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Sixth memory (Sophie) 09

「……ありがとう、ございます。でも……どうして?」

 それは些細な疑問だった。

 これまで団長としてただ怖い、という印象でしかなかった。
 1人の人間としての彼をちゃんと見ていなかっただけだったのかもしれない。

 だからこそ、聞いてみたいとボクは思った。

「んっ?」
「いえ、団長は、ボクのこと、あまり好きではなかったような、そんな気がしてぅぇっーー!?」
 
 言い終わるより、前に、ツヴァイさんがボクのことを強く抱きしめる。
 とても暖かくて、ボクが今まで持っていたツヴァイさんの印象とはまるで違った抱擁だった。涙腺が緩み、涙が溢れそうになる。

 でも、それはボクだけじゃなかった。
 ツヴァイさんは、ボクから離れると少し離れてボクに背を向ける。

「バっカやろう……なぁ、ソフィ、俺はな、俺は、俺のところに来た団員がみんな、みーんな大好きだし。全員、正規の団員にしてやりてぇと思ってる」
「えっ……!?」

 大きく、ズーッと鼻を啜ると。ツヴァイさんは、右腕でゴシゴシと目元をぬぐう。
 ボクも、右手で涙を拭い。
 お互いに涙を拭き終わって、ツヴァイさんがゆっくりと振り返り、改めて顔を突き合わせる。

「でもよ、そういうわけにはいかねぇんだとさ……難しい理屈はわからねぇが、それをしちまったらアインやドライ、みんながみんな入ってきた団員を正規団員にしなきゃならねぇ、俺が一人でやっているような組織ならそれでもかまわねぇ。でも、そうじゃねぇ。それが組織の団長になった者の責任、なんだとよ」

「責任……ですか?」

「あぁ、俺は誰より強くなりてぇし、俺より強いやつとも戦いてぇ、だから、団長になった。でも、団長になったからには、他の団長たちの考えも含めて考えなきゃならねぇことがある。それが団長としての責任なんだとさ。正直そんな面倒な責任は持ちたくねぇが。俺が今より強くなったり、強いやつと戦うためには必要なこと、なんだとよ。そう、俺は教えられたんだ」

 誰に? という言葉は思わず飲み込んだ。だって、そう言ったツヴァイさんの目が、それ以上は聞くなとボクに訴えていたような気がしたからだ。

 でも、これほどまでの強さを持つ団長がその言葉を素直に聞いて守り続けている人物。
 それは、きっと彼より強い人、からの教えなんだろう。

 それがどんな人なのかと言う疑問は一瞬よぎる。
 けど、それよりも、ボクの心に衝撃を与えたのは彼の泣いた姿。
 団員のみんなが好きで、全員を正規の団員にしてやりたいという言葉だった。

 団内では、力のツヴァイと呼ばれるほど、力のない者に対しては、とても厳しく冷酷で、簡単に必要ないと切り捨てるような人、そんな印象を皆が持っている。

 でも、それはボクの誤解だった。

 あまり話さず、それこそ彼の考え守り続けている団長としての役割を全うする。
 そんな自分でいるために寡黙であり続け、言葉を覆い隠さずに真っすぐに伝え過ぎてしまうから切り捨てたように聞こえてしまうだけなのだ。

 そして、本来人情に熱いツヴァイさんは先程のように感極まってしまうことが少なくはないのだろう。

 そんな姿を彼は団員には、簡単に見せるわけにはいかない。

 みんな大好きだという発言を思い返すと、かつてそう思えるような出来事があった。

 それは、まだ団に入団して間もないある日の戦闘訓練の時、1人欠員が出たことでペアがいなくなってしまったボクはツヴァイさんと訓練をすることになった。

 右も左もわからない、木刀すら握ったことのないボクの目の前に団長が訓練相手としている、緊張してガタガタと全身が震えていた。

 しかし、向かっていかなければ訓練の後、どうなるかわからない。

 だからあの時、ボクはがむしゃらにただ木刀を乱雑に振り回し、目を瞑って、獣のように真っ直ぐに突っ込んだ。

 結果はというと、大きく開いた左手一本で動きを止められ、一言、ツヴァイさんはボクに対して「お前のそのやり方じゃダメだ」と言い放ち、立ち去ってしまった。

 ペアのいなくなったボクはその後はただ先輩や同期の訓練を黙って見ていることしか出来なかった。

 そう、ツヴァイさんはあの時ボクに対して「お前はダメだ」ではなく「お前のそのやり方じゃダメだ」と言っていた。

 つまり、彼はボク自身を否定していたんじゃない。
 ボクのその時のやり方を否定していただけに過ぎなかったんだ。
 ボクのことを思って、彼なりの優しさで教えてくれていたんだ。

 そして、ボクが震えているのを見て、ツヴァイさんはこれ以上入団したてのボクを怯えさせないようにわざと去っていったんだ。

 結果的にその後のボクは誰とも一緒にやろうという一言が言い出せず、またそんな一言を言ってくれる人もいなかった。

 その翌日からだった、訓練のペアの人数が2人から自由に何人でも良いという決まりに変わったのは。

 ボクだけじゃない、他の人も同じような状況になることを避けたいというそれもまたツヴァイさんの優しさだったのだと今なら気づくことができた。

「おめぇは体もでかくねぇ、力もここのやつらと比べて劣っている。正直、お前がタウロスに入団希望を出したってのも不思議だった」
「では、何故? ボクを、受け入れてくれたんですか?」
 
 どの団に入りたいかという、団員希望者が入団希望を出すのは自由だ。けれど、それと同時にそれを受け入れるかどうかというのは各々の団長たちに任せられている。
 
 特に、アインさんの団はそれが多く。希望を受け入れられず、別の団になる、又は諦めるものも少なくはない。

「お前には、力や体の強さ以外の……何か、言葉にも出来ないし、見えもしない大きな力がある。それは、日頃の訓練に対する真面目さや、他の団員への気遣い、何より入団面接の……いや、これはお前自身が気づくことだな」
「?」

 いつも、真っ直ぐに言葉をぶつけてくるツヴァイさんが一瞬言い淀む。
 続きを聞こうとしたが、またツヴァイさんの目がボクに訴えていた。
 
 これ以上は聞くな、と。

 つまり、誰かに教えてもらうのではなく、ボク自身が気づかなければならないことがある。

 そして、それはきっと、ボクが今よりもっと強くなるために必要なことなのだと直感的に感じた。

「とにかく、そんな強い力を感じた。だから、ソフィ、お前を俺の団に受け入れたんだ」
「そう、だったんですか」
 
 それは初めて知ったことだった。ツヴァイさんがボクをそんな風に見ていてくれたことを。
 
 よく、陰でツヴァイさんを何も考えてない力だけのバカと言う人達がいるが、そんなことはない。

 ツヴァイさんは、団員一人一人をきちんと見て、評価してくれる、こんなにも人情に溢れた団長だったんだ。

「アインの団でも元気でやれよ。ソフィ」

 そう言い放つと、ツヴァイさんは僕からゆっくりと離れていく。
 その背中がなんだか寂しそうで、ボクはわけも分からずその背中をじっと見つめていた。

「あぁ、そうだ」
 
 急にツヴァイさんがボクへと振り向く。
 表情からはさっき背中から出ていた寂しさのようなものは一切見えなかった。

 「アインのところは、タウロスとは比べ物にならないくらいキツイぞ。覚悟しておけよ」
 
 そう言って、ニッとボクに笑いかけると、再び背中を向けてそれ以降一度も振り返ることもなく、そのまま歩いていってしまった。

 背中からは、さっきの寂しさ……の代わりにボクをがんばれと激励してくれている気持ちが見えた。そんな気がした。
 
 その姿にまたボクは泣きそうになったが、涙をぐっと堪えた。

 泣き虫の……弱い、ボクからは卒業しなければ……。

 フィリアさん、アイン団長、そして、ボクを送り出してくれたツヴァイ団長のためにも……。

 

 ただ、この時のボクはまだ知らなかった。

 ツヴァイさんが言ったあの、タウロスとは比べ物にならないくらいキツイ、その言葉の本当の意味を……。
 
 
 翌日、アイゴケロスへと入団したボクを待ち受けていたのはまさに多忙な日々だった。
 
 トレーニングやシュミレーションは各自各々でしておいてねとその一言だけをアインさんは言い放ち、左手を上げた瞬間に、その瞬間から始まる、実践、実践、実践、説明はもちろんそれに対する言葉もない。

 ただ、淡々と指令だけが伝えられる。

 朝から、晩までほとんど休みのない。その場で言われたことに対して速やかに、即急に迅速に対応する。
 
 内容は子供の喧嘩の仲裁から蓋周辺の改修作業まで多岐に渡った。
 指令の途中に、フィリアさんとすれ違うことがあった。
 彼は、ボクにがんばれって笑顔で声をかけてくれたが、その彼の善意に返事をする余裕は、この時のボクにはなかった。



続く



続く


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