177 戻らぬ生徒会長
西部生徒会のメンバー達の声が生徒会室内へと響いている。
「まだ、ティルス様が学園へ戻られていないんだわよ?」
サブリナが珍しく会議の最中に食べ物も持たずに心配した表情を見せる。いつもであれば何かを頬張りながらいる事が多い彼女がこのように神妙にしている様子が室内の緊張感をいつもより膨らませていた。
「ユーフォルビア領で何かあったのかもしれないな」
リヴォニアも冷静な佇まいで起こり得る可能性を示しつつ、その表情は曇っている。以前に言われた事がわずかに頭をよぎるがそれとこれとは別のことだ。ティルスを心配しない理由にはならない。
その様子を落ち着かせるようにもう一人が心配する二人へと声を掛ける。
「ティルス様なら、大丈夫だと僕は思う」
「レイン。そ、そうだわよ! ティルス様なら何が起きても!」
「そ、だから今僕たちがやるべきことは、ティルス様が戻った時になるべく負担をかけない事だと思うね」
レインの言葉にわずかに勇気づけられた二人は上を向き頷く、ティルスが戻った時に少しでも楽になるようにと報告の情報をまとめていく。
遠征に出ていたグループ、ティルスの代わりとなったヒボンの班以外の三班もそれぞれが大なり小なりのトラブルに見舞われながらも学園へと帰還出来ている。
昨年までの遠征とは明らかに異なる異常事態、その出来事の報告が次々と噴出していた。
リヴォニア率いる班はべリアルド領内、フォグマント渓谷深部にある洞窟調査。
サブリナ率いる班はデオンベルク領内、ネバンド砂漠のデザートストームの境界線の調査。
レイン率いる班はフリューゲル領内、アバダンス海域の調査。
それぞれの場所で多くの生徒が心的外傷を伴う恐怖を刻み込まれるような事態が起きていた。
以前学園に現れたモンスターのような存在と同列だと思われる存在。その存在とは似て非なる巨大な個体との遭遇が全ての地域で起こっていた。
結果的に四つの班はそうした非常事態に対峙して生き延びて帰還している。
西部生徒会の状況を考えれば、おそらくは東部の遠征各班にも何かが起きているであろうことが容易に推測出来る。
これらの異常事態は現在行われている遠征報告の中で発覚したことだが、元よりティルスの身を案じていた面々は更に悪い想像が膨らんでいた。
どの班も結果的には遠征を終えている。しかし、それぞれの成果はそうした異常事態の発生により芳しくない。その中で今回の遠征で大きな成果を上げる事が出来たのはヒボンの班ただ一班のみ。
結果を出したことに反して命を落としたのもヒボン班にいた生徒の一人だけだったが、その他も大勢の生徒達が大なり小なりほとんどが怪我をする事態になっており、学園内では現在、怪我をしていない生徒の方が少ないくらいの状況。
学園内を見渡すとすれ違う者達が軒並み何かしらの負傷をしたまま過ごしている。
通常、環境的に過酷な場所の調査ではあった為に遠征では危険は常につきまとう事は周知の事実、それでもここまでの事態は聞いたことがない。
「サブリナの班もリヴォニアの班も、か」
「とんでもないモンスターだったわよ……おいしかったけど」
報告の途中にサブリナが放った一言に会議の空気が一変する。
「も、もも、モンスターを食った!?」
レインも目を真ん丸にして取り乱している。生徒会の中で決して目立つ存在ではないが全体の裏方としていつも足りない箇所のフォローに回る事が多く様々な可能性を考慮する癖のある彼でもこの呟きには心底びっくりしたように目をぱちくりとさせている。
「サブリナお前ほんと雑食というか、もはや悪食だな……」
リヴォニアも眉間を押さえており、その姿を想像したようだ。サブリナがモンスターを食べるという発想に至ることそのものが驚愕に値する。
「人生を『普通』に生きていくために一番大事なことは食べることなんだわよ!」
サブリナがグググと拳を突き上げて力説している。こうまで食べる事に真剣な事をこれまで誰も気にしたことはなかったが、ある種の異常さに若干二人とも引いていた。
「マイヨが同じ班でラッキーだわよ!!」
「ああ、マイヨが居たのか」
「モンスター、すんごいまんまるに大きかったのだわよ」
マイヨというのは学園内の生徒で食堂の中にある店の人気店を営みつつ食卓の騎士(テーブルナイツ)を目指す生徒の一人。ライバルのマウロと切磋琢磨しながら料理の腕をも磨いている生徒。
どうやらサブリナは倒した後にその怪物を調理させたようで思い出すように口元によだれを垂らしており、わずかに光り輝いている。
こほんとリヴォニアが咳払いをした後、紙を取り出して一応メモする。
サブリナがマイヨにモンスターを調理させて食べた。体調の経過を含めて観察の必要あり。
とそこでピタリと書く音が止まる。
「あれ? 以前の小型のモンスター達は倒せば霧散して消えていた気がするな」
「確かにそういえば今回は倒してもその身体が消えてなかったよね」
レインも今回の様子と以前の様子との違い、指摘に対して思考を巡らせた。リヴォニアの言うとおりだった。
つまり、今回と前回では発生源が違う可能性もあるのではないか? 因果関係の調査も必要だ。と彼もメモにサラサラと書き記していく。
それぞれの遠征で遭遇したモンスターは巨大な個体で、明らかに動物とは異なる禍々しさを纏っていたという。
だがその窮地も各遠征班で突出した力のある生徒達が中心となり全て討伐に成功していた。
「活躍の著しかった生徒の名前をピックアップしておこうか。今後の西部学園都市の主力となる生徒になるような者達だろう」
レインはティルスが戻った後の事を想定して人材の整理を行おうとしているようだった。
「ヒボンにも後で詳細な報告をもらわないといけないね」
彼からの軽くの報告では東部学園都市と同じタイミングで遠征宿舎に訪れた際に行われた模擬戦で全敗だという情報も得ている。
ここ数年においては西部学園都市の勝利が続いていると言っても油断は出来ない。
特に昨年の戦いではエナリア率いる東部の連携は明らかに良くなっており、ティルスがエナリアからの指示、そして行動を敵陣営後方の奥深くまで切り込み、封じに動いていなければどうなっていたか分からない。
元々東部の生徒会のメンバーが新入生ばかりと聞いて侮っていたがその認識は完全に改められている。
現在の東部生徒会は脅威だ。そして未知となる新入生の存在がどう作用するかも分からない。
西部の新入生も知られていないという同じ条件下ではあるが、ヒボンの報告を聞く限りでは国の英雄、グラノ・テラフォールの孫がいたとも聞いている。
昨年までの東部学園都市と同じとみてしまえばおそらくその先にあるのは西部学園都市の敗北だ。それだけは会ってはならない。
自分たちの代で連勝中の東西大規模模擬戦闘、イウェストの記録を止める訳にはいかない。
となれば必然的にこちらも戦力となる生徒をしっかりと把握しておく必要がある。
リヴォニアが再びさらさらと紙に自分の班で力となった生徒の名前をメモしていく。
リヴォニア班
セシリー
ネル
ドラゴ
サブリナ班
ゼフィン
レイ
レイン班
アストリア
ミハエル
プルーナ
以前のリオルグ事変でも名前が挙がった者達ばかりであることを再確認したレイン達の中で、西部の今後の体制、描く路線が見えてきているような気がしていた。
しかし、ここにきて改めて生徒会の面々は緊急の要望でユーフォルビア領へと少数で向かっているティルスがまだ戻ってきていないという事態に焦りを覚えていた。
群雄割拠の西部学園都市の中の全ての生徒をまとめあげていけているのは明らかにティルスの存在が大きい。
これだけ秩序のない行動の多い西部の生徒達をここまで一つにしてきた事だけでその影響は計り知れない。
今回の急遽遠征へはへランドと共にある程度の力をもつ生徒を集めて小規模とはいえ隊を組んで向かった。
余程の事がない限り問題は取り除かれるはずだ。しかし、今回の遠征でどの班もこれまでに前例のないトラブルに見舞われている事が報告に上がっている事がどうしても不安を拭いされない要因となって各自の胸に去来する。
「やはり、ユーフォルビア領で何かあった線は濃厚だろう」
彼女に同伴していない生徒会のメンバー達は心配な表情でそれぞれの顔色を窺っている。
「皆で迎えにいくというのはどうだわよ」
「いや、遠征以外では僕たちは学園の外には出てはいけない事になっている」
「……そうだな」
彼女を慕う生徒会の者達の心配は見えない不安に膨れあがるばかりだった。
つづく
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