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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)08

 一同が初めて見るその惨状を眺めつつ進み、しばらくした頃。
 フィリアにとって見覚えのある景色が見えてきた。

「ここは……」

 以前サロスと訪れたヨーヤとターナが住んでいた村。
 一度しか訪れたことはないが、この世界で唯一フィリアが訪れた村だ。

「フィリアさん……どうしたんですか?」
「……前に、みんなに話したよね? ヨーヤやターナと会った時の話」
「えぇ。私とヤチヨによく似た子がいたって話よね」
「その、二人が住む町が今見えているあの村なんだ」
「じゃあ!」
「あの二人から話を聞けるかも知れない……でもーー」

 フィリアには話している中で一つ不安要素があった。
 
 それはアーフィ達の事。
 
 彼らが暴れる理由を理解したにせよ。それと彼らが村を襲うことに関しては別問題だ。
 自分たちがいなくなった後にアーフィたちは村を襲ったりはしていないだろうか……。

 そんな一抹の不安を抱えながら村の中で踏み込んだフィリアの目に飛び込んできた景色は想像よりも悲惨なものだった。

「なっ……これはーー」

 何があったのかまでは分からない。しかし、彼らは村のために戦いそして破れ、緑色の鉱石となって命を終えたのだということが理解できた。

 その姿がアーフィの部下達であったからだ。

 呆然と立ちつくすフィリアの横をすり抜けて、コニスが彼らにそっと触れる。

「……彼らの命は終わっています……おそらくずいぶんと前に……」
「そん……な……」
「ねぇ! ヒナタ!! みんなこっちに来て!!」

 村に入った瞬間にみんなと異なるものを視界に捉え、駆け寄っていったヤチヨが大声をあげる。
 
 ヤチヨが呼びかけた方へと一同が歩み寄るとそこにはヨーヤとターナの二人を庇うようにそのまま鉱石となっているアーフィの姿があった。

「アーフィ……それに、ターナとヨーヤまで……そんな……」

 
 フィリアはその姿を見て涙を零した。
 短い時間ではあったが、彼ら彼女らとフィリアは時間を共にした。
 
 彼にとって新しい友人のような存在、新しい仲間であった。
 その存在が最後に見た姿と変わり果てた姿になっている。
 
 震える身体を押さえつけるように拳を握り込む。

「見てください……これを」

 コニスが散らばり、転がっていたレムナントの腕を拾いあげる。

「おそらくここで戦闘があったのだと思います……」
「っくそ!!」

 ここまで俯き無言を貫いていた、ソフィが思わず近くの壁を力強く叩く。

 彼がここまで怒りを露わにすることはとても珍しくわずかに周りに動揺が生じる。
 ソフィの脳裏に、シュバルツが人を小馬鹿にして笑っているあの姿が思い浮かぶ。

「レムナントは……命を終えたこの世界の人たちの亡骸を利用していると……あの男はそう言っていました……つまりこれは同じ世界に住む人間同士で無理やり争わせたということじゃないですか!! そんなの……そんな酷いことがありますか!!」

 同じ場所に住まう者同士が、命を奪い合う。それも望まない形で自分の意思とは関係なく。
 
 そんなことをさせておきながら、自分はさも関係ないとばかりに遠い場所でただ見ているだけ。

 目的以外の事に目を向けないその非道な行い。
 ソフィは生まれて初めて、誰かを心底許せないと怒りを覚える。
 そんな五人の方へと何かが近づく音が鳴り響く。

「気をつけてください! 何かが来ます!!」

 コニスのその一言に、コニスとフィリアが臨戦態勢をとる。
 
 現れたのは、巨大なレムナント。
 人型ではあるがその姿が以前のものと比べてより機械的にも感じられる。
 より凶悪に、戦うためだけに調整されたような姿なのかもしれない。

 両腕が武器になり、脚部までもその形状は戦うために特化しているように思えた。

「ソフィは、ヒナタとヤチヨを連れて下がーー」
「許せない……」
「えっ!?」
「オブシディアン……」

 それは一瞬の出来事だった。黒い槍を構えたソフィが一番前を進んでいた巨大なレムナントを貫くのではなく、槍を振った風圧から生まれる衝撃波を刃の代わりとしてその両手足を切り裂き無力化する。
 
 支えを失ったレムナントはその場に転がると、もがき苦しむように悶え、やがて動かなくなった。

「ソ……フィ……?」
「ダメだ……ソフィ、怒りに、感情に身を任せるのはーー」
「うぁぁぁっっっ!!!!」

 ソフィは泣いていた。
 
 どこにぶつければ良いかわからないその怒りを涙に変え、その場にいる巨大レムナントを次々に倒していく。
 時に斬撃で真っ二つにし、時に貫きながらその姿は正に獲物を徹底的に仕留める獣のように思えた。

 その見たことのない荒々しい姿に、フィリアもコニスも見ている事しかできない。

 八体ほどいた巨大レムナントもあっという間に残り一体にまでなり、ソフィはその一体を睨む。
 その一体はまるで泣いているようにガタガタとその巨体を動かしソフィへと攻撃しようと近づいてくる。

 ソフィが残りの一体を倒そうと槍を構えた時。脳内に声が響く。

『助けて』

 その声に一瞬油断し、目の前にレムナントの強烈な一撃がソフィへと振り下ろされかけた。その攻撃が当たる寸前。

 フィリアの氷の盾がソフィを守り、コニスがその隙をついて剣での一撃を加えると最後のレムナントは行動不能となった。

「たす……けて……?」

 最後のレムナントが確かに自分に向けて言い放ったその言葉の意味もわからないままソフィの意識は朦朧とし、槍も同時に消える。

「ソフィ!!」

『あり、が、と』

 ソフィに駆け寄ろうとしたコニスの脳内にも朧げな光が消える直前に声が響いていた。
 思わずコニスが最後に自分が討ち取ったレムナントへと振り向く。
 それは、今しがた命を終えその場に転がったレムナント、いや、人であった時の誰かから聞こえたような気がした。

 その声にコニスは言い知れない胸の痛みを覚える。

「フィリア! ソフィは!!」
「大丈夫。おそらく力の使い過ぎで気を失っただけだと思う」
「ねぇ、ここにいるのは危険じゃないかしら? また、襲われるかも知れないし」
「そうだね。それなら、まだあるかどうかはわからないけど……アーフィのアジトに行くのが良いかも知れない。あそこなら、多少隠れることもできるだろうし……」
「わかったわ」
「ソフィは僕がおぶっていくよ。みんなは僕について来て」

 フィリアは自身を先頭にし、以前乗り込んだアーフィのアジトであった穴の場所まで三人を引き連れ歩きはじめた。

 だが、そこに到着するまでの道のりの間に会話はない。

 あの村での状況、そして見渡す限り広がる亡骸、つまりは緑色の石の残骸の数々。
 言葉に出さずともわかっている。この世界をとりまく空気の重さに何も言葉が出なかった。
 
 時折、見られるそんな悲しき亡骸から何かを漁ろうとでもしたのか、いわゆる賊のような行為を行っていた者たち。
 醜い姿のまま彫刻のように動かず緑色の結晶となってその場に佇んでいる。

 何故そうなったのか。何が起きてこうなったのか、何もわからないまま一同はただ歩き続けた。

 同時にフィリアもコニスも警戒を忘れてはいなかった。
 
 今、一番避けなければならないのは先ほどのようなレムナントに見つかることだ。
 見つかった場合、対抗できないわけではないが、レムナントに対してはあの不思議な力を使わざるを得ない。

 しかし、それにも限度がある。フィリアは自身の限界値を理解している。
 限界を越えれば、自分もソフィの意識を失う。
 
 アーフィと戦った時のように。

 コニスもある程度は戦えることは理解しているが、数が出てくれば一人では対応しきれない。
 
 なんにせよ、戦闘行為は避けた方が良い。
 それは間違いない。ここから先にも何があるかは分からない。

 見つからないようにと物陰に隠れつつ、祈るようにアジトの道を一同は歩いていく。

 しばらく歩き、アーフィのアジトの入口へと一同はたどり着く。
 その道中、レムナントに遭遇することはなかった。
 そしてその理由を一同はすぐに知ることになる。
 
 その入り口もまた凄惨な状況であった。
 アジトの留守を任され、残っていたたくさんのアーフィの仲間たちが、悲壮な表情を浮かべそのまま緑色の像のようなものになりその場に置かれている。

 見回せばその近くには、バラバラとなり動かなくなった小型のレムナントの残骸も見受けられた。
 
「これはーー」

 コニスが複雑な表情を浮かべつつ、その像へと近づきそっと触れる。
 そして驚いて目を見開いた後、静かに、祈るように目を閉じた。

「コニスちゃん……?」
「命が……残っています……」
「えっ!?」

 その発言に驚いて見つめる全員へとコニスは呟く。

「……暴走したワタシたちはそのまま命が終わる……はずでした。でも、ここにある人たちの命はまだ続いています……けれどーー」

 コニスがぎゅっと唇を嚙みしめ、何かを決意したようにそのままその像を自身の剣で破壊する。
 
 壊されバラバラとなったその像は欠片となり、しばらくは淡く光を放っていたがやがてその光を失い。ただの緑色の石へと変わってゆく。

「強制的に生かされて……と、言った方が良いのかも知れません。彼らは、命が終わることを望んでいる……そんな気がします」
「傷ついた彼らは死を望んでいるのに、それすらも敵わない……そんなのひどすぎるわ……」
「ねぇ、コニス。ここにある人たちはみんな、苦しんでいるの……?」
「えぇ……おそらく……」
「石を砕けば彼らは救われるの?」
「少なくとも、こうなってしまった彼らを救う方法は、他に考え付きません」

 コニスの言葉を聞き、ヤチヨが目を伏せて足でその場に広がり淡く光を放ち続けている欠片たちを足で踏みつけた。
 その様子を見て、ヒナタも倣う様にその場にある欠片を踏みつける。
 
 コニスが次々と像を壊し、まだ淡く光を放っていた欠片を三人が足で踏みつけていく。

 踏みつけられた欠片たちはパリンパリンとまるでそれを待ち望んでいたかのように、なんの抵抗もなく砕け、そしてまるで感謝を伝えてくるようにしながら少しずつ光を失っていく。

「ありがとうございます……きっと、ここにいる人たちも苦しみから解放されて喜んでいます……」
「でも何故……さっきの村では同じような状態であっても命が失われていたのに、ここの人たちの命は続いていたんだろう……」
「わかりません。でも、仮に命をどうにかできる存在が居るとしたら、マザーだけです」
「……マザー……」

 話に何度か出てきてはいるが、その詳細に関しては何もわからないマザーと言う存在。
 
 昔、アーフィから聞いた話ではそのマザーの存在は自分たちが生きていく上では必要な存在だとフィリアは聞いていた。

「コニス……改めて、聞かせて欲しい……僕等には今、何が起きているのか何もわからない状況なんだ」
「ワタシにわかる限りのことであれば……に、なりますが--」

 ソフィを降ろし、その場に寝かせると一同は座れるような岩の上に腰掛けると、コニスが話始める。

「ワタシたちは、生まれてからずっとマザーの近くにいます。マザーのそばはとてもぽかぽかしていてすごく心地が良いのです」
「そのマザーっていうのは、どんな存在なの……? コニスちゃん」
「マザーはとても大きくて、暖かくて、ぽかぽかしています」

 コニスの言う大きいというのは、子供の頃に大人である母親が大きくみえるという自分たちの感覚とはなんとなく違う。
 
 そんな感覚を二人はコニスの話しぶりから受ける。
 何故、そう思えたのか……。

 それは、サロスの巨大な赤い巨人を見ていたからなのかも知れない。
 あの大きさは自分たちの考える大きいとはスケールが違う。

「ねぇ、コニス。コニスのお母さんがマザーってことなの……?」
「はい。おそらく。ただ、ヒナタさんのお母さんという存在とワタシのマザーはなんだか違う気がします」
「コニスの他にも兄弟がいるの……?」
「兄弟……?」

 コニスが小首を傾げる。

「一緒に過ごした……家族のことだよ」
「家族……オービーやシーエイチのこと、でしょうか……?」
「オービーとシーエイチ?」
「はい。オービーは意地悪なんですが、でも優しいんです。シーエイチも優しくて……二人とも大好きでした」

 初めて聞く、コニスからの家族の話。
 その話を聞いて、ヤチヨは幼いころに一緒に過ごしたサロスのことを思い出した。

 サロスもまた、ヤチヨにとっては長い間共に過ごした家族である。
 そんなオービーという存在にヤチヨはサロスの姿を自然と重ねてしまった。

「そうなんだ。じゃあオービーとシーエイチに会えるといいね」
「……いえ、きっと、会うことはできません」
「……? どうして」

 急に曇った表情を浮かべたコニスにヤチヨが疑問の表情を浮かべる。

「シーエイチは暴走してしまい……オービーもゼロとの戦いでーー」
「そっ……か……」
「……コニス、辛いことを思い出せてしまうけれど……その暴走というのは……」
「はい……暴走というのは何らかの理由で、自分の中の何かが弾けて暴れて、その後に緑色の存在になり、命を終え、動けなくなります。場合によってはその場で砕けることもあります……ワタシは見ていませんがオービーは、シーエイチは砕けて消えて行ったと言っていました」
「その、暴走というのは、どうにかして抑えられないの……?」
「マザーの近くにいることで、暴走の衝動を抑えることができるようです。ただ、マザーの近くにいたとしてもやがて、暴走することは避けられませんでした」

 暴走……アーフィの言うマザーを失った時の恐怖とはここにあるのだとフィリアは理解した。
 
 この世界の人たちの暴走とは、自分たちの死を意味するものであり。
 その暴走を治療、完治する方法はない。
 そのマザーと呼ばれる存在の近くにいる事で唯一、多少の延命措置が出来たということだ。

「うっ……うーん」

 話の途中で、ソフィが目を覚ます。
 頭を抑えつつ起き上がり、コニスがソフィに駆け寄る。

「ソフィ、大丈夫ですか……?」
「コニス……ボクは……?」
「ソフィ、君は戦いの中で気を失ったんだ」
「そう……だったんですね……すいません。ご迷惑をおかけしました」

 起き上がるソフィの様子をヒナタは注意深く観察していた。
 サロスにしろ、フィリアにしろあの不思議な力を使うことがどのように肉体や精神に影響を与えるか分からない。それは常にヒナタの感じていた不安要素。
 
 もちろんコニスに関しても、同じことが言える。

 そんな中、ここに来てソフィにも同じような現象が起き始めている。

 ヒナタはこれまでの経験だけでなく新しい知識を常に身に着けてきた。
 ヤチヨと一緒に暮らす中でも医療への情熱は自警団時代と同じーーいや、それ以上にその情熱は燃え続けていた。
 
 いつか戻ってくるフィリアとサロスはきっと成長している。

 そう思い、ヤチヨの体も心の成長も目の前で見てきたヒナタにとってどうにか三人に置いて行かれないようにと自分自身でたゆまぬ努力を続けていた。

 しかし、これまでの不思議な現象は現代医学では説明のつかない自体ばかり。
 サロスやフィリアのように人間の体が発火したり、冷気を操るなどという事象は到底信じられるものではない。

 
 そして、信じられないのは肉体や精神に現代医学の観点から見た場合で言えば大きな問題がないということ。

 その事実がヒナタにとって最も信じられないことであった。

 自分が医療に従事している以上、先人たちが積み上げてきた実績による現代の医学に基づいて診断したその事実を信じるしかない。

 ヒナタは今までそうやって生きてきた。しかし、今、ヒナタはその今まで信じてきたものを信じられなくなりそうな想いだった。

 
 そもそもの話、ヤチヨの天蓋にいた際の成長が止まっていることに関してが発端だった。
 普通であれば、生きている状態で人間の成長が完全に止まるということはあり得ない。

 昔読んだ本の中の世界に自分を氷漬けにして遥か未来に蘇るというような話があった。
 しかし、そんなことは現代の医学では不可能である。不可能なはずであった。

 でも、ヒナタは見てきている。
 そのように成長が止まってしまい、今、こうして成長途中となって戻ってきた親友の姿を。

「ヒナタ……さん……?」
「えっ……!?」

 気づけば、みんなの視線が自分に向いている事にヒナタは気づいた。

「ヒナタ……」
「何でもないの……何でもーー」

 そう言ったところで、ここにいる全員がそれでは納得しないという空気感がある。
 ならばいっそ、と現状の気持ちを素直に口にすることを決めた。

「……はぁ……そうよね。ここに来ての隠し事はなし、よね……私は正直今、混乱しているわ。サロスやフィリア、コニスちゃんの今の医学や化学では説明できない人間離れした力。そして、さっきのソフィの突然出現させたあの黒い槍……そして緑色の鉱石となり死んでしまった人たち……正直、私には何ひとつわからない」
「……」

 そこまで言い切って、コニスが困った表情を浮かべていることに関してヒナタが笑みを浮かべる。

「コニスちゃんが悪いわけじゃないのよ。ただ……最近起きていることに対して頭が追いついていない……それだけなの……」
「ヒナタ……」
「フィリアもヤチヨもそんな顔をしないで、フィリア自身の方がこの謎の力に対して不安でしょうし、ヤチヨもヤチヨで私とは違った意味で混乱しているでしょうし……」

 ヒナタは大きく息を吐く。そして頬を一度パンパンと叩いた。

「考えるのはやめるわ。今は、ただ、目の前の事実を受け入れる。脳が拒絶したとしても今はそれをただ受け入れることにする。うん。言葉にしたことですっきりした気がするわ」

「そうか。では、すっきりしたところ悪いが、また納得のできない事実を受け入れてもらうけど、準備は良いかな? 出来てなくても話すしかないんだけど」

 声の方へと全員が振り向く。そこにはいつの間にか腰かけていたイアードの姿がそこにあった。

「ようこそ、こちらの世界へ。と、言っても観光ができるような状況ではないがな」
「どうして……?」
「時間はないが、かと言って黙っているわけにはいかないだろ? この世界に起きていること……そして、これは君たちに伝えなければならない。天蓋の停止方法そして、二つの世界を同時に救う唯一の方法を……ね」

 突如告げられたイアードからの衝撃的な言葉にこの場がまるで時が止まったかのように静寂に包み込まれた。

 今はただ、誰もが目の前の彼女がこれから告げる話に耳を傾けることしかできなかった。


つづく

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