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66 破鏡の失輝

 バチッ、パチッ、バチ、バチッ

 肩で大きく息をするプーラートンの目の前に佇む怪物。元々の顔だったと思しき場所がぐにゃりと笑むように動き、触手がおぞましき粘り気のある拍手を打ち鳴らしていた。
 
 周りにいる生徒達も目の前で起きている状況に動けず、その趨勢を見守り続ける。一時はプーラートンが優勢かに見えたが、リオルグは自分が致命傷を負わぬよう剣の届かぬ離れた位置からプーラートンを攻撃し続ける。

 時間が経過するにつれて明らかにその動きは鈍くなっていく。持久戦になれば衰えた体力、年齢が大きく影響してきてしまう。

 短い時間であれば全盛期にも劣らぬかそれ以上の技の切れはあるものの、勝負が長引くほどにプーラートンにとって不利な状況になっていく。
 
 剣の流派において身体の動きに特に重きを置いているエニュラウス流の弱点ともいうべき部分でもあった。体力の低下と共にその動きは精彩を欠いてしまう。勿論これが若かりし頃のプーラートンであれば話は違ったであろう。
 剣技の冴えは未だ鈍っていない。が身体が低下した体力がそれを制御しきれなくなっていき、徐々にその技は輝きを失っていく。

「ふはは、実に見事。未だに2本の足で立ち続けている事は賞賛に値する。とはいえ、あなたも最早、限界でしょう」

「ハァハァ、は、はははっ、舐めて、もらっちゃ困るねぇ。まだ、アタシはやれるさね」

「ふふ、強がりを。次で仕留める」

 異形の怪物と化したリオルグが構えた。その様子を見守るしかない中の一人の生徒が自らの剣を握り締めて食い入るように見つめていた。

 長髪が風に吹かれて靡く。その空気の重さに呼吸すらも忘れかけていた。

「…………」

 佇むウェルジアはここまでの戦いを眺めて言葉を失っていた。これまでには師もなく、ただただ、独力で学んできた少年は初めて剣の頂へと手をかけているであろう人間の剣技を見つめて打ち震えていた。

「これまでの弱い自分と決別し、目的を果たす時だ。この場に居る生徒諸君!! お前達が証人だ。さぁ見ているがいい!! 鏡面の剣輝。その最期をな!!」
 
 ウェルジアをはじめ誰もが動けずにいた。別次元の戦いに生徒達はただ、見ている事しか出来ない。

「さらばだ!! プーラートン・エニュラウス!!!!」

 無数の触手のような腕が逃げ道を塞ぐように四方八方からプーラートンに襲い掛かる。

「は、こんなことなら、『あの子』に、最後まで、教えとくんだったねぇ……ったく」

 プーラートンは静かに剣を地面に突き刺して手を胸の前に合わせた。
 
「諦めか? それも騎士の最後としては潔し!!」

 プーラートンが大きく息を吸い込んだ。

「……エニュラウス流、奥義、、、斬地鏡・黎明(アストミラデイク)」

「これは!? まさか? 魔脈の鼓動!?」

 プーラートンは地に突き刺した剣を握り締めるとそのまま地面ごと切り上げた。両断される地面、その割れ目から吹き出す剣気がリオルグの身体ごと塵へと変えていく。

「はああああああああああ」

 プーラートンの雄たけびがこだまする。凄まじい剣気の奔流が辺りに広がる。

 ウェルジアの目に映るプーラートンのその剣技。彼は見開いた目に焼き付けていた。この力がもし、自分にもあったなら。あの時、自分にあったなら。と唇を噛みしめるほどに目の前のプーラートンの技は圧倒的であった。

「……ゴフッ、諦める? そんな言葉、知らんわ」

 吐血して崩れ落ち膝を折るプーラートンは大きく息をして小さく笑みを浮かべ呟いた。
「ハァハァ、あんたの強さ、そろそろ超えられたんじゃないかねぇ? グラノ」


 彼女の脳裏によぎるのは、若かりし頃のあの日の影。背中を追い続けた一人の男の姿。プーラートンが何度挑んでも最後まで勝てなかった。本物の英雄。

 一人で戦っても大勢で戦っても必ず戦果を上げてきた男。

『……どうして、アンタはそんなに強いの?』
『君だってすごく強いじゃないか』
『でも、アンタには一度も勝ててない』
『性別のせいじゃないか? だなんて言ったら、君はきっと怒るんだろうな』
『それは怒る……し……きっと罰当たりであったとしても、神を恨むでしょうね』
『どうして、自分を男にしなかったんだ、って?』
『うん』
『そうか、でも』
『ん?』
『プーラートン。もし、それでも俺よりも強くなれたのなら、それって凄い事なんじゃないのか』
『え』
『今ここでお前が剣の道を諦めるなら、多分俺の方が強いってことで話は終わりだ。でも、最後まで諦めずに生きて頂に辿り着かないと、俺達の結果は分からないんじゃないか』
『アンタはそのまま頂点まで行きそうなんだけど』
『そのつもりでいるからな』
『そういうとこ、ほんとむかつく』
『でも、世の中は広い。剣の腕だけなら俺よりも上は居る』
『剣聖、剣魔って呼ばれるやつらか。そんな誰も見たことがない噂話だけが独り歩きするやつらなんかどうでもいい。アタシは、目の前にいるアンタよりも強くなる』
『そうか、ならどちらがより強くなれるか勝負、だな』
『ああ、勝負だグラノ』

「……まったく、先に逝きおってあのバカ者が。これでは、どちらが強いのか、もう決められんではないか」

 生徒達から大きな歓声が上がる。直前まで恐怖していた者達も安堵してその場にへたり込んだり、助かったのだと抱き合い喜び合う。

 その時だった。

 地面から複数の触手が絡みつくように現れ突起を作り捻じるようにプーラートンの腹部を狙った。咄嗟に庇おうとしたその右腕ごとその攻撃は貫通して背中へと突き抜けていき鮮血を巻き散らす。

 プーラートンの手から特級剣ミラサフィスが零れ落ちて地へと凛麗な音を響かせる。

「がッ、、、カハ」

「先生!!!!」

 リリアが叫ぶも近づけるはずもない。視界に入るおぞましい触手がプーラートンへと近づきかけた生徒達の足を止める。

「今のは本当に焦った。終わったかと思った」

 リオルグは先ほどよりも小さくなった身体のまま地面から這い出てきた。

「安心してください。大丈夫ですよ。最初に死ぬのは貴方ですが、すぐに生徒達もその後を追わせますのでね」

「く、あんた、たち、にげなっ、さっさとここから」

 リオルグは触手に更に力を込めて押し込んだ。

「ガッ……く、ふぅ、貴様、ロクな死に方はせんぞ。騎士でありながらその誇りを捨て去った外道が、このような蛮行、神が許しはせぬ」

「神、か。許される必要などありません。最後は我々がその神をも屠るのですから。最後のご忠告、ありがとうございます。それでは、さようなら。鏡面の剣輝、プーラートン」

 リオルグがとどめを刺そうとした瞬間、プーラートンの身体に刺さる触手の束を飛び出した二人の生徒が両断していた。

「ウェルジア君!! ドラゴ君!!」

 リリアの声が響き渡る。

 二人ともこれまでの学園生活の中でプーラートンとは決して縁が深いわけではない。
 ただ、目の前で繰り広げられる戦い。騎士としての在り方、そしてその姿に感銘を受けた二人の心が動かされぬはずはなかった。
 この騎士からもっと多くを学びたい。ここで放っておく訳にはいかないという想いが二人の中に沸き起こる。

「邪魔をするか、、、お前達」

「下がれ、お前らの叶う相手じゃない!!……ぬぅ、ぐ」
 
 プーラートンは失いかけた意識を保ちながら叫び、そのままウェルジアとドラゴの後ろで倒れ伏した。ドクドクと流れる血が流れ土壌を赤く染めて広がりゆく。

「最早、放っておいても死ぬ、か。まぁいいだろう。次はお前達と言いたいところだが。が、そろそろ俺も限界か、、、予想以上の消耗だ」

 リオルグはそういうと空へ触手をかざした。

「……何をするつもりだ」
「テメェだけはここでぶったおしてやる!!」

 ウェルジアとドラゴは武器を構えるが、リオルグが二人に襲い掛かる様子はない。

「お前達など、こいつらで十分だろう。さて、あとは……」

 リオルグはそういうとまるで煙のようにサァッと消えていった。

「逃げるなぁぁああっっ! クソ野郎が!」

 ドラゴが大声で叫び散らすが既にリオルグの姿はない。

 リオルグが消える代わりに周囲の空間に黒い染みのようなものが次々と現れ、ボトリと何かを零し落とす。

「なんなのあれ!?」

 突然、背筋に走る嫌な感覚にガタガタと震えながらリリアは後ずさる。

「危ない!!」

「えっ?」

「つあああああっ!!!」

 リリアの背後から大型のウルフェンに似た黒い怪物が飛びかかるが、寸での所で飛び出したダリスがその個体を蹴り飛ばす。

「あ、ありがとう」

 リリアはダリスに礼を言った。が彼は武器を構え直すと

「まだ終わってない。お前も戦え」

 とリリアを叱責する。

「あ、でも、その、私は」

 リリアは口ごもるが恐怖でうまく言葉に出来ない。わたしは戦えない。という事を伝える事が出来ない。

「なんなんだ? こいつら」

 ベルクもようやくドラゴにやられた体を起こして立ち上がる。倒れている場合ではなかった。周囲に現れた黒い染みからどんどん黒い塊が零れ落ちてくる。

 地面へと落ちて形を成した怪物から動き出し、生徒達を襲い始める。流れる風が嫌な香りを含み、周囲を満たしていく。

「これは、、、」
「まだ、何か起こるっていうのか?」

 ヒボンとリアーナは周りの黒い染みに視線を向けて構えた。もう何が起きるか彼らには見当もつかない。
 この場の管理者であったプーラートンが倒れ、生徒達の統率を取れる者もいない。

「全員武器を取れ!! 急げ!! 来るぞ!!」

 リンが大声で他の生徒達に呼びかける。そのリンに向けて三体のドッヌ型の個体が襲い掛かる。

「ちっくしょ! 身体がまだうごかねぇ」

 飛び掛かる怪物に向けて投げられた小刀が命中して怪物の頭部が爆ぜ飛び散る。

「……大丈夫?」

 透明な壁を調べていたネルが舞い戻ってきていた。

「ネル、あんた」

 ネルは武器を構え直して周囲を警戒している。呼吸もしにくい空気にこの場が徐々に支配されていくのが感覚的に分かる。

 これは死の匂いだ。ネルはそう判断する。誰かが死ぬ時の匂いだ。
 しかも、相当に濃い。嫌な予感でネルの額にも汗が滲む。

「もう私達が戦う理由はない。このままじゃ、みんなやられる」

「壁ってのはどうなった?」

 リンが問うとネルはゆっくりと首を左右に振って答えた。

「無理ね。そもそも原理も分からない。解決策がない」

 少しずつ周りから怪物達の鳴き声と生徒達の声が混ざり聞こえ始める。

「じゃあどうするってんだい」

「今は、こいつらと戦うしかないわね」

 そこかしこで、始まった戦いを眺めて、ネルは表情を崩した。起きていること自体に理解が及ばず活路がまるで見当たらない。

 終わりの見えない悪夢が、この場所でも生徒達へと襲い掛かろうとしていた。


続く

作 新野創
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