86 そして、熟睡へ…
「でも……」
「ん?」
「アレクサンドロ様はこうも仰ってました。本気を出したリーリエ様はきっと誰よりも強く、気高い至高の騎士、いずれは新時代の英雄となる。剣を使う騎士として、あのグラノ・テラフォール様をも越える歴代最強の騎士となる。その姿を自分の目で見るのを楽しみに最近は生きていると」
はぁ? ジジイ。寝言は寝て言おうかにゃ?
あ、もう寝てたんだったわ。永遠の眠りにな。
これもまた不謹慎とか思われるんだろうにゃ~、この思考。
ったくさぁ、リーリがそんなのになれるわけないじゃん?
15年くらい前かなー? 九剣騎士に推薦された時、王族達の前でやらされた御前試合。
グラノ様と本気で戦うこともしなかったリーリがなれるわけないよ。どんな、夢物語みてんだかねぇ、あの耄碌ジジイは……
「……はん、ばっかみたい……」
ぽつりと呟いて部屋を後にしようと俯いて歩き出した。
「あっ、リーリエ様……」
背中にかけられる声を無視して何も言わずに部屋を出る。
はぁ、だめだ。全然、列が減ってねぇのよぉお。
ダメだわこりゃ。夜まで寝て待つかなぁ、そうしようかなぁ。
いつも昼寝するベンチ裏の芝生エリアにちょこんと腰掛け、膝を抱き抱えた姿勢で座り込む。
騎士宿舎の中で最もぽかぽかするいい場所で左右にゆらゆらする。
ランチタイムスリープスポット。
リーリのベストプレイスの一つ。
ヒュヒュウっとした風が頬をやんわりと撫でていく。
誰かに期待なんかされたことないんで、よくわからないにゃ。
そもそもよく考えたら、なんで九剣騎士で居続けているんだろうねリーリは? 別に元から目指してたってわけでもないし……あぁ、だから目指してるやつらに未だに影でボロクソ言われてるわけか、くそ、めんどいよぉおお。
……皆、ひがみダメ、絶対……でも、ほんと、どうしてだろぉ? 考えた事なかったな。
ここまで眠れないなんて初めてだ。いつもなら、ものの数秒で寝落ちる自信がある。
ベストプレイスで寝るならその力は3倍ほどに跳ね上がる(当人比)
なのに、一向に、眠れない、眠れない。眠れない。
耳に入るのは風のヒュヒュウと鳴る自由な音。心地良いはずなのに、今はすっごく心地悪い。
脳裏をよぎるのはジジイの事ばかりだ。
ぼーっとしていたら日が傾きかけていた。
「ったく。なんだっての? まさか感傷に浸ってるとでもいうのか? このリーリちゃんが?」
溜息を吐いて、のそりと起き上がった。もう一度、ジジイが安置されている場所へとフラフラ行くと流石に朝からあった長蛇の列は消えていた。
まだこの事を知ってるのは王城内にいる騎士だけだもんな。
流石に列もなくなるか。
これ、城下の町に知らせたりすんのかな?
九剣騎士がアレクサンドロのジジイ含めて直近で4人もいなくなりましたー!って?
残ってる九剣騎士は
クーリャ
サンダール
ディアナ
ヴェルゴ
んでリーリってわけね。
や、やばやばだにゃー。
いやいやいやいや、言えるわけないだろこんな緊急事態を人々に、それくらいは流石にリーリでもわかるんだじぇ?
ちょっくら城内区域にいる騎士達に箝口令でも布いとくか。
既に遅いかもだけど、多分その方が良い気がする。
面倒くせぇ。
キィイ。小さく木の軋む音が耳に入る。この場所は静かだにゃー。
人が死んだ場所がいっぱいあれば周りは静かになるもんなのかな?
それならきっと無理せず普段から起きていられる気がする。
ザッ
ああ、これもまた不謹慎だとか言われる思考かにゃ?
最近はようやく自分の思考と一般的な思考の差だけは分かるようになってきた気がするぅ。
「……ジジイ、顔見に来たぞ。死んだんだってな……」
おいおい、なんでぇ、ジジイ。
すっげぇ身体がボロボロじゃないの?
随分派手にやられたもんだ。
ん、そんなにも一方的にやられたってわけ?
……ちょ、待て待て。あのジジイだよぉ?
九剣騎士の中で最古参。
数多の死地を生き残った大陸統一大戦前の世代最後の九剣騎士って言われる程の人間だよ?
こんなことって、あり得るのかなぁ?
視線で一瞬にして全身の様子から情報を読み取っていく。
ザザッ
横たわるジジイの身体を気にせず抱き上げてみる。
背中にゃ傷一つない。
つるつるー。お、歳の割にはお肌きれいじゃん?
やっぱり、おかしい。闇討ちとかの類じゃないやられ方。
そもそも、そういう手で簡単に殺せる人じゃないもんね。
ということは相手は真正面から正々堂々ジジイを殺したという事になるけど、いやいや。
確かに晩年のジジイならリーリも勝負で勝てないとは全く思わないけど。
抱き上げた身体をそっと降ろして顔を見つめる。
「……なんてひでぇ顔してんのよぉ、ジジイ」
安らかに眠れなどしない。そんな壮絶な最後だったのが、わかっちゃうよそんな顔しちゃさ。
これだけ国の為に尽くしてきた騎士の最後が、こんなんでいいわけ、ないでしょ。
ない、でしょうよ。
ジジイがどれだけの事をしてきたのか、そしてリーリにしてくれたのか、知ってる。
ザザザッ
こんな終わり方は、ダメでしょジジイ。
なんで、あっけなく、くたばってんの?
歴代最強の九剣騎士になるリーリを見るのが楽しみって言ってたのは、もしかして、口からのでまかせ、嘘だったのかなぁ?
見れないじゃん。死んだらさ。
ま、最強になろうだなんてリーリは微塵も思ってなかったから可能性はこれまで皆無だったワケなんだけど。
どうするぅ? ほんとになっちゃったらさ。
目指しちゃうよ~?
リーリ、ひねくれてるし、天邪鬼だから。
ジジイが居なくなってから叶えてやりたい事が出来ちゃうなんて、遅すぎるっしょ?
まだ、なぁんも恩返し、してないんだって。
たったの一個ですら……
してあげられて、ないじゃん。
「……あれ」
おいおい、いつの間にか鼻水ズビズビじゃないかねリーリ君、みっともないゾ!
あ、れ、リーリ、泣いてるの?
これが、そうか、あれかね? 涙ってやつかね。
こいつが涙ってやつなのかい。
ふぇ~、嘘でしょ?
今まで生きてきてどれだけ自分を貶められても、泣いたことなんか一度もないのに。
なんなんだこれ?
くるし、いやだ。めんどい、なんだこれなんなのよ。
なんにゃのぉこれ。
あああ、不快だよぉ。
とてつもなくいやな感じだわこれ。
ザザザザザッ
誰が今後リーリの仕事を楽にしてくれるってのよぉ。
楽すること、できなくなっちゃうでしょ~、頼むよ~ジジイ。
目ぇ覚まそうよ。
今ならまだ、どっきりでしたー、で笑い話じゃん。
誰だよ。こんな面倒な気持ちを押し付けたやつはさ。
これから先、毎日、気持ちよく眠れなくなっちゃうかもしれないでしょぉおがぁ。
どうしてくれるのよ~もぉお。
ほんと、みんな勝手だよねぇ~。
ああ、それはリーリもなんだけどさぁ、くっそ。
ザ――――――――――――――ッ
「…いやぁ、なんとも穏やかな顔。その長き使命から解き放たれた安らかな男の顔であると貴女も思わないかい?」
「あァ?」
リーリはゆらりと前髪を垂らしながら後ろから聞こえた声に振り返る。
何だこのデブ。
雑音だらけだなコイツ。
この音、声、不快だ。
「……さっきからちょいちょい雑音振りまいてたのはテメェさんよね? ここは王城内の騎士宿舎だぞっ。テメェさんの音も声もリーリ聞いたことないなぁ? おっかしいなぁ? へへ、なんで部外者が何故ここにいるのかなぁ? ……これが安らかな顔だァ? どう見たらそう見える? テメェさんの目は節穴かなぁ? ん?」
「リーリエ、次は貴方の番です。九剣騎士の中でも最弱と言われる怠惰なお荷物、ゴミ騎士。そんなゴミを九剣騎士に推した過去の栄光に縋り続ける老害騎士アレクサンドロを葬ったのは私達。ありがたく思いなさい。長年の苦しみから、彼を救い。安らかに眠らせて差し上げたんですから、これも教えに従っての事」
その言葉を聞いた直後に自分の中で何かが切れる音が聞こえる。
自分の事はどんだけ言われても屁でもない、相手の言葉は踏み込んではいけないリーリのラインをやすやすと踏み越えていた。
「教えだァ!? ほざけッ!!!! ぶッ殺す」
足に力を込める事もなく音もなく、静かに姿を消してデブを斬ってやった。リーリの姿がまるで追えてない。
なるほど、雑魚だなこのデブ。
「……やつが消えた? んっっ!? ごふぅ」
床に大量の血がビシャリと広がる。大柄なデブは膝をついた。
「く、バカな? リーリエ・ネムリープの力がこれほどなんて、アイツからの情報には……なかっただろう。ただの怠惰で仕事のできない無能騎士。肩書だけの愚鈍な九剣騎士。タダメシ食いの堕落の騎士、歴史上もっともクズな九剣騎士、じゃないのか? それにこいつ、剣使いのはずじゃ? 剣は、一体、どこだ??」
はっは! 伝説的なまでにボロクソに言われてんな、リーリちゃんかわいそう。そんな情報が出回ってんの? 最悪だじぇ~、ま、事実っちゃ事実なんだけど、人に言われるってのはくっそ腹立つにゃ。
お前なんぞにリーリの剣を見せるわけないでしょ?
というかほとんど誰にも見せたことないし?
英雄グラノ様との御前試合の時も、英雄としての面子とかもあるだろうしなぁとか思って適当にナマクラな剣で戦ってたこと、なんか今思い出したわ。
ちゃんとリーリの剣でやってたら、どうなってたかにゃ? 詮無き事よね。
本気のリーリちゃんが見られることなんてほとんどないんだぞ?
というか自分の本気、見た事なかったわ、へへ、マジだよ?
だってそもそも出したこともないんだから。笑うでしょぉ?
ま、ほとんどの奴が見る前に終わっちゃうってだけなんだけど。
ねぇ、本気ってどうすりゃ、本気に見えるものなんだろね?
どういう態度で生きてたら本気で生きてるコイツって思われるんだろうね?
へらへらしてても本人が本気だっていうならならほっとけばよくない?
ダメなの? そういうもん? 誰かに決められる本気ってさ。
あくまでもお前が理想とする本気ってだけでしょうよ。
そんなもんは自分でやれ。
それにさ剣を使うのもさぁ面倒なんだよ? 割と重いんだって。
ん? そういや重いんだっけかコレ?
一般的な事を流れで言おうとしたけど、考えたことなかったわぁ。当たり前すぎて最早、感覚が分からんじぇぇ~。
「リーリはねぇ。常に明日から本気出すタイプだから、そこんとこよろしく。それからリーリってば安眠を邪魔する奴は絶対許せなウーマンなのも、ついでに忘れずに~、っつっても、もうお前、ここで死んじゃうんだけど」
ド ク ン なんだろうなこの気持ち。
剣気を放ちつつ、デブに近づいていく。
「よ、よ、予定外だ。情報と違う。ここは一旦退くべきだ。こいつはあまりにも危険だ」
「おんやぁ? リーリから逃げられると思ってんのぉ? 寝てる時以外じゃ、無理だと思うよぉ」
ド ク ン こいつの仲間がアレクのジジイを本当にやったの?
「今まで、本気で、なんか生きてきた事ないもんでさぁ。自分の全力とか知らんし、手加減とかそういうのも今は無理そうだから覚悟しときなね?」
自分ですら見たことのない表情をしているのが自らの感覚で分かる。
「お前を殺してすっきりしたら今日はとりあえず快眠できるかにゃ? ってかさっきから何の音だこりゃ?? リーリの心臓の鼓動か? や、ちょっとなんか違うな」
「……な、なんだこの凄まじく遅い【魔脈の鼓動】は? これほどまでにゆっくり鼓動が脈打つことなどあるわけがない」
ド ク ン あーあ、浮かばれにゃいなぁ。これならまだジジイの生涯をリーリが終わらせてやってた方がマシだったのかもねぇ?
冗談だけど。
「それにこの魔力量、魔女と同等以上だと、お前、騎士なんじゃないのか?」
青ざめていくデブ、黒衣の服着てるから、まるでブラックピットンみたい。
あ、唐突にピットンカツが食いてぇ気分。
黒のやつは特にうまいんだよね。
じゅるり。あ、よだれ。
はぁ、お腹空いてるのすら忘れるくらいだったんだなリーリ。
そういや朝から何にも食べてなかったにゃ。
ほんと、調子狂う日だぜぇ。
「は? 何の話かさっきから、わかりゃんちんだわ~、でも、この音、ほぉ、この音リーリから出てるね。なぁんか秘密がありそうねぇ。というかすっげぇ心地いいにゃこの音。ふへへ、めちゃくちゃ気持ちよくねむれそぉ~」
「まて、その音を外に向けて鳴らすんじゃない!! 正気か? 魔脈すらもまともに使い慣れてない者が聖脈を使えば間違いなく死ぬぞ!」
トクントクン
「……なるほど、こうすればいいのねぇ。ああ、いい。この音いいよ~」
「……せ、せせ、【聖脈の心悸】……を、扱える、のか? お前はその力を制御できる、とでもいうのか?」
デブの表情から血の気が引いていく。
魔脈の鼓動、聖脈の心悸、ねぇ。
聞いたことない単語だにゃ?
「ようわからんけど、コレ寝るときに使えそう、このトクントクン。というかマジで眠くなってきたか、も」
「ち、くそっ!!」
やっぱり遅いねぇ。止まって見えるんですけど。
「逃げられるわけないでしょ。本気出したら脚も誰より速いのがリーリちゃんだものぉ~」
「く、逃げられないならば……いっそ」
武器を構えて、リーリに襲い掛かるデブ。
「はい、いっちょ上がり~、いィっ??」
「ガッ、はっ」
デブが倒れた。
こいつを斬ろうと意識して身体を動かそうとしたら斬れてた。
ん? あるぅぇ!?
リーリ、一歩も動かずに今斬れたよね?
うそ~なにこれ、超便利? 動かずに斬れるとかすごい!
何でこういうことが突然出来たの? 才能?
あ~、たぶんそうだわ~、完全に目覚めたわ!
コレ遂にリーリ覚醒しちゃった感じかもしれん!
……いや、まて、待つんだリーリ! ちょっと待て、ダメだ!
覚醒っていうのはやめよう。
言葉がすごく良くない。とっても良くない!
かなり相性の悪い言葉だにゃ~、リーリってば常日頃から長めに寝ていたい人間だし、辞書に存在させたくない嫌いな単語、堂々の第一位。
覚醒、目覚める的なサムシングとか敵だったわ。
うん、いっそリーリ、我、完全熟睡へと至る者なり。とか最初に名乗るのどうだろう。
熟睡への道は険しい、貴様ら心して眠るがいい。寝具には金を注ぐべし。
これ決め台詞ね。
すごくいい。そうしよう。
あれ? もしかしてこれ、いつか、寝てても戦えるとかに一歩近づいたのでは!?
すげぇ、もしかしたら眠りこけながら世界最強とか夢じゃないかもしれない!!
ふへ、先ほどからリーリらしくない行動だなって思ってたけど、いつも通りいつも通り……じゃにゃいよ全然!!
そっか……これは怒り? と悲しみ? ……へぇ、というかリーリにもそういう普通の感情があったんだねぇ。
そっか、リーリだって。
皆となぁんにも違わなかったってことか。
普通だにゃ。
ちょっと、いや、すごくめんどくさがりな人間だった。
普通とか言って普通人の皆さんすいません。ごめんなさい。
でも。いいんだ。リーリはこれでいい。
アレクのジジイもそう言ってたし。
「ジジイの仇討ち、出来たってかんじかにゃ? 違う。まだだ、こいつじゃないんだもんね」
「……はは、アレクサンドロの役目を終わらせたのは俺じゃない。あの方ならばお前ですら軽く殺せるだろうよ……ふふ、ふははは」
「あー、うるさーい。やったのがお前じゃないこと位、もうわかってるってばぁ」
「ュッ…………」
顔面に剣を突き立て、引き抜いて、建物の外へと思い切り身体を蹴り飛ばした。
あー、こいつじゃない。そりゃそうだ。
ジジイをこの程度のよわっちいデブがやれるわけないしさぁ。
あー、疲れた。
十年分ぐらい動いたかなぁ。
ちゅっかれちったなぁ。
こっから十五年程は寝たいみがつよい。
権利を主張したい。
あああ、ていうかあのデブ殺したらダメだったんじゃない?
情報源的なアレ?
やっべ、背後のジジイが甦って叱ってきそうな気配がする~。
でも、甦るっていうんなら、叱られてやってもいいかなーなんて?
そろーり、ちらっ、チラチラッ?
起きる?……やっぱ起きないよね。
トクントクン
「……ジジイ。あんたの予想通りだったなー。備えが必要だって事。安眠妨害なやつらが存在するとか許せぬぅ。はぁ、騎士達に剣を教える。だっけ? 面倒だから適当にやってくれそうな奴だけは鍛えといてやるよ。それでいいんでしょ? でも、それ以外はやんないから、そこんとこよろしく」
ぺろりと舌を出してひょうきんな表情を作る。
「あと……」
蓋の空いた棺に近づき、中で横になっているジジイの死体を改めて覗き込んでいつものようにニヘラと笑いかけ……られない。
「あとは、のんびり休め。これまで休ませてもらった分だけなら、リーリが代わりに働いてあげてもいい、からさ」
そういうと僅かにジジイの表情が柔らかくなった気がした。
なんか無性にイラっとして、ほっぺを横に引っ張ってやろうとした。
硬い。あっれー、おっかしいな。引っ張れないや。
今の私の強張った表情筋みたいだ。
「いや、うそ、今のやっぱ無し。代わりは無し! 起きてるときだけ、これまでよりちょっぴりマシにやる感じでいくねぇ。それでゆるして~、ちなみに許可はいらない! 求めてない! 断固拒否!……って聞こえてないんだよね……もう」
やっぱり、壮絶に死んだ男の顔のほうがいいかも知れない。
うん、かっこいいと思う。アレクジジイらしい。
死んだ人間でふざけるとか、まーた不謹慎とかいうやつだわコレな。
ね、これまでのジジイの人生の頑張り? ってやつにさ。
誰か一人でも褒めてやった人間って今日、並んでたやつの中で居るのかな?
結局、自分たちに出来ない事が出来る人間が居なくなって困っているだけなんじゃない?
あ、リーリもそのうちの一人だったにゃ。やべぇ。
並んでいた列は確かに悲しい気持ちでいっぱい溢れた音が聞こえたんだけど、居なくなられたら困るなぁみたいな気持ちの音も同じくらい耳に聞こえてきてたから。
あ、そか列を見た時の違和感これだ。
だってみんな、それが当たり前だって思ってたでしょ?
あ、それはリーリだって勿論、思ってたんだけど。
ジジイならやってくれる。何でもやれて当然みたいな感じかなぁ?
そりゃさぁ、何でもできるって皆も思うよねぇ。
ジジイだもん。それ以上の理由がいらん。
そういうの、ほんとリーリには一生ムリだと思うから。
そんな感じで国中の責任を何十年も背負ってさ、リーリが生まれる前から。
良くずっとやれたよねと思う。
うん、本当に、めちゃくちゃに凄いと思う。
リーリには真似出来ないことだな。
だから……
「……お疲れさま。ジジイ。よく、今まで、長い間、がんばったにゃ」
そう言いながら、ジジイの頭に手を添える。
いつもリーリにしてくれたみたいに最後にリーリが、ジジイの頭をわしゃわしゃと撫でてやっから喜びたまえ。
わしゃ、わしゃ、わしゃ、わしゃ
ぽた、ぽたり、ぽた、ぽたり
床に小さな染みが出来ていく。
ほぉら、今度はジジイの番だぞ。
リーリが自分から撫でてもいいなんて言う事、普通はないんだから。
特別だぞぉ。
ほら、撫でろよ。
撫でれるもんなら、撫でてみろよ。ジジイ。
撫でて、いいから、撫でてよ。
……もう、二度と、撫でて、もらえないんだな。
そっか、ジジイなでなでからの卒業の時が、来ちゃったってことなのかにゃ。
唇をぐっと強く強く噛みしめて棺の前に立つ。
ギヴァーナの際、王族の前ですら全くしたことのない真っすぐな立ち姿を、ジジイに見せるように。
これまでの人生、これからの人生を合わせてもこんなに綺麗な立ち姿勢、二度としないかもしれない。
背筋をピンと伸ばし、凛とした姿勢で胸を張る、ジジイの前でピッとリーリは剣を携え構える。
滲む視界、涙を堪え、掲げた剣の切っ先を反転し剣を床に突き立てた。
一歩、二歩とそのまま後ろへ歩き下がり、大きく息を吸いこむ。ジジイの最後の意思をかき集めるように呼吸をゆっくりして口を開く。
「騎士叙勲を受けし日より長きに渡る今日迄の騎士としてのその生涯。これまでの戦果、功績へ最大級の賛辞と敬意を捧げ、我が魂の剣へと誓う!! 八の剣リーリエ・ネムリープは九剣騎士としての命を賭し、一の剣|たる男の意志を受け継ぎ、シュバルトメイオンの行く末を平和へと導かんことをここに宣言する! 神コーモス、カメオスよ! どうか、どうか、安らかな眠りをこの男の最後に与えたまえ……」
一声上げたあとは先ほどまでの静寂が辺りを包み込んでいた。
リーリはいつもの姿勢へと戻る。先ほどまでの凛とした九剣騎士としての姿はまるで蜃気楼のように、幻のように掻き消えていく。
最後にそこに居たのは、大切なものを失った、ただ一人の人間にすぎない。
唇が途端にふるふると震え出し、肩へ、足へと伝播していく。
「…………こ、ごれまで……たくさんたくさん、本当に、ひっぐ、う、あ、ありがどう……うっぐ、ございまじたぁ、うわぁあああああん」
そう言葉にしながら棺に向かって勢いよく真っすぐ腰を折り、深く頭を垂れ棺の中で眠る男に頭を下げ続ける。
ただただ、感謝を込めて。
とめどなく瞳から涙が零れて頬を伝い、床へと玉雨が降り注ぐ。
乾かないまま、その染みは少しずつ拡がっていく。
しばらくして、床を大いにびしょびしょに濡らし、鼻水を垂れ流したまま折った身体を起こした。
袖で涙と鼻水を拭いさり、床に差していた剣を引き抜き、しまい込む。
ジジイ。
アンタの意思だけは、リーリが受け継いであげる。
でも、仕事はがんばらないから。
いや、違う。多分がんばれない。
でも、ジジイが望んでいた歴代最強の剣使いの騎士ってやつは、なってあげてもいいかもって。
だから、見せてあげる。
絶対、よそ見なんかすんにゃ。
堕落して怠惰に生きても誰にも負けない人生が送れること。
本気っていうのは、
それぞれが出来る事で本気になるならいいんだってこと。
こんなリーリを信じてくれたこと。
全部全部、ジジイは正しいかったって証明してみせるから。
これまでと同じようにダラダラは、まぁしちゃうと思うけど。
程々に生きながらでも誰にも出来ない事が成し遂げられるって。
この国を平和へと導くことが出来るって。
余生でたっぷり惰眠を貪り過ごすためにも、絶対にやってやんよ。
……んじゃぁね。ジジイ。
今度こそ、おやすみなさい。
もしも、あの世ってやつが本当にあるんだとしたら。
そこで嫁と娘に会えるよう、リーリが、願っててあげる。
んで、いつか、遠い未来、リーリが死んだらその時は。
その時はまた。
またリーリの頭を撫でさせてあげても、よくってよ。
なーんて、にゃ。
最強リーリちゃんの頭を撫でれるもんなら、撫でてみやがれ……ください。
それまで、さよなら。
ううん、そうじゃない。
また、ね。
アレクサンドロ様。
続く
作 新野創
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