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EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)01

「ヒナタ! おっかわりぃー!!」
「はいはい」

 空になった皿を元気よく掲げるサロスを見て、ヒナタが苦笑いを浮かべる。
 紆余曲折はあったが、今彼らは長い時を経ての再会を堪能していた。

 ヒナタの家に着くなり、コニスの「お腹が空きました」の一言からそれに続くようにサロスが「俺も~」と続き、そんなサロスをたしなめようとしたフィリアのお腹も遠慮がちにくーと鳴りはじめ、それを見たヒナタとヤチヨが笑いながら張り切って料理を作った。
 
 そして、食欲全開のサロスとコニスによってヒナタの家の冷蔵庫は再び空となるピンチが迫っていたのだった。

「サロス、そんなに慌てなくとも食べなくてもご飯は逃げないわ。はいどうぞ」
「おうっ! サンキュー、ヒナタ」

 手渡された新たな料理の乗った皿をサロスが受け取ると再びかきこむようにほおばる。すると、その様子をみていたコニスの顔がサロスの視界に映った。

「んっ? お前も食うか?」

 じっと、サロスの皿と空っぽになった自分の皿を交互に見ていたコニスに対して、サロスが笑いかける。

「はい」
「そうかそうか。ほらっ!」

 サロスの皿から、空になったコニスの皿へと料理を分け与えてられていく。

「ありがとうございます」
「おう! めちゃくちゃ食えよ!」
「はいっ!」
「……サロス、君は……自分が作ったわけじゃないだろ」

 ニコニコした笑みを浮かべるサロスとコニスを見ていたフィリアがその発言に苦笑いを浮かべる。

「後、少しは遠慮したらどうだ? ヒナタとヤチヨだって食料に余裕があるわけじゃないだろう」

 更に言葉を続けつつ、食べ終わった後にヒナタが入れたコーヒーを一口飲み、フィリアがサロスに向けて苦言を呈する。

「だってよぉ! こんなに美味い飯食ったのひさびーーごほっごほっ」
「もー……何してるのよ!! ほら、水、飲んで」

 横にいたヤチヨがサロスの背中を擦りながら水の入ったコップをさりげなく手渡した。

「おっ、おう。サンキューなヤチヨ」

 サロスはニカっとした笑顔を浮かべ、ヤチヨからコップを受け取り一気に口に流し込んで飲み干す。その後、再びかきこもうとしたところでヤチヨがサロスの手を握って、食べる手を止めた。

「コラっ! そんな勢いで食べたらまたむせるでしょ! ゆっくり食べさなさい」
「っせぇなぁ。なんかお前、かあちゃんみたいになってんぞ! ヤチヨ」
「サロスがいつまでも子供みたいなだけでしょ。でも、あたしアカネさんみたいに素敵な女性になれてるってことかなぁ?」
「んー、ヤチヨはヤチヨだろ。母ちゃんとは全然ちげぇよ」
「もっ、もー! サロスぅー!!!」
「いていて、なんだよ叩くなよ。ヤチヨ」

 食事中にも関わらず、ヤチヨがポカポカとサロスの背中を叩く。
 サロスも、その攻撃に思わず食事の手を止め防御の姿勢をとった。
 その二人の様子を見ていた、フィリアが一つ息を吐くとゆっくりと口を開く。

「ヤチヨ。悪いのはサロスだけど、食事中の相手にちょっかいを出すのは止めた方がいい。また、喉につまらせてしまう可能性だってあるんだからね」
「うっ……うん」
「おいっ! フィリア!! 俺が悪いってどういうーー」
「サロス、君も、食事中に騒がない」
「あっ……あぁ」

 フィリアのその言葉に争っていた二人の動きが止まる。
 二人の態度を様子を見て、フィリアはもう一口コーヒーを啜る。

「サロスは相変わらずだけど、フィリアはずいぶんとまた落ち着いたのね……でも……」

 そう言って、台所から出てきたヒナタがフィリアの横に座り、口元についたソースを手でさらってそのまま自分の口へと運んでいく。

「ひっ、ヒナタ!?」
「口元を汚して気づかないところは相変わらずみたいね」
「えっ……それは……あっ」 
「周りのことはよく見てて気づいてくれるのに自分のことになると甘くなる。うん……そういうところは私の知るフィリアね。あの頃のまんま」
「……君には、今でも敵いそうにないな……」

 フィリアは苦笑いを浮かべ、それを見てヒナタが朗らかな笑みを浮かべる。
 その様子を不思議な顔でサロスは見ていた。サロスが知っているのは学院にいた頃の二人と、天蓋からヤチヨを救い出す時に僅かに会えたあの時の二人だけだったからだ。
 その間に二人が共に育んだ時間の事は全く知らない。

「なぁ、お前ら。いつからそんな仲良くなってたんだ?」
「えっ!? フィリアとヒナタは付き合ってるんだから当たり前じゃない!」
「付き合ってる? って?」
「恋人ってこと」
「誰と誰が?」
「フィリアとヒナタが」
「えええええええっ!? あっ、あー!! そうかー、フィリアお前が最近いつも言ってた大事な人ってヤチヨじゃなくてヒナタのことだったのか!?」

 言われて、数秒。ようやく状況を理解したサロスが大声をあげて手をポンっと叩く。
 そのサロスの様子を見て、フィリアはまたはぁとため息をつき、横にいたヒナタがフィリアの袖を握る。

「えっ? フィリアと一緒にいたのに、そういう話しなかったの!?」
「そういう話?」
「あたしとかヒナタの話!」
「んぁ? お前やヒナタの話もしたぜ。それこそ学院とかガキの頃の思い出話は」
「じゃなくて! あたしが天蓋に入った後の話とかはしなかったの!?」

 ヤチヨの問いを聞いて、サロスが不思議そうな表情を浮かべる。

「そんなの聞いてどうすんだよ。目の前に今のフィリアがいるんだぜ。話のタネに一緒に過ごしてた昔の話はすることあっても、個人的な過去のこと聞かれても本人だっておもしろくねぇだろ? 言いたくねぇこともあるだろうし」
「そっ、そうかなぁ……サロスは、フィリアがこれまでどうしていたのかとか気にならなかったの?」
「あー……まぁ。気にならないわけじゃねぇけど、目の前にこうしてもうフィリアがいるんだし、まぁいいかなって」

 そう言ったサロスの言葉に、ヤチヨが大きなため息をつく。

「ねぇ、フィリア。あなたからサロスに私たちのことを話すこともなかったの」

 横に座っていたヒナタがフィリアに問いかける。自分はヤチヨにフィリアとのことを良く話していたのに、フィリアは話していなかったことにヒナタは少し不満であった。

「うん。特に聞かれることもなかったから。そう改めて言われると全く話してなかったかも知れない」

 そうだった。自分の好きな相手とその友人はそういう人たちであった。
 深く追求してこない性格は、良い面もあればどこか不満になることもある。
 考えてみれば、サロスが自分たちの関係を追求することも、聞かれもしない関係をフィリアが自分から話すこともない。

 しかし、ヒナタはどこか納得しきれなかったため少しだけ意地悪をすることを決めた。 

「そうなのね……じゃあ……」
「なっ!? ひっ、ヒナーー」

 ヒナタがフィリアの膝にのり口元まで顔を近づける。
 その様子にサロスが慌てた様子を浮かべる。

「おっ、おいおいおいおい何してんだ!! そんなことしたら赤ん坊が出来ちまうかもしれねぇだろ!!」
「「「「えっ!?」」」」

 サロスのその発言に、コニスを除く全員が驚きの表情を浮かべ時間が止まる。

「……驚いたわ。まさか、そこまでサロスの知識が子供のままだなんて……」
「いや、僕も少し驚いている」

 驚いて固まっている二人に代わり、ヤチヨが呆れた表情をしながら口を開く、

「ねぇ、サロス。キスだけじゃ子供はできないんだよ」
「いやいやヤチヨこそ何言ってんだ! 男と女がくっつき過ぎたら赤ん坊が出来るってピスティがーー」

 サロスの一言によって、再び周りの時間が止まる。

「ピス……ティ……? ねぇ、ピスティって誰?」
「や……ヤチヨ?」

 何故だか唐突に怒っているような雰囲気となったヤチヨにサロスが動揺を浮かべる。

「ねぇ。その人はどんな人なの……? サロスとどういう関係?」
「どうしたんだよ。そんな怖い顔して……」
「……」
「なっ、なんか言えよ。なぁやちーー」

「あのっ!!!」

 今まで言葉を発することなく、静観していたソフィが口を開く。

「皆さんの再会の時間に水を差してしまい申し訳ありません。でもボクはお二人が今までどこにいたのか! それについてのお話を聞きたいです!! きっと、それはコニスにも、この子にも関係があるような! そんな気がするんです!!」
 
 ソフィが申し訳なさそうにしつつもハッキリとした物言いで真剣に告げる。

「……ヤチヨ。サロスには後でたっぷりと問い詰めてもらうとして、確かに今はソフィの言う通り。今まで二人が天蓋で消えた後に何があったのか、一体どこにいたのかの話を聞くのが大事だと思うわ」
「……わかった……」

 ソフィの真剣な眼差しに、全員が先ほどのおふざけモードから真面目な表情を浮かべる。

「フィリアさん、サロスさん。話してもらえますか? お二人が今までどこで何をしていたのかを」

 ソフィの問いに、フィリアとサロスが無言で視線を交わす。

「サロス」
「あぁ。話すことは別にいいんだが……今から話すのは、信じられない位バカみたいな話だぜ。俺達だって最初は悪い夢か、はたまた死んで地獄にきちまったかと思ったんだからよ」
「構いません。ボクたちはコニスやお二人の姿を見ています。とても人間とは思えない、信じられない光景を既に目の当たりにしているんです。今更、何を聞いたとしても信じますし当に心の準備は出来ています」

 そのソフィの返答を聞いて、サロスとフィリアはお互いに目の前の相手の方を向く。

「ヤチヨ」
「あたしもどんな話でも信じるから」
「私もよ。フィリア」
「ヒナタ……」

 その返答を聞き、二人は一度目を閉じた。
 そして、サロスとフィリアが同時にゆっくりと目を開けると語り出した。

「僕達が天蓋の中にヤチヨの代わりに入って行ったのは二人とも見ているよね」
「えぇ」
「うん」
「あの謎の光に包まれた後、僕とサロスは見知らぬ場所に立っていた。天蓋には『わざわいをよぶもの』なんて存在はどこにもいなかったんだ」

 ヤチヨは黙り込んで何か考えているようだった。化け物はいない。

 それなら自分が聞いていた声は何だったというのか?

「でも、声は聞いた。化け物みたいなゴーってすげぇ音。んで、その音が鳴りやんだと思ったら、俺たちは自然のない……何かの亡骸がそこら中に転がっているようなそんな場所にいたんだ」

 化け物なんていないのに声だけは聞こえる。それは一体どういうことなのだろうか。それになぜ自分だけがその場所にいかなかったのだろうかとヤチヨは不思議に思う。
 天蓋の中にいた時にはヤチヨはそんな場所ではなく、閉塞感のある閉じられた狭い場所にいただけだったからだ。

 その話を聞いて、今まで無関心そうだったコニスが二人の方を向いて告げる。

「その場所。ワタシ知っている気がします」
「「えっ!?」」

 コニスのその発言に、二人が驚きの表情を浮かべる。

「ここからはボクの憶測になりますが、おそらく二人が天蓋からの光に包まれた後に降り立ったその場所。その時、ほぼ同時期にコニスはきっとお二人が行ったというその場所からこちら側にやってきたんだと思うんです」
 
 ソフィのその突拍子のない発言にも、その場にいた誰もが疑うような表情は浮かべてはいなかった。
 
 ふと、サロスとコニスの視線が重なる。
 その瞬間、お互いに言い知れない感覚が背筋を走る。

 初めて会ったはずの二人。
 でも、どこかで会ったことがあるようなそんな既視感。
 ずっと昔、一緒にいた事があるかのような。
 不思議な安心感と繋がりを二人は感じていた。


つづく


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