130 無邪気の風来
スタートとゴールにもなっている校舎棟から少し進んだ先にある平原。
そこではメルティナとカレッツ、そしてもう一人の人影が何かの準備を終えて待機していた。
「ふぅ、とりあえず準備が出来たけど、これで本当に大丈夫かな?」
不安そうな面持ちでカレッツは汗をひと拭きした。
「ええ、あとはカレッツさんのアピール次第です」
「うわぁ、プレッシャー」
拭ったそばから緊張により発汗するカレッツに微笑む。
「もしかすると皆さんが既に先頭になっているという事も考えられますし、大丈夫ですよ」
「それを信じたいところだね」
カレッツの視線の先にはコースを誘導するような配置で案内板が立ち並ぶ。
ゴールはコチラです⇒
と書かれた立札が無駄のない自然な配置で並び、ゴールへの道筋を示すように演出されている。
その示す先は実際のゴールとは別の方向へ向かっていくようになっている。
生徒会メイン班が時間を稼ぐために残った生徒会のサブ班が設置した罠。
「それにしても良くこんなこと思いついたよねメルティナちゃん」
カレッツは感心したようにメルティナの作戦に頷いている。
メルティナが生徒会班が先頭に追い付くまでの時間を稼ぐ作戦として立案したのがこの偽のゴールを作る事だった。
「はい、最初に一度戻る事を提案した時点でこの手は考えていたんです。勿論、生徒会の方々が最後方から絶対に追いついてくれるという信頼があって
こそではあるんですけど」
メルティナは不安そうに目を細める。この作戦は綿密に練り込まれたものではなく思い付きのものだ。
先頭でここまで来た班の誰かに見破られるようであれば自分達が直接足止めをする必要も出てくる。
エナリアが地道にここまで繋いできた生徒会長としての自身の信用を盤石なものとするために力を示す。
東部学園都市内で貴族出身の生徒会長を認めさせる道。勝ち取るための最後の一手。それが多くの生徒が見ている前での圧勝劇である。
東部学園都市の意思を統一するというエナリアの悲願を果たすには注目されている中で力を示して、本当のリーダシップを得なければならない。
「普通はこんな方法思いつかないと思うよ」
「ふふ、昔、よく森の中でかくれんぼしてたんですよ」
「かくれんぼ? それなら僕も屋敷で召使たちとやったことあるけど」
カレッツは懐かしげに語る。しかし、それがどうして今回の作戦に紐づくのかに関しては訝し気な表情を浮かべる。
「で、その時に、長い時間見つからずに隠れていられるように、自分の居場所をカモフラージュしたりすることがあったんです。それがヒントでした。簡単に隠れてもシュレイドやミレディアがすぐに見破ってしまうので本当に大変だったんですから」
「なるほど、それでこんなものを作ろうとしたわけだね」
「はい、目的がゴールであるなら偽物のゴールを作ればいい。けど、これは初めての企画でゴールがどんな様子か誰も知らない今回のみの奇策です。障害物競走である事の裏をかいて、偽のゴールでもあり、ゴール前の最後の障害物を増やしてしてしまうという重ねの罠です」
「僕らに戦う力があれば実力で先頭集団が来たら止められたと思うんだけど到底無理だしね」
「それに一番最初の罠も利用させてもらいました」
「どういうこと?」
「落とし穴です」
「……あるの?」
「はい、ゴールを案内するようにしているルートを通過して入り込んだエリアをぐるりと取り囲むようにしたありますので、一度偽のゴールエリアに入ると出るのが少し面倒なはずです。インヴィさんが作ってくれました」
「インヴィ?」
「はい」
「え、あ、お、そうだったね。ありがとう、えと、インヴィ君、だよね」
「いいんだよ。僕も役に立ててよかったよカレッツ君」
そう言いながらインヴィはメルティナをじっと見つめる。その視線に気付いたメルティナは首を傾げた。
「インヴィさん?」
「僕が君に名乗ったの生徒会に入って最初の会議参加の時だったよね」
「はい、そうですけど?」
「覚えてるの?」
「勿論です」
「そう、ふむ」
「あ、何か気に障る事でもしてしまったのでしょうか?」
「いや、何でもないよ」
そういうとインヴィが視線を遠くへと向けて呟いた。
「来る。先頭が」
途端にメルティナとカレッツに緊張が走る。まずは生徒会班がこの時点で追いついているのかどうかが第一の焦点だった。
だが、この時点での目論見は一つ外れる。
「カレッツさん! パターンB準備です!!」
「う、うん任せて!!!」
そういうとカレッツは偽のゴールへと向かう道のスタートに向かい走り出した。
「僕が先頭だぞぉ―――――もうすぐでゴールだ――――!!!!」
その直後に数名がカレッツの背中めがけて走り込んでくる。人数的に3班~4班規模の先頭集団だ。人数にしておよそ15名前後が固まって走っている。
残念ながらその中に生徒会班は居ない。だが目論見通り前を走っているカレッツの後を追いかけてくれている。
「かかった!? けど」
岩陰に潜んで様子を見ていたメルティナは通過する生徒達の速さに気付き身を乗り出す。
「こんなに早いなんて、偽のゴールラインを越える前にカレッツさんが追い付かれちゃう」
「僕に任せて」
そういうとインヴィは岩陰から飛び出してカレッツを追う者達の背後について走り出した。
想定ではゴールを越えた辺りでカレッツに追いつくという予想で距離などを計算して組み立てていたが今にもカレッツは追いつかれそうだった。
「インヴィさん、一体どうするつもりで」
次の瞬間、後方を走るインヴィと呼ばれた生徒は走りながら左手を前方に掲げた。
「………………」
インヴィの口元が微かに動く。
「ん?」
カレッツを追う集団後方にいる制服の上に白衣を羽織った生徒がインヴィの動きに気付いて反転する。
「……これは、魔力?」
直後、白衣の生徒は懐から何かを取り出して自らの前に掲げた。
と同時に突然、突風が吹き荒れてカレッツ諸共、全員を偽のゴールに向けて後方から押し飛ばしていく。
「きゃあああっ」
メルティナがいる岩陰やその周辺にも大きく風が凪いでいく。
ビュオオオオと突然の突風に速度を出して走っていた者達がバランスを崩して前のめりに転がりながらゴールラインを越えていく。
「カレッツさん!!」
カレッツも彼らと共に飛ばされて遠くへと転がっていく。
白衣の生徒だけは、どうしてか風の影響を受けずに先ほどの場に立ったまま後方からくるインヴィを迎え撃つ。
「あれ? 君の身体には、もう魔力が戻っているのかな? 計算ではまだ人に魔力が戻りゆくのはこれから徐々にだと思っていたんだけど、おかしいな」
白衣の生徒とインヴィはぶつぶつと何かを呟いている。
「……この人も、僕を知覚、認識している? 全く最近どうなっているんだか、これも報告かな。その前に目の前の事を片付ける必要がある、か」
インヴィがキッと目線を鋭くする。
「丁度いい、新しい魔道具を試してみたかったんだ。君ならいいデータが取れそうだからしばらく付き合ってもらうよ!!」
二人が対峙してまもなくどこからともなく笑い声が響いてくる。
「キャハ、キャハハ、キャハハハ、なんだかおもしろそー」
小さな子供が一人でこの場所にいる不自然さにメルティナもインヴィも、そして白衣の生徒も目を奪われる。
「人を迎えに来たんだけど、ぜーんぜん見つからないし、ちょっと遊ぶくらいはいーよね」
圧倒的な違和感がそこにある。言葉には出来ないその違和感は直感的にメルティナに声を上げさせる。
「インヴィさん!!!!! 避けて!!!!!!」
「え?」
その声に気付くより先にインヴィの左腕の肘から先が回転しながら宙を舞う。
「ウワアアアアアアアアアアア」
インヴィがその場で切断面を押さえてうずくまる。
白衣の生徒は上着を脱ぎ捨てその小さな子供から飛びように距離を取る。
「あれ? 見えたの? わぁ、すっごいねぇ、久しぶりだからたのしいい~~~~」
彼女が何かしたことは遠目から見ても間違いない。けれど、その方法が全くメルティナの位置からは分からない。
「なんなの!?」
無邪気に笑う子供はニコニコしながら周囲を見渡していく。
「15人くらい? ちょっと少ないけど、しょうがないよね」
そういうと彼女の姿が視界から消える。
「えっ、どこに?」
メルティナが視線を彷徨わせるとゴールラインの先ほど吹き飛ばされた生徒達がいる場所にいた。
白衣の生徒もその気配に気づいてゴールの方を見た。
「カレッツさん!!」
先頭集団のいるこの場所が、突然の来訪者により混乱に陥る。
「キャハハハ、ねぇみんな、特別だよ? 今日はねーぇ、暇だから一緒に遊んであげるー!!! えへへ嬉しいでしょ? ほら、みんなでトリオンと一緒にあそんじゃおー!!」
敵意、殺意など全く感じないただただ無邪気で興味深げに輝く無邪気なそのまんまるな可愛らしい瞳がこの場にいる生徒達に向けられる。
そこにある違和感。全員の身体はその非現実に直面したことで硬直し痙攣し始めていた。
つづく
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