Sixth memory (Sophie) 02
「なっ、なんで!?」
ボクは驚きの余り硬直し、軽く口をパクパクさせる。
「驚いたよ。僕以外にもこの場所を知っている人がいるなんて。良かったら、君もこっちに来て、座らないか?」
混乱したボクとは、対照的にフィリアさんはとても落ち着いていた。ボクも彼に習って落ち着こうと努力はするが、それが余計に焦りを生み、ついにはとんでもない事を口走る。
「あっ、あのっ! 一応、言っておきますけど! ボク……男ですからねっつ!!」
ボクたちの間を、僅かに沈黙と共に穏やかな風が優しくヒュッ~と通り抜けていく。なんだか顔が徐々に熱を帯びているような気がする。
「……え? あぁ、知っているが?」
フィリアさんが、キョトンと不思議そうな表情を浮かべたことで、ボクは自分がとんでもない発言をしたことを自覚し、顔が一気に真っ赤になる。慌てて釈明するように口どもりながらアワアワと気持ちばかりが先走る。
「あっ、えーと、ですね……何故、そんなことを言ったのかと言いますと、その!! 大半の方が!! あのっ! ボっボクを! 女性と勘違いされるので、えっとつまりその……念のための確認です!」
再び風がヒューっと通り抜け、顔の熱を少しずつ冷やしていく。先ほどと変わらない僅かな沈黙が辺りを包み込んでいた。
「……見た目だけをみればそれも分かる気はするが、僕は最初から君を男性だと思ったけどね」
何とも言えないその微妙な答えを返すと、フィリアさんは小さく微笑んだ。
……どうして、彼は疑いもなく、ボクを男性だと思ってくれたのか……何故か、そんな些細な事が気になった。
「その……どうして、ですか? 自分から言うのもおかしなことですが、ボクは腕っぷしも強くないし……体だってこんなに華奢だし………」
恥ずかしそうに自分の身体を見回してモジモジとする。こういうところが女性と勘違いされる要因の一つであるというのは自覚はしているが、ついやってしまう。
「初めて見かけた時、君から何かを守ろうとする強さを感じた、からかもしれないな」
フィリアさんがそう言って、真っ直ぐにボクの目を見て答えてくれた。
「……何かを守ろうとする強さ?」
「……ソフィ、以前に君は、ひどい目にあいながらも、目の前で咲いていた花を守っていたことがあっただろう?」
「えっ!?」
確かに以前、ひっそりと咲いていた花をストレスの発散に踏み荒らそうとしていた先輩達から守ろうとしたことがあった。
そういえば……気を失って次に目覚めた時には、誰もいなくなっていたんだっけ……ってことはあの時、フィリアさんがボクを助けてくれたってこと?
「ありがとう。ソフィがあの時、咲いていた花を守ってくれていなければ、きっと悲しい顔をしていた人がいただろうから……」
「……いえ、ボクこそ、助けていただいてありがとうございました」
「何のことかわからないな」
そういってはぐらかすように一瞬微笑むが、フィリアさんはすぐさま表情を変えボクを見つめる。
「……さっきの彼もだが……あの時も今日も君をいじめていたのはタウロスの人間だろう……? 君がいじめれていても、同じ団員の誰も助けようとはしていなかった……」
「……仕方ありませんよ。タウロスは、ツヴァイ隊長の団は力こそ全ての実力主義ですから……みんな、変な事に関わって自分が怪我をしたくないので……その……弱い、ボクが全部悪いんです」
弱肉強食。力のないものはただ耐えることしかできない。それがタウロスの唯一の掟だ。
「一つ聞いてもいいかい?……ソフィは、どうしてタウロスに?」
「自分で志願しました。強くなりたくて」
嘘だ……自分に対して、また、嘘を重ねていく。
「そう、か……でも、その、ソフィ、言いづらい事だが君がタウロスの正式団員になるのは正直、難しいんじゃないだろうか?」
「うっ……」
図星だった。
ボクが所属する自警団の養成機関。通称、訓練所と呼ばれる場所。
訓練所というのは自警団に入団したあと、正式団員になる為の訓練とその審査を行う機関のことだ。
現在、大きく分けて団内は3つの派閥が主権を持っている。
女性ばかりが集まっている 頭脳派ドライ派閥
男性しかいない、力こそ全て 肉体派ツヴァイ派閥
男女関係なくエリートのみの 実力主義アイン派閥
他にも、団自体は複数の存在はあるが。今の自警団内で中核となっているのは、これらの三つの団だ。
「でも、ボクはどうしても正式団員になりたいんです」
「そこまで正式団員になることにこだわるのには、何か理由があるのかい?」
フィリアさんの目を真っすぐに見つめ返せない。俯いたままで呟くように答える。
「……自警団は父さんの夢だったんです。でも、生まれつき体が弱い父さんは夢を諦めるしかなかった。だから、父さんの夢でもあった正式団員になって、父さんの夢を叶えてあげたいんです!!」
「そうか……お父さんのため、か」
それ自体は嘘や偽りではない一つの本心でもある。だから今度は自信を持って、顔を上げ、返事をする。
「はい!!」
そして顔をあげた先で、ボクの目に入ったのはフィリアさんの憐れむように僕を見つめる表情だった。
「なら、ソフィ。君は、尚更、今の団で正式団員になることは諦めた方が良い」
ボクの目から視線を逸らさずはっきりとフィリアさんがそう伝える。
……どこかでその事実は理解していた。でも、それを素直に認められる程、ボクは聞き分けのいい人間じゃなかった。
だからだろう、彼の発言の真意を知りたくて、立ち上がりフィリアさんの方を向いて叫ぶ。
「どうしてですか!?」
彼は、あの人たちとは違う。きっと確かな理由を教えてくれるはずだ。
ボクのその気持ちを感じ取ってくれたのだろう。フィリアさんはゆっくりと立ち上がり、ボクへと真っすぐに向かい合うようにして立った。
改めて目に映す彼の背は高く、ボクの目線は自然と上を向き、まるで見下ろされているような気分になった。
「……タウロスは、君に向いていないからだ」
「向いて………」
これまでにも散々言われていた事だった。だから、聞き慣れているはずだった。
けれども、今日初めてゆっくりとあの団内でも有名なフィリアさんと話してみて、こんなにも強く、はっきりと、向いてないと言われたのは、少し悲しかった。
「そう、ですよね。ボクが、こんな非力なボクが、自警団の正式団員になるなんて無理な話ですよね………」
フィリアさんから目線を逸らすように再び俯く。でも彼の言葉はそれだけで終わりではなかった。続けざまに、ボクの頭上から声がかけられる。
「やってもいない内に自分で、無理だと決めつけてしまうのは止めた方がいい。それは、君、自信の良さを消すことになる」
驚きと同時に生まれたのは怒りだった。俯いたままでその怒りを抑え込むように震える。彼は、ボクの心を弄んでいるのだろうか? さっきいったことと矛盾するほどにフィリアさんの言葉はちぐはぐだ。
「……なんですか……それ……」
「……」
「今さっき、ボクに向いてないと言っておいて、今度は励ましの言葉をかけるなんて……あなたは、ボクを馬鹿にしてるんですか!」
言葉を発している間もふつふつと怒りはわいてくるばかりだった。
それは、ボクをからかっているとしか思えないフィリアさんの発言だけでなく、その彼の発言に少しでも喜んだ自分への怒りにも感じた……。
それは行き場があるようで、どこにもない、ボクの心の嘆きのような、強い、憤りだった。
続く
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