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Seventh memory Last

「……私を? 良いのですか? 選人の選定というのは大いなる意思が選ぶこと……私がいなくなればその声の導きを知ることすらーー」

「黙れ!!!! 天蓋に関するあらゆる権限は第零団団長であるこの僕にある。それはもちろん、シュバルツ貴様に関してもだ」

「……少し、頭を冷やした方がよろしいのではないですか? あなたは、今やこの自警団の団員をまとめる一団長、いえ、今やお父上の後を次ぐ総団長なのですから……」

 シュバルツはにやけた笑みを浮かべて、殴りこむように彼の部屋へ乗り込んできたナールをあしらうように告げる。

 いつもなら拳を握りこんで堪えるナールだったが……アカネを失い、これ以上何を失ったとしても怖いものがなかった彼は総団長権限により他の団長たちへの相談もなしに自身の団である第零団をこの後に急遽解体させた。

 身勝手なその行いに彼の団だけでなく、自警団全体から猛烈な批判を受けることとなるもナールはその理由については黙秘を続けた。そんな態度も彼を追い詰める要因にはなった。

 が、それ以上に彼の批判の要因となったのはこれまで自警団に行っていたシュバルツの協力を断り身勝手に追放した事が最も大きな理由だった。
 これにより自警団の隠された役割である選人となるべき者を探す為に必要な人物、シュバルツを失った。

 最も秘匿されていたシュバルツのその重要な仕事は長年従事してくれていた彼が居なくては成り立たないほどに特殊な仕事であるため、とても他の者が代行できるような仕事ではなかった。
 
 それほどまでに重要な人材を相談もなしに切ったナールの居場所もまた自警団からなくなってしまった。

 とはいえ個としてのナールという存在は認められずとも空席状態になっている仮の総団長として適任者が他にいるわけでもなく、彼はその責任の上で役割を果たす為だけに自警団に居続けたのである。

 その判断はナールやその関係者以外の自警団の所謂、古株のみの会議によって決められたことであった。

 裏を返せば、古株の連中からすればナールが飾りの総団長であっても自分たちにとって都合の良い自警団に生まれ変わらせる為には役に立つと言う算段だった。

 事実、後にアインたちにより大幅な自警団の改革が起こる前までは団内の有様はとても悲惨なものだった。
 自分たちに都合のいいように動く癖に都合が悪くなればその責任を全て総団長のものとお飾りの総団長であるナールへと押し付けるという始末。

 しかし、そんなナールの状況をただ見ている人間ばかりではなかった。
 屍のように総団長室で放心していたナールに一撃アインはビンタを放ったかと思えば、自分の団に少人数制の精鋭部隊を発足した。
 そして、その部隊で暗躍するナールの姿もあった。名も素性も隠し、彼はしばらくアインの右手としての働きを全うするようにアインが取り計らったのだ。
 影の存在として役割や立場を気にせず立ち回れるように。

 その精鋭部隊の仕事にはナールが解体した第零団の役割。天蓋周りの仕事も組み込まれていた為、ナールの瞳には再び僅かばかりの光が灯る事になった。
 シュバルツを追放し、その咎により天蓋に関しての仕事を封じられる事となっていたナールはこれにより救われる。

「……アイン団長……こちらが本日の報告になります」
「ご苦労様、下がっていいわよ」
「はい……」
「……ナール……」
「……」
「大丈夫よ、あたしとあなたしかここにはいないわ」
「……失礼します……」
「ねぇ、あなたは全てを失っても……それでも、アカネのが大事なの?」
「……」
「あたしや、ツヴァイ、ドライよりも彼女のが大事なの?」
「……すまない……僕には、アカネしかいないんだ……」

 ナールのその一言を聞き、アインは彼が背を向け去った後に人知れず泣いていた。アインにとってナールは子供のころから一緒に苦労を共にし、そして成長してきた仲間であり、彼にとっても自分達もそうした大切な存在であると思っていた。

 しかし彼は自分達よりも自分が愛した人を大切だと言い切った。
 それは更に言えば自分自身よりももっと大切なのだと。

 それはアインにとって。いや、ナールを大切に思う人たち全てに対してはとても悲しい言葉であった。
 故にアインは団長としての立場があると理解していながらもその役割でも堪え切れずに泣いた。
 
 ナールの意思はそれほどまでに固い。
 
 この日、この瞬間ナールは孤独であり続けることを決め、同時に壮大な計画を始めていた。

 全てはもう一度アカネに会うため、彼の頭にはそれ以外のものがなくなっていたのだった。

 そして、ナールは……ついにその日を迎えた。
 アカネに会う為の準備が整う日は偶然にもフィリアの友人であるヤチヨという少女が天蓋に入らなければならない日付と重なっていたが……正直そのこと自体はどうでも良かった……。

 僕にとってアカネに会うための手筈に新たな選人の存在は関係ない。

 だが……僕も人間だ。昔の自分によく似たフィリアについ余計なことを言ってしまった。

 どの口がそんなことを言えたのだろうか……今、こうして冷静になれば笑えるほどに滑稽だった。

 僕はフィリアへと投げかけた質問を自分に問う。

 そう、自分は本気でやろうとしているのだ……アカネ一人の命と全ての人間の命を天秤にかけた上で迷いなく決めた。

 アカネを選ぶことを。

 フィリアにだけはそうなっては欲しくない……だからあんな……思ってもいないことを言ってしまったのだろう……。

 だが、もう一度会う方法があるというならその可能性を諦めきれるわけがない。

 暗い洞窟を降りていくと、見慣れた後ろ姿がそこにあった。

 その人物はまるで僕が来ることを分かっていたかのようにゆっくりと振り向き、昔のようにニヤリと微笑む。

「意外……というのは、少々失礼ですかな……」

 シュバルツ……僕がかつて役割と仕事を奪った人間……あの頃と何も変わらない。人を小馬鹿にしたような笑みと不気味な雰囲気に僕は寒気を覚えた。

「……シュバルツ……あなたにまた出会う事になるとは思わなかった」
「こちらもです。あなたのせいで私の計画はめちゃくちゃになってしまったんですから」

 言葉とは裏腹に彼はとても楽しそうに思えた……この男の考えはまるでなに一つ理解ができない。

「……そういう割には、ずいぶんと上機嫌のようだが……」
「えぇ、まさかあなたが本当に協力してくれるとは思っていなかったもので……クフフ、ダメ元だったんですがねぇ」

 数日前、僕宛に一通の手紙が届いたアカネを取り戻したければ今日この時間、この場所に来いと言う宛名すらなかった手紙……

「僕はアカネを取り戻せるなら、それ以外何もいらない」
「良いのですか? あなたはもう人に戻れないかも知れないんですよ?」

 その言葉に本当に彼は何か……そう魔術的な何かを使えるのではないのかとさえ思えた。

 いつもの僕なら鼻で笑うようなことだとしても、今の彼のその雰囲気が僕にその考えを確信へと導いた。

「……僕は、決めたんだ……例え悪魔に魂を売ったとしても……アカネを取り戻す……と」

 それは例えのつもりであった。しかしその一言を聞きシュバルツの口角が少しだけ上がった。

「実の弟と真逆のことをしようとすることになってもですか……」
「……ヤチヨのことか……?」
「弟さんは世界を大切にすることを選んだ。しかし、あの子は。えぇ、あなたの愛しのアカネさんの大事な存在なはずですよね。そんなヤチヨさんを犠牲にしたと彼女が知ればなんとーー」
「黙れ! 何度も言わせるな!! 僕にとってアカネ以外の存在はもはや必要ない!! たとえ誰を犠牲にしても誰を失おうとも僕は、アカネを、神などという戯言のような存在から取り戻すと決めている!!」

 その僕の言葉にシュバルツはまたニヤリと笑った。僕にはその笑顔が本物の悪魔のように思えた。

「神……と申しますか? わざわいをよぶものではなく?」
「シュバルツ、そんなまやかしの存在を今更僕に問うつもりか?」
「ふふ、神とて同じようなものだというのに……ああ、これはこれは失礼いたしました……ただ……ピアスも、ペンダントもなくてーーおっとそんなことを言ってもわかるはずがーー」
「どんな順番であっても、どのタイミングであってもこの場所に太陽のピアスと月のペンダントの二つが揃った状態で、祈りさえ捧げていれば儀式には何の問題ないはずだ……そうだろうシュバルツ」

 その僕の発言にシュバルツは少しだけ驚いた表情を浮かべた。
 事態は彼の思惑通りになっていた。自警団から離れる直前与えられた私室に彼はわざと天蓋に関する研究資料の一部を残していった。

 自分の計画には協力者が必須である。そして、願わくば僕がその協力者になればという願いも込めていたのかもしれない。

 だとするなら僕は見事に彼の策略にハマった……というわけか……。

「ほほ、ぬっふふ、その言い方をする、ということはあなたはその二つがここに揃う算段があるというのですか?」
「あぁ、必ず……」

 フィリアはあの少女を明日必ずここへとつれてくる。あいつは僕とは違う。非情にはなり切れない優しい性格をしている……そして、おそらくサロス……アカネが残していったあの忘れ形見の少年も彼女を見捨てるはずはない……。

 つまりサロスとフィリアはいずれ、いつの日かこの場所で出会うことになることを僕は確信していた。

「それより、お前の方こそーー」
「私は手に入れていますよ……この腕輪を、ね」
「それが、天秤を動かすための鍵……」

 儀式に必要な最後のアイテム……アカネともう一度会うために必要だったそのアイテムをこの男がいつどのような方法で手に入れたのか……。
 僕には皆目見当もつかなかった。

 しかしそんな些細な問題はもはや関係ない。

 僕は誓ったのだ……アカネのための犠牲には全て目をつぶると、そしてその後の罰は必ず最後に自分が受けると。
 アカネを取り戻し、もう一度抱きしめたその後に……。

「その腕輪……天の腕輪だったな。それがあれば最初の儀式はできるはずだ。誰かにここを嗅ぎつけられる前に初めてくれ……シュバルツ」

「本当によろしいんですか? たかだか一人の女のためにーー」

「シュバルツ!! 口の聞き方には気をつけろ……次、余計な口を聞けば僕はお前を撃ち殺してしまうかもしれないぞ」

 感情を剥き出しにし、反射的に懐から銃を取り出し、その銃口をシュバルツへと向ける。

「おー怖い怖い。相変わらず、直情的なお人だ。私を殺してしまえば、それこそあなたの愛しのアカネさんは二度とーー」

「何度も言わせるな!! 僕はあんたとこれ以上無駄話をするつもりはない!! さっさとしろ!! シュバルツ!!」

「くふ、くふふふふ、わかりました。では始めるますよ……ナール。ですが、その前に。もう一つの世界に行くための儀式を……あなたの体を結晶化させる呪いをかけますよ」

 シュバルツが何やら怪しげな呪文を唱え始めると、意識が徐々に薄れていき、足が、腕が、だんだん動かなくなっていく……。

 何か蛇のように自分の体の中に異物が入り込む感覚。自分の体であるはずなのに何も自分の意思で動かすことが出来ない。

 頭の中に新たに浮かぶ自分の姿は緑色の鉱石に体の半分の意思を奪われた自分。
 いつその意思に全てを奪われ、自分ではなくなる恐怖とその恐怖と同じくらいに誰かや物に対しての異常なほどの破壊衝動。
 それら全てが僕の体に流れ込んでくる。
 
 しかし、変わりゆく自分の姿を見て、僕はいつかどこかでこんな光景を見たことがあるような気がした……。
 意識を完全に失う前、僕の目の前には現れたのはいっししと笑う見知らぬ少女の幻影……そして……。

『ナール』

 僕の名前を呼ぶ、アカネの笑った顔だった……。

 ナールがアカネに出会ったのは……そう必然だった。
 アカネがナールに出会ったのは……きっと運命だった。

 男は悪魔に魂を売ったとしても……もう一度女に会うために。

 女は悪魔になったとしても……もう一度あの子供たちに会うために。

 それはナールが読んでいた物語の冒頭の一文であった。

 そして、その物語は終末はこのように締め括られていた。


『今、ここから。始まる終わりを始めよう』と。



おわり

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