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Sixth memory (Sophie) 11

「ねぇ、ソフィ」
 
 どのくらい時間が経過したのだろうか?

 カルテを描き終えたヒナタさんがボクの方を向いて微笑みを浮かべる。

 仕事をしている時の彼女は、真剣そのもので険しい表情を浮かべていることが多いが、業務を終えた休憩の時などには優しい表情を浮かべてくれる。

 そんな表情のヒナタさんがボクに顔に声を掛けてきて自然と緊張してしまう。

「なっ、なんでしょうか?」
「今日はもうお昼は食べた?」
「えっ!? いえ、まだですっ!!」
「そっか、私もまだなのよねー」
「そっ、そうなんですね」
「ねぇ! フィリアもどこかに昼食を買いに行ってしまったし、私と一緒に食堂にいかない?」

 ヒナタさんの表情が何かを企んでいるようなものに変わる。あまり見たことがない表情に僕は背筋に悪寒が走る。嫌な予感だ。直感に過ぎないがこの話に乗るのはもしかして危険な橋なのではないだろうか?

 
 眼前の表情は、良くヒナタさんがフィリアさんに向けているものであることに気付く。

 その表情をしている時には、必ずフィリアさんは酷い目に遭っていた気がする。

 前に、何故、フィリアさんほどの人がヒナタさんからの悪戯を回避しないのかと尋ねた事があったけど、一言。

『わかっていても、避ける事ができないんだ』

 と、ボクに苦笑いを浮かべながら答えていた事を思い出した……。

 実際に自分に向けられると分かる。なんだ? なんなんだこの有無を言わせないこの空気は? 実感して初めてわかる事があるんだなと勉強になる。ってそれ所じゃない。

 この事態を避ける方法をボクは知らない。口が導かれるように返答をする。まるでそう答えるしかないかのように。

「いっ、いいですよ」
「やったっ! じゃあ、早く行きましょ! 私、もうお腹ぺこぺこよ」

 そう言って、ヒナタさんはニッコリ笑顔になると急ぎ足で食堂へと向かっていく。
 
 彼女が何を企んでいるのか、何もわからないけど、ボクは少し怯えながらもヒナタさんの後ろをテクテクとついていった。

 食堂に着くと、沢山の団員で溢れており、空席は少なかった。
 一部の区画を除いて……。

「あっ、ソフィ、あっちが空いてるわ。あの席でいいわよね?」
「えっ、あのひっ、ヒナタさん? あっちは、でもーー」
「ほら、ソフィも早く」

 ヒナタさんが足を踏み入れた場所。そこは、団長クラスの面々が食事をしているいわゆる特別区画だ。勿論それは暗黙の了解とも言えるようなものでしかない。

 別に、他の団員がその区画で食事を取ることを団則で縛っているわけでもない。

 ただ、ホッとできる数少ない食事の場においてわざわざ緊張感を持たざるを得ない場所を選ぶ人はいない。

 案の定、どこの団かはわからないが数人がボクたちの方へと視線を向ける。
 ボクは背筋がゾクっとする感覚を感じたが、ヒナタさんは気にも留めずに一つのボックス席へと腰掛けた。

「何にしようかしら? もう、お腹空きすぎておかしくなりそうだったわー」
 
  そんな冗談を言っているヒナタさんの向かいの席にボクは周りの目に怯えながら、腰掛ける。
 すると、ヒナタさんは、今いる席からわざわざボクの隣に移り、少し強引に座る。
 ヒナタさんは、そのことに特に何も触れず、食堂のメニューを見て何にしようか迷っている様子だった。

 ヒナタさんは自警団、衛生部隊の正式団員であり、フィリアさんを通じて知り合った女性だ。
 ボクも怪我をして彼女のお世話になったなんてことは少なくはない。こういう形で救護される常連となっているのは少し情けない気もするけれど。

 ただ、そんなヒナタさんがどうしてわざわざ、ボクの隣に移動してきたのかに関してだけは理由がわからなかった。

「きーめた! 今日は、お肉、たーべよ」
 
 ヒナタさんは、そう言ってルンルン気分で食券を買いに行ってしまった。

「は~」

 思わず大きく息を吐き出した。

 ヒナタさんのペースにすっかり飲まれてしまったが、ボクも空腹を満たすために食堂に来たのだ。
 
 午後からの訓練もきっとハードに違いない。ちゃんとエネルギーを補給しておかないといけない。

 なぜ隣に座って来たのか、その真意は気にはなるけど今はとにかくお腹を満たすことを考えよう……。

 よし、決めた! 今日はボクもお肉にしよう!! と心の中で決めて拳を握り締めた時だった。

「ねぇ、ソフィ」
「はい?」
 
 食券を買いに行こうと、立ち上がろうとしたボクを戻ってきたヒナタさんが呼び止める。
 その表情がやはり何かを企んでいるようにも見える。
 いやいや、流石にそれは失礼なんじゃないだろうか? 人を疑うのはやっぱり良くない。

 けれど、自警団の活動の中でボクは少しは人を疑った方が良いとフィリアさんに教えて貰ったばかりじゃないか?

 ボクはどうすればいいんだ!!!!
 
 なんだ? 一体なんなんですかぁヒナタさん!?

 目の前のヒナタさんはちょこっと舌をペロリと出してボクにこう告げた。

「これ、間違えて買っちゃったからあげる。だから、必ず、食べてねー♪」
 
 そう言って、ボクの断るスキを一切も与えず。再びどこかへいってしまった。

 完全に予定は変わってしまったが……まぁ、いいか。
 とりあえず、ヒナタさんが、間違えて買ったといったものを引き換えにいこ―――ん?

 ボクは、その場で思わずフリーズする。もらった食券をまじまじと見つめる。

 それも穴が開くほどに。

 ボクももうここに来て短くはない期間いるはずだけど脳がその文字を処理できないでいた。

 食堂にこんなもの本当にあるのか? と疑いたくなる。聞いたことはおろか、もちろん見たことなんてないような料理名が食券に書いてあった。

「このホッチョムーテル、ディバソース添えって、なんだ?」

 一ミリも聞いたことがない料理名にボクの脳みそは思考停止寸前だった。

 いや落ち着こう。食堂にある以上、食べ物であり、料理であることは間違いないのだから……なぜか一抹の不安は胸によぎるが杞憂に違いない。

 ポジティブに考えよう。絶対に自分では頼まないメニューだし、これも良い経験になるかも知れない!

 よし、食べてみよう!!

 そんな小さな勇気を胸に、カウンターで食券を差し出す。

 すると、その食券を見た食堂の人はボクを奇人変人のそれを見るかのような目で見た後、半券を渡してくれた。
 
 数分後、グツグツと言う音と共に、丼物のような、なべ物のような、たくさんの食材が巨大な器に盛りつけられた今まで見たことのなかった奇妙な料理がボクの前に現れた。

「……なんだこれ」
 
 おそらくは具材であるなんらかの野菜から溢れたと想像される水気が汁となりどろどろとしているのが見える。器の底までは見えないが空腹であるというのにまるで食欲を掻き立てられない寒色系の色合いのその汁。

 部分的に何か浮いている赤いものが混ざり、紫色に近い色になっている。

 表面から湯気が出ているので、相当熱いものであろう事はわかるが高温すぎないだろうか? マグマのように時折、ボコッボコッっと音がしてガスのようなものがプシューっと抜ける音さえしているのはあまりに怖すぎる。

 本当にこれは食べ物なのか、それとも食堂に何かを試されているのか。
 
 なんでこんな摩訶不思議なメニューが食堂にあるんだろう……。

 視界の端に見えた料理長が見たことがないほどに尋常なない汗をかき、使い終わった鍋に背を預けその場に座り込んでいた。
 作るのにまるで生気を吸い取られたようなそんな様相を呈している調理場にはどうしてか妙な達成感のようなものが漂っている。
 己の魂でも材料に使っているのだろうか、、、そんな気さえしてくる。

 どういうこと?

「これは、本当に……食べられるのか?」
「食べられるよ」
 
 ふと横を見れば、さっきボクに渡したはずの食券で注文できるあの奇妙な料理をヒナタさんが持って現れた。

「えっ!? あの、ヒナタさん、それ間違えて注文したんじゃーー」
「ふふ、美味しいから、騙されたと思って食べてみて」
 
 ヒナタさんのその笑顔がキラキラと眩しい。
 一片の曇りのないその純粋な目が痛い。痛すぎる。何も言えない。
 ボクは……これを、食べられるのか? 本当に!?

「でっ、では」
 
 席へと戻るとボクを逃がさないとばかりに隣から逃げ道を封じる形でヒナタさんが横へと座り込んでいる。

 今、すべて繋がった。

 このための布石だったんだ。

 ここまでの一連のヒナタさんの行動はボクにこの料理を食べさせるための準備に過ぎなかったんだ。
 
 だが、時、既に遅し。ボクには既にこの料理を食べるしか選択肢がない。

 しかし、この料理はいったいなんなんだ? そもそもどうやって食べれば……。

 あんなにボクたち二人を睨んだり、興味本位で見ていたはずの他の団長たちも今やどこかにいなくなってしまった。

 額から脂汗が流れてくる。


 そう、ボクは見逃さなかった。
 ボクとヒナタさんがホッチョムーテルを持って席に戻った時、恐ろしい化け物を見たかのような反応で周囲から逃げていく団長たちの姿を……。

 中には、半分涙目になっていた人すらいた……。

 大人の男を泣かしてしまうほどの代物なのか……この料理は……。

 えっ……まって、ちょっとまって、気のせいだろうか……今、この料理少し、動いたようなーー。

 いやいや、落ち着け。気のせいだ、そうだ、疲れているんだボクは。お腹が空きすぎて変になっているだけだ。と自分にそう言い聞かせ、勇気をもってその料理に箸をつけようとしたその瞬間。

「ホッチョムーテルは底の部分を後にするとと、後で地獄をみるぞ」
 
 背後からかけられた声に驚き振り向くと、そこにはボクと同じあの料理を片手に持っている人がいた。凄まじく困った顔をして、ヒナタさんを見つめるフィリアさんだった。

 ざわざわと騒がしかったはずの食堂の厨房内は活気が失われ、精魂尽き果てたように料理長たちが倒れ伏し、静かな沈黙のなかでボコボコ、プシューと聞こえてくる目の前の料理の音だけが食堂を包み込んでいった。


つづく

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