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89 四の剣の独断
「……ディアレスという生徒の変異は本人の死亡により調べる事は不可能。そして、彼を止めたハルベルトを呼び出しているのだが一向に現れる気配はない。ここまでは私以外にはおそらく知らない情報だ」
カレンはそう説明する。
「混乱を避ける為、王都への報告時には少々情報を伏せていた部分もある。これは私の独断だ。許してくれディアナ」
頭を下げるカレンを手で制する。
「実際に、そのまま報告されていたら対処しきれなかったと思うわ。生徒が変異した姿が怪物だなんてにわかには信じられないもの」
カレンも同意するように嘆息する。
「私も目の当たりにするまでは、な。とはいえ、すぐにその場を去る判断をせねばならなかったのが痛い。まるで情報収集が出来なかった。別の場所での単騎戦闘のトラブル対処に向かわねばならなかった」
私はその判断もカレンならばきっと最善を尽くしたのだと思う。彼女はそういう人であることを知っている。
「そして、何か知っているであろうピグマリオンだが、相変わらず黙秘を続けていて埒が明かない」
カレンの言葉を聞き私は口元に手を当てて考え込む。西部とは大きく異なるこの東部の状況は果たして、よかったと安堵しても良いものなのかしら?
「そう、西部に比べると東部はかなり小規模な事件だったようね」
「……ああ、東部での単騎模擬戦闘訓練で起きた事の顛末は以上だ。これ以外の事は……起きていない」
カレンが僅かに言い淀む。きっと何かあったのだろう。だが、今回の件とは別の事でしょうね。関係あるなら隠すようなことはしない。カレンに対して私はそれくらいの信頼も理解もある。
「報告ありがとう、感謝するわカレン」
小さく息を吐く私。カレンは椅子から立ち上がり、微かに乾きはじめたカップに新しく飲み物を注いでくれる。
私の好みを今も覚えていてくれたのだろう。久しぶりに飲む彼女の淹れてくれた紅茶は実に美味しい。
湯気立つカップを手に取り香りを再び楽しんでいると、カレンは正面に再び座った。
「ディアナ。西部はそんなに酷かったのか?」
カップに注がれた紅茶に映る自分の顔を見ながら小さくフーっと波立つように息を吹きかける。
微かにカップの縁に口元をつけると少し熱い。すぐさま唇を離してぺろりと舌で軽く舐め、カップをソーサーに置いた。
「ええ、私も現場を見た訳じゃないんだけど、報告では多数の生徒が巻き込まれる大惨事だったらしいわ。行方不明の生徒もいるとか」
カレンの表情が曇った。無理もない。東部で起きている事よりも桁違いの事態の発生。
もしそれが、ここ東部で起こっていたなら……想像の中とはいえ今後の学園の生徒達の事を慮っているのだろう。
「行方不明……? マキシマム先生は?」
眉尻を下げて心配そうにするカレンに笑みを向ける。彼女の手元に掲げられたカップからも湯気が立ち昇っている。
「先生は無事みたい。ピンピンしてるって」
僅かにほころぶ口元を私は見逃さなかった。こういう所がカレンは昔から可愛い。心を許す相手にだけ見せる表情の機微。変わってないな本当に。
普段は全然笑わないくせにね。
「それはよかった」
カレンには悪いけど、ここからの話をすると昔みたいな難しい顔をさせてしまうかもしれない。
そのことを申し訳なく思う。でも、今の私の立場であっても、一人ではどうすることも出来ないような事態がこの国に起きている。
彼女の力が、カレンが今の国の状況とこれからを考えれば、国の騎士達には必要だ。
「でも、国ではそこまで楽観視も出来ない状況になっているわ」
だが、普通に話をしても彼女は首を縦に振らないと思う。ここへ来る途中に入った情報もその為に使う。本当に私は、嫌な女だわ。
カレンが義理に厚い人間であることを誰よりも強く知る私だからこそ取れる手段。
「……カレンには話しておいてもいいと思うから、伝えておく。ただ、箝口令がリーリエさんから出されている内容も含まれるから、他言はしないで」
「箝口令? あのリーリエさんが仕事を?」
「ああ、確かにまず驚くのはそこよね」
「そうだな」
二人でクスクスと小さく微笑む。
私は口元を結び直して、そのまま告げる。
「で、まず一つ目。今回の事態で学園外でも、モンスターという名前が付けられた今回現れた存在達が大量に発生した。その混乱で騎士達が各地へと飛び回って解決にあたっていたんだけど、その結果、3人の九剣騎士がその戦いで、死んだ」
「なっ!?」
カレンは思わず立ち上がりそうなほど目を剥いて驚いていた。無理もない。
「そして、東部学園都市コスモシュトリカに向かう道中にもう一つの報せが入ったの。これが骨の髄まで仕事嫌いなリーリエさんが箝口令を敷くために動いた理由であると私は思ってるけど」
「……」
「一の剣、アレクサンドロ様が英雄碑の近くで何者かに命を奪われた」
「ッッ!? なんだと」
カレンは堪らず椅子から立ち上がる。それはそうだ。
事実この報せが届いた時は、私も椅子から立ち上がっていたもの。
「この報告をここへ来る途中に聞いて、私もどうするか迷った。王都に引き返すべきなのか、ここへ来るべきなのか。結果的にはこれから先を見据えて調査をしておくことが優先だと考えてここに来たけど」
「……」
カレンは落ち着かせるように椅子に座ってカップの飲み物に口を付けた。ここまで動揺しているカレンは珍しいと言えば珍しい。
だが、それも私の前であるから見せてくれている姿であるとも思える。
生徒の一人でもここにいたならこんな姿は見せなかっただろう。
カレンはそういう人間だ。
「現在の九剣騎士は残り5名というのはこの国の騎士の歴史からみても異常事態……確か昔の統一大戦中期の大きな戦いで九剣騎士が6名になった記述が残っているけど、今回はそれを越えるほどの事態ということになるわね」
「大きな戦いのないはずのこの時代に……」
「……そう、大きな戦いなど存在しないはずの時代に4人も九剣騎士が死んだ……このままでは国の存亡にも関わる恐れがあると言っても過言ではないわ。ねぇ、カレン。これはまだ私の独断なのだけど」
「?」
「……王都に戻ってきてほしい。その、足の怪我はもう実際には癒えて、いるんでしょう? 元二の剣、森羅万象の守護者。カレン・エストック」
カレンはソーサーごと抱えていたカップをテーブルに置いた。
「……ディアナ」
やっぱりね。こういう顔をさせてしまうことは分かっていた。心がきゅっと締め付けられる。
あの日、魔女オスタラを逃がした日。
私達の前に立ちはだかり、騎士の誇りと自分の正義を貫こうとしたカレンのその姿は今でも思い出せる。
あれから後に、私が、このディアナ・シュテルゲンが、この手でオスタラを討ち取ったという事をカレンは当然もう知っているだろう。
あの時の事は未だに誰にも話せていない。
ただ、ディアナが討ち取ったという事実だけが国中に広まっているだけ。
この私が抱える真実を話せるのは、カレンしかいないだろう。
しかし、私にも真意が汲み取れないオスタラの残したあの言葉。
カレンなら或いは、分かるのかもしれない。
だから、もう一度。貴女と共に九剣騎士として、対等に。
ぎゅっと手を握り込む。そう、状況は刻一刻と悪くなっている。
私の予想ではおそらく、九剣騎士は今後も何者かに狙われ続ける。
そんな渦中に再びカレンを巻き込むことに罪悪感がないわけじゃない。
これは私のただの我儘なのかもしれない。
もう一度、一緒に。
けど、今はそんな本心を隠す。
九剣騎士としての責務を果たす騎士として。
「カレン。正直に話すと、今の騎士団内には九剣騎士に任命される程の器をもつ騎士が正直いないの。惜しい人材はいくらでも吐き捨てるほどいるけど、九剣騎士の肩書は簡単に任せられるものじゃないのは貴方も知っての通りよ」
「……」
「その点、カレン。貴方なら復帰するのに障害はない。懸念されている足の怪我だって実際には癒えているものだと私が伝えれば王族も問題なく認めてくれるはず。多くの騎士を従えリーダーシップを取れるほどの騎士が致命的に今の騎士の中にいないの」
「……ディアナ、そういうことなら君だっているじゃないか? アレクサンドロ様の代わりなど他の誰にも出来はしないだろうが、求心力のある君なら……付き従う者は多いはずだ」
正論だと思う。確かに自分で言うのもなんだが多くの者達が私を慕ってくれている。これまでと同じ状況ならばそうした立場に自分が立つこともやぶさかではなかっただろう。
だが、今回のような未曽有の有事となれば話は別だ。
「そうね。でも、私は正直、人を引っ張るのは苦手。先頭切って勝手に突っ込んで戦う事なら知っての通り昔から得意。でも、多くの者に瞬時に適切な指示を後方から出せる指揮官として立てるのか? といえば不安が残る。まぁ、カレンに思う所があるのは知っていての今回の進言よ。しばらくここに調査で滞在するから帰る頃までに返答くれればいいわ」
「……」
「貴方の力が今の九剣騎士には、絶対に必要なの。アレクサンドロ様の穴を埋めるなど、他の人には出来ないけど、カレンなら出来るんじゃないかって、私は、本気で、そう思っているから」
カレンは自嘲気味に俯いて笑うとソーサーを持ちあげて紅茶を啜った。
「私を買い被りすぎだ。現役の九剣騎士である君にすら、及ばない程の力しか今のわたしにはないよ。ディアナ」
その言葉に一瞬、この場でカレンに立ち合いを申し出ようかという考えが頭をよぎる。
だが、学園内ではカレンは足が悪いという事になっているはずだ。
私はここへ、カレンを困らせに来たわけじゃない。
冷静になれ、私もアレクサンドロ様の訃報に少し気が動転しているだけだ。
最後に任されたここへ来た目的、その最初の目的を果たすのが先決でしょう? そう言い聞かせる。
優先順位を間違えちゃダメよディアナ。
「……学園内の散策をさせてもらうわ」
席を立ち、カレンへとそう告げる。
「ああ、何かあればすぐに知らせてくれディアナ」
「カレン。夜は久しぶりに一緒に食事でもしましょ」
「ああ、わかった。また後で」
私はゆっくりと部屋を後にして、学園内を調査、散策する事にした。
一度屋上へと昇り、学園内を一望するように、視線を遠くあちらこちらへと向ける。
頭上の陽は高く輝き、暖かいはずだが、自身の鎧の中にそれよりも高い熱がこもっていた事を教えてくれる。
髪を撫でる風に目を細めると、遠目に私の見知った子が視界に入った。
「スカーレット。そうか、東部に、居たのね」
昂っていた私は、もう一つの昂る再会を目の前にしてその胸の内を留めることが出来ないでいた。
スカーレット・ルビーネ
そういえば学園で彼女はどう過ごしてきたのだろうか?
彼女との昔の約束も当然、忘れてなどいない。私はその姿を食い入るように見つめる。
今で、いいのだろうか? このタイミングでもう一度あの子にあの時の問いを投げかけてもいいのだろうか?
まだ、今は早いのではないだろうか?
考えながらずっと見つめてしまっていた為か、視線に気付かれたのだろう。
彼女の瞳が屋上を見上げる私を捉える。
視線が交差する。
私が気配を殺していなかったとはいえ、あの子はこの距離で気付いたのか?
胸が高鳴る。どれほどの意思でここまで来たのか、並みじゃない事は今の一瞬で分かる。武者震いする身体。
槍を握る手に思わず力が入る。
かつて騎士になりたいと言ったスカーレットに厳しい言葉を投げかけた。
泣きじゃくるあの日の少女の面影は視線の先の姿からは感じられない。
成長した彼女は、この私から目を、一切逸らさなかった。
あんなに強い目を、する子だっただろうか?
会ってない数年に思いを馳せる。
こうなっては、流石に避けるというわけにもいかないだろう。
私は、彼女に向かって屋上から飛び降りた。
続く
作 新野創
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