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Seventh memory 10
「……自分で言葉にするのも信じがたい事なのだけど、彼女の体はまるで石のようになっている……原因はわからないけど、診察した結果、私が言える現段階の事実。これだけははっきり言えるわ……」
ヨウコは動揺しつつも極めて冷静にナールにも分かるように話した。
今のイアードは人ではない……いや、正しくは人からは検出されるはずのない成分が検出されたのだとという。
今のイアードの血液に鉱物のような無機物に含まれる成分が混ざり込んでいる。
石に関して専門家でないため憶測にはなるが、今のイアードは人であるよりも寧ろ石に近い存在になっているのではないかという仮説を立てていた。
「それは本当なんですか……ヨウコさん」
「……」
「そんなっ!! バカみたいな話をあなたは本気でーー」
「だから!! 私にもわからないの!!! あなたの言うように人体が石になるなんて症例……いや、そもそもこんなこと……あり得ないのよ……」
「……治せるんですよね?」
「わからない……何が、原因でこうなったのか……どうしてこうなったのか……今の私には何も……」
ナールから見てもヨウコはとても混乱しているようだった。
自分の母親であるメノウが急に苦しみ出した時、見ていることしかできなかった自分や父とは違って、冷静にどこまでも平常心でいてくれた頼もしいヨウコ。
彼女が初めてこんなにも取り乱す姿を見てナール自身もどうして良いかわからない状態だった。
「すいません……ヨウコさんを責めているつもりはないんです……」
ただ、さっきまでも自身の発言は省みれば明らかに彼女を責めているような物言いだった。
ナールは少しだけ冷静になりその考えにいたった結果ヨウコへと頭を下げた。
「……頭を上げてナール。あなたに悪意がなかったことくらいは今の私にだってわかるわ。あなたからすれば医者である私ならなんとかしてくれると思うはずだもの。私だってできることなら何とかしてあげたい。けど今、私にできることは彼女のことを細心の注意を払って見ていることだけ。後は、神に祈るしかないわ……」
神頼み……ヨウコの口からそんな言葉が出てくるとは思ってはいなかった。
どんな時だって自分の知識と腕を信じて母親のために最善を尽くし、大丈夫だといつも言ってくれたヨウコが他人、いや神なんていう誰も見たことがない存在に縋る。
目に見えない不確かなものに全て委ねるしかない。
そんな言葉を彼女の口から聞くことになるとはナールは思わなかった。
それ以上何も言えず病室に戻ったナールは、自分を含めて5人は家に帰ることはなかった。
アイン、ツヴァイ、ドライ、ナール、アカネの5人はイアードの眠る病室で見守るように一夜を過ごした。
彼ら彼女らに何も安心させる言葉を言えなかったヨウコはせめてもと、自警団を通じそれぞれの家族に事情を説明するように促した。
そんなことを知る由もない5人は疲れ果ててはいたが片時も部屋を出ようとせず、イアードが目覚めることを信じて見守り続けていた。
しかし、5人も相当疲れていたのだろう……やがて夜が更けていくにつれて瞼が重くなっていき、1人また1人と眠りについていく。
ナールが眠りに落ちる前に目に映ったのはイアードの手を握り続けるアカネの姿だった。
次にナールが目覚めたのは、既にもう日が昇り朝になっていた頃だった。
「んっ……朝か……いつの間にか眠ってーー!!!」
寝ぼけ眼を擦りながらナールがふとイアードが寝ているはずのベッドを見ると抜け殻になったベッドがあるだけだった。ナールの眠気は一気に吹き飛び目を見開き、驚いた彼はその勢いのままに大声を上げた。
「!! おい、みんな!! 起きろ!! 大変だ!!」
「んぁ? なんだよ、ナール、朝からでかい声出しーー」
「イアードが!! イアードがいないんだ!!」
「んん~??」
緊急事態にも関らず、ましてや昨日まではイアード危機的状況であったにも関わらず、呑気な声で返事をしたツヴァイに怒りが爆発しナールは思わず掴みかかった。
だが、ツヴァイは意味がわからないと言いたげな表情を浮かべゆっくりナールの手をどけた。
「……何、怒ってんだ?」
「はぁ? お前こそ何を言ってるんだ!! イアードがいなくなったんだぞ!!」
尚も、必死な形相を浮かべるナールに対してツヴァイは状況が理解できないという表情を浮かべ続ける。
「……なぁ、さっきからお前が言ってるイアードって、誰だ?」
「……はっ?」
ツヴァイのその発言にナールは耳を疑った。ふざけているわけではない。
そもそもツヴァイという男はこんな時ふざけるような人間ではない。
それが分かっているとはいえ今の態度に納得が出来る訳でもない。
「ツヴァイ……お前本気で言ってるのか? なぁ、お前はこう言う時ふざけるやつじゃないよな? 答えろ!!
ツヴァイ!!」
「うるさいわね……朝から、何騒いでいるのよナール?」
「ナール兄ちゃん、うるさい……」
2人のやり取りを聞いて、不機嫌気味にアインとドライが目を覚ます。
その2人の様子にもナールは違和感を覚えた。
昨日まであんなに自分の姉を心配していたドライが空になったベッドを見て何も反応せずあくびをしていた。
アインも普段の彼女なら何かしら行動……までは起こさないでも何かしらの反応はしているはず……にも関わらず伸びをして生あくびをしている。緊張感が無さすぎるのだ。
ナールはその様子から3人と自分には圧倒的な温度差があることを嫌でも感じていた。
とても不思議である意味では非常に不気味に不自然な違和感であった。
「どうしたんだ!! みんな、イアードが!! イアードがーー」
「誰?」
「イアード……さん?」
ナールのその言葉を聞いてもアインとドライは顔を突き合わせて不思議な表情を浮かべていた。
やはり何かがおかしい。
「……そんな……お前たちまでーー」
ナールは大きなショックを受けていた。
異常なのは自分以外の3人のはずなのに、まるで自分が異常だと思ってしまうほどに彼女たちの姿や反応には驚きと困惑の色が滲む。
悪い夢だと思いたかった。自分は今とても悪い夢を見ている。それなら早く醒めろとナールは心の中で願った。
きっと目覚めた先には、いつもと変わらずいっしっししと笑うイアードがいて、また自分やアカネやみんなの前で明るい笑顔を見せてくれる。
そんな自分たちが知るイアードがいる日常が待っているはずだと……。
「なぁ、ナール、お前、大丈夫か?」
しかし、そんな淡い希望はツヴァイがナールを心配した表情で肩に手を置いた温かさで打ち消された。大きな手から伝わる温度は間違いなく、夢ではなく現実のものだった。
思わず小さく息が漏れた。鼓動が跳ねてドクンと打つのが自分でも分かった。その動揺で一際大きくなっていくような気がした。
助けを求めるようにゆっくりとアインとドライの方を見まわしても、その状況が変わることはなかった。
どこかおかしくなってしまったのかとナールを心配するような表情で見つめている2人。
ナールの表情は絶望に満ちていた。
3人のその目を見て疑惑でしかなかった事態に確信を持ってしまった。
皆は、決してふざけているのではない。
いないんだ。
彼らの中にイアードという人物が。
本当にイアードという存在を忘れてしまっている。
どうしてなのか全く検討が付かない。
こんなことがあり得る訳がない。
ただただ、嫌な汗が一筋。ナールの頬を撫でるように滑り落ちていった。
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