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Seventh memory 06

「なーんか、ナール最近楽しそうじゃない?」」

 とある日の訓練前の日、イアードはナールにそんな一言をかけた。
 一瞬、肩がビクッとなった気はしたがナールは冷静になろうと努めて振舞う。

「しょ、しょ、うか?」

 誰が見ても、バレバレなくらい動揺した返事をしていたとしてもそんなことに自分では気づけないくらいナールの内心は動揺していた。

「ふーん……」

 イアードはしばらく顔を突き合わせるくらいの距離でナールの顔をじっと見つめていたが、ふふんと息を吐くと、ゆっくりとナールから離れた。
 
 ナールはなんとか誤魔化せたとほっと一息をついた。イアードは案外、こういった変化には鋭い持ち主であることが分かるくらいには付き合いもある。

 ナールは自分の頬をパシっと叩くと訓練に向けて気合を入れなおし、表情を引き締めた。
 
 その日の訓練が始まりナールはいつも通り、いや、いつも以上に真剣な顔つきで、イアードとの試合に望んでいた。
 
 その姿は最近どこか様子がおかしかった彼の太刀筋とは明らかに見違えるものだった。
 ナール自身も、この日は久々に試合に集中できていた気がしていた。
 ここ数日の彼はアカネのことでどこか訓練中に集中をしきれてなかったからだ。

「もらったぁ!!」

 イアードが激しい猛攻の後、一気に距離をつめてナールの懐へと潜り込む。
 勝負ありかと、誰もが思ったその瞬間。

「甘い!!」

 見慣れていない相手であったなら、その攻撃で決まっていたであろうが、ナールは何度もその攻撃を見ていた。

 慣れない相手にとっては虚をつくものであったとしても、彼からすればそれは彼女のパターンの一つでしかない。
 
 その一太刀を見事に防ぎ、二人の剣がじりじりと両者の間で止まり、鍔迫り合いのような状態になる。ナールはイアードが更に力を込めようとした瞬間に脱力し、彼女の剣をいなして、カウンターの一撃を決めてやろうと画策する。

 しかし、久々に集中したためかナールの疲労もいつも以上だった。
集中力があるうちに……出来る限り、早急に勝負を決めてしまいたかった。ナールは手としては卑怯ではあるが、彼女の集中力を途切れさせるために口を開いた。

「なぁ、イアード、突然だが、今日は昼に何を食べるつもりだ?」
「えっ!? お昼……お昼かぁ……」

 案の定、イアードの興味が、今の試合よりも本日の昼食に移った。
 それを好機と見て、ナールがイアードの剣をいなそうと力の入れ方を変えた瞬間その言葉は投げかけられる。

「あっ、そういえば、ナール。今日のアカネさんのサンドイッチは美味しいといいね」
「えっ……?」

 ナールの思考が止まり力を抜くタイミングを失った瞬間イアードが先に脱力したことで、ナールの身体は前のめりにバランスを崩す。そのナールの頭上にコツンと軽い一撃をイアードは放つ。

 試合はあっけない幕切れが起こり、次の試合相手であるツヴァイに肩を叩かれ「どんまい」と一言声をかけられたところで彼の呆然とした意識が戻ってきた。

 次の試合である、ツヴァイとドライの試合などまったく視界に入っては来なかった。
 そんなナールの肩にイアードがポンッと手を置く。

「おーい、大丈夫ー?」

 そう言って、イアードがくしゃっとした笑顔をナールに向ける。
 ナールはゆっくりとイアードの方へと顔を向けるが何も言葉を発することは出来なかった。

「今日も、あたしの勝ち、な」

 そう言って、イアードが嬉しそうに笑っていた。

 最近のナールとイアードの戦績は6割がナールの黒星、つまりは負け越しで終わっていた。

 最初はイアードの勝利に素直におめでとうの賛辞をかけることが出来ていたナールも最近はそれに対して笑えなくなってきていた。

 いや、今回に限ってはそれだけではない。自分が仕掛けた罠を見事に利用され、動揺させられた彼女の一言。

「……イアード、どうして……君が、彼女の名前を?」

 ナールのその問いかけに、イアードは彼の耳元でこっそりと呟いた。

「今日も会いに行くんだろ? あたしも連れてってくれるなら教えてあげる」
「……んなっ!!」

 イアードのその提案に思わずナールは大声をあげ、ちょうど試合が終わり戻ってきたツヴァイ、ドライやこれから試合をするであろうアインや彼の父親の視線が一気にナールへと向けられた。

「あー、みんなごめんごめん。あたしがナールの足踏んじゃってさ、痛かったよな? ナールごめんよー」
「えっ!? えっ!!」
「いいから、話を合わせろ」

 そう、ナールに聞こえる程度の小声でイアードが続ける。

「あっ、あー大丈夫、大丈夫。全然、平気さー」

 棒読み気味ではあったが、ナールのその返答を聞き、皆が次の試合へと集中する。

「……さっきの話を、もし、断ったら?」
「あたし、口軽いからな~うっかり、口ばしちゃうかもな~みんな、心配してるしな〜ナールの様子がおかしいこと〜」

 変わらず小声で話を続けてるが、ナールにとってはそれは静かな脅迫にも思えた。

 アカネに会いに行っていることが、アインやツヴァイにバレたところで彼にとって問題はないはずだった。別に恥ずべきことは何もしていないのだから。

 彼の父も逆にそれが理由で調子が悪いと知れば、安心するかも知れない。

 訓練の合間に少しの間、抜け出していても、何も言わなかっただろう。

 今更、誰かと会っていようが、咎めることもないだろう……。

 ……だが……彼は、アカネと会っていることをこれ以上誰かに知られることを拒んだ。それは、彼がそういう年頃だった故の気恥ずかしさだったのだろう。

「わっ、わかった。連れて行く」
「やった! 楽しみだな~どんな子なんだろうな~」

 イアードはナールの返事を聞くと、心底楽しそうな表情を浮かべていた。

 アインたちの試合が終わり、昼食の時間になったと同時に、イアードがナールを連れ出し、皆のそばを離れた。

 その様子にアインがむっとした表情を浮かべたように見えたが特に何も言われることも、追って来られることもなかった。

 いつも、会う場所にナールがイアードと共に現れると、アカネは少し驚いた表情を浮かべていた。

「……あっ、あの……ナールさん……その、隣にいる方は……?」
「その……アカネさん、彼女はーー」
「あー、遠目からなんとなくそうかなって思っていたけど、やっぱ、ナールの言うアカネさんってあのアカネちゃんだったんだー!!」

 イアードがアカネの方へと駆け出し、急接近する。彼女の長く、炎のように燃えるような赤い髪が風でふわっとなびき、猫のようなまん丸な金色の二つの瞳がアカネをじっと見つめた。

「あっ、あの……えと……」

 イアードの距離感に戸惑いアカネはあたふたとした表情を浮かべた。
 
「あー、アカネちゃんは、あたしのこと知らないのか……あのね、あたし良く『お祈りの日』に教会に行くんだ。だから、シスターと一緒にいるアカネちゃんをね良く見かけてたんだ」

 教会の『お祈りの日』それは願い事や自分の罪を懺悔するために大人たちが集まり、シスターと共に祈り、神様に祈る時間であり、月に一度必ず教会で行なわれている行事である。

 昔は様々な人たちで賑わっていたらしいが、今となってはその祈りの時間に訪れる人は多くても10人程度の細々としたものになっていた。

 その周りの大人に混じって1人、アカネと同い年くらいの年齢の女の子がいたということをシスターの横で手伝いをしていた時に見かけたことをアカネは思い出した。

 ナールと出会う前、声を掛けて友達になったらどうか? とシスターに言われていたが、当時のアカネは首を振り断っていた。

 その頃のアカネはシスター以外と仲良くなることを望んではいなかったからだ。

 実際ナールとのあの出会いがなければ、彼女が外の世界に関係を作ることはなかっただろう。

「そっ、そうなんですか……」

 友人になっていたかも知れない可能性があった女の子が、今目の前にいる彼女だとするなら、なんという偶然なのだろうとアカネは内心思っていた。

「うん、うん、近くで見るとやっぱ可愛いなぁ、遠くで見てた時も可愛い子だなって見てたんだぁ~」
「あっ、ありがとうございます……でも、あたしは可愛くなんてーー」
「うんうん、ナールにはもったいない彼女だねぇ」

 アカネのその一言に、ナールとアカネの表情が固まる。

 傍から見ればそういう関係になんとなく見えてはいたが、自分たちが自覚することを促されるように第三者から指摘されることはこれまでになかった2人の顔がリンゴのように一気に真っ赤に染まる。

「なっ!? か、彼女!? アカネさんとはそんな」
「んで、二人はどこまで? チューとかしたの?」
「「してない(ません)」」

 イアードのその突拍子のない発言に、2人の声が思わず被り、お互いに真っ赤になった顔で一度見合わせ、そして同時に逸らす。

 彼女は何となく冗談交じりのつもりだったのだが、これはもう誰が見ても確定的なものだなという印象に変わってきている。
 
 先日、興味本位でナールの後をつけて行った先で笑顔でサンドイッチを食べるナールとその隣に女の子がいるのを見かけたイアードは面白いものを見たとその日から興味を膨れ上がらせ、話す機会を窺っていたのだった。

つづく

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