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115 昔日の剣振音

「エントリーナンバーァアアアアアアア!!!!」

 司会の生徒の声が響き渡る。
 東部学園都市での学園祭初日。いきなりの大盛り上がりを見せているミスターコンテストの会場。
 参加している男子生徒達がそれぞれ自分の魅力を最大限に見せて振舞い、いつもの学園生活とは異なる姿で僅かな時間をステージ上で過ごす。
 それを見守る多くの者達の歓声が地鳴りのように、まるで鬨の声をあげるようにも聞こえ、改めてここが騎士を目指す場所であることを思い出す。

「シュレイド・テラフォール!」

「きゃあアアアアアアアアアアアアアアア」

 その名が告げられた瞬間に、ひときわ大きな歓声を上げる女生徒が居た。全力でステージの上を見ようと身体を震わせてぴょんぴょんと飛び跳ねている。

「シュレイドくぅううううううううううんんんんん、早く登場してぇええ!!!!」

 ピンク色の髪の合間から青い髪が覗くように飛び跳ねる度にひらひらと宙を舞う。
 だが、周りの多くの人間も今はそんな様子には目もくれず、気にも留めずに誰しもがそのステージに注目する。

 その中で大きな声に反応した二人組が視線を遠くから飛び跳ねるサリィへと向けていた。 

「あの声、サリィちゃんだよね?」

「間違いなくそうだね」

 メルティナとミレディアはその声の主を見つけて微笑む。

「確かにアイツはめちゃくちゃいい奴ではあるけど、どこがそんなにお気に召したんでしょうかねぇ?」

 そういってチラリとメルティナに目配せすると、ふふと笑う。

「ミレディ。そういうのは本人だけにしか分からない所があったりするものだと思うよ」

 口元を添えるように上品な仕草で笑うメルティナの態度に少し眉をひそめてミレディアは問う。
 一瞬歓声すらも忘れるほど、その言葉はメルティナの耳と心を叩く。

「なら……メルはいいの?」

「えっ」

 何のことを言っているのか隣に居る少女にはわかるのだろう。それほど長い年月を共にしてきた。隠し事は出来ないとは分かっていた。
 ただ、それでも彼女は自分の心をそっとしまい込んだ。
 自分では見ることが出来ないその心の奥底へ。

「平然としている場合じゃないでしょ?」

「え、私は別に」

 ジト―っと僅かに見つめ「ふぅん」と呟いた。

「なによミレディ」

 そんな彼女に珍しく頬を膨らませて茶化そうとするメルティナ。
 それを真剣な目で見つめる瞳がそこにあった。

「後悔だけは、しちゃだめだよメル」

 その言葉に込められた重さが心にドシリと圧し掛かる。きっとその言葉は本当の後悔を知っている人間の言葉であろう事がはっきりと分かる。

 ただ、そんな言葉を受けて尚、それを素直に認めて表へとそれを出すことは出来なかった。
 そんな事は自分には許されないと自罰的に思ってしまうメルティナにはそれを言葉にすることは絶対に叶わない。

 いつからか、もう覚えていない程に昔から抱き続けたその想い。

 きっと死ぬまで伝える事はない。そう決めていた。

 ただ、少しでも長く傍に居られればそれでいいと彼女はただ願い乞うのみだった。

 だからミレディアもそれ以上、何も言わなかった。言えなかった。

「……あ、出てきたよ」

 話題を大きく逸らすようにステージに視線を向ける。とそこにはずっと見てきたはずの、けれどまるで見た事のない人物がいた。

「え、ええっ!?」

 心底驚いたメルティナの真ん丸に見開かれた顔に釣られてミレディアがステージをみると、途端にブフゥと吹き出した。

「ぅえ、シュレイドぉおおおお!? あれシュレイド!? うそでしょ??」

 あんぐりと口を開けて二人は硬直すると思わずそう言わずには居られなかった。

「かっこいい」
「かっこいいじゃん」

 思わずポツリと二人して同時に呟いた。
 いつもは身嗜みなど全くと言っていいほど気を遣っておらず、寝起きでぼさぼさのままの頭で毎朝起きて、剣を振って過ごす姿しか知らない二人。
 動きやすいラフな服装ばかりの記憶しかなく、目の前でまるで貴族の家に生まれた人物であるかのように見えるシュレイドの姿は新鮮で刺激的すぎた。

 昔から変わらずに見続け、見慣れ、見飽きる程の人物のあまりの豹変ぶりに二人は混乱する。

「いや、まぁ見た目が悪いわけじゃないのは分かっていたけど……ここまでとは」

 ミレディアが感嘆して息を漏らした。

「……」

 メルティナは呆けるように見つめていた。周りの多くの女生徒も同じであるようでこの場のざわめきが静寂に支配された。かと思うと途端に地鳴りのように黄色い歓声が上がる。

 その様子に何かを閃いた表情を浮かべるミレディアはにんまりとしてステージを見続けながら話しかける。

「そういえばメルティナもミスコンに出るんだよね?」

「う、うん。生徒会は全員参加だって」

「シュレイド見てたらなんだか面白そうになってきた。あたしも出てみようかな? まだ間に合うっけ?」

「女生徒のミスコンテストがあるのは双校祭の最終日だから、まだ大丈夫だと思うよ」

 ステージ上に立つシュレイドの姿から目が離せないまま視線は交わさず、二人は会話していた。
 会場にいる他の人達も目を奪われているようで、そのほとんどの視線はシュレイドに注がれている。

 一部の男性、または男子生徒の中には崩れ落ちて、悔しがる者達もチラホラいるようだ。
 
 そういえばと気付くと、シュレイドの登場前におそらく会場内で一番騒いでいた人物の声が全く聞こえてこない。
 先ほどまで一人でうるさいほどに叫んでいたサリィの声が静かになっている。
 見ると両手で口元を抑えて耳まで真っ赤にのぼせ上りガッチガチに硬直したまま微動だにしていなかった。
 その頭上からはまるで湯気が見えそうなほどでチラリと見えた耳は髪色のように染まっていた。

「貴方達」

 その時、背後から声がかけられた。集団の最高峰から遠巻きに眺めていた二人の更に後ろから小さい声であるのにも関わらずこの歓声をつんざくように届く。

 聞き慣れない声だった。

「今、ステージに立っているのがシュレイド・テラフォールという子なの?」

 その名前に反応して二人が振り向くと、やはりお互いにその姿に記憶はない。見知らぬ女性は凛とした出で立ちでステージを見つめている。

 もちろん学園の中にも人は多い為、どこかで会っている可能性があるのだがこの状況で判断するのは難しい。
 順当に考えれば学園祭の期間という事もあり、おそらく学園の外から来た人なのだろうと二人は推測する。

 彼女の放つ独特な雰囲気に呑まれそうになる。あまりにも隙のないその佇まいにミレディアは違和感を覚えるもピリピリと背筋を走る感覚の方が瞬時に勝り、目の前の女性が自分よりも遥かに強い事を悟っていた。

 そんな女性がどうしてシュレイドを気に掛けているのかは分からないが、周りで歓声を上げている人物達とは異なる興味を持って見つめている事は明白だった。

「え、はい」
「そうです、けど」

 チラリと目線だけ二人と交わし一言。

「そう、教えてくれてありがとう」

 と礼を言った。女性はそのまま静かにステージを見つめていた。どこか愁いのある寂しそうな視線だった。

 ただただ視線を外さずにそっとシュレイドの姿を食い入るように見つめ続けている。

 その様子が気になったメルティナが声を掛ける。
 もしかしたらシュレイドの知り合いなのだろうか? と考えての事だった。
 これまで長く過ごす中で、目の前の女性に出会ったことは自分はない。
 ただ、どうしてか彼女のその眼差し。不思議と自分の昔の事を思い出さずにはいられない一瞬があった。

「彼がどうかしましたか?」

 ただ次の瞬間には何かに落胆したように、あるいは絶望したように肩を落としているのが見て取れた。

「あの子が英雄の孫、なの?」

 直接的でありつつ懐疑的な言い方にメルティナは首を傾げ、ミレディアが肩をピクリと震わせた。

「……どういう、意味ですか?」

 ミレディアが鋭く視線をぶつけようとして、チラリと一瞬向けられた瞳に身体が硬直して背筋がぞわりとする。
 本能が動かない事を強制しているみたいだった。

(この人、只者じゃない。それに)

 こちらから見るでなく、相手から見つめられたミレディアの身体が震える。
 それと同時に以前、救護室の先生に問いかけられた言葉がミレディアの脳裏をよぎる。

(本当にあの子はグラノくんのお孫さんなの?)

(もしかして、この人、シュレイドの昔の事を知ってる人?)

 女性は一度だけ瞬きをするように目を瞑り、張り詰めた気配を切って目を開ける。

「怖がらせてごめんなさい。今の学園ではあなたのようにちゃんとした強者も育っているのね。素晴らしいわ」

 ミレディアに向かって賛辞を述べる。

「強者?」

 明らかに自分よりも高い位置にいるであろうその女性の評価に戸惑う。

 ステージでは司会の人が話を進めており、シュレイドの特技を聞いている所だった。

「貴方、学生にしては相当強いでしょう? 身体も、心も。一目見れば大抵の事はわかるわ」

「?」

 そう言うと踵を返してステージを背にして歩き出した。

「あの、もう行ってしまうんですか?」

 唐突にメルティナが女性を恐る恐るではあるが呼び止める。

「……シュレイドに会っていきませんか」

「メル!? ちょ、いきなり何言ってんの?」

「……」

「ここからだと遠かったですし、その、見にくかったかもって」

 彼女は立ち止まり。後ろ姿のままで問う。

「……貴方も、ここの生徒なの?」

「はい」

「そう」

 背中越しに会話している為、その静かな様子からその心中までは読み取れない。

「貴方は不思議ね。こんなことは初めて、底が見えないわ。これはどういう事なのかしら……」

 ビクリと身体を震わせてメルティナは押し黙る。それ以上自分の話はされたくないというような意思を見せると彼女は汲み取り、ただ先ほどの提案に後ろ向きのまま返答をする。

「会う必要はないわ。近いとか遠いとか、そう言う事ではないもの。一目でわかる。私には関係ない人だと、所縁はないと理解した」

 やや理解しがたい返答をした瞬間、ヒュンっと風を切る音が雑踏の中で会場に響き抜け、耳を切り裂いて撫でるように後方の三人の居るこの場所まで届く。

 瞬間に女性は目の色を変え勢いよくステージへと驚いた顔で振り向いた。その変貌にメルティナとミレディアの二人も驚く。

「!? 鞘に納めたままで振る時のこの剣速音は? どうして、あの子から?」

 メルティナとミレディアも彼女の視線に追随してステージを向くとシュレイドが鞘に納められたままの剣を用いて演武をしていた。
 またこうして剣を振る事だけは出来るようになっている。これまでは当たり前だったその姿。

 久しぶりに見る姿に二人は思わず安堵する。

 対照的に驚愕の表情でシュレイドを見つめるその女性。その表情には困惑の色が大きく滲む。

「どうして?」

「あの、大丈夫ですか? 顔色が」

 女性の身体は震えていた。その様子は尋常ではない動揺が見える。

「あ、あ、あ、違う、違う。本当ならあの子が」

「……」

 メルティナはその様子を見て、即座に意識を運営側の生徒会としての役割に切り替え声を上げる。

「ミレディ!!」

 ハッとするミレディも遅れて女性を見て瞬時に状況を判断する。

「あの、肩を貸します!」

「臨時の救護エリアが会場にあるからそこにいきましょう」

「……違う、違う」

 突然の女性の変化に対して冷静にメルティナが指示を出す。

「お願いミレディ!!」

「任せて、って軽っ!?」

 ふわりとその異様に軽い身体に気付く。ミレディアでも簡単に背負うことが出来た。その間も背中から聞こえる呟きが耳に届き続ける。

「あの子を、返して、あの子を」

「「??」」

 訳も分からず錯乱する女性から視線を切り、メルティナとミレディアはお互いに目配せをして頷くと会場にある臨時の救護エリアへ向けて走り出した。


 続く

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