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170 英雄の左腕だった男
ウェルジアも二人から遅れてその足音に気付く。
(こんなに接近していたのに気配がない?)
明らかに学生とは異なるその風貌に警戒をせざるを得ない。この場所は人が到達する事が困難なはずのエリアにある洞窟のはずで誰かがいるなんてことはあり得ない。
「あらあら、こんなに簡単に倒されてしまったなんて予想外ねぇ」
倒れている巨体をそっと撫でるとまるで霧のようにホワイトグリベアの身体は消えていく。
「誰だ!?」
フェリシアが最大級の警戒を持って怒声を含んで問う。毛穴が逆立つほどの臭気を感じ鼻がもげそうになる。これまでに嗅いだことのない匂い。
彼女がその香りを発しているのではない。これは実際に嗅覚を刺激している匂いではなく、本能的なものでフェリシアは表情を強く歪める。
「そんなに構えなくても大丈夫よお嬢さん。貴女には全く用はないから」
確かに彼女の視線はまだ一度もフェリシアに注がれていない。
「なに?」
フェリシアをまるで見ようともせずに彼女はうっとりと目を細めて煽情的な表情でリリアを見つめている。
「そこのお嬢さんに用があるの」
その瞳に見つめられたリリアの背筋に怖気が走り抜けていく。途端に立っていられなくなりその場にクタリと崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
「な、なん、でしょうか」
絞り出すように会話をしようとするが息がうまくできない。
「大したことじゃないの。その力、どこで手に入れたのかしらと思って」
彼女が力だというその何かをリリアは理解していなかった。そのことで会話に噛み合いが取れずにいることをまだ向こうも同じく理解していない。
「その力?」
「とぼけても無駄よ。そこの男の子に不思議な魔法をかけていたじゃない」「不思議な魔法?」
「そうよ。その力がなにか知りたいだけなの」
「なんのことだか分りません」
そこでようやく合点がいったというように一人でうんうんと頷いている。この間にウェルジアは何度か切り込もうとさえ思っていたがその度に踏み留まらざるを得ない何かの圧を感じていた。
「自覚がない? ということなのかしら」
「自覚と言われても」
埒が明かないと思ったのか彼女は意を決したかのように微笑んだ後、リリアに告げる。
「貴方の歌には魔法のような不思議な力が宿っている」
「えっ、歌?」
「説明するより、試した方が早そうよね」
そう言った彼女の足元の地面からズズズと何かが現れる。少し印象は異なるが西部で怪物が現れた時のあの現象に近いような気がしたウェルジアが剣を構えてリリアの前へと立ちはだかるも彼女はウェルジアの事をまるで見ていないかのような素振りでリリアへと視線を注いでいる。
「貴女は一体?」
ニタリと粘着質な笑みを浮かべたまま微動だにしない姿に異様なほどの寒気を覚える。
ここでようやくその意識はウェルジアへと向けられた。
「さっきの子を簡単に倒したとなると、彼女の力を見る為には少しばかり強い子が必要そうねぇ」
人差し指を唇に押し当てるように思案している彼女がポンと柔らかく手を打つと、揺らめいた闇の中から現れた何かの影が輪郭を形作るようにしていく。
「ありゃ、なんだ? まさか、あの時のモンスターか!?」
フェリシアも異様な気配に反応するも身動きを取る事を身体が拒否しているように重い。
「うふふ、愛しい私のコレクションを見せてあげるわね。貴方達には少し勿体ないかもしれないけど」
生気を失っているその目を見開いてウェルジアを睥睨する。闇が徐々に形を成していくとそこには一人の人物が現れる。
「あの方は!?」
驚愕するフェリシアの頬を嫌な汗が流れていく。リリアの持つ光に照らされたその姿を見紛うはずがなかった。
「間違いない」
「知っているのかフェリシア」
「ガンドリュー・ラウド様!? どうしてあの方がここに」
混乱するフェリシアの姿に女はゾクゾクと身体を震わせる。
「その通り、かの英雄グラノ・テラフォールの左腕は死んだ後、私を守る為に永遠の騎士となってくれたのよ」
見たかった表情をフェリシアがしていたのかここで初めて彼女はフェリシアを見つめて生理的嫌悪を覚えるような顔で笑っている。明らかにその反応は常軌を逸しているのが分かる。
「訳が分からない。一体お前、何をしたってんだ!」
「肉体の救済」
「救済?」
「私は彼をその死から救済してあげたの。まぁ、その魂までもは救えないけどねぇ~」
「どうやったのかはしらないが、偽物だとしてもそんなものは死者への冒涜だ。絶対にゆるされてなるものか」
「貴方の許しなんていらないでしょう? コレクションを集めているだけの私の趣味に口出ししないで頂戴な。それに失礼よねぇ。正真正銘、目の前の彼は本物のガンドリュー・ラウドなのに」
目の前にいる人物が亡くなっているはずの人物であるというその事実に会話から気付かされたウェルジアとリリアもあまりの衝撃にその場からまるで動けずにいた。
「さぁ、ガンドリュー。まずは邪魔な彼女の命を刈り取り、私に捧げなさい。コレクションにはいらないけど、手入れにでも使ってあげようかしらね」
ガンドリューと呼ばれた人影はゆっくりと歩みを進め始める。
「あれが本物のガンドリュー様だとしたら……ッッ、ウェルジア、リリアを守っっッッガッハッッッ!!」
わき腹に衝撃を受けて横っ飛びにフェリシアの姿が消える。
「フェリシアさん!!!」
リリアが叫ぶと同時に壁に激突する音が空間と反響していく。
「さぁ、早く彼に歌をうたってあげなさいな。手遅れになるわよ」
「な、にを」
次の瞬間にはリリアの背後にガンドリューが迫っていた。先ほどまでフェリシアの居た位置から来たとすればその俊敏性は異常なほどに感じられる。
「くッ!!」
咄嗟にウェルジアがリリアを自らの元に抱き寄せつつ剣を振り切るとそれをひらりとかわしつつガンドリューが攻撃を加えてくるがウェルジアが即座に反応すると一度距離を取って離れていく。
「ふぅん、グリベアを倒したのもまぐれという訳ではなさそうね」
女はウェルジアに対してもわずかながらの興味を見出しているようだった。
今の攻防でウェルジアは相手のその身のこなしにただならぬものを感じ取っていた。英雄の左腕であったという男自身の事は知らない。だが、その肩書の信憑性が高まっていた。
抱き寄せられ早鐘を打つリリアの鼓動は収まらずに高まり続けている。極度の恐怖と緊張。そして向けられる威圧感の中、喉から声を絞り出す。
「あ、ありがとうウェルジア君」
ウェルジアとしては彼女を守りながら戦う相手としては分が悪い事を感じていた。
女が二人の様子を伺いながら再びニタリと笑みを浮かべる。
「ガンドリュー、彼を狙いなさい」
その瞬間、視界からガンドリューの姿が消える。
「チッ」
ウェルジアは後ろへとリリアを投げるようにして自分の傍から離した。
「ウェルジア君!?」
リリアの視界に肩を切られたウェルジアの鮮血が横切っていく。
「チィッ」
ウェルジアは浅い傷に構わず反撃を試みるが真っ向から相手はやりあってはくれないようで、相性が悪い。
ぶつかり合える相手であればそれなりに戦えるようになっているつもりだが相手は細かな素早い動きでこちらに的を絞らせないような動きだった。しかも、その動きの機敏さは尋常ではない。
学園でウェルジアが知る中で最も動きの素早いであろうネルと比較しても更にその動きは洗練されている。勿論、ネルの本気はまだ見たことはないが少なくとも自分が見たことがある素早さなら軽く凌駕しているように感じられる。
直前にシュレイドとの戦いや稽古を付けられていなければ反応できていなかった可能性のあるその動き。英雄の左腕。その男に自分が付いていけているという事にウェルジアは手ごたえを感じていた。
「へぇ、ガンドリュー相手でも割と持つのね。う~ん。まだまだ彼には他の役割もあるから壊されでもしたら困るし、残念だけど違うのにしましょうねぇ」
女がそう言うとガンドリューはたちまち影となって霧散して消えた。気配ごと消えたがまだ目の前にこの女がいる以上は油断は出来ない。
「はぁ、これも貴女の歌声を安く見積もった私のせいだわ。ごめんなさい。素敵なステージにはそれに相応しい良質な観客が必要だものねぇ」
そういうと女の足元からまた先ほどとは違う人物が影から形作られていくのだった。
「うふふふ、ヴェルゴの杜撰な行動のおかげで偶然手に入ったものだけど、初めての試運転には丁度いいかもしれないわね。さぁ、来なさい。ゼナワルド!!」
その人物が形作られると先ほどとは異なる空気が洞窟の中に充満していく。
「ゼナワルド?」
どこかで聞いたことのあるその名と記憶が結びつく前にウェルジアの剣が地面に落ちる音がリリアの耳を突き刺すように聞こえてきたのだった。
つづく
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