っていた。
彼の力ならば失った部位の再生など容易いはずであったからである。
「何故、その左腕を再生させない……? 力を支配している君ならばその程度造作もなーー」
「俺ハ、この腕を戻す気はナイ……」
「……何故……?」
「わからなイ……だが、この腕を元に戻せば、俺は……今掴みかけた何かを失う気がすル……」
「……ふぅーむ……そうですか……つまらない人間のような考え……ですね」
ワイズのその一言に、ゼロは思わずその顔を見た。
「人間のよう……カ……ハハ、ハハハハ」
ゼロはこの時、何故笑ったのか自分でもわからなかった。
しかし、この出来事をきっかけにゼロの中でなにかが変わったのは間違いなかった。
OB-13どこにでもいるような男、何の役割も持たなかったこの青年の存在は、彼の知らない所で沢山の人間に影響を与えていた。
彼のここでの最後の行動が無ければ、エスシーを逃がしていなければ全てが終わっていたという事に気付ける者などいない。
彼の存在を記憶する者ももうほとんどいない。今後の歴史や人々によって語られることもない。
彼こそ誰も知らない、この世界において後に英雄と呼ばれるような存在となれただろう。
そう、名前さえあれば。
その英雄の呼び名は唯一、闇の中に輝く星の記憶へのみ刻まれる、と同時に忘却の彼方へとその名は儚くも消え去ってしまうのだった。
つづく
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