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187 双爵家の禁忌

 学園では婚約の儀に生徒達も参加できるという配慮が取られることになった。ユーフォルビア家の騎士団であるシードブロッサムの精鋭が護衛するために隠し切れないという事も影響したが、何よりこれからの国を担うであろう多くの人材がいるこの学園で双爵家同士の新しい関係性を見せておくことに舵を切り、見せつける狙いがユーフォルビア家にはあった。

 この婚約の儀の後には国へ向けての牽制としても国中に知らされる算段をカムランなどゼルフィーの側近たちが状況を整えていく。
 ユーフォルビア家の当主は婚約の儀を前に正式に家督をゼルフィーへと与えており、世代交代の流れはもうすぐそこまで来ていた。

 情報はギリギリまで伏せられおり、学園は騒然となっていた。双爵家同士の婚約など前代未聞の事であり歴史的に見ても前例のない儀式。

 一般的に貴族達の間で行われる儀式だが、これまでに双爵家の者同士が婚約を結ぶということは起きた事がなかったのだ。

 そんな歴史上初となる双爵家同氏の婚約の儀の準備が行われている裏でショコリー達もまた前代未聞の作戦を練り上げていた。
 一歩間違えば双爵家を敵に回してしまいかねないような作戦である。

「本当にやるの? 私は構わないけれど」

 ネルはまんざらでもないようだ。聞けば相手は正体不明の双爵家お抱えの騎士団。遠征で積んだ経験値を試す相手としては申し分ないと腕を鳴らしている。

「相手は双爵家のお抱えの騎士団、そう簡単に突破できるとは思わないだわよ?」

 サブリナはどうやら不安があるようだがショコリーはケラケラと笑い飛ばした。

「私達が力を合わせれば大丈夫。失敗しても学園内で起きることだもの。先生達も事態の解決に奔走してくれる。というかそもそも大事な儀式をこんなところでやるってのを承諾したユーフォルビア家が悪いわ。それにアンタの役目はパーティ会場の食事をひたすら片付けてくれればいいだけ。実に簡単でしょう?」

 ショコリーの挑発的な眼差しにサブリナは煽り返すように腕を組んで胸を張る。

「それはちょちょいのちょいなのだけど、その行動に一体なんの意味があるだわよ??」
「立ち回るにはテーブルが邪魔だけど、食べ物はもったいないじゃない。食べ切っていれば蹴散らしても心は痛まない」
「ショコリーさんってたまに凄い発想が怖いんですけど、テーブルにも製作者さんがいるわけで」

 鍛冶師としての側面も持っているセシリーはそのように申し出るがそこは価値観の相違なのであろう。有無を言わせぬ圧力がかかりセシリーは小さくなる。

「セシリー、何か言った?」
「や、なんでもないです」

 こうしてショコリーが中心となって謎の目標を達成する為の作戦が少しずつ組み上げられていく。
 ここまで来ても尚、サブリナはどうしてもショコリーがティルスの為にここまですることに疑問が生じている。

 
「ティルス様の為って名目以外は全く要領を得ないんだわよ。アンタがどうしてわざわざティルス様の為に人肌脱ごうとしてるだわよ?」

 きゅるーんとしした可愛いポーズを決めてショコリーが潤んだ瞳でサブリナを直視する。

「仕組まれた婚約の議からティルスを守ってあげなきゃ。彼女には本当に好きな人と一緒になって欲しいとアナタも思わない?」

「や、それは、当然そう思うだわよ」

「でしょ?」

 強引にまとめられている気がしないでもないが、彼女が望まぬ婚約の儀であるというならば、それはティルスにとって良い事ではないとサブリナも思っていた。

 そして、ショコリーが立てたティルス奪還作戦の導線はこうだ。

 ネルがまず護衛となっている騎士達の武器を奪い去り、場の混乱と戦力の分断を行う。
 ネルを追うであろう騎士達へセシリーが用意をした武器を代わりに使ってくださいと都合よく用意して登場する。
 その武器は実は武器ではなく食べ物で出来ている為、用意されたパーティの食事と合わせサブリナを配置した場所へと誘導し、彼らをティルスたちの近くから引きはがす。
 
 ショコリーの情報から側近の護衛として配置されているであろうキリヤ、カムラン。彼ら二人に対してどうするかが最も難しく。ショコリーが直々に相手をするのだという。何か秘策があるらしい。

「プルーナには私の手伝いをしてもらうわ」

 コクリと頷くプルーナはいつも通りといった様子だ。

「シードブロッサムの騎士、キリヤとカムランの二人は手強いはず。カムランはマキシマム先生より強くはないと予想しているから、武力的にはキリヤがおそらく最も強く、九剣騎士クラスだと考えて対処するべきね。彼に関しては絶対に油断は出来ないわ。そんな二人を相手にしてもらうけど、いい?」

「わかった。やっつければいいの?」

「え、まぁ、それができればベストだけど、キリヤを無力化するために時間稼ぎが必要だから時間さえ稼げれば」

「そう、どのくらい?」

「5分前後くらい」

「なら何とかなると思う」

「お願い。で、キリヤの無効化が行えた場合、ゼルフィー様の行動を阻害する動きにすぐに移行してくれればいいわ」

「分かった」

 プルーナが鼻息を荒く気合を入れている様子がなんとなくわかる。誰かに頼られたことが嬉しいとでもいうような表情にも見える。

「万が一、キリヤの無力化がうまくいかなかった場合はウェルジアの判断で動いて。あと、あの本、忘れないでね」

「本は邪魔だろう」

 当の本人はまだ乗り気でもなく、心底煩わしそうな様子だが交換条件に興味がないわけでもないようで複雑な表情である。

「あれがないとティルスが婚約の儀を中断する意思が生まれないかもしれないから」

「よくわからん」

「ティルスに自分で婚約の儀を白紙にしてもらう必要があるのよ」

「益々わからん」

「この場だけ引き伸ばしてもダメ、その為にその本が必要なの」

 最後にウェルジアが一人になったティルスを本を持ったまま連れ去るという算段ということだった。

「どうして最後はウェルジアさんなんです?」

 セシリーの疑問は当然だった。相手の力量が高いというならばウェルジアも時間稼ぎに加わる方がいいのではないだろうか? とこの場の誰もが思う。

「……そこが一番重要な役割なのよ。出来れば連れ去る直前まで姿を見せたくはないわ。あのキリヤを万が一抑えられない場合は強引にいくことになるけど」

 ショコリー作戦隊長はニヤリと怪しげな笑みをたたえて全隊員たちを指差してくるりと背を向けた。

「……そう、一番重要な、ね」

 ショコリーは二度繰り返すがその言葉の本当の重要性を知るものはこの場に他におらず気付く者は居ない。

「それでは各自、前日に最後の作戦の詰めの際にまた会いましょう」

 そう言ってショコリーは一人、先にドアを開けて外へと出て少しばかり歩いた先で立ち止まる。

「……双爵家の役割すら、もう当人たちの中では忘れられてしまっているのだとしたら……ショコリーは必ず貴女のような魔女となり、代わりに使命を果たしてみせます。例え、貴女のように国中の人々から嫌悪されたとしても」

 苦い表情で青い大きなリボンを揺らす少女は一人、唇を嚙みしめてセシリーの工房を後にするのだった。




 
「ティルス様が学園を去る? いなくなる? どうして」

 リヴォニアは生徒会の仲間から伝えられた情報に一人部屋でうずくまり独り言を繰り返し歯をカタカタと鳴らしていた。

「ならこれまで何のために、何のために、何のために」

 全てはティルスの役に立つ為。生徒会に入って一番傍で彼女をずっと見てきた。
 憧れの生徒。彼女が騎士になるならば自分もそうなりたいと願った。
 しかし、自分には戦う才能がなかった。
 
 遠征の前にティルス本人に言われた言葉も彼女の心を抉っていた。

 しかし、遠征で大きな成果を上げた彼女は期待していた。彼女に褒められることを、彼女に認められることを。

 なのにティルスが戻ってきた途端これだ。

 婚約の儀? 騎士を目指すんじゃなかったのか。双爵家という家柄に頼らずに万事を成すと言っていた彼女の姿は、言葉はなんだったのか。

「ゆる、さない。置いていくなんて、許さない。裏切るなんて許さない」

 彼女のティルスへの敬愛は歪み乱れつつあり、徐々にその形を変えていく。本人の心ではなく、そこに巣食う悪意を核とする力によって、その認識を変えられてゆく。

 ティルスへの敬愛が、憎悪に変わる中、ただただ聞こえ続ける誰かの囁きが彼女を蝕み続けていた。





 バキリと洞窟の天井がひび割れて砕けた石が落下する。
 小さな小石は手のひらに即座に払われ闇の中へと消えていく。

「ねーねー、バルフォードぉ」
「どうした? トリオン」
「西部学園都市を調査してたミーシャからおてがみ来てたよ~」

 不自然な文字の羅列。暗号、記号ともいえるような文字の並びが見て取れる。

「ミーシャから? 定期の報せがある時期ではないはずだが」

 トリオンからの手紙を受け取り目を通すバルフォードの顔色が変わっていく。

「なに!? ……カバネウス。緊急だ」

「どうしたんだバルフォード。らしくねぇぞ」

「それどころではない」

 視線が合った瞬間にいつも顔色ひとつ変える事のない男の様相に只事ではないという事態を察した男は即座に態度を変え阿吽の呼吸で指示を仰ぐ。

「どうすればいい?」

「トリオンと西部学園都市へ行ってくれ」

「目的は?」

「双爵家同士の婚約の儀を絶対に行わせてはならない」

 手紙に書かれていた内容にカバネウスも狼狽える。考えもしていなかった予定外、予測の外の出来事だった。
 不確定要素であるユーフォルビア家の情報収集を後回しにしていた間に状況はひっ迫していた。

「なんだと!?」
「こんやくのぎぃ? なにそれおいしいの? たのしいの?」

 トリオンだけが首を傾げて目を丸くしている。

「俺達の悲願である神殺しを果たせなくなる」
「シュレイナは動けないのか?」
「アイツにはいまは時間が必要だ」
「ち、今から俺達で向かって間に合うのかよ」
「こちらの準備も佳境。俺がこの場を離れられん」

 頷いてすぐにでも飛び出そうとしたカバネウスの目の前の闇からずるずると現れる人影があった。

「うふふ」
「ネクロニア、居たのか」
「焦り顔のバルフォードに朗報を」
「なに?」

 心底楽しそうに彼女は高笑う。まるで賭けにでも勝ったかのように喜んでいる。

「こんな事もあろうかと準備していたのよねぇ」
「何をだ?」
「私の命令を聞いてくれる子がいるから、時間稼ぎはおそらく可能」

 髪をたくし上げてバルフォードを艶めかしく見つめる。

「でもカバネウスとトリオンは早めに向かった方がいいわ。長く稼げるかはわからないもの。シードブロッサムが居るというなら尚更、ね」

 普通の男なら色香に惑わされそうなウインクを受けてバルフォードは顔色を変えずに命令を下す。

「2人とも急げ」
「任せておけ」
「キャハ、遊びに行くの!? いくいくトリオン学園に行くー」

「学園の敷地内で動くという事を忘れるな。あの力だけは二人とも絶対に使うんじゃない。イウェストまで温存せねばならない」

「ああ」
「分かった~」

 二人が飛び出した後でネクロニアへ視線を向けたバルフォードは軽く頭を下げた。

「ネクロニア。助かった」
「礼には及ばないわバルフォード。私達は同志、神殺しを果たさねばならないのは私とて同じだもの。気にしないで、ただ私は東部学園都市に用があるから西部にいけないのだけど、いいかしら?」
「婚約の儀までに時間を稼げる手段さえあるなら、あの二人が居れば十分だ」

「大丈夫。丁度、うまく進んでいる所だから、うふふ。安心して頂戴」

 ネクロニアは眼を細めてうっとりと何かに想いを馳せているように悦に入っている。

 その様子には興味はないというようにバルフォードは鎮座する場で再び瞑想を開始した。

 彼の視線の先に不思議な光の模様、文様が浮かび上がっていく。その場所はまるで神聖な場所だとでもいうように厳かな張り詰めた空気を生み出しており、その光の陣の中心には深紅の剣が真っすぐに突き立てられているのだった。


つづく



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