Fifth memory (Philia) 10
「フィリア、お前には伝えておかなければならない……次の選人は、おそらくお前の友人であるあのヤチヨという少女だ……」
「えっ……!?」
「いいかフィリア、期日までに、天蓋に彼女を連れてこい。いいな」
「でもーー」
「時間は、まだ残っているとはいえ、あっという間にその日は来る。これも、皆のためだ……」
「そん、な……」
目の前が真っ暗になる。
ヤチヨが選人?
話だけは知っていた。読んでおけと言われた本の中に書いてあったから。
天蓋の本当の役割、その場所を守る僕の家の役割の事。
そして、天蓋の役割の為に必要な存在である選人のこと。
けど、現実に起きていていることで、今でもなお、行われている事だなんて、思うはず、ないじゃないか。
こんなこと……。
受け入れられず、その事実からしばらくの間、僕は目を背け続けた。。
だが、現実というのは、どうしてこんなに残酷なのだろうか?
兄さんから言われていたその期日を明日に控えた夜、僕は、どこにぶつけて良いのかわからない気持ちを泣くことでしか処理することができず、一人、俯いていた。
「フィリア」
涙を拭い、声のした方へ振り向く、そこには顔は見ていたが、何年も声を聞いていなかった父さんの姿があった。
「とお、さん?」
「フィリア……」
久々に聞いた父さんの声は、記憶よりだいぶか細かった。
「父さん、どうしたの?」
「フィリア、メノウから何か、受け取っているか?」
「母さんから?」
突然の父さんの言葉に、一つだけ思い当たるものがあった。
母さんが亡くなる寸前、僕に手渡してきたあのペンダント。
首から下げていたそのペンダントを取り出し、父さんに見せた。
「やはり、そのペンダントはお前が……」
「このペンダントが、どうしたの?」
「それは、我が家に代々伝わるものだ。星のペンダント……その形からそう呼ばれている。それは、将来、お前達二人のどちらかに大事な人が出来た時に渡すつもりでメノウと話をしていたが……」
「大事な人……」
ふと、脳内にヤチヨの顔が浮かぶ。
笑顔で僕に手を振るあのヤチヨの笑顔が。
サロスに適わないと思って自分から諦めたはずだったのに……。
その存在が、最近、胸をざわつかせる。
「そのペンダントは、身につけたものをあらゆる災厄から守る力があると言われている……」
「あらゆる災厄から、守る?」
「そうだ、だから私はメノウにそのペンダントを婚約の際に渡した。肌身離さず持っていて欲しいと……」
「……」
「最期の瞬間、メノウがペンダントをしていなかったから、お前か、ナールのどちらかが持っているのだろうと思ってはいたが、そうか、お前が……」
「父さん……」
「フィリア、私は、いつか許されるだろうか?」
「えっ?」
「メノウがいなくなって、お前やナールから目を反らした私は、ダメな父親だ……」
「……」
そう言った父さんの目はとても悲しみに溢れていた……。
「彼女しかいなかったんだ!! ……俺が弱い部分を見せることが出来たのは……メノウ、だけだったんだ……けど、自分の持つ役割も、とても大事な事で……!! 俺は! その二つを天秤にかけるしかなかった……」
「父さん……」
「メノウが亡くなって、もう俺には何も残っていないと思ってしまった。馬鹿だよな……ナールや、まだ小さかったお前がいたというのに……俺は……」
「……」
「あの日、ヨウコに殴られて目が覚めた。メノウが残してくれたお前たちという宝物が俺にはまだあるんだということを……けれど、それでもあの時の判断は、その後悔は、消える事はない」
「父さん……」
「すまないな……フィリア。俺は、強い人間ではなかった。どこか、メノウと重なるお前を見ていると、辛くて、苦しかった……だから、お前には散々寂しい想いをさせてしまった……」
「……」
母さんが死んでから、父さんが僕と会話をすることはなかった……。
母さんとの別れの日、父さんは僕に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で『どうして最期の瞬間を看取ったのがフィリアだったんだろうな』とぽつりと溢し、その言葉で僕は父さんから疎まれているような気がしていた。
父さんは、僕を嫌っている……勝手にそう思い込んでいた。
でも、そうじゃなかったんだ……。
あの言葉は僕に向けた言葉じゃなく、自分への……後悔の言葉であり、自分への怒りが滲んでいたんだ。
父さんは、母さんが本当に大好きだった……だから、苦しんでいたんだ。
母さんのいない日々を……母さんに似た僕と過ごす毎日を……。
大好きな人がいない世界で、大好きな人を感じてしまうから。
その面影が目の前に常にあったのだから。
「すまない、すまないフィリア!!」
力強く父さんが、両腕で僕を抱きしめた。
でも、その力は僕が知るよりもとても弱くて、振りほどこうと思えば簡単にできてしまえそうだった……。
久しぶりに近づいた父さんは昔よりもとても小さく感じた。
そっと父さんを両腕で抱きしめかえした。
ふいに涙がこぼれた。
父さんとの思い出は少ない。でも、ふと思い出した。
母さんがいなくなってから、父さんが何度かこうやって黙って抱きしめてくれたことを。
寂しくてぐずって泣く僕を、泣き止むまでずっと……。
優しい言葉や、頭を撫でてくれた母さんとは違う温かさ。
自警団の時のどこか怖い雰囲気の父さんとは違う、とてもやさしい温もり。
「父、さん……」
抱きしめ返してわかった。
今の父さんは弱く、小さく感じた……でも、それは、いつの間にか僕がこんなにも大きくなってしまったからなんだということを……そして、今日、僕が苦しんでいる事に気付いて、声を掛けてくれたんだという事を。
「……母さんの、匂いを、思い出すな……」
「そう、なの?」
「あぁ、優しい匂いだ……」
「そっ、か……」
父さんは今までいったいどのくらい涙を堪えて我慢していたんだろう?
僕や、兄さんの前では決して見せなかった、弱さをどれほど押し込めていたのだろう?
今、僕の前で泣いている父さんを誰が責められるだろうか……?
いいや、誰も、責めることなんてできない……僕がさせない……。
「父さん……父さんは充分、頑張ったよ。だから……もう、休んでいいと思うんだ」
子供のように泣いていた父さんが僕の言葉でふと、顔をあげる。
「フィリア……」
「ありがとう。父さん、そしてお疲れ様……」
「俺は、本当に、もう、休んで、いいのか?」
「もちろん」
「……そうか、俺は、俺は……」
父さんはそう言うと、僕の前で、声を押し殺して泣いた。
そんな父さんを僕は、何も言わずいつまでもいつまでも優しく抱きしめた。
その日、僕は父さんの部屋で寝る事にした。
何を話すでもなく、昔を懐かしむでもなく、ただ、二人で同じ部屋で寝るだけ。
そういえば、父さんの部屋で寝るのは、初めてかもしれない。
微睡みに瞼の力を奪われ、その視界は暗がりの中で夢へと落ちる。
その日、一緒の部屋で寝ている僕たちを喜んでいるかのように夢の中で母さんが微笑んでいた。
母さんは、何も言わずただただ、優しい笑顔で僕を見ていた。
目覚めた時に見た父さんの横顔。きっと父さんも同じ夢を見ていたのではないかと思う。
とても穏やかな横顔で朝日の差す窓を見ていたから。
僕たちは、同時に顔を付き合わせる。
そこに言葉はなく、いつものように静かな空気が流れる。
けど、この日は起きてからごく自然な流れで本当に久しぶりに一緒のテーブルについて、朝ごはんを二人で食べたんだ。
続く
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