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147 清廉潔白すぎた野心
学園祭が終わり程なくして、九剣騎士として王都から視察に来ていたヴェルゴとクーリャは学園から王都へと帰路に就いた。
西部学園都市内の空気は徐々に通常の学園内の様子へと戻っていく。
ヴェルゴはあの夜以降は問題を起こすこともせず、大人しく学園内を調査していたのだという。
その数日前へと時は遡る。
彼の目的は定かではないが、マキシマムは最大限の警戒をプーラートンに共有していた。
以前よりヴェルゴの九剣騎士としての言動そのものに疑問を持っていたプーラートンは大きく頷き、クーリャもまた何か腑に落ちたような表情を浮かべて、再び大きく頭を下げた。
場にいた三名はこれまでの状況証拠のみではあるが、リオルグ事変ともヴェルゴがもしかすると関係している可能性があるのではないかという仮説を立て、彼を警戒対象とすることを決めた。
この際、マキシマムは意を決してこれまでの経緯。過去に自分が国側の動きを調査していた時期に起きた事なども口にする。
かつてマキシマムの部下であり、当時酒場で働いていた男が何者かに殺された際の傷。
ヴェルゴが罪人を裁いた後に出来ている裂傷と同じような傷跡かもしれないと思ったのはかなりその事件から時間が経過してからの事だった為にマキシマムも記憶は定かではなく、確証は勿論、得られてはいないと零す。
彼とてかつての教え子の一人。疑いたくない気持ちがマキシマムの中にも少なからずあるが、先日の生徒を襲撃した時の言動なども含めて危険な行動を起こす可能性がある人物である事は否めなかった。
今回のリオルグ事変の最前線で戦ったティルスとプーラートン。また九剣騎士クーリャならばこの件を話しても大丈夫だと考えたマキシマムは自分の現在の考えも含め、自身の見解を口にした。
プーラートンは黙って、ティルスは驚き、クーリャは静かな怒りをその表情に滲ませていく。
確かにこの国、シュバルトナインの国王の姿は長らくこの場にいる誰もが見ていない。
そもそもそこまで姿を拝見出来るような機会、頻度が高い人物ではないが、言われてみれば王都内の公的な場にも長らく姿を現していない。
王子、または王女たちがそれらの公務を現在は担っているのは確かで、クーリャ自身は警護に帯同する事もあり、考えてみれば不自然で妙な事だった。
そういえば自分が九剣騎士という役割を拝命した際にも王の姿を見ていなかった事を思い出す。
とはいえ自分達は騎士としてこの国に、王族に仕える身でもある。内情を探るなど本来は行ってはいけない事だ。
マキシマムの話を完全には鵜呑みに出来ないとクーリャはこの時点で考えていたが、プーラートンの言葉にそれは完全に裏返る。
「サンダール。あやつも一枚噛んでいるかもしれん。あやつほど正義感に捉われた野心を持つ騎士は見たことがないからの。まさかとは思うが……」
サンダールは現九剣騎士の中で故アレクサンドロ、そして、あのリーリエの次に在籍期間が長い。
今は亡き九剣騎士ゼナワルド、ミリーという二人の人物とサンダールは同時期にその称号を与えられた。
現在ではゼナワルドとミリーの二人が居なくなった事により実質的に表だって九剣騎士として公務的にはほとんど出てこないリーリエという存在を除けば、サンダールは最も長く在籍している九剣騎士という認識が今の王都内、ひいては国内の民たちの中では印象付いている事になる。
「まだ九剣騎士だった時期のあたしをこの学園に追いやったのはサンダールさ。あたしの歳もあっての経験を失う前に次の世代にそれらの知恵と技術が必要なものなのです。とか詭弁を並べ立てていたね。ま、あたしが特に称号なんて気にしちゃいなかったし、自分の九剣騎士としての役割も最早無いものと思っていたから当時は疑問も持たず受け入れたが……こうして今思い返すとおかしなことは多々あるね」
当時の事を思い出すようにプーラートンは彼の言動を思い出す。
「何かしらを行おうとしている彼が今も自分にとって不都合な者達を少しずつ王都から遠ざけ続けているという事、ですか?」
クーリャはその想像を信じたくはないと心の底から思いつつ予想を口にする。
「……サンダールだけは昔から腹の内が読めない男だったからな。仕事は当然できる男であった訳だが、それすらも何かの目的のための布石であるとしたら……」
マキシマムの一言に場の空気が凍り付く。
サンダールの普段の言動はとてつもなく正しく。国に忠誠を誓って任務にあたる騎士の模範となる姿だ。
これまでの彼の全てが何かの目的の上で被っている仮面だとしたら。
クーリャはここで自分の言葉ながらリオルグ事変からのサンダールの行動に引っ掛かりを覚えたことが繋がってきてしまう。
あの怪物達が現れる混乱の前に自分を含めた九剣騎士達をそれぞれ国内の巡回と称して、各地へ向かわせたこと。
それもこうして今の話を聞けば不可解な点が多い。一度に全ての九剣騎士と多くの騎士を王都内から外へ向かわせた事も今思えばおかしなことである。
もし王都付近であの怪物達が現れていたとしたらそれこそ、王国の危機だったはずなのだから。
(まさかサンダールはリオルグ事変が起きる事を知っていた?)
この場に居る者は余りにも突拍子もない想像に頭を振るが、どうしてもその疑念は消えなかった。
九剣騎士達が向かう地域もサンダールはそれぞれに細かく事前に指示をしていたはずだとクーリャが記憶している。
結果的にその行動の後に怪物達の発生。
そして、その戦いの最中九剣騎士3名の戦死が起きた。そうなると一度疑いの目を向け始めれば怪しい所が多々ある。
居なくなった3名はいずれも九剣騎士。
ディアナやヴェルゴと同じ位の武闘派だったゼナワルド。
武闘派ではないとはいえ秀でた智を持つミリーとシエスタ。
危険な相手であった事は間違いないとはいえ、現れたあの怪物達くらいで彼らが後れを取るとは考えにくい。
「そういえば……」
クーリャはそれぞれが送られた先の配置図を思い出す。戦死した3名の巡回に向かった先は王都からは遠方の地域だ。
そして、彼らの後方に位置する中継となる地域に送られていたのは、そう、ヴェルゴだ。
怪物達が現れた事件の後、王都への報告の際にもそういえばヴェルゴ一人だけが王都へ戻っておらず、姿を見なかったとクーリャは思い出す。
だとしたら三人が戦死したという情報は誰から報告されたのかという話にもなる。
怪物達が現れた際に指示を出すという役割で王都に居たサンダールと、自分の部屋で寝ていたというリーリエを除けば、亡くなった三人の騎士とヴェルゴが向かっていた地域とディアナ、クーリャ、アレクサンドロは方角的には王都を挟んで反対の位置に派遣されていた。
これは果たして偶然なのだろうか? 考えすぎかもしれない。しかし、これまでの小さな違和感の数々が消えずにクーリャの脳内に集まってくる。
そして、前回の学園への視察。自分とディアナが王都を出立し、東西の学園へ調査に出た道中、学園に着くまでの間に届いたアレクサンドロの訃報。
クーリャは仮面の騎士との出来事もあって自分の事で頭がいっぱいになっており、そこまで頭が回す余裕がなかったことは確かだ。
勿論、起きた事の全てをサンダール、もしくはヴェルゴが仕組んだとは考えにくいが、当時の冷静さを欠いている状況では気付かなかった点が多く存在している事は間違いない。
「まさか、九剣騎士の三人の死も彼らが手を下した可能性がある?」
ぽつりと呟いたクーリャの言葉をマキシマムは聞き逃さなかった。
「クーリャ、今のはどういうことだ?」
「あ、それは……」
「王都で起きていて、何か学園に知らされていない事があるね?」
今も尚、リーリエが敷いた厳戒令は解かれてはいない。自分のミスとはいえ目の前の恩師二人に隠し通せるものでもなさそうだと、クーリャは覚悟を決める。取り返しのつかない事になる予感がしたからだ。
「この場の者達だけで今から話す情報は留めていただけることをお約束していただけますか? これに関して九剣騎士として厳命守秘とさせていただきたく」
クーリャの眼光に3人もただならぬ気配を感じ、大きく頷く。
「……実はリオルグ事変の際、国内の至る所にこの学園からの報告と同じような怪物が突然現れる事象が発生していたのです」
「何だって!?」
学園には知らされていなかった情報。学園から国への報告や情報はあれど、国から学園へと情報は確かに普段あまり来ることはない。とはいえ流石にこれは共有されるべき領域の出来事であると誰もが理解する。
西部学園都市内で目の前で起きた事そのものがあり得ない事で、そこまで広範囲に同様の事態が起きていたなどと誰が考えるだろう。
「その出来事により多くの騎士の命が失われました」
「……剣でなら怪物達が起き上がってこないと学園で判明し、報告したのは終わった後だからね。同じ状況が同じタイミングで起きていたとしたら……正規の騎士であろうと、剣を使う騎士が少ない今の王国の騎士達では、それに気付けないまま長時間戦い続けた結果、そうなるのも無理もないか」
プーラートンは奥歯を噛みしめるような表情のまま話の続きに耳を澄ませた。
「そして、その時に、3名の九剣騎士が命を落としました」
マキシマムとプーラートンはクーリャの様子と先ほど零した言葉からある程度は覚悟し、何かしら予想していたのか、静かに目を瞑る。
「……誰だい」
「五の剣ゼナワルド、六の剣ミリー、そして、九の騎士シエスタの三人です」
「そう、か。三人は、死んだ、のか」
微かに震えた声のマキシマムの目尻に涙が浮かぶ。
名の上がった三名もマキシマム、プーラートン共にそれぞれに面識がある。
今はもう戦争のない平和な時代であったはずなのに、戦禍のあった時代の自分たちがまだこうして生き永らえていて、これからの国の未来を支える者達の命が失われた出来事にマキシマムもプーラートンもショックを隠し切れないでいた。
「またその後すぐ、丁度学園からの報告をまとめて国内の対処に当たろうとしていた矢先、王都郊外の英雄碑の前で……一の剣アレクサンドロ様が何者かに暗殺されました」
「なんじゃと!?」
「なんだって!?」
旧知でもある二人も流石にその情報には思わず身を乗り出してしまうほどに驚いた。
「あの男はいくら老いたとて、暗殺など容易にされるような男ではないぞ」
さしものプーラートンでさえその動揺を珍しく隠し切れないでいた。
「はい、それは私も存じております」
クーリャは努めて冷静に返事をする。
「仮にヴェルゴかサンダールのどちらかがやったのだとしても、二人にそれが可能だとはとても思えん」
マキシマムも信じられないその出来事に瞳孔が大きく開いていた。
「それは私も思います。しかし、亡くなったのは事実なのです」
クーリャもそれ以上は語る必要がないと判断した。それほどまでに影響力の大きな人物で、その死の情報が現在、厳戒令により秘匿されている。
一人、あまりの話の大きさにティルスは一人情報を整理して胸の内に留めていく事が限界だった。
もしかしたらこの国の一大事かもしれない。双爵家である自分も関係のない話ではないかもしれないことだけは理解し、情報を聞き逃さないよう耳をそばだてる。
「なんてことだい、この情報が国に出回れば混乱どころの騒ぎじゃない」
「うむ、元々は周辺国だった地域の者達が自分たちの国を取り返そうと再び戦乱が起きる可能性すらある」
マキシマムとプーラートンが考えうる最悪の事態は想像以上に大きいものだ。アレクサンドロが果たしていた統一国家の為の抑止力。
これがなくなるということは、平和的でない手段でこの国へと吸収された者達が自分の国を取り戻す機会が生まれてしまうという事だ。
「最初に報せを受けたリーリエさんがすぐに厳戒令を敷くなど対処をしてくれたので今はまだなんとか情報は秘匿されてはいますが」
「いい判断をしたようだ。けど、それも時間の問題じゃろう」
「ええ、長らく姿を見ない城下の騎士達などがいつ勘づいてもおかしくありません」
短い沈黙が流れる。
「……これだけの事が重なるというのも不自然さ。状況証拠しかないが今はサンダールとヴェルゴの動向に注意するより他ないようだね」
プーラートンはこめかみに手を添え溜息を吐く。
「そうですね」
サンダールとヴェルゴとのこれまでの交流を思い返していく度に彼らの言動の小さな綻びが気になってきたクーリャは既に二人に疑いの目を向け始めている。
「とはいえ、学園にいる以上はあたしらは必要以上に動けん。まずは、ディアナだろうね」
「儂もそう思う。王都に戻ってまずはディアナとの連携を図るべきだな」
話を進めようとした三人にティルスが口を挟む。
「あの、可能性の話ですが、失礼ながらディアナ様がその、サンダール様たちと共に何かを企んでいる側にもし加担していたとしたら、危険なのではありませんか?」
「「「………」」」
三人は眼を見合わせた後、三者三葉に笑い声を上げる。
「ハハハ、あやつがそんな話にもし誘われでもしたなら真っ先に二人をぶちのめすと言ってその場で即座に動いてるだろうよ」
ティルスがあまり普段は見る事のないプーラートンの笑い声と表情にあっけに取られる。
「ハハ、違いない、昔から教師にさえも正しくない事があれば遠慮なくつっかかってきたしのう。正義感の塊が鎧を着ているような騎士だぞあいつは」
マキシマムですらディアナという人物への印象を迷いなくそう評した。
「そうね、ディアナに関しては天と地がひっくり返ってもそんな事に加担することはないと私も断言できますね」
三人からの言葉に心からの信頼を感じたティルスはまだ会った事のない九剣騎士ディアナ・シュテルゲンなる人物がいかな騎士なのだろうかと、大きな興味が芽生えていた。
つづく
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