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137 遺却の約束
「サンダール!! 一体どういうつもりなの!? なぜこんな勝手なことを。リーリエさんが厳戒令を出していたはずでしょう? 本人以外の他の九剣騎士がそれを取り下げる権利はないわ。明らかに懲罰対象となる行為です」
テーブルを強く叩き鳴らす音が室内に響き渡る。
学園から戻って早々に王都の様子に異変を感じ取ったディアナが町の人々から聴取した。
話を聞いた直後、脇目も振らずに真っすぐにここまでやってきた。
視線の先には座り込んだまま書類に目を通し続けるサンダール。
勢いよく詰め寄るディアナは激昂している。
勝手にリーリエの厳戒令を無視し、一般騎士達へ、そして、王都内の民衆へ向けて王国の置かれた状況を開示したサンダールへの怒りが収まらなずにいた。
槍の穂先が小刻みに揺れている。ギリギリのところで冷静さを保っている
が今にも手を出しそうなほど握りこまれている。
「ディ、ディアナくん、落ち着きたまへ、リーリちゃんは気にしてないから……」
傍に居るリーリエが冷汗を掻きながら
「リーリエさんは黙っていてください! そういう問題ではないのです!!」
「はい」
「この情報が一体どれほどの混乱と不安を国民に撒き散らす事になるのか、サンダールさんほどの人物が判断できないはずがないでしょう!? 明らかに何らかの意思を持って行ったという事になるんですよ!」
黙秘を続けていたサンダールは書類を手元に落としフッと嘲笑した後にパチパチと手を叩きながら口を開く。
「はっはは、流石だ。慧眼だねぇディアナ。怒りに打ち震えながらも頭は冷静なままとみえる。素晴らしいよ。流石は九剣騎士の一人」
明らかな挑発行為の中にこれまでのサンダールとは思えない言動の端々が垣間見え、ディアナは彼の持っていた悪意をここではっきりと認識する。
どうしてこのタイミングでそれを隠さず見せてきたのかという事にも引っかかるものの今はそれが本題ではない。
「笑っている場合かしら、返答によってはあなたを今ここで断罪せねばならないのよ」
横でほどほどに窘めていたリーリエがちょいちょいちょいっと間に割り込んでいく。
「おおお、ちょ、ディアナ君、リーリちゃんの特別報酬を出させてからにしてもらえる!? 今回の遠征はサンダール君の申し出を受けて行ってたんだから、それが出ないと困るんだからねぇ」
「なんですって?」
ギョロリとリーリエを睨みつけるディアナの形相に思わず後ずさる。キッとサンダールに向き直ったディアナはなおも問い詰める。
「それは本当なのサンダール。一体何を考えているの?」
口元を吊り上げ、さも楽しそうにサンダールは語る。
「ああ、たまには引きこもりのリーリエ殿にも仕事をしてもらわなくてはならないだろう? 仮にも九剣騎士である上に今は年長者だ。人出が足りない今、仕事をしてもらわずして何が九剣騎士か」
「それ自体には同意だわ」
「ぅおい、同意にゃんかーい。リーリ、仕事に散る」
リーリエは白目を剥いて口をあんぐりと開けた。
でも、話の筋を逸らさないで、今話しているのはサンダール、貴方の話なのよ!!」
今一度テーブルを両の手で叩いた瞬間、部屋のドアが開いた。
「サンダールさん!! これはどういうことですか!」
西部学園都市ディナカメオスへの視察に赴いていたクーリャの姿がそこにはあった。
しばらく前のディアナと同じような形相で室内に駆けこんでくる。
「クーリャ? 戻ったのね」
「ディアナと、リーリエさん」
サンダールは役者が揃ったとばかりに椅子から立ち上がり、三人を睥睨する。
「さて、と。まずは東西の学園都市への視察、ご苦労様でした。おかげさまで仕事がはかどりました」
「ふざけるな!」
やれやれとサンダールは身振りをして言い放った。
「……では逆に問いますが、貴方達はこれほどまでの重要な情報をいつまで隠し通せるとお思いでしたか?」
「いつまで?」
「こういった情報は時間が経てば経つほどに膨張し歯止めが利かないほどの統制が取れない程の情報になります。また、その情報は錯綜し、拗れ、尾ひれがつき、真実を伝える事が難しくなる」
「だとしても今ではないだろう!!!」
「ええ、私もそう思いますよ。サンダール」
ディアナとクーリャの二人は正論をかざそうとするも手でそれを制した。
「それが浅はかだというのですよ。次にまたモンスターが現れないとも限らないこの状況で騎士である私達だけでそれに備えるなどしようとしたところで、最早どうにもならない事は明白です。秤にかけ間違えているのは君たちの方だ」
「……」
「感情で物事を判断してはならないのです。先を見ればできる限り迅速に国民にこの状況を伝え、いつ来るともしれない災害ともいえる事態への備えを心の片隅に置いてもらう。これこそが何より必要な事ではないのかね?」
サンダールの言葉にも一理はある。自分たちが仲間を失って感情的になっている可能性も勿論否定は出来ない。
「アレクサンドロ様をはじめ、4人の騎士を失った事は異例の出来事だ。仕えるべき王家への報告すらも隠匿し続ける事に何の意味があるというのか?」
ディアナもクーリャは返す言葉を失う。王家への忠誠、騎士としての務めを果たすことは何よりも優先されるべきことである。
「……分かりました。元よりもう既に周知となっていることに変わりはありません。それに関してはもう言及はやめましょう」
クーリャはそう告げるが声の端々には言い知れないトゲがあった。
ただ既に今の状況から先をどうするべきかに重点が置かなくてはならない事は間違いない。
「ご理解いただけて何よりです。さ、王都に戻ったならば少し休んだのち君たちも持ち場に戻って下さい。まだ何も終わってはいません。なぁに、情報を開示した責任は、ちゃんと取っておきますから」
そういってサンダールは室内を後にしようとする。
「どこへいく?」
ディアナが未だ腑に落ちてはいないという表情で睨む。
「責任は取ると言ったでしょう? 王城ですよ」
サンダールの行動は確かに不可解ではあるが彼の言う事の全てに一応の理はある。
クーリャが述べたようにもう既に情報は拡がってしまっている。
ディアナは大きく息を吐き出した。
「……貴方の勝手な行動を私は決して許しはしない。でも、今はそれどころではないのも事実であると受け入れておくわ」
クーリャもディアナの様子を見て溜飲を一度下げる。
「貴方への処罰、処遇はこの危機、騒動が落ち着いたころに他の九剣騎士達で決めます」
「ええ、それで構いません」
サンダールはそう言って部屋を後にした。
「……」
「……」
ディアナとクーリャは黙り込んだ。それぞれここからどうするべきか考えているのだろう。
途中からその様子を眺めつつ耳の穴をほじっていたリーリエは指先をふーっと吹くと擦り取った耳垢が微かに飛散する。
「はぁ~あ、面倒事を後回しにしたツケ、かにゃ。はぁ、めんどくさいことばっかりだな最近。折角マイベッドがもう目の前だというのに。学園と途中の町宿の硬い布団とようやくおさらばバイバイブルーな日になるから久しぶりのベッドダイブのイメトレしてたのに……ジジイが死んでからロクな事ないにゃ」
ボリボリと後頭部を掻きむしりながら欠伸をして、首を左右に鳴らした。
「リーリエさん?」
クーリャは初めて見るリーリエの様子に違和感を持ってまじまじと眺めている。久しぶりに見たからなのかどうにもリーリエから存在感が漂っている。
以前と同じように眠気を携えた目をしているが、その奥底の何かが異なっている。
「しょうがない。ジジイの尊厳だけは守らねばなるまい」
リーリエは場を仕切るように語り出す。
「二人とも落ち着いてまずはここに来るまでに王都の民に伝わっている情報を整理することとしよう。サンダール君が国民に対して何をどのように伝えたのかが明確でなければ彼の行動へのこれ以上の反論も出来ないでしょうよ」
ディアナとクーリャの二人はそのリーリエの様子に二人してリーリエのおでこに手を当てた。
「なんだよこの手は」
「いえ、長旅での疲れで熱でもでたのかと」
「ディアナに同じく」
「……ほーん、これもまた、これまでのツケ。という事ね。ジジイに昔言われた事ちょっとだけ今理解したわ。わー、くそ、成長したくねー、大人になりたくねー、仕事したくねー、はぁ、やだやだなんでこんなことになったんだかなぁ。全部終わったらマジでクソミソになんもしねぇから、寝床と一体化してリーリスーパースリープエターナルベッドになってやるんだからね」
そう言ったリーリエに向けてディアナとクーリャは互いに目配せしコクリと頷いた後、声を揃えてこういった。
「それ、これまでと変わらないですよ?」
「それ、これまでと何が違うのですか?」
「手厳しすぎな。キミタチの言葉の説得力、強すぎん?」
リーリエは肩を落として大きく溜息を吐いた。
「はぁ、流石にサンダール君の今回の件はリーリちゃんも思う所があるし、とりま、先ほどの段取りで情報整理といきますか」
「「はい」」
こうして三人は会議室へと足を向けるのだった。
一人の男が崖の上で遠くを見つめていた。巨大な二本の斧を背負った後ろ姿に声がかけられる。
「カバネウス。王都の様子はどうだ?」
「おお、バルフォード。丁度、面白い話をお前が注目の本人がしているのが風に流れて耳に届いてきたところだ」
「そうか」
「一の剣アレクサンドロが討たれたという事実は伏せ、モンスターの襲撃によって命を落とした。そう王都の民へ向けて演説してやがるな」
「ふむ、なるほど、これで奴は黒か。やはり王国に仇名すつもりなのかもしれんな」
「お前さんでもサンダールの運命は視えないのか?」
「ああ、そもそもサンダールという人物が九剣騎士になるという記述自体がどこにもない」
「やれやれ、生きているはずがないシュレイナの息子と同じ名前の人物といい、ここにきてどうにもお前が測れないイレギュラーが多い気がするが、本当に来年の双月食の日で大丈夫なのか?」
「この機を逃せば、もう後がない。その先に待っているのは人々の終焉だ。神典に記されし神血文字の導きのまま進む以外、神を滅する為の方法は存在していない」
「やるしかねぇってことか」
「ああ、その為に俺はこうして生き続けてきた」
「……そう言えば、長い付き合いだが、お前の失ったものを一度も聞いたことがなかったな」
バルフォードは思い出そうとするも靄がかかったように記憶が鮮明に浮かぶことはない。
「……失ったもの、か。もう、遥か遠い昔に忘れたよ。今はもう何が大切だったのか、何を失ったのか、欠片も思い出せない」
霞みゆく記憶をいくら辿れどもその声は思い出せない。ただ脳に刻まれた神血文字だけが残っていた。
『○○○○○から世界を救え、バルフォード』
記憶の底に見えた文字に微かに心乱れ、心拍を瞬時に整え深く呼吸する。
「お前さんはその覚えてもいない約束の為に戦い続けてきたってのか?」
「約束というのは……そういうものだろう? カバネウス」
「……ふ、お前が言うと重みの次元が違いすぎるな」
「具体化、具現化された事象を記憶していなければ大切に思えないというなら、誰もかれもが覚えていない完全なる無に帰せば、全ての時間、歴史はなかったも同然となる。当然、そうなれば誰一人として苦しむことはない。その方が幸せであると俺が思えていたのならば遥か昔にそれを選んでいただろう」
「……今日は珍しく随分饒舌だがいいのか?」
「こういう日の巡りがあってもいい」
「そうか」
「……」
「……」
それきり黙り込んだ二人の視界に映る地平線へ日が沈んでいく。影が世界を呑み込むように後方から暗く反転し、二人の姿を徐々に闇へと包み込んでいった。
つづく
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