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EP 05 炎と氷の助奏(オブリガード)01

「ソフィ、それはなんですか?」
「これ? これはねーー」

 自警団を襲撃した謎の緑の存在が現れてから数日経った頃。
 あの存在達がそれ以降、姿を見せることはなかった。

 しかし、甚大な被害を受けた自警団全体は未だにその機能を失ったままである。
 
 特に復旧に際して問題なのは、人材、とりわけ団長不足。
 大勢いた自警団員をまとめるための団長たちのほとんどがその役割を果たせずにいた。

 体を侵食されたまま、意識がまだ戻っていない人間も大勢いる中で特に痛手となっているのは、自警団で精力的に活動していたアイン、ツヴァイ、ドライの三名がまともに動くことが出来ないという事だ。

 自警団の団長は、その候補含めて現在はおおよそ30人程度はいる。
 しかし、そのほとんどが名ばかりと昔の栄光を語るだけの存在。

 残っていた人物達も今回の事件をきっかけに自警団を辞めた。
 当然である。彼らには自分の命をかけるほどの熱意は既にない。
 ただ、安全に自分の自尊心を守れる場所。それが彼らにとっての自警団だったのだ。
 
 いつからそうなってしまったのであろうか。そんな彼らも初めは自分の出来ることに熱意を燃やし、本気で誰かのためにという気持ちを持っていたはずなのに。

 そんな現状もあってか、自警団の活動は大きく制限されることを余儀なくされソフィはその間、そのほとんどの時間をヒナタの家でコニスと過ごしつつ調査をするしかなかった。

「ねぇ、ヤチヨ」
「んっ? なーに」
「昨日まであったベーコン知らない? 確かここに入っていたと思ったんだけど……」
「シラ……ナイ……」

 顔を背けたヤチヨの顔をヒナタがじっと見つめる。

「怒らないから、正直に答えてね。ヤチヨ。あなたはあのベーコンの行方知ってるの?」
「しら……ナイ……」
「ヤチヨ、もう一度聞くわね。ベーコンどうしたの……?」
「……夜中に……お腹が空いて……食べました……」
「ヤチヨ!!!」
「わーん! 怒らないって言ったのにぃー!!!」

 キッチンから聞こえてきた賑やかな声を聞き、ソフィは思わず苦笑いを浮かべた。
 そんな様子を見て、コニスが読んでいた本から視線を外しソフィの方をじっと見つめた。

「どうしたの……? コニス」
「ソフィ、あのお二人は喧嘩? しているのですか?」
「うーん……そうだね」

 ソフィは苦笑いを浮かべる。本を通じて彼女は色んな言葉を最近覚えては彼にその用途を確認していた。
 そんなコニスの勉強熱心な姿にソフィはまた更に好意的な印象を持つに至っていた。

「では、ヤチヨさんとヒナタさんは仲が悪い? のですか……?」
「うーん。それは違うよ」
「……? では、何故喧嘩……? しているのですか?」
「そうだね。仲が良すぎてしまうと、時には喧嘩をしてしまうこともあるんだ」
「? それはなぜですか?」
 
コニスは不思議そうに小首を傾げたまま問う。
 
「仲が良いから。お互いがお互いを大好きだから。だから、喧嘩をしてしまう。ゴメンね口で説明しようとするとボクにもわからないや」
「……そうですか。ソフィにもよく、わからないのですね……困りました」
 
 コニスが、難しそうな顔で考え込んでしまう。
 そんな一生懸命に考えるコニスの顔を見て、ソフィが思わず笑みを零した。
 
「? ソフィ、何故、笑っているのですか?」
「……ボクがコニスのことを好きだからかなぁ?」
「……では、喧嘩をするのですか……?」
「うーん。喧嘩はしたくないかな。こうしてもう少しコニスと話をしていたいよ」
「ワタシもです。ソフィ」

 そう言ってコニスもソフィへと笑いかける。
 その表情を見て、ソフィもまた笑みを零した。

「あんたら、なにぽわぽわした雰囲気でしっかり惚気てるのよ」

 いつの間にか席に座っていたヤチヨが一つため息をつく。

「ヤチヨさん、ヒナタさんとはもう良いのですか……?」
「めちゃくちゃ怒られたけど。まぁ、セーフって感じ。ぶつぶつ言いながら今は朝ごはん作ってる」
「そうですか……」
「ねぇ、何してたの……?」
「いつものように、コニスに絵本を通じていろんなことを教えていました」

 そう言ってソフィがヤチヨにも見えるように絵本を傾ける。

「わぁー懐かしい。あたしもこれ子供の頃読んでたなー」

 ヤチヨも懐かしさからか、絵本を手に持ちペラペラと捲り始める。

「ヤチヨさん」
「なーに? コニスちゃん」
「ヤチヨさんも、ソフィのこと好きですか?」
「コニス……?」

 突然の質問に、質問をされたヤチヨよりもソフィの方が動揺した表情を浮かべた。

「うん、好きだよ」
「そうですか」
「コニスちゃんもソフィのこと好きなんだよね」
「はい。好きです」
「あたしのことは」
「好きです」
「ヒナタのことは?」
「たまに怖いけど、好きです」
「そっかそっか」

 コニスの答えを聞いて、ヤチヨがニコニコした笑みを浮かべる。
 その顔を見て、コニスも笑みを浮かべた。

 そんな二人とは対照的に、ソフィは一人ほっと胸を撫でおろしていた。
 コニスの真意はわからなかったが、あんなことをコニスが言うとは彼にも想像できないことであった。
 自分で好きという言葉を使う事には抵抗もなくあまり無頓着だったが、そう言われる側になるというのはなんともむず痒いものがある。
 ただそこにソフィが考えていたような好きはおそらくなくコニスの純粋な疑問であるということに情けなくも今この瞬間に安堵し、油断していた。

「ソフィ? 大丈夫ですか? 顔が、赤いです」
「ふぇっ!?」

 コニスが、突然ソフィのおでこに手を当てる。
 ひんやりと冷たい感触と、コニスの顔が目の前に迫っている事実にソフィの顔は突如赤みを増していく。
 そして、ゆっくりとコニスの手が離れたタイミングでソフィはコニスから顔を背けた。

「ソフィ? どうしてこちらに顔を向けてくれないんですか?」
「えっ? えーっと……それはーー」
「ソフィ、ワタシ。ソフィのお顔、もっとちゃんと見てお話ししたいです。ダメ、ですか?」
 
コニスはずるい……ソフィは心の底からそう思った。
そんな純粋な目で見られてしまっては、赤ら顔を隠すために顔を背けることが出来ない。
でも、背けずに……コニスの顔を見続けていると……。

ソフィの鼓動はいつの間にかうるさいほどに高鳴っていた。
 
「コニスちゃーん。ちょっとお手伝いに来れるー?」
「はい。今、行きます!!」

 呼ばれた彼女はとてとてと軽く走り、キッチンへと消えて行く。
 ソフィは大きくふっーと息を吐いた。
 そんなソフィの横へと移動し、ヤチヨが肩肘でくいくいとソフィを小突いた。

「ソフィ、あんた。コニスのこと本当に好きなのね」
「ななな何言ってるんですか!!! ボボボボクのコニスのススス好きの感情はーー」
「ソフィもヒナタと同じなんだね。ちゃんと、好きがあるんだ」

 そう言ったヤチヨの表情がどこか寂しそうに見えた。
 そんな彼女の表情を見るのはソフィにとっても珍しい事だ。

「ちゃんとって、その、ヤチヨさんにはいないんですか……? そういう人」
「あたし……あたしは……」

 そう言って、ヤチヨは机の下で足をパタパタさせる。

「どうなんだろうね。ヒナタもソフィもコニスちゃんも、フィリアもサロスもシスターもあたしはみーんな好き。でもね、それはパパやママと同じ好きなんだ。ヒナタやきっとソフィのいう好きとはなんか違うんだと思う」

 そう言って、ヤチヨが机に横顔をぴたりとつける。

「そう言う人は……昔もいなかったんですか……?」
「昔……?」
「えぇ、今はいなくても例えば、ヤチヨさんとヒナタさんは学院に通っていたんですよね」
「うん。あたしは選人になったから途中で辞めちゃったけど」
「その頃にもいなかったんですか……?」
「学院の頃……うーん……」

 ヤチヨが顔をあげ、腕組みして考え始める。
 しかし、しばらくして腕組みを止めて机にもたれかかった。

「いないなーそういう人。そもそも学院の頃もほとんどサロスとフィリアヒナタといつも一緒にいたし、そういう他の子と遊んだことなんてーー」
「じゃあ、そのフィリアさんとサロスさんはどうなんですか……?」
「……? ソフィ、あたしはサロスもフィリアもそういうんじゃなくてーー」
「本当にそうですか……?」
「本当にって、どういうこと……?」
「いえ、今はそうであったとしても例えば初めて出会ったときとか……?」
「初めて出会った時……? うーん」

 ヤチヨは再び、腕組みをしてうーんと唸りながら考え始めた。

「うーん……フィリアは初めて会った時は一人で本を読んでいるような大人しい子だったし。何か、あたしが守ってあげなきゃなんて思ってたなぁ……」
「そう……なんですか……?」
「うん。ヒナタにも話した時驚かれたけど、フィリアって昔はすっごくかわいかったの」
「かわ……かわいい……?」
「うんうん。なんというかね、こう……放っておけないっ! みたいな」
「なっ、なるほど。じゃあ、サロスさんはどうですか……」
「サロス……サロスはーー」

 そう言って言い淀んだとき、ソフィはフィリアに持っている感情とは何か違うと感じ取った。
 そして、それはおそらく本人が気づいていないだけで自分がコニスに持ち合わせている気持ちと同じなのではないかとも思った。 

 そんなソフィの気持ちをまったく知らず、ヤチヨは再び机の下でパタパタと足をばたつかせながらうーんと唸っていた。

「どう、なんですか……?」

 そう言われて、ヤチヨは足のパタつきをやめ腕組みを解いた。

「サロスはね……最初はすっごく嫌で優しかったの」
「嫌で、優しい……?」

 矛盾する感想に一瞬ソフィが困惑した表情を浮かべる。
 そんなソフィを見て、ヤチヨも思わず苦笑いを浮かべた。

「おかしいよね。うん。でもね、サロスは昔からなんかどっか意地悪なのに、優しいの……」
「なっ、なるほど」
「そうなの。自分の嫌いな人参をぜーんぶあたしに渡してくるくせに、自分も好物なエビフライをケンカした日にくれたり。本当、最初はわけわかんなかった」

 そう言って嬉しそうにサロスの話をするヤチヨを見て、ソフィは思わず笑みを浮かべた。

 その笑顔は今まで見てきたヤチヨの笑顔とは違う、どこか怒っているようにも聞こえるのに何故か少し艶っぽくも見える。
 色んな表情や感情が笑顔の中に含まれている。

 ソフィには以前から一つ疑問に思っていたことがあった。
 それは、ヒナタから聞いたフィリアがヤチヨのことを好きだったことがあるという話だった。

 ソフィから見て、ヒナタとヤチヨはほぼ対極にいると考えている、似ている部分も確かに存在はするが彼女らは真逆であると考えていた。

 そんなフィリアがヤチヨのことを好きだったことがある。ソフィはその話に対して半信半疑だった。

 しかし、この瞬間。それは本当かも知れないとソフィは感じた。
 自分は今、コニスのことが好きだと感じている一人の男性だ。

 だが、であるにも関わらず今のヤチヨの複雑な笑顔を見て魅力的に感じてしまった。
 これは理屈ではなく感覚だ。
 ヤチヨにはどこか不思議な魅力がある。
 子供のような普段の姿からは想像もできないような表情を時折見せる。

 ヤチヨはもしかしたら、アインを超える魔性を兼ね備えているのかも知れないとソフィは密かにこの時、思った。

「ーーで、それから……って、ソフィ聞いてるの!?」
「……それが、ヤチヨさんにとっての特別なんですね」
「えっ!?」
「顔を見ればわかります。今、話してくれた全部が嬉しかったんですよね」
「いや……そんなことはなーー」
「では、何故、ヤチヨさんは今、そんなに頬が緩んだ顔をしているんですか?」
「えっ、あっ、あたしそんな顔なんてーー」

 その瞬間、ソフィの予感は確信へと変わった。
 自分ではまだ気づいていないが、彼女がサロスに向けていた好きという感情は他の誰かと同じ好きではなく、彼女にとって特別な好きなのではないかと。

 ただ、どうしてこれほど素直に日々を生きているヤチヨがその気持ちを素直に自覚出来ないのだろうという疑問が、ソフィの中に芽生えていくのだった。



つづく


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