EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)08
「ずいぶんと派手にやられているな」
「……あなたは……? ボクは確かサロスさんと……」
ソフィが見回した景色。
それは、先ほどのサロスと戦っていた場所とは異なる景色。
周りは夜ではなく、明るい色調の鮮やかな……まるで夢の世界と形容出来そうなこの世とは思えないほど幻想的な場所だった。
ソフィの脳裏に嫌な予感が巡って青ざめる。
もしかしたらサロスと戦っている間に自分は死んでしまったのではないか……と。
ここが死後の世界……であるなら目の前の不思議な景色の全てに説明がつく。
ソフィはサロスに本気を出してほしいと言ったことを激しく後悔した。
まだ、自分にはやりたいこともたくさんあった。軽率な判断だった。
命の重さというものをまた見誤って自分の命をないがしろにしてしまっていた。
……コニスのことが気がかりだった。
彼女を一人にしてしまった。
そのことがソフィにとってなにより大きな後悔となって押し寄せてきていた。
約束もまだ果たせていない。
そんなソフィの心情を読み取ったように、目の前の男は口元を緩めソフィに声をかける。
「安心しろ。お前は死んでもいないし。ここは死後の世界でもない」
思わず目を丸くする。
気づかない間に心の声を口に出してでもいたのだろうか?
自分の心境を他人に言い当てられ、ソフィは混乱してしまう。
「どうーー」
「どうして、あなたはボクの心の声がわかるんですか……? か……まぁ、当然の疑問だろう」
「あなたーー」
「あなたはだれなんですか……? それももちろん当然の疑問だ。だが、時間ももうない」
ソフィは、むっと納得のできない表情を浮かべる。
全ての言葉で自分より先回りをされ、発言することすら許してはもらえない。
「……まぁ、名前くらいは名乗ってやるか……俺は、OB-13《オービーサーティーン》……まぁ、今も昔も俺にとって名前なんぞに何の意味もないが……」
「OB-13《オービーサーティーン》……オービーさん、ですか」
ソフィの発言を聞き、オービーは驚いた表情を浮かべ少しだけ笑みを零し言葉を続けた。
「お前も、俺をそう呼ぶのか……」
「えっ!?」
「俺をそう呼ぶのは……お前が三人目だ。いや……俺たちを一個体……いや、《一人の人間》として考える奴が、というのが正しいか……」
「一個体……あなたは、人間では、ないのですか……?」
「……お前は、どう思う……?」
「……変な質問ですね。どうみても人間にしか見えませんよ」
その言葉を聞き、オービーは再び笑みを浮かべる。
「なるほど……なんで、俺がお前の前に現れたのか……合点がいった……」
「あの……さっきから一人でなんでも納得していないでボクにも説明をーー」
「お前、名前は……?」
「はい……?」
「名前、だよ」
「……ソフィです……」
「ソフィ……ソフィか……」
その言葉を聞き、それを噛みしめるように目を閉じながら呟く。
そして、オービーの体が徐々に光になり消えて行く。
その光景にソフィは何もわからずただ驚きの表情を浮かべる。
「いいか。ソフィ……これから先、お前達が対峙するやつらはとんでもないやつらだ」
「待ってください! まだ、ボクは何も……名前くらいしか教えてもらっていません!!」
「充分だ……俺が、お前に伝えなければならなかったのは本当はたった一つ。お前が今後、自分だけの力でどうにも太刀打ち出来ない相手が現れた時、こう叫べーー」
その言葉がソフィの脳裏に刻み込まれた。
と、同時にいくつもの知らない風景が流れる。
それは、ソフィの知らないコニスの姿。
SC-06《エスシーシックス》……先ほどまで話していたオービーともう一人。見知らぬ女性からエスシーと呼ばれていたコニス……。
彼女は幸せそうに笑っている。
その笑顔はソフィも見たことのない笑顔だった。
自分の前に現れたオービーという男はきっとソフィにコニスを守って欲しいと頼みにきたのだと、何となくそう感じた。
きっともう守ってやることができない自分の代わりに……ボクに。
オービーは彼女の兄でもあり、時に父でもあったのかも知れない……。
そんな彼が自分に託してくれようとしている力。
――コニスを守るための力――
「おーい……ソフィ、大丈夫ーー」
サロスは本能的にソフィの周りから放たれた強力な闘志に思わず後ずさる。
違う。先ほどまでと何かが違う。サロスは、本能でそう感じた。
周りに纏わせていた炎を更に強く舞い上げる。
次にくる一撃に備えるために。
「……オブシディアン」
ふらりと立ち上がったソフィの右手に漆黒の槍が現れ、掴み取るとその体ごと突撃してくる。
サロスは、避けることもなくそのまま炎の壁を作り出し、その一撃を防ごうとする。
しかし、その槍は次々に炎の壁を貫く。いや、貫くだけではない。進みながらも炎の壁を同時に切り裂いている。
サロスの目の前までソフィが迫る。サロスはとっさに左腕を剣に変え、その全身が槍となったソフィの一撃を剣で受け止める。
しかしそのままその槍を華麗に振り回しサロスの体勢を崩しにかかってくる。
その動きはソフィ自身も知らない動きだが、どうしてか体が覚えている。
そして、ソフィには≪視えている≫
今まで≪視えて≫いたけれど、どう対処すれば良いかわからなかった相手の行動への対処がわかる。
握る槍から伝わってくるのはその武器の力だけではない。
自分ではない誰かの経験。その経験がソフィの強さを更に高めようとしてくれているのだ。
「なんだこれ……」
サロスも困惑していた。目の前で戦っていた相手は一人である。
そう、一人であったはずだった。
しかし、サロスには少なくともソフィの他に二人≪視えている≫
だが、その二人がソフィの代わりに戦っているというわけではない。ただ、見守っているだけ。
だとしたら、この力はなんだ……? と
サロスも自身の不思議な力に頼り切っていたわけではない。
けれど、どこかで昔のがむしゃらだった泥臭い自分はどこかにいなくなっていたのかもしれないとソフィを見て思う。
何が何でも強くなりたい。ヤチヨを、救うために。
あの頃の想いが胸を焦がしていく。
鼓動が激しく鳴り響く。
呼吸も乱れ、冷や汗も流れる。
きっとまだこれから何かが起きる。そんな予感がある。
その時に再びあの時のように後悔しない為にサロスは拳を握り込んだ。
彼の生存本能が彼の危機を久方ぶりに伝えてきており、その事実にサロスは思わず笑みを零した。
「いいぜ!! なら、全力でやり合うおうぜ!! ソフィ!!」
サロスの全身から炎が吹き上がる。それは守ることを捨て、捨て身になったことを現していた。
その空気の切り替わりにソフィも、一つ大きく息を吐く。
長物など、ソフィは自警団の訓練くらいでしか扱ったことはなかった。
しかし、今、おそろしいほどにその握った槍は手に馴染んでいる。
今まで握っていた剣とはまるで比べ物にならないほどだ。
これはソフィに力を与えたオービーの影響だろう。
そして彼の隠れた才能でもあったのだろう。
元々から自警団の中で得意な武器というものがなかった。
何を使ったとしても、ある程度は使いこなせる。
それがソフィの強みであり、同時に弱みにもなった。
こうしてようやく出会えた自分の力を最大限に生かせる武器。
小柄なソフィは、自警団で使うような槍は大きすぎたのだ。
今、自分が握る槍は正にソフィにとって扱いにこれ以上ない程よい長さの槍。
自分に合ったものというのは必ずしもその武器の種類だけではなかった。
小柄な身体に合わせた長さ、取り回しやすい重さ。
そして戦い方に応じたその形状。
柔軟多様な思考を持てるソフィだからこそより自分自身にカスタマイズされた武器が必要だったのだ。
最初に仕掛けたのはサロスだった。
地面を蹴り真っ直ぐにソフィへと近づく。
サロスの間合い。その間合いに入られれば新しい力を得たとはいえ勝つことはできない。
そう考え、ソフィは槍を円状の軌道を描くように振り回して接近を阻む。
しかし、サロスはその動きなど気にもせずに近寄ってくる。
ソフィは振り下ろされた剣の一撃を槍を構えて柄で受け止める。
それだけではない。
ソフィの握っている槍は少し特殊なものであった。
槍にとりついているのは通常の槍のように鋭利な突起物ではなく、剣のようにやや平面の形状をしている。
押し返したサロスの剣を槍の穂先で薙ぎ払う。
突くことで攻撃するのが槍の特性だ。しかしソフィの槍は剣のように振り下ろし、相手の攻撃の勢いや威力、通常では切り裂けない炎のようなものも分断することをも可能にしている。
あらゆるものを切り裂くことが出来るソフィの握る槍≪オブシディアン≫この力であれば、サロスやフィリアの体の一部が変わるあの現象にきっと対抗する事が出来る。
自分の身体には変化がない。
今、握っているその槍だけが特別なものになっているようだった。
「……ソフィ、お前その槍。なんか違うな……それ……どうしたんだ?」
「……託されました」
「託された……?」
「はい」
「誰に……?」
「わかりません。ただ、コニスを守って欲しいと……」
ソフィの握る槍に力がこもる。サロスも自身の剣に精一杯の力を込める。
お互いの力が拮抗しているからこそ二人が止まっているように見えた。
「そうか……じゃあ、こいつはお前も望んだ力、なんだな……?」
「はい。ボクだけで手に入れられなかった事は悔しいですが、それでもコニスを守れるのであればそれで構いません」
「そう……か……だが、その力に溺れんなよ。強い力は油断してるとてめぇ自身も飲み込むぜ」
「覚えておきます」
それを聞き、サロスがソフィから距離を取りにやりと笑う。
「じゃあ最後に、一番すごいのやっとくか。悪いが、怪我しねぇ保証はできないぜ」
「はい。サロスさんの全力、見せてください!!」
「行くぜ!!!」
サロスの全身が、赤い巨人に代わりそのまま右手を振り上げソフィへと振り下ろす。
ソフィも目を閉じ、槍を両手に持ち替え集中する。
すると目の前の槍がサロスの拳ほどに巨大化する。
その巨大な槍をソフィは持ち上げ構えた。
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
「やぁぁぁぁ!!!!」
「そこまでだよ……二人とも」
両者の最大の一撃がぶつかるその瞬間、双方の目の前に氷の壁が現れ二人の動きが止まる。
「サロス……少しやり過ぎだ。ソフィも」
「あ、フィリア……さ……ん……」
集中の糸が切れた瞬間、ソフィの意識は途切れそのままその場に倒れる。
「良くここがわかったな」
「サロスの力を追ってきたからね。突然もう一つ大きな力を感じた時は驚いたけど……」
「そうか……フィリア、後のことは少し任せてもいいか?」
「……サロス……?」
フィリアの視線の先に満天の夜空をどこか寂しそうな表情で見上げるサロスの姿が映っていた。
つづく
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