EP 04 満腹の間奏曲(インテルメッツォ)02
「えーっと……とりあえず座って待っていましょうか」
そう言って、ソフィがモナへと着席を促す。
家主ではない者がそのような言葉をかけるのは変だと思いつつも、今立ち尽くす彼女に声をかけられるのはこの場ではソフィしかいなかった。
「そうしましょうか、失礼しますね」
そう言って、モナも苦笑いを浮かべる。
彼女自身もここに連れてきた本人がいなくなってしまってどうして良いかわからなかったので、ソフィのその提案は正直ありがたかった。
「ソフィ……?」
モナが着席し、ふと声の方に顔を向けると、スプーンを握りしめた少女が隣に座る少年を見つめていた。
「料理が出来るまで大人しく座って待っていようね。コニス」
「……はい。わかりました」
コニスは少し迷った表情を浮かべはしたが、コクリと小さく頷いた。
それと同時にキッチンから賑やかな声が聞こえてくる。
「ヌハーン。キタわ!! キタキタ!! 新しいアイデアが今ここで浮かんでキタわー!!」
「なんか良くわからないけどキターのね!! キター!!!」
まず、トニーとヤチヨのなんだか楽しそうな声が響く。
あの二人は料理をしているはずなのでは? と聞こえてきた場違いな声に不安げな表情をソフィは浮かべる。
「ヒナタ、このタイミングで塩を入れるの。あ、量には気を付けて」
「はい」
「そして、ここでお肉を」
「えっ!? もう入れちゃうの!? まだ火を着けてないわ」
「うふふ。実はここで入れるのがポイントなのよ。お水の状態からゆっくりと煮る事でお肉が柔らかくなるの、覚えておきなさい」
「う、うんっ!!」
続いて、ヨウコとヒナタの親子同士の和やかな声が聞こえてくる。こちらは特に問題はなさそうである。
声を聞いているだけなので、どのような仕上がりになるのかはまるで予想はできないのだが……。
料理の登場にはまだまだ時間がかかるな、とソフィは思った。
「……ソフィ……」
「えっと……多分。もうすぐ。出来ると思うよコニス……」
ソフィはもう何度かわからない返答をコニスへと伝える。
コニスのお腹は、先ほどまで食べていたヒナタの料理があるため空腹ではない。
量も、彼女の胃袋では満足していないようだが、充分な補給はしたはずだ。
しかしコニス自身は、その無尽蔵とも言えるお腹を押さえて物足りない表情だ。口をすぼめて、ひたすらにソフィの方を見つめている。
そんな目で見つめられても、こればかりはソフィにはどうする事も出来ない。
「……うーん……ミス!! ヤチーヨ!! 味見をお願い」
「任せて!! ……んっ!?」
「どうしたの……?」
「なんだろ。何かこう……じゅわわーんって拡がる風味が足りない気がする」
ヤチヨの意味不明な言葉を聞き、トニーが大きく頷く。
「じゅわわーん……なるほど。何かが足りないと思ったけれど。それだわ!!」
「トニー!!」
「うん……そうよね。やっぱり違うわね!! そうっ! 違うわ!! このイメージじゃない!! あちしの思い描いた作品にはじゅわわーんが足りない!! 作り直しよ!!」
ならその作り直す前の料理は先に出してほしいな。とジッと見つめてくるコニスの視線を浴びながらソフィは思う。
「後、ぼぼぼぼーんとふわとろっさくって感じが欲しいわ」
「……なるほど。その方向は思いつかなかったわ。そのプランを試すわよー!!!」
「おー!!」
キッチンから聞こえてきた声にソフィは思わず苦笑いを浮かべた。
いったい何が行なわれているのだろうか……?
もう、テーブルに座っている誰もここから先の料理の行く末がわからなかった。
「……しゅわふわさくっ……はギリギリわかるけど。じゅわわーんとか、ぼぼぼぼーんとか……ヤチヨさんもコニスほどではないけど……たまに独特な言葉を使うよなぁ……」
「ソフィ、ワタシがなんですか……?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ。コニス」
「もやもやです……」
「あー……そのっ……」
コニスが一瞬、暗い表情を浮かべる。
それに対してソフィが焦ってフォローの言葉をかけようとするが、その言葉よりも先にコニスのお腹がもう待てないとばかりに小さくくーっとなった。
「お腹もぐーぐーです」
「……そうなんだね。コニス」
ソフィは、ふとコニスとヤチヨがどこか似ているように思えた。
考えてみればコニスの謎の言葉を特に不思議に思わず自分が対応出来ているのは、ヤチヨの存在があったからかも知れなかった。
ヤチヨが時折テンションがおかしくなると、先ほどのような独特で抽象的な言葉を放つことは珍しくはなかった。
「ヒナタ、味見してみて」
「えっ……うん……」
「どう……?」
「もう少し丸みが欲しいかも……」
「どれどれ……んー確かにでも、お砂糖より……」
「それは……お酒?」
「そう。甘みももちろんだけどコクも出るのよ。アルコールは飛ばしていくわよ」
「なるほど。そうなのね」
「……ヨウコたち……一体。何品作るつもりなのかしら……」
あまりに戻らない四人にモナはどこか心配になってきていた。そもそもキッチンにトニーとヨウコがキッチンに入った時から嫌な予感があった。
と、いうのも完全にやる気スイッチの入ったあの二人ほど集中力がある人物を他に知らないからだ。
時間も忘れて没頭する。勿論、それは自分も別の事に関してはそうなる人間であることで二人に対して理解はある。だからこそ今も尚、友人として付き合えているのだから。
トニーが普段の経営している。レストランラ・ポルテ。
確かな実力で、連日満席になっている人気のレストランである。今日は弟子たちに店を完全に任せてきたらしい。
その店にも行ったことがあるがそこでのトニーはどちらかと言えば寡黙な料理人である。
友人として過ごす際の陽気なイメージではなく、昔気質の不器用だが温かい人という印象を持っている。
このように饒舌で楽し気な姿はラ・ポルテの従業員達が見れば、さぞびっくりすることだろう。
そもそもトニーは料理を作る際、何よりスピードや効率を優先する。味やクオリティはもちろん最高のものを求めつつも、だ。
たくさんのお客様を笑顔にするために素早い提供を意識している。店内での対応も彼が尊敬していた料理の師の姿を参考にしていると聞いたことがある。
しかし、今は仕事ではない。何一つ偽る必要などない。
《《《プライベートなのである》》》
プライベートの彼は料理人であると同時に芸術家なのだ。トニーは、学生時代からこだわりの強い男であった。
そのこだわりによって、家庭科での授業が終わっても尚料理が完成しないという事態を起こしたりもした。
同じ班の人間は周りが完成した料理を食べているのを羨まし気に眺めながら完成しない料理を待つしかなかった。そんな彼をヨウコもモナも何度も見てきた。
キッチンに入る際のやる気に満ちた目。その奥に炎を灯した彼を見た。その時は、まだやる気スイッチは入っているがそこまで時間はかからない。
何よりお腹を空かせた子がいる。彼らしい、スピーディーかつ丁寧な提供が行なわれるだろう。そう思っていた。
しかし、そのモナの予想はトニーの手伝いに入ったヤチヨという少女によって崩された。そう、彼女との芸術家的観点の相性が良すぎたのだ。
モナとヤチヨは今日が初対面である。が、キッチンから聞こえてきた話し声であのトニーとまともに会話をして楽しそうにしている。その様子をマズいと思った。
芸術家スイッチの入ったトニーの感覚的な思考から繰り出される言葉と会話をするのは、普通の人であれば彼の独特な感性に圧倒され口を閉じてしまうものだ。
しかしそれと同じ……いや、以上の感性の持ち主だとモナは感じた。
それは、彼女もまた芸術家として、一人の音楽家としての感性が感じ取ったものであった。事実。ヤチヨはその話についていけていた。
トニーは自分にない感覚をとても好む。自分には思いつかないアイデアや考えを聞き、それを料理に反映する。
その結果、彼の創作意欲はまさに爆発していた。爆発してしまった彼はもう誰にも止められない。
彼が満足するまで、または食材を使い切るまでは彼の料理が終わることはないだろう。
そして、ヨウコもまた自分の娘と初めて料理ができることに舞い上がってしまっているのは見て取れる。
ヨウコの趣味は料理である。
それは学生時代からの付き合いであるモナにとっては何のことはない友達の趣味だ。
仕事としては、医療の道に進んだ彼女だが医学と同じくらいに熱心に勉強していたことが料理であった。
しかし、彼女は料理は極めるのではなく楽しみたいという気持ちが強くそれを仕事にしようとはしなかった。
それでも、いつか結婚して娘が出来たら一緒に料理を作ることが彼女の夢であるというのは何度もモナは聞いていた。
そしてその夢が今、時を経て叶っているのだ。
昔から娘との仲があまり良くない事は度々、悩みを打ち明けられていた事を思い出す。
だからそのような機会がこれまで訪れることはなかった。
ようやく自分がしていた仕事の大変さを理解してくれるほどに成長した娘。
そんな矢先にヒナタは、何の相談もなしに自警団に入団しヨウコから、実家から離れていってしまった。
たまに家に帰ってくることはあったが一緒に料理をするような時間など当然なかったのだろう。
そんなヨウコにとってまさにこの時間は至福の時間であった。
本当はただお土産を持って少し顔を見たら、帰ろうというくらいのものだった。
それがお腹を空かせた少女コニスがいたというタイミングと重なり、今起きている目の間の光景へと繋がっている。
ヨウコのそんな想いを知っているモナは舞い上がるヨウコの背中を見つめ、フッと一人小さく笑みを浮かべ、無理もないかと目を細めた。
キッチンからは相変わらず何が起きているのかわからないが賑やかな声が響いていた。
「ふふ……ま、こっちの二人にはただ待っているだけじゃ暇だし、苦痛よね……」
そう言って、モナは机に寄りかからせていた大きな箱から奇妙な形をした何かを取り出す。
どうしてか既にもうお腹も空いて、待つことに飽き気味だったコニスがその見たこともないその何かに興味を示したのか。
のぺーっと机によりかかっていた体を起こし前に乗り出してジーっと様子を伺う。
そのコニスの様子につられ、ソフィもモナの方へと視線を向けた。
「モナ……さん。それは……?」
「これはね。ギターと呼ばれるエルムで、んしょ、こうして持って、この弦っていう場所を弾くとね……」
モナが説明しつつ、その弦と呼ばれる場所を弾くとそのギターというものから不思議な音が聞こえてきた。
「すごいです。音が出ました」
初めてのギターとその音色を聞いてコニスがその空腹も一時忘れ、目を輝かせる。
ソフィはラジオで聞いたことはあったが、生でこの音を聞くのは初めてでその存在と音色にすっかり心を奪われた。
「ラジオから聞こえていたのはこの音、だったんですね」
「あれ……? もしかして、ラジオ聞いてくれてるの……?」
「あっ、いえ……モナさんの番組を聞いたことはないんですが……あ」
そう言ったソフィの言葉を聞き、モナががくんっとうなだれる。
「すっ、すいません……ボク……」
「いいわ。なら、今度から聞いてもらえるように待っている間に曲を歌ってあげる」
「きょく……ですか……? うた……? とはなんですか……?」
コニスも初めて聞く言葉たちになぜなぜの疑問を浮かべつつ。未知のことに心を躍らせていた。
「もう……あなたたち。まとめてファンになってもらおうかな? んっ……んん。そうね。では聞いてください『はみみ』」
軽く咳ばらいをした後、モナは静かにギターを弾きながらその優し気な声で歌い始める。
ソフィはそれを聞き自警団のラジオでよく聞いていた耳なじみの曲を目を閉じて聞き入っていた。
コニスも、どうやら彼女の歌声と聞こえてくる音が気に言ったようで同じく目を閉じて耳を澄ませている。
その場には料理の音と楽しげな声。
ギターの音と爽やかな歌声が重なっていく。
こうして、激動の一日であったこの日の夜。
ゆったりと穏やかな時間がひととき流れていくのだった。
つづく
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