Seventh memory 09
「よかったじゃんアカネ〜、ナールの奴、美味しいってさ〜いっしっし」
ある程度、2人が落ち着いたのを見計らってイアードが2人の方へと歩いてくる。
近づいてきたイアードに対して、2人は全て見られていたとは知らずに、慌てて涙を袖で拭き、何事もなかったかのように振舞う。
「こっ、これでナールさんに対して初勝利、ですね!」
「いやいや、良く考えれば食感はクッキーのものとは違って、形もーー」
「あーまーた! そんな屁理屈を言うんですね! さっきは素直に美味しいって言ってくれたのにーー」
「いや、あれはそのーー」
「いーっしっしっし」
いつものような2人の軽口の言い合いがまた、始まるそんな様子を見かけてイアードは、傍に置かれたバスケットから一つクッキーを取り出し口に入れ、いーっしっしっしと微笑ましい顔で2人を眺めていた。
それがイアードとして見た最後の光景。仲の良い2人と過ごす最後の時だった。
イアードは何かを悟ったようにふっと表情を緩め二つ目のクッキーを手に持ち、そのままその場にゆっくりと倒れ込んだ。
「よーし! 次は絶対!! 文句言わせないくらい美味しいのを作りますからね! ねっ、イアード、頑張ろうね……って……イアード!!!」
そう言って振りかえったアカネの目に倒れているイアードの姿が映り、慌てて駆け寄る。
「……次は何のいたずらだ? イアード、僕たちをからかうのもいい加減にーー」
「……イアード? ねぇ、どうしたの? イアード、ちょっとねぇっ!! イアード!! イアード!!! ナールさん!! イアードが息してない、してないよぉ」
その言葉にナールは顔色を変えてイアードの傍へと駆け寄って身体を揺らす。
「おい、イアード!! 笑えないぞ!! おいっ!! イアード!!! イアード!!!」
石のように動かなくなったイアードをナールが必死に呼びかけながら、何度も揺り動かす。
しかし2人の想いも虚しく、目を覚さないどころか、徐々に足の先から緑色の石のようにイアードの身体が変化していく。
「アカネさん、ちょっと待っていてください。父さんを……大人を呼んできます!!」
そう言ってイアードをアカネに任せ、ナールは稽古場へと全速力で走って戻った。
「あら、ナール、今日は早かったーー」
「父さん!!」
アインの茶化す言葉すら聞こえないほどに、ナールは喉から振り絞った珍しく大きな声で父親へと叫んだ。
「……どうした?」
「イアードが!! イアードが大変なんだ!!!」
「えっ!? お姉ちゃんが!!!」
ナールの尋常じゃない様子に、ナールの父も飛び出して指示を出し始める。
「ツヴァイ、ヨウコのところへ走ってくれ!!」
「えっ!? はっ、はい」
「ナール、案内しろ」
「はっ、はいっ!! 父さん!!」
ナールと父親が走り出そうとした瞬間、アインは父を、ドライはナールの裾を掴む。
言葉にしなくても、自分たちも行くという意思を2人は感じていた。
「急ぐぞアイン」
「一緒に行こう。ドライ」
4人は急いで、アカネの待つイアードの方へと走った。
アカネがいる場所まで戻ると、変わらずアカネが泣きながら、必死にイアードに呼びかけていた。
彼女の姿は、下半身は完全に緑色の鉱石になっており、左手のほとんども変化していた。
その様子を見て、ドライも駆け寄りイアードに必死に呼びかける。
しかし、実の妹の声を聞いても、イアードはピクリとも動かず、ただ笑みを浮かべて目を閉じたままだった。
ドライは姉に泣きつき、いつもは何かしら動きを見せるアインも信じられないという表情を浮かべ、呆然とその様子を見ていることしか出来ない。
ナールの父親は驚いた表情を浮かべてはいたがすぐにヨウコの元へ行こうと声を張り、イアードを担ぎ、医師の元へと走りだす。
アインは泣き続けているアカネとドライと手を繋いで引っ張り、2人のあとを追った。
ツヴァイから急患がいるとの事情を聞いていたヨウコ準備をして待っていたがいかんせん容体も分からない。
だが担ぎ込まれたイアードを見た一瞬の光景に目を見開く。すぐに冷静にいる事に努め状況を確認しようと動作で指示を出す。
すぐに診察台にイアードを乗せ、彼女の診察を始める。
1人状況が飲み込めていないツヴァイは戸惑いながらも一度部屋から出てアインと一緒にドライとアカネを励ますことに勤めていた。
ナールと父親は診察室前でヨウコの指示を待っていた。
やがて診察室の対応中の明かりが消え、白衣姿のヨウコがマスクを脱いで、言葉を発した。
「……命に別状はない……どこもおかしくないし、いたって、健康」
実際に診察したヨウコは、その一言だけを腑に落ちない様子で告げると、白衣を脱ぎ捨て、そのまま診察室を後にして去っていった。
イアードはベッドへと運ばれ、皆を病室を呼び込むとヨウコの言葉をそのまま続けた。
「お姉ちゃん……どうしちゃったの?」
「……大丈夫よ。健康だって先生も言ってるんだし? すぐに元気になるはずよ」
「うっ……うん……」
アインがドライを安心させようと、優しい言葉をかけるがそれが気休めである事はこの場の誰もが気付いている。
「ナール……さん」
「今は、見守りましょう……それしか出来ません……」
ナールもアカネを安心させる言葉をかけたい気持ちはあった、しかし、そんな根拠のない安易な言葉を発することなど出来るはずもない……。
ただ一つ、今、皆がわかることは、イアードは今、病室のベッドで眠っている。
そう眠っているのだ。体が緑色の鉱石に変わっていっていることを除けば、ただ安らかに眠っているだけ。
「おねぇちゃん!!」
涙を浮かべたままドライがイアードの手を握る。
緑色の鉱石のように変化していないその右手は死んでしまった人のように冷たいわけではなく、とても暖かい、いつもの彼女のぬくもりが感じられた。
「なぁ……ナール、いったい何がどうなってやがる!! なんでイアードがこんなーー」
「落ち着きなさい! ツヴァイ! ……ナール、あなたは何があったか知ってるの?」
珍しく取り乱すツヴァイを冷静にアインが制するが、そのアインですら動揺そのものは隠せてはいなかった。
「……わからない……僕にも何もわからないんだ……」
呆然として、何も聞き出せそうにないナールから離れる。
アインはその場で同じく呆然としてようやく泣き止み止んだ少女を見つめる。今日初めて出会うアカネに声をかけた。
「……アカネ……さんだったわね……何があったのかあなたはわかる?」
「……わかりません……気づいたら、イアードが倒れてて……私……」
今にも泣きそうなアカネにはこれ以上は何も聞けないと、アインは静かに口を閉じた。
ヨウコの元へより詳しい症状を聞きに言っていたナールの父が現れた。
「先生、ヨウコ先生はなんと?」
「……どこも異常はない……いたって健康だそうだ……」
「っつ!! そんなわけーー」
「彼女は!! ……極めて優秀な人間だ……彼女が分からない事はおそらく誰にも分からないだろう」
そのナールの父の一言で病室はただ静寂が支配する空間となった。
誰も言葉を発することが出来ず、ただただドライとアカネの泣く声だけが響く。
イアードはいつものような笑顔のまま徐々に鉱石になっていき固まってしまい、それから何時間経っても動かないまま。
ナールは少し風に当たってくると言って病室を出て、外へと向かった。
そこには珍しく物憂げに空を見つめていたヨウコの姿があった。
「お父さんはもう帰ったわよ……メノウとお腹の子が心配だからって……あなたも、もう遅いし、帰った方が良いんじゃないの?」
「……ヨウコさん、イアードはどうなってしまったんですか?」
「……言ったはずよ……いたって、健康だと……」
「そんな嘘、小さなドライにだってわかっていますよ! 本当は何かまだ僕たちに何か隠しているんじゃないんですか!!!」
ヨウコはナールのその発言を聞くと難しい顔をしながら少し迷った後ゆっくりと口を開いた。
つづく
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