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Seventh memory 11

「ところで、どうして私たちみんな揃って病室にいるのかしら?」
「さぁ、なんでだろうな? 誰か怪我でもしたか?」
「わたしは大丈夫。それより、おうち、帰りたい」

 ナールはその何気ない会話を通して確信した。イアードの存在や共に過ごした記憶は自分以外の人達の中から消えている。イアードがいなくなったことに対して3人が平気な顔をしているのにもナールの中で納得ができた。

 納得は出来たのだが、それを彼が事実として受け入れるかどうかと言うのは別の問題であった。

「しゃーねぇ! 途中まで送って行ってやるよドライ」
「えー……別にいい」
「遠慮すんなって」

 いつもなら微笑ましく見えるはずのツヴァイとドライのじゃれあいすらも今のナールには心がざわつくような光景に映る。
 昨日から理解の及ばない事態が起こりすぎてナールは1人になりたい衝動に駆られていた。

 整理する時間が欲しい。
 今、自分が何をすべきなのか、どうするべきなのかを彼の中で冷静に考えたいと思っていた。

「ナール……? どうしたの? 帰らないの?」
「……アイン、悪いが少し一人にさせてくれ……それから今日の訓練は休むと父さんにも伝えておいてくれ」
「えぇ、わかったわ」
「あぁすまない」

 空のベッドをただ見つめるナールに、ツヴァイが声をかけようとするがアインはそれを止め、三人はナールを置いて病室を出ていこうとした。

 だが、ナールは急に3人の方を向いて大声をあげた。

「!? アカネは!! アカネはどこだ!!」

 ナールはいなくなったイアードのことばかりに気を取られイアードの傍に居たアカネの姿がないことに気付く。

 嫌な汗が頬を伝っていく。ゴクリとつばを飲み込み、三人の反応を凝視する。
 まさかーーそんなことあるはずが、という、疑惑がナールを襲い……そしてーー。

「アカネ……ちゃん?」
「誰だ? そいつ?」
「ナール、あなたやっぱり一度ヨウコ先生に見てもらった方がーー」

 直前の瞬間、想像をしなかったわけではない。本来ならいたはずのアカネに対して誰も何も追求することがなかった。

 つまり、イアードだけではなくアカネの記憶も皆の中から消えているということ。

 ナールの予感は悪い形で的中していたのだ。だがどうしてアカネの記憶も一緒に?

 ナールの額に再び冷や汗がたらりと垂れて流れ落ちる。
 床へと落ちた汗は染み込んで、暑さのせいですぐにその染みは消えて見えなくなっていく。まるで、イアードの記憶が消えた事を視覚的にナールに見せつけてくるように。

 心配そうに近寄ってきたアインを跳ね除け、ナールは部屋から飛び出して一目散に走り出した。

「アカネ……アカネ!!!!」
「ちょっ、ちょっとナール!!」
「おいっ!! どこ行くんだよ!!!」

 後ろから聞こえてくる仲間の声に耳を傾けることなく走り去り、無我夢中で一心不乱に地を駆けた。どこにいるかなんて全く分からない。

 もしかしたらもう世界中のどこを探しても見つからないかもしれないそんな嫌な予感すら頭を過っていく。しかし、その考えを振り切り、必ずどこかにいるはずだと、そう言い聞かせる。

 彼の中にまだ存在するイアードを、そして今、彼にとって誰より大事なアカネを探し求め、心が叫び狂ったようなその音無き声は、胸を打つ鼓動へと変わり血を全身に送り続ける。ただただ闇雲に朝の森の中を走り続ける。

 無我夢中で走る最中、酸欠になりふらりと意識が飛びそうになる。ふと頭に浮かんだ三人で食べたサンドイッチ。

 笑うイアード、微笑むアカネ。

 確信はない。いつものあの場所。二人との思い出の場所といえば、いつも3人が集まるあの場所しかない。きっとそうだ。

 縋るように、乞うように、息を切らせて走り続ける。焼けるような焦燥感を押さえつけながらその場所へと向かう。

「アカネ!!!!! イアード!!!!!」

 掠れたその声を振り絞り叫んでその場所を視界に入れると二つの人影があった。

 その場所に2人はいた。朝の日差しが差し込んでいるが、それとはまた違う、何か虹のような七色の色とりどりの景色の中に佇む2人へとナールはゆっくりと近づいて行く。

 ナールに気付き、あっ、と声を思わずこぼしたイアードの声を聞いたアカネが振り返りナールの姿を瞳に映した。

「ナー……ル?」
「ナール!! 良かった!! 早くこっちに来て!!」

 ナールを呼び捨てにしてしまうほどにアカネは酷く焦っていた。ナールは鼓動が脈打つのを無視して、再び駆け出し二人のそばへと近づいた。

「……計算外だなぁ……まさか二人も記憶が残っちゃうなんて……」

 イアードは困ったように笑っていた。

「あたしの予定では訓練を見ていたアカネが急に倒れてそれをナールが担いで、慌ててヨウコさんに見せて、身体に問題はないけど、念のため1日入院ってことになってそれが心配だったナールと成り行き上で一緒にみんなが病室に泊まったってことに、するつもりだったんだどなぁ……」

 イアードが饒舌に自分の思い描いたシナリオを口にする。それを聞いて2人の中に存在し得ない記憶がどうしてか蘇り脳裏に描かれる。
 それは2人の脳内に浮かび上がる新たに呼び起こされた記憶にないはずの記憶。

 ドライにナールとアカネが会っていた事が偶然見つかり、密会がバレた2人は最近隠すこともなくアカネがナールたちの訓練を見に来るようになる。
 そして、昨日はいつもよりとても暑い日だった。そんな暑い日だったからだろうか……アカネはその暑さにやられ、ゆっくりと倒れてーー。
 

 違う。そんな事は起きてなんかない。

 2人が心の中ではっきりと偽りの記憶を否定したことで再びイアードの姿を捉えることが出来た。

 イアードはいししっと……苦笑いを浮かべ2人の姿を改めて見直す。

「イアード……今のは……どういうことなんだ!? なんでみんな君のことをーー」
「今、経験したよね? みんなの状況の一端を」

 言葉を遮るようにイアードが鋭い視線をナールへと向ける。

 その視線はいつものおちゃらけた彼女のものとは違う。言うなれば敵意に似た、決して好意的なものではない事が分かる。

 だが、イアードはすぐにいっしっしっしといつもの笑顔を浮かべた。

「……おかげで、みんなの記憶からあたしだけじゃなく一時的にアカネの記憶まで消さなきゃいけなくなっちゃったじゃん……しっかも突貫でやったから、すげー矛盾だらけの穴だらけの筋書きにーー」
「茶化さず! 答えろ!!! イアード!!!!」

 ナールは、自分の発言によって再び鋭い視線を向けたイアードの眼光に怯むことなく今度はじっと彼女の目を見つめた。
 イアードはそのナールの強い意志を感じ取り、ふぅっと一つ息を吐くと少し寂しげな表情を浮かべて2人の顔を見た。
 
「……あたしはね……元々いない、存在だったんだ」
「……は?」
「あたしはこの時代の人間じゃない……いや、そもそも今はこの世界の人間であるのかすらわからない……」
「何を言ってーー」

 イアードが左手を天に掲げるとその腕は緑色の鉱物に変化していた。
 しかし、同時にその緑色の腕が一瞬で元に戻る。

 それは目の前で目にしたはずなのに脳内でそれを事実として受け入れられない体が心が頭が理解することを拒む程の光景だった。吐き気にすら近いその気味の悪さはナールの心を大きく揺さぶった。

 しかし、それを超えるほど彼の中でイアードを友として思う気持ちは強かった。
 完全な他人であれば逃げ出していたかもしれない。しかし、彼の中では子供の頃から共に過ごした友人である彼女がどんな姿になったとしても受け入れようという気持ちの方が強かった。

「その、腕はーー」
「驚いた……よね? でも、あたしの体はもう人の体じゃないんだ……」

 イアードはそう言って、寂しげな目でナールの方を見て小さく微笑んだ。
 その様子から、ナールは彼女自身は今の自分を受け入れているのだと理解した。
 そう自分が知らないだけで、随分と前から彼女はこのような状態だったのではないかという仮定もできた。

「イアード……あなたはーー」
「あたしは、天蓋に選ばれた人間……元選人なんだよ……」
「選、人……」

 その選人という言葉は、ナールは父からよく聞いていたものだった。
 自警団が守っている天蓋、そこには選人と呼ばれるわざわいを呼ぶものを封じるために犠牲になった人々がいるということ……。彼にとってそれはおとぎ話の類であると思っていた。

 天蓋という場所は存在はするが、その実はただの大きな洞窟のようなもので、その中には何もなくただ子供の頃の自分たちが危ない所へ出向かないようにするためのものだと思っていた。

「って言われてもわからないよね……そうだなぁ……うん。呼ばれたの……世界から……」
「呼ばれた?」
「あなたたちがわざわいをよぶものと呼んでいる存在から」
「……イアード、冗談はそのくらいにーー」

 ようやく絞り出した声でナールは口を開いた。空想上のものだと信じ続けていたその存在が実在すると言うのなら、それは彼のこれまでの価値観を大きく変えることになる。

 それだけではない……もし、それが真実であるなら父が自分が運命付けられている守人という家系の存在はなんと悍ましいことをしているのだろうか。

 皆の犠牲となる選人を助けるのではなく、その選人をただ天蓋に留める為に、見守ってきていただけの家系という事になる。
 いや、見守っているというのも自分たちが正しい事をしているという詭弁であるかもしれない。ある意味では見捨ててきたと言うのが正しいのではないだろうか。

 自分はその為だけに日々訓練を積み重ねていたという事なのかと。

 誰の記憶にも残っていない名も知らぬ選人達。

 そして気付く、周りがイアードを忘れてしまった現象と同じようにわざわいをよぶものに関して、人々は大切な何かを忘れているのではないかということに。

 「ナール、あんた見たよね? あたしのこの腕……冗談だって言うなら、これ、どうやって説明するつもり?」

 彼の視界に再び先ほど異様だと思えたイアードの緑色の鉱物へと変わった左腕が映りこむ。
 この光景さえ見ていなければ彼女のいうことはいつものような……いや、いつもよりもタチの悪い冗談だと笑い飛ばすことができた。

 しかし、目の前のその腕の存在によってナールは今起きている事実から目を逸らすことなどできなかった。

 それはアカネも、同じだった。
 朝、彼女が目覚めた時にイアードを見るとその全身は一瞬緑色の鉱石のようなものになったかと思うとすぐに元の彼女の体へと戻っていく。
 ほどなくしてイアードがゆっくりと目を開け、左手を開いたり閉じたりすると彼女は何かを察した表情を浮かべそのまま窓から外へと飛び出した。

「イアード!!!」

 アカネの自分を呼ぶ声に一度驚きつつも、聞こえていないフリをして一目散にどこかへと走り去ってしまった。

「待って! 待ってよ!!」

 急に走り出したイアードに対してアカネも無我夢中で彼女を追いかけるように窓から飛び出し走り出した。
 そしてしばらく彼女を追いかけた後、突然視界が虹色に染まり、同時に立ち止まったイアードはアカネの方を向いた。

「アカネ? なんで?」
「なんではこっちのセリフだよ! なんで急に病室を飛び出しーー」

 そうアカネが言いかけた途中でアカネの耳にゴーゴーと何かの声のようなものが聞こえてきていた。

 その声はまるで、アカネを呼んでいるように感じ、彼女の背筋を悪寒が撫でていった。



つづく

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