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Sixth memory (Sophie) 10

「おつかれ」
 
 木陰で幹にもたれかかるように座り込み下を向いて休んでいると、ふいに頭上から声がした。ゆっくりと顔をあげるとフィリアさんが自分の水筒を渡してくれた。

 僕が水筒を受け取ると、ボクの横にフィリアさんが腰掛ける。

「ありがとうございます」
 
 礼を言った後、そのまま一気に喉に流し込む。
 冷たい水が、たまった疲れを吹き飛ばしてくれるかのように喉の奥へと流れ込んでくる。

 ゴクゴクと夢中で飲み続け、気づいた時には、あんなにあったはずの大きな水筒がすっかりからっぽになっていた。

「すごい飲みっぷりだね。そんなに喉が乾いていたのかい?」
「えっ!? あっ、すいません!! ボク」

 勢いのままに飲んでしまった。この水はきっとフィリアさんもここで飲むつもりだったのだろう。
 ボクが立ち上がり頭を下げようとしたが、フィリアさんがそれを手で制した。

「いいさ、水ならまた汲んでくればいい。それより、ソフィ、大丈夫かい? ほとんど水も飲めないほど仕事に没頭していたのだろうけど、その働き方は良くない。適度に休憩を取らないと、いつか倒れてしまうかも知れないぞ」

「大丈夫です!! これでも、ツヴァイさんのところで鍛えていましたので! 体力には自信があります! それに、他の皆さんよりも作業が遅れていますし! ここが踏ん張りどころだと思うので!!」

「……遅れている、か。本当にそうだろうか」
 
 ボクのその言葉を聞き、フィリアさんが目を細めて辺りを見回す。
 その表情は、どこかさっきの柔和な雰囲気とはどこか違っていた。

「……フィリア、さん?」
「ソフィ、周りをよく見てごらん」
 
 フィリアさんにそう言われ、彼の見ている方向を見回す。
 そこには、休んでいるボクらとは違って、団員たちが一生懸命働いている姿が見える。
 それぞれ、ペースは違うけど、皆、仕事を黙々とこなしている。
 走っている人、重いものを運んでいる人、何かを組み立てている人。様々だ。

「……みんな、頑張ってますね。よし、ボクも負けてられないな! そろそろ休憩を終わりにしてがんばっーー」
「待つんだ。ソフィ」

 立ち上がり、作業に戻ろうとするボクの手をフィリアさんが握って止める。

「どうしたんですか? いつまでも休んでいるわけにはいきません! 他の皆さんは今もあーして頑張ってーー」

 ボクの言葉を最後まで聞かずに、フィリアさんは黙って首を横に振る。

「もっとよく見るんだ……ソフィ、君はとても優い人間だ。けど、もっと周りの行動は見た方が良い。必ずしも見た目通りだとは限らない。疑いをもった方がいい」
「えっ?」

 ボクはフィリアさんの言った意味がわからなかった。
 
 周りに疑い?
 
 どうして? だって、疑いなんて持つ必要がないほどにみんな一生懸命働いてーー。

「納得できないって顔をしてるな」

 心を読まれたみたいな感覚に陥る。
 言葉にしていないはずなのに、フィリアさんはボクの言いたいことがわかるようだった。

「そうだね……例えば、あの彼女を見てみるんだ」
 
 フィリアさんが指した方を見ると、か弱そうな一人の女子団員が小さな入れ物に必要なものを入れ、運んでいるようだった。

「あっ! 彼女! 大変そうですね、ボク、手伝って―――」
「よく見るんだ、ソフィ。彼女を見て、何かがおかしいと思わないかい?」
 
 フィリアさんにそう、言われ、彼女を改めてじっと観察する。
 女性をあまりじろじろ見るのは、気が引けたけれど、フィリアさんが言うということは何かあるのだろう。
 彼に、言われた通りしばらくその彼女の様子を観察することにした。
 
 よく見ていると徐々におかしな点に気づく。
 彼女はわざとらし過ぎるほどに激しい息遣い、呼吸と過剰に露出した任務に支障が出そうな団服の着こなし。
 まるで周りに対して『私、今、大変なの〜助けて〜』とアピールをしているような振舞い。

 でも、そんな彼女を心配し入れ替わり立ち替わり男性団員たちが鼻を伸ばしながら彼女の代わりに仕事をこなしている。
 大変そうに見えた彼女は、実際にはほとんど仕事をしていなかったのだ。

「フィリアさん……彼女は……」
「あぁ、彼女は二時間近くあーやって他人に仕事をやらせて、ほとんど働いていない」
「なっ! それじゃあ彼女はみんなを騙して、サボってるってことじゃないですか!! そんなのーー!!!」
「憤る気持ちはよくわかるけど、何も彼女だけじゃない、目を凝らしてよく周りを見てごらん」
 
 そう言われ、再び目を凝らして周りを見回すと先ほどとは違い気付くことが増えていた。
 驚きの事実がそこにはあって、フィリアさんが何を言いたいのかがようやくわかった。
 これはツヴァイさんが先輩たちに言っていた事とも合致するとようやく気付けた。


 全体の団員の三分の一は任務をこなしているように見えて、実際は仕事をせず、サボって楽をしていた。
 それも、実に巧妙に。
 一生懸命に働いている人の傍で溶け込んだり、暴力や脅しで代わりにやらせているようなあからさまな仕事のなすりつけをしている人さえ存在した。

「フィリアさん……これって」
「……アインはこのやり方も上に立つための一つの才能。一つの実力の形だと言って咎めることはしない。でも……僕はこのような腐りきった行動をする者を、不正を見過ごすことはできない」
「……何をするつもりなんですか?」
「何もしないさ。今は、ね」
 
 そう言った、フィリアさんの目は何かを秘めた強い光が灯っていた。

 後日、数名の団員がアインさんから呼び出しを受けたという話を聞いた。
 その人たちの中には、既に決まっていた正式入団の権利を剥奪された団員や自警団そのものを除団となった人もいるらしい。
 この一件にきっとフィリアさんが関わっている。そう思えた。
 
 あの時、彼の言っていた今は、という言葉の意味はあの場では事を起こさずにしっかりと証拠を集めたあと、然るべき裁きをうけさせることだったんだろう
 
 彼のこのような行いは今回が初めてではないらしい。団の中では彼の行き過ぎた正義感を疎ましく思うものも少なくはなく、不満を持つ者も増えていた。


 もちろんフィリアさん自身もそれを知ってはいるものの、特に本人は気にする様子はなかった。
 
 後日、生傷が増えているフィリアさんと遭遇する。
 
 おそらく恨みを持って実力行使に出てきた団員とひと悶着あったのだろう。
 だがそのことに触れる事もなく、いつも通りにボクと接してくれている。

「まーた、派手にやったのね……フィリア」

 そう言いながら、白衣を羽織り、眼鏡をかけた女性が現れた。

 ヒナタさんだ。

 自警団内で団員の救護活動を担当している。

 綺麗な白い髪を細い指でそっとかき上げて耳にかける、瞬きをする度に透き通った緑の瞳がフィリアさんを捉えている。

 彼女はテキパキと手際良く、ケガの手当を始めた。
 フィリアさんはされるがままだ。手当が終わると昼食を買ってくるとだけ言い残して歩いて行った。

 フィリアさんを手当した女性をボクはただぼーっと見つめていた。



続く


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