EP 03 激動の小曲(メヌエット)09
「ソフィ! 無事ーーッ誰!?」
ヤチヨは、ソフィのそばにいる見知らぬ人物を見つけると思わず身構えた。
「あっ、ヤチヨさん。ヒナタさん。無事だったんですね!!」
「ソフィ……その子は……?」
ヒナタも同じく警戒の眼差しを向けている。
いつものヒナタであればそんな態度をとることはないはずだが先ほどまでのこと、あの謎の緑の存在によって少しばかり気が立っているのだろうことは容易に想像できた。
「あっ……彼女はーー」
「……コニス」
ほとんど表情を動かすことなくコニスは淡々とした口調で一言呟く。
いきなりの自己紹介に、ヤチヨもヒナタも呆気にとられてしまう。
「えっ……あのあなたがーー!?」
「もしかしてソフィの言っていたコニス……ちゃん……?」
「?」
コニスは不思議そうな表情を浮かべ小首を傾げた。
その様子にはソフィも苦笑いを浮かべることしかできなかった。
途端に二人の様子、張り詰めた空気が弛緩する。
「えーとあのーーいや、それより、二人とも自警団の方々は? 近くにはいないようですが……」
ソフィの言葉に、二人の表情が沈む。
「……何か、あったんですか……?」
「……」
「あのね……ソフィ、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
黙っていたヒナタに代わり、ヤチヨがゆっくりと口を開く。
「はい……」
「その……ね。ヒナタと二人で自警団に行ったんだけどね……その……」
ソフィは話を聞くよりもおそらく見た方が早いのだろうと判断した。
「……自警団に連れて行ってください。お二人が話をしにくいのなら自分の目で確かめますから……」
「いや……でもーー」
「……行きましょう。ヤチヨ」
さっきまで押し黙っていたヒナタが口を開く。
「でも……ヒナタ……」
「ソフィが心配で急いで戻ってきたけど……やっぱりあんな状態のみんなを放ってはおけないわ」
「そう……だよね」
二人の重苦しい空気に嫌な予感が胸の中に広がる。
そんなソフィの袖を、コニスが小さく引っ張った。
「ソフィ……」
「コニス……どうしたの……?」
「ワタシも行っていいですか?」
「えっ……それはーー」
「ダメ……ですか……?」
コニスが真っ直ぐな瞳で、ソフィを見つめる。
ソフィは少しばかり考える表情を浮かべ、目を閉じた。
再会を喜びたい所だが、今はどうにもそんな状況ではない。
それはヤチヨ、ヒナタの様子を見ればわかることである。
とはいえ、コニスを一人この場に残していくこともソフィには出来なかった。
ソフィは考えをまとめ目をゆっくりと開けた。
「ヤチヨさん、ヒナタさん。この子も……コニスも一緒に連れて行っても良いでしょうか……?」
「えっ……」
「それ、は……」
二人が困った表情を浮かべる。
先ほどまでの未知の存在によって二人はいつもよりもかなり用心深くなっていた。
目の前の子が話に聞いていたコニスだと言われても二人にとっては初対面である事に変わりはない。
可愛らしい女の子の姿をしている……が。
見た目はそうであっても、もしかしたら急に襲ってくるかも知れない。
精神的に疲弊して疑い深くなっていた二人は正直コニスの存在に戸惑っていた。
「コニスのことは……ボクに任せてください」
そんな二人の不安を察してか、ソフィが言葉を続ける。
「彼女に関して何かあった時はボクが全て責任をとります」
「……ソフィは、彼女を……コニスちゃんを信じているのね……」
「はい」
「……わかった」
「ヤチヨ!?」
「ヒナタ、あたし。コニスちゃんのことは信じても良い気がするの。ソフィの信じる子はあたしも信じたい。ヒナタもそうでしょ?」
「……そう……ね……うん」
「じゃあ、決まりね。行きましょ。ソフィ、コニスちゃん!」
「はい。よろしくおねがいします」
コニスはそう言って、二人に無邪気な笑顔を浮かべる。
その笑顔を見たその瞬間。
二人が彼女に向けていた疑いは消えていた。
四人が自警団本部にたどり着くと、そこは相変わらず地獄のような光景が広がっていた。
「こっ、これはーー」
ソフィも、その変わり果てた光景に言葉を失う。
破壊されたエルム。自警団で保管していた数々の道具が破壊され。
自警団員達が息も絶え絶えに倒れ伏している……。
その者達の中には、緑色の存在のように身体の一部が変わりつつあるものも少なくはない。
起きている現象の原因は未だ分からず、放置されているというのが現状だ。
誰にも何もする事が出来ないという状況なのは一目瞭然だった。
ヒナタとヤチヨもその光景に目を伏せていた。
しかし、コニスは一人ゆっくりとその変化している自警団へと近づいたかと思うと、しゃがみこんでその変異した箇所に触れる。
「コニス!?」
「気安く触るのは危険よ!! あなたもーー」
「だいじょうぶです」
動揺している三人を横目に、コニスは極めて冷静な口調で言葉を続ける。
「いのちは続いています」
「……?」
「コニス、君はこの現象の事を何か知っているの……?」
コニスは、ゆっくりと立ち上がり。三人の方を向く。
「まだ暖かい。いのちがあります。ぽかぽかです」
「ぽかぽか……?」
「はい。声も聞こえます。でもすごく悲しい声です……」
「声……? ヤチヨ聞こえた?」
「ううん」
コニスの発言にヒナタもヤチヨも困惑し、ソフィだけがその言葉に返事をする。
「コニス、君には聞こえるんだねその声が」
「はい」
「……ボクは信じます。彼女のことを」
「んー……わかった」
「えっ!?」
「そうね。ソフィがそう言うのなら信じましょう」
「えっ、あっ、あの」
二人の返答の早さとそのあっけない肯定に発言をしたソフィの方が戸惑う。
「どうしたの……?」
「いえ、言い出したボクが言うのもおかしいのですが……どうしてそんなにもすぐに信じてくれるんですか……?
「コニスちゃんはきっと。あたしたちには見えなかったり、聞こえなかったりするものが見えたり、聞こえたりするんだよね?」
「私たちってそういう不思議なものを信じるのは昔から慣れてるから」
「慣れて……いる?」」
「そう。サロスがなんの根拠もないことを自信満々に言った時、あたしもヒナタもフィリアも、信じたの」
「きっと、私たちにとってのサロス。信じたい人がソフィにとってのコニスちゃんなのよね?」
ソフィが二人の顔をゆっくり見回す。
彼女らの目は真っ直ぐだった。
自分と同じ目を……信じている目をしていると思えた。
本気でコニスの言葉を信じてくれているとソフィは思えた。
「だから私は信じるわ。コニスちゃんの言葉を。そしてソフィあなたの言葉を」
「あたしももちろん信じるよ。ソフィとコニスちゃんのこと」
「ありがとうございます」
そう言ってソフィは笑みを浮かべた。
ヤチヨもヒナタも信じたかった。
この誰が見ても絶望的な状況で不安を感じる様子のないコニスの事を。
そこに確かな理由などいらない。
まだ希望があるその可能性があるかないかは非情に重要なことだ。
ヒナタは縋るように新たな希望を求め口を開いた。
「ねぇ。彼らは……元に戻れるのかしら……? コニスさん」
「……あたたかい存在……」
「あたたかい存在……?」
「はい。ワタシはそのあたたかい存在にずっとまもられていました」
「その話……あたしたちにも聞かせてもらえるかしら?」
その声に、三人が振り向く。
「アインさん、ツヴァイさん、ドライさん!! 無事だったんですね!!」
「おう。無事……じゃあ、ねぇけどな……」
ツヴァイが苦笑いを浮かべている。いつもあるはずの覇気が感じられない。
「どうにか動くことはできるみたいだけど……それが精一杯ね」
「情けないけど……あたしたち以外の団長は動くことすら出来そうにないみたい」
「まっ、ジジイたちはそもそも動けないフリをしているだけかも知れないけどね」
「ハハ……ちげぇねぇ」
三人は談笑しているが、よく見ると体の半身が変わり果てた姿になっていた。
それに気付いてしまったソフィの背筋には悪寒が走る。
「それで……あたたかい存在はどこにいるのかしら? お嬢さん」
「……わかりません。ただ、あたたかい存在がいたことをなんとなく覚えています。とてもぽかぽかしていました」
コニスの掴み所のない話に、アインは頭を抱え。ツヴァイとドライもまた苦笑いを浮かべた。
「……そう……ソフィ」
「はいっ!!」
「今、自警団で動けるのはあなただけよ。あたしもツヴァイもドライも、通常業務をこなすことには問題はないけど……また、あんなのが攻めて来たら正直対応ができる自信はないわ」
ソフィは驚いていた。いつも余裕たっぷりで自信に満ちていたはずのアインが弱音を零していることに。
そして今起きている事がかなり大きな事であることを改めて実感した。
「わかりました。ボクがなんとかします」
「とは言っても……」
珍しくツヴァイがぽつりと呟く。
彼が、ぼやくこともこれまた珍しいことではある。
「ツヴァイさんなんですか……?」
「いや……何もできねぇ俺が言うのもなんだが……嬢ちゃん。その策はあんのか?」
「それ、は……」
「だいじょうぶです」
今まで、話を聞いていたコニスが一歩前に出る。
「ワタシが……ワタシなら、彼らとたたかうことができます」
「戦うって……あんた、丸腰じゃーー」
ドライの言葉を遮るように、コニスは右手に光が集中し、やがてそれが剣の形を顕現させる。
「なっ……」
「どこから取り出したの!?」
その光景を見て、ツヴァイとドライが驚きの声をあげ。その様子に臨戦態勢をとるが、ソフィ、ヤチヨ、ヒナタが前に立ちはだかりそれを制する。
「ワタシならたたかえます」
「どうしてそう言えるの?」
「えっ!?」
「どうして自分ならたたかえるとあなたは言えるの」
アインが鋭い表情でコニスへと詰め寄る。
そんな二人の間にソフィが割り込んだ。
「ソフィ……?」
「ボクは、確かにこの目で見ました。確かにコニス……彼女はあの謎の緑色の存在と戦える力があり、そして勝利したんです」
「……」
「ボク一人ではできないかも知れません。でも、彼女と……コニスと二人なら撃退出来ると思います」
そう言ったソフィの目はとても強いものだった。
アインは、ソフィが自分に対してこれまで向けてきた中で一番強い想いを感じていた。
入隊試験の時も、自分の団に入団する時も、度々アインはこのソフィの目を見てきた。
そして、その目で彼はいつも周りの期待に応えてきていた。
ここ最近の悩みがまるでなかったかのように感じられるその目の輝き。
アインはその目を見つめてその言葉を信じようと決めた。
「……わかったわ」
「ちょっとアインーー!!」
「今のあたしたちには……悔しいけどあの緑の存在に対して何も対抗する手段がない……なら、ソフィとソフィが信じたその子を信じる事が今の私達に出来る事じゃないかしら?」
「そう……かもしれないけど……」
ソフィは、ゆっくりとコニスの方を向く。
「ねぇ……コニス」
「なんですか……? ソフィ」
「君は……本当にコニス……なんだよね……?」
「……はい。ワタシはコニスです。あの日、ソフィに名前を付けてもらいました」
そう言っていつものあどけない表情をコニスが浮かべる。
コニスのことはまだわからないことだらけ。
でも、自分だけは、これから先もずっとコニスを信じようと彼女の表情を見て、改めて心に誓った。
「さっきの話から道筋を置くとして、あたしたちが元に戻るためにはコニスさんのいうあたたかい存在というのを見つけるしかない……と、いうことね」
「はい、おそらくは。大丈夫と言う事は何か手段があることを知っているのだと思います。ただ、彼女はどうやら記憶を無くしているようで、それが関係してあやふやな言い方になっているような気がします」
「……ソフィーー」
「わかっています。ボクたちで必ずそのあたたかい存在を見つけ出して、必ず皆さんを元の姿に戻してみせます」
「……あなたに頼ることしかできないってのは、正直、歯がゆいけど、今は頼むわね。ソフィ」
「自警団のことは心配すんな。俺とアインとドライ、後まだ動けそうな団員でなんとかしておく」
そう言って、アイン、ツヴァイ、ドライはソフィに笑顔を向ける。
「ヒナタ」
「何……? アイン」
「ソフィたちのこと頼むわね」
「あなたに言われなくてもわかっているわ」
アインとの会話によってヒナタがようやく笑顔を浮かべる。
そんなヒナタの表情を見て、ヤチヨも安堵の表情を浮かべた。
そして同時にどこからか、くぅーっという可愛らしいお腹の音がなった。
「ヒナタ……?」
ヒナタがブンブンと顔を振りながら否定する。
「違うわ。ヤチヨじゃないの……?」
「ううん……あたしじゃーー」
「おなか……」
声の方へと皆の視線が、一斉に振り向く。
「クゥーってなりました……」
そう言ったコニスは小さな子供のようにお腹を両手で押さえて口を微かに小鳥のように尖らせている。
そしてその後に、ぐぉーごろごろぐぐーっとお腹の大きな音が部屋中に響く。
先ほどまでとあまりにも場違いな音と様子に皆が、ぽかんと口をあけて一瞬止まった。
ソフィだけは、そんなコニスを見て小さく笑みを零す。
彼の笑みに釣られて周りの皆もようやく今回の緊張感から解放されたようにコニスを囲んで笑うのだった。
つづく
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