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Eighth memory 01 (Conis)

 ワタシが生まれた場所。

 そこには日々、たくさんの動かなくなってしまった『誰か』がいました。

 昨日まで話していた知っている人も、ワタシが話したことがない知らない人も、ふわふわした人もとげとげした人も男の人も女の人もお年寄りも子供にもそれは関係なく突然、前触れもなく訪れる。

 でもそれがワタシの日常、もし仮に明日、今ワタシの瞳に映る『誰か』と同じように自分がそうなったとしても何も不思議なことはありません。

 それが当たり前、むしろ、今日もこうしてまた目覚められたこの事実の方がワタシには不思議なことでした。

 起き上がって軽く辺りを見回していると、ワタシより背丈の大きな人影が現れ、小さなパンの欠片をワタシの方へとひょいと投げてくれました。

 彼もまたこうして今日もパチリと目覚められたのだとワタシは少し胸がほこほこと温かくなりました。

 彼はとげふわした表情をしながらパンをひとかじりするとワタシの方も見ずに言葉を発しました。
 ワタシは投げ渡された手のひらよりも小さなパンの欠片をもぐもぐします。
 
「起きたか……SCエスシー……」
 
 SC-06エスシーシックスそれがワタシの正式名称? というらしいのですが、彼はいつもワタシのことをエスシーと呼びます。
 そんな彼はOB-13オービーサーティーン

 ワタシはオービーと呼んでいますが、そんなオービーは彼なりに精一杯のワタシに対する言葉をかけてくれます。
 ワタシはいつもそれに胸をぽかぽかさせていました。

 またこうして言葉を交わすことが出来て、ワタシの肩からは力がふにゃふにゃと抜けていくように思います。

 オレンジ色の彼の短い髪は生ぬるく吹いてくる乾いた風でそよそよと揺らいでいました。

「おはようございます? オービー、これで合っていますでしょうか?」
  ワタシのそんな曖昧な返事に彼がぽかぽかとひえひえが入り混じった顔を浮かべました。
 挨拶という行為はとても、そう。難しいものであるワタシは思っています。
 難しいというのは、相手の表情をくしゃくしゃにしてしまうことがそうではないかと最近は考えます。
 おんなじ挨拶といっても、朝と夜では違っています。

 以前本を読むことが好きだった人に教えてもらった「ごきげんよう」という言葉を発したとき、その言葉の意味はワタシにはわかりませんでした。

 その言葉を目覚めた時にオービーに挨拶したらぶるぶるした表情をして何かを我慢するようにしたあと、ワタシに二度とその言葉で話しかけてくるなと言いました。

 どうやらごきげんようという言葉はあまり良い挨拶ではないのかもしれないとワタシはその時、学びました。 

オービーはワタシよりずっとずっと前からこの場所にいると前に聞いたことがありました。

 彼は毎日三回、決まった時間にワタシにパンの欠片をくれます。手のひらに収まるほどの小さなパン。
 一口で食べられるそれを更に小さくちぎりながらワタシはいつもそれをもぐもぐしています。

 オービーの言葉? はいつもツンツンしていますが、とてもほわほわぬくぬくしている人だとワタシは感じています。

  ただそんなオービーの右手も綺麗な石のようになってきていて、オービーはもう昔のように右手を自由に動かすことができないと言っていました。

 最近はパンもなんだか食べづらそうにしています。 
「ああ、間違っていない。心配するな。まだ腹、減ってるか?」
「お腹……はい、空いているかも知れません?」
「相変わらず、はっきりしないやつだなお前は」
「オービーは?」
「俺は、もう自分の分は食っちまった。ほれ、食ったらマザーのとこに行くぞ」
「はい、わかりました」
 
 
 ワタシは、彼からもらったパンを口に入れてもぐもぐします。口の中がもしょもしょしましたが、お腹はぽかぽかあたたかくなりました。

 それが食事をするという行為であるのだとワタシは知っています。それを教えてくれたのはオービーではありません。これはマザーから教えてもらったことです。
 
「食ったな、急ぐぞ……多分、俺たちが最後だ」
「はい、わかりました」
 
 ワタシはオービーの手を取り、今日起き上がったその場所から離れます。

 ワタシに……特定の居場所はありません。

 ワタシがそんな生活になったのはどうしてなのか、もういつからか忘れてしまいました。

 だからオービーはいつもずんずんしてきますが、起きたワタシを見つけだすとにこにことぎゅぎゅぎゅが混じったような顔をしてくれます。

 マザーの元へ向かう途中に騒がしいくらいに、あちらこちらで誰かのとげとげしたり、しくしくしている声が聞こえてきます。今日もいつもと変わらない光景だと思いました。

「……シーエイチが今朝、暴走を始めた。もうまもなく、完全に沈黙するだろう」
「そう、ですか……」
「そうなれば、おそらく『揺り籠』からの遺棄命令も下る……お前は昨日、シーエイチとは?」
「……眠りにつく前に、少し、お話をしました。とても、楽しかった、です」

 昨日の夜、急にシーエイチに呼び出されたワタシは彼女と長い時間お話をしました。その時、ワタシは常にふわふわもこもこにこにこしていました。それをシーエイチに言うとそれが楽しいというものなのだと教えてくれました。
 CH-649シーエイチシックスフォーナインというのはオービーといつも一緒にいた綺麗な長い薄い緑色の髪をした女の人。
 いつもワタシには優しいのですが、オービーには少しいじわるな気がしていました。

 でも、ある時、オービーがイライラしている時に限ってシーエイチがいつもにこにこしているのを見ました。
 そこでシーエイチに以前、オービーの事がイヤなんですか? と聞くと、シーエイチは、彼とは同じ時間を共に過ごしてきて仲良しさんなの、と言っていました。

 仲良しさん? というものがどういうものかはわかりませんが、オービーとシーエイチが今のワタシとオービーのようにナンバーを省略してお互いを呼び合っていることでお二人がその仲良しさんという関係性であることはなんとなく分かりました。

 でも、オービーはなかよしさんではなく、ただのくされえんだとも言っていました。
 もしかしてなかよしさんとくされえんというものは同じ意味を持つのでしょうか?

 ワタシにはそれらの正しさはわかりませんが、そう言った時のオービーの表情もどこかにこにこしていたように見えて胸の辺りがぽかぽかしたので、きっと良い事なのだと思いました。

 けれどワタシがシーエイチと昨日の夜にお話した内容を話している間、オービーは色んなものが混じった表情でワタシの顔を見ていました。

 そんなオービーの表情をワタシは初めてみました、にこにこともしくしくともずんずんでもないそんな表情をオービーはしていました。

「そうか……お前も、残念だったな」
「残念、ですか?」
 
 そのワタシの一言を聞くと、オービーの表情がきりきりしたものになりました。そしてそれまでゆらゆら揺れていたオービーの気持ちもぴんっとした揺らぎのないものに変わりました。 

「……いや、なんでもない……もうすぐ着くぞ」
「はい」

 大きな丸い形をしたかちかちっとしている場所。
 思わず背筋がピンとなってしまう場所。
 何があっても壊れることがなさそうなその『揺り籠』と呼ばれる場所は昨日と変わらずワタシたちの目の前にありました。

 ワタシたちが近づくと、壁が大きな口のようにぐわーっと空間を開けて入り口を作り出してワタシ達を迎えます。

 ワタシは、マザーには会いたいといつも思いますが、この『揺り籠』という場所は少しイヤイヤな感じがしています。

 胸がざわざわして、全身がぞわぞわするその感じがとてもイヤイヤイヤな場所。

 それがこの『揺り籠』と呼ばれる場所なのでした。



つづく


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