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101 紫紺の灯
東西の学園都市が存在しているこの一帯の広大な地域には寒期と暖期があり、一定の周期で繰り返されていく。
学園内での単騎模擬戦闘訓練、通称オースリーが行われるのは寒期から暖期への移行の時期。
そして、集団模擬戦闘訓練、通称ギヴングは暖期の真っ只中に行われることになっており、体力的にも精神的にも過酷な状況下で生徒達は戦う事になっている。
その過程で強靭な肉体と精神を育むという目的があるが、ここで限界を感じ脱落していく生徒も数多くおり、このイベントを越えられるかどうかが新入生たちの評価の一つのボーダーラインとなっている。
それ故にその評価基準もオースリーに比べると非常に高くなっており、王国の騎士となる事が目標の者達にとっては非常に重要なイベントとなっていた。
また、国内としては最大規模の疑似的な戦争。
東西模擬戦闘訓練である通称イウェストは東西の学園同士が激突するイベントで、こちらは暖期から寒期に至る移行の時期に開催されることが予め決まっていた。
このイベントの季節は最も過ごしやすい気候で、これまでに過酷な学園生活で蓄積した努力がそのまま反映されるような戦況となる事が多い。
そして、ここで確実に戦果を上げれるような生徒でなければ国の騎士としてシュバルトナインへと至る道は閉ざされると言っても過言ではない。
勿論、それ以外の方法ではシュバルトナインになれないというわけではないのだが、正規のルートとしてはこのイウェストでの活躍が最も近道であることは間違いない。
話は戻るが集団模擬戦闘、通称ギヴングは学園内を二つの仮想軍として生徒達を振り分け、赤軍と白軍に分けて勝敗を決める戦いを行う訓練だ。
個人技量の高くない者は、このイベントで仲間達と力を合わせて活躍を狙う者も数多くいる。
現生徒会であるエナリアの派閥も、彼らが一年生の時のギヴング時に上級生達を圧倒することで当時の生徒会からその座を奪取しており、こと学園内の印象で言えば各個別に行うオースリーに比べて注目度はより遥かに高い。
それゆえ本当の実力者は軒並みギヴングで戦果を収める為に準備をする。
オースリーは言わば個人情報を仕入れるような機会にもなっていたという訳だ。
しかし、生徒会の座を狙う各派閥にとって、この年、唐突にその機会が失われてしまった事で大きな方向転換を余儀なくされていた。
異例となる年内のギヴング、イウェストの両開催すらも中止となった事で仲間を集めて活躍し、国にアピールする事を目指していた各派閥の面々は、この一年間、一体どう過ごすのかという課題が発生しておりほとんどの派閥が次の年までに自派閥の力を蓄えるという事を選択して行動を開始する。
勿論、生徒会の座はギヴングのみで決まるものではなく、それ以外の方法を模索し始めるような派閥も現れ始め、東部学園都市内ではこれまでとは明らかに異なる空気が漂い始めていた。
とはいうものの、これは一部の騎士を本気で目指す者達の行動で大半の生徒はそのような事には興味がない。
こうした生徒達の意識改革は仮にどの派閥が生徒会となったとしても変わらない大きな課題として存在し続けており、生徒会の奪取のみが問題点では既に無くなっている事も学園内の変化としては大きかった。
騎士を目指す上でのメリットのみの享受を求める者達の存在。
かつてのように血を吐くような努力や根性といった精神論の蓄積によって得られるものの尊さを忘れ、効率と成果のみを求める者ばかりの学園の生徒達。
それもそのはずで他国との争いのないこの国において実力を積み重ねたとしても自分たちは貴族には決してなれないし、血筋のいい騎士の家が既に持つその立場は越えることはほぼ不可能な時代であったからだ。
戦禍の激しい時代にあった戦いで功を立てた際の勲章授与などもほとんどもはや存在せず、騎士としての活躍の場、出世の道が少ないことで誰もが闘争心、競争心を持たないという時代へといつの間にか移り変わっていたのだ。
生きるのに困らない程の地位、そして名声があればそれだけでいいと願う者達で学園内には増え始めていた。
大陸統一戦争時代の、命を懸けてまで戦わなければ何一つ守れなかった過酷な時代は一度、終わっている。
そうした中でオースリーでの事件で東西の認識の差は大きく変わっていく。
モンスターと呼称された存在達との死闘を繰り広げた西部と命の危機に瀕していない東部の生徒達の意識の差はここにきて更に拡がりつつあった。
旧校舎棟付近にある廃倉庫群のうちの一つにぞろぞろと集まっている者達が楽し気に騒いでいる。
「バイソン先輩、ちゃーっす。聞いて下さいよ。耳寄り情報っすよ」
大きな体躯でもじゃもじゃな髪のバイソンと呼ばれた男がボリボリと菓子を食らっている。
生徒というよりも先生というほうがしっくりくるほどの老け顔だ。
声を掛けられ手に付いた粉を手でパンパンと払い落として声のした方へ視線を送る。
「んあ? どないしたのよ?」
「入学した時に英雄の孫って言われてたやつ、オースリー前にエナリア派閥に入る事を断ってたらしいっすよ」
バイソンと呼ばれた男はまた新しい菓子の袋を開け、ごつごつした手を突っ込んで手づかみで掴めるだけ掴み、口の中に放り込んで咀嚼し飲み込んだ。
「えぇ、そぎゃんことあるんか!? てっきりもうエナリアの所の一員かと思ってたなぁ~」
指先をぺろぺろと舐めながら首を傾げている。後輩である生徒は興奮気味に話すもバイソンの興味は薄い。
「うちの派閥に誘ってみるのはどうです?」
途端に不機嫌そうな表情でため息を吐いてこう言った。
「う~ん。やめとこぉ~」
「え、どうしてです?」
ボリボリと頭を掻いて困り顔のバイソンは答えるかどうするか僅かに逡巡した後、口を開く。
「ありゃめっちゃ光もんやろ? うちの派閥が合うと思うか?」
バイソンは自分を含めたこの集まりが日陰者であるという事を自覚していた。
自分達もいつか何者かになれるのではないか? というような理想を追えるような輝かしい存在ではない事を受け入れ、自分たちに出来る事で学園内の地位を盤石なものとしてきていたからだ
人数だけで言えばどの派閥よりも構成人数が多い。ただ、バイソンがそこまで生徒会に執着していない為にあまり他の派閥よりも危険視されていないという現状だった。
もちろん、騎士に対しての憧れという点ではここに居る者達も他の生徒と同じように。いやそれ以上には持っている。
だが実際に夢を追い学園に必死で入学したものの立ち塞がる現実を突きつけられて諦めかけている者達の集まり。
それがこのバイソン派閥に集まる生徒達だった。
やり方は決して褒められたものではないのは確かだが、それでも学園外に出れば弱者となるであろう彼らが未来を勝ち取るには、学園内ではこうするより他なかったのだ。
徒党を組んでより弱いものから搾取する。又はどんな手を使っても強者に自分達に関わるべきではないと思わせる。そんなことを繰り返すバイソン派閥の生徒達。
だが、こうでもしなければ学園内での地位はおろか彼らの騎士への道も閉ざされてしまう。
成果の裏は国には分からない。結果を求めるならばどのような方法でも構わなかった。
こうした考えで構成している生徒達の素行は決していいとは言えず、度々問題を起こしては注意を受けているが、これも彼らなりに必死であった証拠でもある。
力無き者は、いつの時代も淘汰されていく。
それを彼らはお互いに知っていて、少しずつその現実と戦う為の仲間を増やし続けてきたのだ。
「そっすね。うちら陰もんですしね」
「個人的には多少の興味はあっけども、うーん」
その時だった。
コツコツコツと足音が聞こえて二人の意識が音へと吸い寄せられた。
「バイソン君、こんにちは」
妖艶な色香を振りまいて歩いてくる女生徒の自分を呼ぶ声に釘付けになる。
「おっぅっふ。こりゃエルの姉さんじゃないですか。こんなとこまでわざわざどうしたんでさぁ?」
デレデレ顔でエルを迎え入れる。彼女は優し気に笑みを浮かべてバイソンへと近づくとおもむろに自分の手をある場所に差し込んだ。
全員の視線が集まる中、それを気にも留めずにその場所をまさぐっている。
「これ、読んでもらえる?」
直後、エルは胸元からスッと手紙を取り出した。
その一挙手一投足に対して、廃倉庫内に集まる生徒達はゴクリと生唾を飲んでいた。
若い者達には刺激の多すぎる胸元の空いた制服。短いスカートから伸びる細い足に艶やかな声、仕草の一つ一つが同世代とは思えない程の色気でバイソンの子分達は総じて鼻の下を伸ばしている。
「これ? エナリア会長からの書状ですかい?」
「ええ、この会議、貴方も参加してもらえるかしらぁ」
その瞬間、エルの優し気に微笑む瞳の奥にに薄ぼんやりと紫光が揺らめく。静かに周りを見渡し、最後にバイソンへと上目遣いに覗き込む。
この場のバイソン以外の生徒達はがくりと一瞬、糸が切れた人形のようになったかと思えばすぐさま上体をピシッと起こしていく。
「……ええ、そりゃ姉さんの頼みとあれば断わらんですけど、こりゃどういうことです?」
バイソン本人だけはいつもと変わらぬ様子でエルを見つめて質問をした。
「ふふ、みんなで力を合わせましょって会長は仰っているのよぉ」
「力を?」
「ええ、それに私にとっても出来るだけ沢山の生徒が手を取り合い、力を合わせておいてくれると嬉しいのだけど、弱者も強者も関係なく」
エルはバイソンの首に手を回して擦り寄ると耳元で呟いた。
「でへへ、このバイソン派閥、姉さんの為なら何肌でも脱ぎますぜ」
子分たちもバイソンの言葉に追随して返事をする。
「そうでやんす!!」
エルはニッコリと微笑むと本題とばかりに話を更に切りだすかのように視線を入り口に向けた。
「ふふ、ありがと。あと、この場所、少し借りるわねバイソン君」
「はい?」
扉が開く音がして再びコツコツコツコツ
と足音が聞こえてくる。
「バイソンさん!! あれ!!」
「シルバ!? それにクラウスさんまで!?」
バイソンは驚いた顔をしている。前生徒会の会長であるクラウスと現エナリア派閥の最大対抗派閥である集まりのトップであるシルバが一緒に居るところなど見たことがない光景だったからだ。
「ようこそお二人とも、ごきげんよう」
エルがぺこりと挨拶をする。
金髪の男が眼鏡をクイっと直しながら怪訝な表情を浮かべる。前生徒会長であるクラウスだった。
後方からの戦況判断に長けており、個人の技量も決して低くはなかった。
学園内の弓使いの生徒としても有名で彼の射程内での戦闘は一対一ではまず彼に近づくことが困難とさえ言われている男だ。
恐ろしきはその命中精度で、50M離れていても単調な動きであれば予測、補足されてしまう。
エナリアの派閥にその座を奪われた立場の生徒。当時の生徒会の者達は全員その時のケガで学園を去っている。
生徒会の座が奪取された当時のギヴングの際、白組に属していたエナリア派閥はアイギスを単騎で紅組の大将であったクラウスに突っ込ませるという荒業で彼の派閥の敷いていた作戦を根底から台無しにしてその牙城を切り崩していった。
アイギスの行動は野性的で彼の思考と相性が悪く、その間に他のエナリア派閥の面々にクラウスの仲間達は相性の悪さを最大限に生かされ敗北している。
「エルの呼び出しなど珍しいから来てみたが、どんな思惑があってここへ呼んだ?」
クラウスは怪訝な表情を崩さないままでエルを見つめて値踏みするように話しかけている。
その横に居た銀色短髪のツンツン頭の男は両の拳を打ち鳴らして鼻で笑った。
現在エナリア派閥の対抗馬として最も多くの生徒から名前が挙がる男シルバである。陽気で勝気そうな性格が今の表情からも見て取れる。
シルバは全くの無名から学園で成り上がってきた平民だ。その為、支持者も多くおり、貴族であるエナリアに比べると騎士を目指す者達の憧れの的ともなっていたのだ。
彼は後ろで控えて戦況を眺めるようなタイプではなく、自らその戦況を判断して自らの手で覆そうとする男だった。
クラウスが敗北した際に同じ紅組であった彼はその性格を利用され、エナリアの作戦の駒にされていたという経緯がある。
本人が気付くことはないほどの狡猾な作戦で、エナリア派閥にしてやられたのを知ったのはギヴングが終わった後だった。
貴族出身のプライドが高い人間がまさかそんな事をするはずがないという固定概念を打ち破るような作戦であったらしい。
特に彼は真っ向勝負に定評が高く、絡め手で相手を制する事を好まない事も災いした。
昨今、減っている剣使いよりも更に珍しい戦闘スタイルで、彼の派閥の生徒達は足甲刃と呼ばれる脛当てを独自に改良した武器を用いて戦う。
両手をフリーに出来る事により他の武器を用いながらの戦闘や、盾を持ち防御へ特化する形など従来の自分の武器を生かしながら併用できる柔軟な点に優れていた。
シルバの派閥ではこの足甲刃を用いて戦況が整う前に相手を制する電光石火の高速戦闘を推奨しており、この武器と戦闘スタイルに憧れて彼の派閥を訪れる者もいるくらいであった。
「時代が終わった先輩とこれからの時代の男を集めて何しようってんだエル? あ?」
シルバの言い方に一触即発の気配が漂う。緊張感が廃倉庫内を満たしていく。
「ふん、終わってなどいない。あくまで学園での役目を終えただけのこと。一度でも生徒会長として過ごした。国の騎士になるのにそれで十分な箔は付いている。くだらない言い方はよしてくれたまえ」
シルバは挑発するようにうすら笑ってクラウスのネクタイを掴み上げる。
「の割には苦虫噛みつぶしたようなさっきから顔してるけどな」
「チッ」
舌打ちをし眼鏡の奥で鋭い眼光のまま睨みつけるクラウスの視線をそのまま真っ向からシルバが睨み返す。
両者の手に力が込められた瞬間、場の空気を支配するような声が小さく、それでいて身体へ送る脳からの信号を遮断するように届く。
「喧嘩をさせるために貴方達を呼び出したわけじゃないの、少し静かにしてくれるかしら?」
普段のエルからは考えられない程にひり付いた空気に二人の男の身体は硬直し、程なく弛緩する。
その二人に対してエルはバイソンと同じように胸元から手紙を取り出して手渡した。
「シルバ君、クラウス君、エナリア様からの手紙は確かに渡したわよ。東部をまとめ上げる為にも貴方達の力も、この私が貰うわね、返事は?」
再びエルの瞳の奥に淡く薄い紫色の光が灯る。生気の抜けた肉体の器がただこの場に並んでいるような光景の中でエルの眼光は鋭くなる。
「いいぜ」
「わかった」
「……何をしたんでさ?」
バイソンはエルとの親交の中で初めて見るその異様な光景に首を傾げた。エルは恐ろしくゆっくりと振り向くと口元に人差し指を当ててウインクした。
「何も? ただお願いをしただけよ、うふふ」
そして、いつものように笑っていた。
「バイソン君、二人にお菓子を出してあげてもらえる?」
今見たことは他言無用、でないと……そんな圧倒的な強者としての存在感を受けて、バイソンは言われなくてもそうしなければならないと理解した。
「あ、あいさいさーです!! 姉さん!!」
エルの瞳の奥ではこの場の誰も目視の出来ない紫紺の揺らめきが灯っていた。
続く
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