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160 実力以上の差
「それではまず、交流模擬戦の第一戦目を行います。両者広場中央へ」
遠征宿舎の広場を囲むように東西の生徒達が見守る中、これから戦う二人の生徒以外がその広場から離れていく。
正面を切って向かい合った二人は視線をぶつけ合い火花を散らす。
交流戦と言いつつもイウェストがなかった今年の東西の優劣が公式ではないものの、生徒達の記憶に刻みつけられてしまう事になる。
空気を察してか周りは沈黙し、二人の様子を見つめている。
後頭部へスラリと伸びる赤い髪。一本に結われたおさげを揺らしてスカーレットが綺麗に腰を折り、お辞儀をする。
「随分と礼儀正しいんだな」
「当然だ、騎士たるもの礼儀、礼節は必須」
フェリシアは同意するようにしつつも皮肉めいた言い回しで答える。
「いい子ちゃんが生き残れるほど、甘くはねぇ世界と思うがな」
確かに、と思い当たる節があるように口の端で笑いつつ返答する。昔は確かにそうだったかもしれないとスカーレットは自嘲気味に微かに笑っている。
「いい子ちゃん……かどうかは始まればすぐにわかる」
「??」
後方から東部の生徒が5人がかりで何かを運んできて地面へと軽く投げ置いた。
「ありがとう」
スカーレットが頭を下げると軽く会釈をして5人とも汗を垂らしながら肩で息をしつつ戻っていく。
「んぁ?」
その様子を呆然と見守るフェリシアは良く分からない表情で首を傾げる。周りの西部の生徒達がざわついているのが分かる。
「ヒボン先輩、なんですかねあれ?? 知ってます?」
リリアがヒボンへと問いかける。
「う、う~ん、なんだろうね。斧かな? にしてはあまりにも大きすぎるような気もするけど」
遠く対面にいるエナリアが愉快そうに笑みを浮かべているのが分かる。
「なんだ? そのどでかい得物は? もしかしてそれがお前の武器なのか?」
フェリシアが腹を抱えて笑ういながら言い放つ。
「はは、おいおいこっちは大道芸に付き合うために参加を決めた訳じゃないんだけどな」
そう言って抜き去った剣の切っ先をスカーレットへと向けた。フェリシアが手にしている剣はやや小ぶりで湾曲した独特の形状をしており、クルクルと器用に振り回しながら腰を落として構えて見せた。
「何分持ってくれるのやら」
スカーレットはしゃがみ込んで柄を握り込んだ。
「こちらからすれば大道芸はそちらだと思うがな」
そう言うとスカーレットは涼しい顔をして足元に置かれた斧を片手で持ち上げてみせた。
「あ?」
フェリシアは面食らっている。それは西部の生徒達の中にも伝播していく。
「ヒボンさん、さっきあれ、5人くらいで運んできてました、よね??」
リリアの目がこれでもかというくらいに見開かれている。
「うん、確かにそうだね、そのはずだけど。手品、な訳ないしねぇ。いやぁ、参ったねこりゃ」
ヒボンが苦笑いを浮かべている。
「これは大双刃斧と言ってな、私の愛用の武器だ。初めて見るだろう?」
斧を構えたスカーレットの様子に気圧されず、フェリシアは尚も挑発してくる。
「だいそうじんおの? ふぅん、そんな鈍くさそうな武器であーしの動きについてこれんのかねぇ」
スカーレットは静かに立ったままで小さく呟く。
「始まればすぐにわかる」
静寂が辺りを包み込み開始の合図を待つ生徒達の眼差しにハッと我に返ったヒボンは慌てて声を張り上げた。
「ルールは一つ、僕かエナリア会長が止めた場合にすぐに戦闘行動を中止すること。それでは遠征交流模擬戦、第一戦目、開始!!」
合図ともに先行して飛び出したのはフェリシアだった。スカーレットの目の前でその足元を蹴り上げて砂を舞い上げるように土煙を浴びせかける。
「もらった!! はい、瞬殺!!」
土煙を目隠しにスカーレットの背後を取ったフェリシアが無防備な背中へと切りかかった。鋭い剣閃が届く直前にその剣は大きな音と共に激しく弾き飛ばされる。
「う、おおおおおおお」
フェリシアの腕が突如の衝撃に襲われ、手が痺れて剣を取り零した。
「なんだこりゃ、手に力が入らねぇ」
カランカランと湾曲した剣が地面へと落ち、フェリシアが痺れてだらりとした腕から視線を上げると剣を弾き飛ばしたままの勢いを殺さず振り上げられた大双刃斧が視界に入る。
「マジかおい」
確かに片手で持ったのは驚いたが、これほどに大きな武器である大双刃斧がこのような速度で振るわれるとは想像の埒外だった。
「瞬殺されるのはそちらだったな」
大双刃斧の刃先ではなく、まるで大きな手の平でビンタでもするように側面をはたき振った大双刃斧の衝撃がフェリシアへと襲い掛かる。
痺れが全身へと駆け巡って咄嗟に回避の出来ないフェリシアは歯を食いしばり身体の前で痺れた腕を全力で交差させて防御することを選択した。
「グッッオオオオオッ」
力を込めて耐えようとするも衝突時に届いたガツンという重厚な衝撃音と共にフェリシアの身体は耐える事など出来ず土煙と共に広場の端まで吹き飛び、転がって倒れた。
西部の観戦者達がシーンと静まり返る。まさかあのフェリシアが一撃で吹き飛ばされるなど想像していなかった。
相手への油断や挑発があったフェリシアと慢心なく初手から全力だったスカーレットの心構えの差。
実力以上にその心持ちによる差が顕著に結果へと繋がった。
よろよろと立ち上がろうとするフェリシアだが受けた事のない攻撃の重さに身体が言う事を聞かない。
日頃から相手の攻撃をかわして翻弄して戦うスタイルである彼女はここまでの攻撃を受けること自体が初めてだったのだ。
それも全てあんな巨大な武器による攻撃速度では自分には決して当たらないという驕り、心の隙だった。
「クッソがああああああ」
叫ぶも攻撃を受け止めた両手がだらりとしたままで起き上がる事が出来ないでいる。
思わずヒボンは声を掛ける。
フェリシアはこの遠征での重要な戦力でもあり、ここから先の遠征でも中核になる存在だ。
彼女には悪いがここから先を見れば今回はここで止めておくべきだと判断を下した。
「ストップ!! そこまで!! 東部学園都市、スカーレットさんの勝利です」
「ヒボン!! てめ、あーしはまだやれるってんだよ!!」
倒れたまま激しく叫ぶも身体は動かないようで、その場に救護の生徒達が急ぎ向かい彼女を運んでいく。
あっと言う間の出来事だった。
西部の生徒達はどこかで東部学園都市の者達を甘く見ていた。ここ数年のイウェストで西部の勝利が続いていたことで気付かないうちに彼らを格下に見てしまうようになっていたのだ。
フェリシアもおそらく同じ心持ちで交流戦に挑み、そして負けた。
知らない期間に東部は信じられないほどの成長を遂げているのかも知れないとヒボンは認識を改めていく。
そして、鮮烈な勝利を収めた大双刃斧のスカーレットという名はこの時、この場にいた西部の生徒達の記憶に刻み込まれていく。
風に靡く紅く長いおさげと自分の体躯よりも大きな両刃の斧。
まるでその重さがないかのようにクルクルと器用に、最初にフェリシアが剣でした動きを真似るようにした後、肩に担いでエナリアに向けてニヘラとした顔でVサインを向ける。
「いやっだぁ~、エナリア様ぁ! わだす、やっでやりましだよぉぉお」
素っ頓狂な声が広場にこだまする。
周りの視線に気づくとすぐさまハッとしていつものキリリとした表情に戻すが時は既に遅く、発した言葉は戻らない。
「あ」
広場が突如としてドッと大きな笑い声に包まれた。
「ん、んん。コホン。これくらいは当然の事だ、当然ことだッ!! 笑うなお前らーーーーーー!!」
「ふふ、あの子ったら……仕方のない」
エナリアはクスクスとその様子を眺めつつも自信を漲らせた表情をヒボンに向ける。
まるで今の東部学園都市は昨年のイウェストまでとは違うぞとでも言いたげな、そんな気配すらあった。
ヒボンはまさかフェリシアがこんなにも簡単に敗れるとは想像をしておらず、彼の頬に小さ汗の滴が流れていくのだった。
つづく
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