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Seventh memory 14
「ナール起きて、ねぇ、起きて……」
ナールの身体をゆさゆさとゆっくりとアカネが揺する。
すると、その目がゆっくりと開き、視線がアカネへと向けられた。
目に宿る困惑に微かに肩がピクリと反応する。
「ん、えと……あれ、君は誰? どうして、僕の名前を……?」
絶句した後、思わず叫ぶ。
「ナール! ふざけてる場合じゃないの!!!」
「ふざけ……申し訳ありません。僕はどこかで貴方と会ったことがあるのでしょうか? それにここは……」
その言葉と同時に起きるべきして起きた事であることも理解する。
思わず怒鳴ってしまったが、ナールという人間は笑えない冗談を言うような不真面目な男ではない事を知っている。
慌てる様子や発言を聞く限り、目の前の彼は本当に自分のことがわからないのだろうとアカネは確信した。
ベレスの言っていた記憶を消すということ……その意味が先ほどまでわからなかった。
でもこうして今、アカネは目の前のナールの様子を見て実感する。
ナールの中からベレスの記憶が消えている……つまり、そのベレスと関わったことで出会った人たちの記憶すらもがなくなってしまう。
自分のことがわからないということもそれに起因する事なのかもしれないと気付く……。
ナールにとって、アカネと過ごした記憶はイアード……ベレスと過ごした日々とあまりにも密接に結びつき過ぎていた。
ベレスは、それこそ今度は容赦なく自分という存在をアカネ含めて全ての人間から消す手段を選択したのだろう……いや、選択せざるを得なかった?
その結果記憶の辻褄を合わせるのではなく、消去するしかないという形になり、ナールの中からアカネという存在が一緒にまとめて消えてしまったのかも知れないとアカネは思った。
しかし、不可解な事がある。アカネにはしっかりとベレスの記憶が残っていた。自分がベレスを想う気持ちが強すぎたのか……それともーー。
アカネが思考めぐらせている最中、横たわっていた赤ん坊がおぎゃあおぎゃあと急に泣き出し始めた。
「あっ……わぁ泣き出しちゃった!?」
赤ん坊などあやしたことがないが、放ってはおけずにアカネはその赤ん坊を抱きかかえ左右にゆっくりと揺らしていく。
知識など皆無ではあったが、シスターがよくお祈りにきた人の子をあやしていたのをアカネは目にしていた。
その時の様子を見よう見まねで必死に思い出していた。やがて赤ん坊は安心したように泣き止みアカネは、ようやくほっとした表情を浮かべた。
「……その……この赤ん坊は?」
一部始終を不思議そうに眺めていたナールがゆっくりとその赤ん坊を指さす。突然の状況に脳がまだ付いてきていないのだろう。
「……」
……この赤ん坊が……ベレスの言っていた希望なのだろうか。
アカネはその赤ん坊に笑顔を向けていると、その手に何かが握りこまれているのに気づいた。
ゆっくりとその手を開かせるとそこには太陽を模したような形で不思議な色を放つ、小さなピアスが煌めいた。
「……サロス……」
「えっ……!?」
ふいにアカネの口から漏れ出た言葉だった。
「サロス。それが、この子の名前」
サロス……昔アカネが読んだ本に出てきた太陽の化身の子……最後にはお姫様と幸せに過ごす。
明るく元気だったベレスをどこか思わせるような暖かみを持ったそんな子の名前……。
その日を境に、アカネとサロスとの生活が始まった。
現実的には子育てについて右も左もわからない子供だったアカネがきちんとした子育てなどできるわけがなく……シスターの手を借りながら少しずつ学んでいく……。
最初にサロスを教会に連れ帰った時には心底驚いていたシスターも、アカネの意思を汲み取り、しばし考えた後この場所で預かる事を受け入れてくれた。
シスターは身寄りのない子供を育てる事に関しては一日の長がある。とても手慣れており、アカネにとってはとても頼もしい存在であった。
アカネ自身も昔はこうして育てられたのかもしれないと、サロスを通してアカネはシスターへの感謝を改めて感じる日々ともなっていた。
幾ばくかの時間が過ぎたある日、初めてサロスがアカネのことをお母さんと呼んだその日。アカネは思わず大泣きしてしまうほどに喜んでサロスを抱きしめた。
そんな激動の日々は彼女の月日を瞬く間に奪い去っていった。
気づけばサロスは一人で歩くようになり、ご飯を食べられるようになり、外を元気に駆けまわり……アカネの想像を遥かに超えたやんちゃな男の子に育っていった。
「いつのまにか母親の顔になってるね……アカネさん」
「……あんまり、嬉しくない言葉だけどもしかして褒めてる? それにーーさんづけじゃなくてアカネって呼んでって言ったよね?」
「えっ……あっ……いやーー」
慌てるナールの様子を見て、アカネはくすくすと笑っていた。
「それじゃぁ、あたしいきますね……さようなら……」
サロスに初めて出会ったあの朝、アカネはもう自分しか覚えていないナールとの思い出を大切に心に秘め、別れを告げて去ろうとした。
「あっ、あのっ!!!」
ナールの前から去ろうとする、アカネの背中をナールの声が呼び止めた。
「僕はナールと言います!! その……あなたの、あなたのお名前は!?」
彼とはもう二度と関わらない……そう決めたはずだった……。
でも彼との繋がりは完全には絶たれてはいなかったのかもしれない。
もし運命というものが存在しているというなら、それをもう一度、信じてみたかった。
「……アカネです。アカネと言います!」
「アカネさん! 僕は明日もこの場所にいます!! あなたも良ければまたこの場所に来てはいただけませんか!!」
ナールは決して自分の事を覚えているわけじゃない。それでも、彼はアカネを衝動的に呼び止めた。
無意識に声を掛けた。まるで、そうしなければならないとでもいうかのように。
「……考えておきます」
ナールとアカネの関係は完全に一度終わったはずだった。
しかしそれは完全な終わりではなかった。ナールとアカネの関係はこの日ゼロからまた新たに始まっていくのだった。
以前の生活とは異なりサロスの世話をする時間が生まれ、前の時のように毎日会うことは出来ない。
それでもこうしてナールは定期的にアカネの様子を見に来てくれるまでにはその関係は進展していた。
「あー……なんで、付き合うとか、結婚とか……そういう過程すっ飛ばしてお母さんになってんだろーな……あたし」
久々にシスターから暇をもらい、アカネは教会近くの原っぱでナールと二人座りながら話していた。
「アカネも、そういうのに憧れたりするのか?」
アカネの口から女の子らしい言葉が出てくるのは少し意外であった。
「なーに? あたしがそういうこと言うの珍しいからってそんな驚いた顔して」
「いや!! そんなことはーー」
ナールの発言にアカネの表情が険しくなり、その表情を見てナールがうろたえた。
そんなナールの表情を見てアカネはふっと小さな笑みを浮かべた。
「でも……そう改めて言われると別に……特別求めてはいないかもね……」
「ふっ、ふふ、ははは」
「むー……笑わないでよ。ナール」
「ゴメン、ゴメン。なんかそっちのがアカネらしいなって思って」
「もう、何よそれ」
それはいつもと変わらないありふれた時間だった。
お互いにとってそれは正に安らぎの時間だと言っても過言ではないものだった。
昔出来た関係とは全然違う形かも知れない。でも、それでも、それだけでよかった。
「あっ、でもね!!」
「?」
「そういうのもナールとだったら、いつかはあり、かもね」
そっとナールに近づき、耳元でアカネがそう小さく囁いた。ナールの耳がぼんっという音を立てたように真っ赤になる。
ナールが気づくことはなかったがそう言ったアカネ自身の鼓動もいつもよりも早く激しく打ち鳴らされていた。
「えっ!? えー!!」
「冗談よ。あんまり本気にしないで。はいっ」
そういってアカネが手に持っていたバスケットを開いた。
「愚痴を聞いたお礼はまたクッキーなんだな」
「好きでしょ? リンゴのクッキー」
「確かに好きだが……正直食べ飽きたというか……」
「なんだと~この野郎」
「冗談だって」
「ナールはそんな冗談を言う人だとは思わなったなぁ。そんな人には、こうだ! えいえい」
最近のナールはアカネに対して少し意地悪な態度を見せるようになってきていた。
それは以前の二人の関係でも見られていたナールの本質、ありのままの姿でもあった。
ナールとまたこうして近い距離にいられているのだとアカネは内心嬉しくなっていた。
「アカネ、君、最近凶暴になったんじゃ?」
「あぁっ!?」
「ほら、また! そうやってすぐに手が出る……出会った頃はもう少しおしとやかというか……女性っぽさがーー」
アカネがゆっくりと振り下ろした手を下げる。
「あのね……そんなあの時みたいな小娘のままじゃ子育てなんて出来ないの。ナールだって昔はもう少し素直でかわいげがーーって、何、笑ってるのよ!!」
「いや……なんか、本当にお母さんなんだなって思って……」
ナールが知っていた昔の彼女からは日に日に遠ざかってはいるが、それもまたアカネの魅力なのだとナールは最近身を持って知る。
出会った頃は不慣れに赤ん坊を抱き、自分にどこか気をつかっていたアカネ。今のように砕けて少しふざけ合えるようなアカネ。ナールにとっては両方愛すべき人であった。
「もー何よそれ!! ……ねぇ、パパって誰だと思う?」
「パ、パパって!! サロス君は、孤児院で育ててるだけだってーー」
「あらぁ? 誰がサロスの話なんて言ったっけぇ? いっしっし」
ふと、アカネがそんな笑い方をした瞬間、ナールの脳裏にうっすらと誰かの笑っている顔がよぎった。
「……アカネ……?」
「さ~て、では、サロスのパパは誰なんでしょーか?」
「えっ!? 本当は誰かいるのか!! アカネ!! 答えてくれー!!」
アカネは時々、夢に出てきてくれる自分しか知らない彼女のことをどこかで思い続けていた。
そうした記憶がふいに顔を出したのかもしれない。
アカネの笑顔にナールも何とも言い知れぬ懐かしさを覚えるのだった。
つづく
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