94 エナリアの盲点
スカーレットは怪訝そうな顔でエルへと視線を向けた。
「なぜ、問題がないと分かる?」
「うふふ、女の勘ってやつかしらぁ♡」
「「??? おんなの、かん?」」
スカーレットとアイギスの二人が口を揃えてぽかんと口を開けた。
その様子をみてエナリアがくすりと微笑む。
「ふふ、二人には女の勘というのはまだ少し早い言葉のようですわよ、エル」
「あらあらぁ、そのようですわね、エナリア会長♪」
二人のやりとりを見てスカーレットが口をプクーっと膨らませて抗議する。
「ちょっ、エナリア様~そったらいけずなこどぉぉお、そりゃ全然意味わっかんねぇけども~~仲間外れはいやろぉ」
スカーレットが突然ぐずぐずな表情で先ほどとは別人のようにエナリアに縋りついてめそめそしている。
「え、え? えっ? スカーレット先輩??」
メルティナは生徒会へと入って初めて見るであろうこのスカーレットの姿にどぎまぎしている。
「ああ、こいつ、素はこっちなんだぜ」
ガレオンが笑いながらそう伝える。メルティナもつられてクスクスと笑う
「素?? あ、そうなんですね。なんか、かわいい、、でもどうして?」
「……ギャハハ、目標にしている騎士の喋り方を真似してんだとよコイツ」
アイギスがケラケラ笑っている間にこの場にメルティナという後輩が居る事を思い出したスカーレットは冷静さを取り戻す。
コホン、んん、コホン。ん、んんっと大きく咳ばらいを何度もした後に何事もなかったかのように振舞おうとしていた。
「メルティナ。今のは見なかったことに、、、してくれ、ると、たす、かる」
いつもの硬派さを保とうとしてはいるが、俯いて髪の色と同化しそうなくらい赤面しているスカーレットは湯気が立ち昇っていた。
その横からシュバっと立ち上がり、スカーレットの隣に立って、一人の男がぽつりと呟く。
「え、そっちのスカーレットちゃんも素のスカーレットちゃんも両方かわいいのにぃ」
カレッツがニヤニヤしながらスカーレットの全身を舐め回すように見ている。
しかし、これが会議時間でこの男にとって生死を分ける一言となった。
「か、かわいいってそっだらこど真正面からいうでねぇええええ」
スカーレットが壁際に置かれていた自分の得物を掴み取り、勢いよく振りまわしたかと思うとカレッツの尻に斧の側面で平手打ちのようにブッ叩く。
大双刃斧という彼女の持つ特注らしい両刃の大きな斧の側面が平手打ちのように炸裂する。カレッツの尻が変形し、ぺったんこになりそうなほどの衝撃が走りまんまるな全身の肉が波打った。
「ピデブッッっっっ」
聞いたこともないような悲鳴を発しながら悶絶し、背中が大きく反り返ったままのカレッツの身体は衝撃を殺しきれずに宙を舞いぶっ飛んでいく。
カレッツがドアに向かって吹き飛ばされるの見て、入り口付近にいた一人の男がすっと優しくドアを開けた。
「ああああああぁああああああああああ」
ドンガラガッチャン!!!!!
廊下の壁に激しくぶち当たった後、ぐったりとカレッツは床へと沈んだ。
「ごめんなさいスカーレット。二人の顔があまりに面白くてつい」
「おいまて会長! アタシの顔もかよ!!」
アイギスもプリプリとほっぺを膨らませた。
誰もカレッツの心配をしていないようでメルティナはとことこ歩いてカレッツを介抱しようとした。
これが生徒会の日常であるとはいえ、少し酷いのではとメルティナは思った。当の本人はこんな仕打ちを受けて大丈夫なのかな、と。
「大丈夫。僕がやる」
入り口近くにいた生徒が微かに口元を緩めてメルティナを制した。ぐったりしているカレッツを背中に乗せて室内に戻っていく。
「ありがとうございます。その、カレッツさん大丈夫ですか?」
メルティナに声を掛けられたカレッツは男の背中に背負われたまま無言で鼻血を垂らしながら親指を突き立てた。なぜだか少し嬉しそうだった。
メルティナはこの瞬間に何かを悟った。目を意識的に細めて作った笑顔でカレッツに大きく頷いていた。
「さて、話は戻すけど、ひとまずエルにバイソン派閥の件は任せるけどいいかしら? 何か動きに変化があったら教えて頂戴」
「ええ、任せて会長♪」
エルはニッコリと微笑んだ。カレッツはそれをみてまた笑みを浮かべていた。
「その間に相手をどうこうするより自分たちの派閥の人材増強に視点を置いて基本的に進めましょう」
全員が大きく頷いた。
東部学園都市の生徒会は、学園内の集団模擬戦闘ギブングの際に生徒会の生徒を相手にして戦果を上げる事で常に入れ替わっていくのが特徴になっている。
その為、西部学園都市の生徒会とは成り立ち方が違い、個人単体ではなく、集まりとして常に高い戦果を上げ続ける必要があり、生徒会という立場を維持し続けるだけでも並大抵の事では成しえない。
西部が個人として優れた人物達で構成され、個人の戦績があれば希望さえすれば生徒会には入れる形とは異なり、生徒会そのものをを形成している構成メンバーごと全員まるっと入れ替わるといえば、わかりやすいかもしれない。
そうした群雄割拠な東部学園都市の今の弱点がまさにそのシステムにあるとエナリアは見ていた。
つまり常にトップが入れ変わってしまう事で、学園全体での統制が整う前に考え方、方針、体制が変化して浸透しない。
集団で切磋琢磨をしていることが逆に意思統一を行えるような戦いが出来ない事態を招き、集団としての戦闘力を低下させている。と
その為、個人の技量に長けた西部学園都市の生徒に簡単に要所を突破されてしまい、結果的に東西戦、イウェストでの高い戦果がここ数年望めていない。
しかし、それが分かってはいても根本的な制度を変えるのは容易な事ではなく、現状は自分たちが勝ち続ける側にいるしか方法がない。
個人戦であるオースリーが一番の鬼門であったエナリア派閥としては結果的に中止となった残り2つの学園内のイベントが行われない事で一年間のアドバンテージを得たことになる。
この機をエナリアは逃すまいと思考を巡らせている。
当初の目論見であった英雄の孫と噂のシュレイドには断られてしまっており、有望な生徒も他派閥の生徒であったり課題だらけだった。
「エナリア会長」
話がまとまるかと思われたが、ここでメルティナがおずおずと手を挙げる。
「どうしたのかしら?」
「基本的に新入生に対しては先ほどの形でいいと思うのですが、その、ええと、他派閥の方々とは全く話をすることすらも出来ない状況なのでしょうか?」
エナリアがキョトンとした顔をする。メルティナが素朴に聞いた質問が瞬時に理解できなかった。
「話し合い?」
そんなエナリアの表情を見てメルティナもキョトンとした顔になる。
「はい、私はまだ学園内の情勢を把握できているわけではないのですが、他の派閥の方々は生徒会になる事でのどんなメリットを求めているのでしょうか? 私はそれがわからなくて」
メルティナは当然のような疑問をエナリアに問う。
「……それは、国の騎士としていいスタートを切る為じゃないかしら?」
エナリアも質問の意味をかみ砕きながら答えていく。自分自身のこれまでの年月の行動とも照らし合わせながら。
「だとして、生徒会になる事だけで、それは必ず叶うのでしょうか?」
「どういうこと?」
メルティナはここで、調べた情報から話を続けていく。
「その、これまでの生徒会の歴史を調べてみたのですが、歴代の会長を務めていた方であっても、必ずしも騎士になれている人ばかりではありませんでした」
「ええ、それは確かに、そうね」
エナリアが喉元にまで来ているこの話の先を想定しようとするが、まだ引っかかる。
「オースリー、ギヴング、イウェスト、この3つの戦いで戦果を上げる事、とりわけ一番大きなイウェストでの活躍が最も国の騎士への道として、上から注目をされやすい事が調べていてわかりました」
エナリアは盲目的な自分に少しずつ気付く。どうして今まで……。
「それは、どういうこと?」
あえてメルティナに質問し、言葉にさせる事で自分に浮かんだ今の話の結末を落とし込もうとした。
「これまでのイウェストの戦場記録に目を通しましたが、戦況を変えるほどに活躍の在った人たち、またその人たちが属していた東部又は西部は高い確率で勝利して、その人たちの多くが後にシュバルトナインとなっています」
ここでエナリアがメルティナの言いたいことを概ね把握する。
そう、メリットだ。
これが、もし仮にウォーシュミレーションだったとしたら、今の自分たちの状況の打破の為に全く見てこなかった一つの可能性があることに気付かされる。
「その通りですわ」
エナリアはたどり着いた答えに歯噛みする。いつの間にか他の派閥を敵としてしか見ていなかったのは他派閥だけじゃない。
狙われる立場のエナリアの派閥も同じだったのだ。
同じ東部学園都市の仲間であるはずなのに。敵としてしか見ていなかった。
多くの者が、騎士を目指しているという夢や目標は同じであるはずなのに、国という単位でみれば同じ国に住まう仲間であるはずなのに。
いつの間にか他を排斥する今の国のような考え方に、そして、忌まわしき出来事。人物が記憶を掠めていくエナリアは拳を握り締めていた。
立場を得る事の怖さを誰よりも知っていたはずなのに。
「つまり、誰の派閥が生徒会を率いていたとしても、イウェストでの東部としての戦果を上げられなければ、つまり東西戦で負ければ一個人での戦果を上げたとしても注目されにくいということになりませんか?」
メルティナの視点は盲点であったのか生徒会の面々は黙り込み話を聞く。
「なので、それぞれ学園内の地位そのものではなく、来年のイウェストに向けて東部学園都市の生徒全員で一致団結していくような方針で話し合う場は設けられないものでしょうか?」
「……まるで神託会議ですね」
いつの間にか回復していたカレッツが顎に手を置きながら思い出すように口にするその単語にメルティナは首を傾げる。
「ああ、ええとね。神話の物語の中にあるお話の一つに出てくるんだ。人々の争いに対して、これは本当に必要な戦いなのでしょうか?という事を問う女性のお話」
カレッツの話でエナリアも腑に落ちる。あの話は、些細な出来事から始まり、すれ違いを繰り返して、元のきっかけが関係ないほどの大きな争いに発展した物語。
その始まりは仲の良かった友人同士の約束が破られたことからだった。
「確か、その争いの元凶は他人を蹴落とそうとする人々の心へと薪をくべてしまった事に起因する。確かに今の東部の状態と似ているとも言えますわね」
説明するメルティナを熱っぽい眼差しで見つめていたエルはニッコリと微笑んでその双丘をふわりとたゆませながら立ち上がる。
左手の小指を自らの唇をなぞり笑みを浮かべる。
「エナリア会長、その会議の手配、よければ、私がしましょうか?」
「エル?」
「バイソン君の派閥もだけど、全ての派閥の中に知り合いがいるの。その人たちを経由すれば、話は通せると思うわぁ。もしかしたらバイソン君の派閥の件もまとめて解決できる可能があるんじゃないかしら?」
入口にいる男がぽつりとエルの言葉に反応する。
「けど、普通に話をしたのではきっと呼んでも来てはくれないと思う」
アイギスがワクワクしたように椅子から飛び上がってテーブルの上に着地して雄たけびを上げる。
「おっし!! 集まった所で、誰が一番つええかやりあって決めようゼ!! そこで全員をアタシ達が従えしまえば解決ってことだろ? なぁ? ガレオン」
ガレオンはため息をついた。
「アイギス。それじゃ今やろうとしている事には逆効果だと思うぞ」
複数の三つ編みを揺らして左右に頭を揺らして頭上に?を浮かべるアイギスは、チンプンカンプンな表情をしている。
「なんでだ?」
「そこで勝っちまったら相手は益々俺達に協力したくなくなるだろうが。仮に、負けちまった場合、そもそも俺達が協力する価値がない生徒会だと思われる。どちらに転んでもそのやり方じゃ俺達には旨味が一つもない」
エナリアも大きく頷いた。
「だけど、旨味を生み出す道はある。メルティナの提案は正直、私も足元が見えていなかった意見ですわ。糸口を探してみるのはありかもしれません」
今回の話し合いの方針が固まりそうな空気が部屋を包み込む。
「そうなんですか? もしかしたら既に話し合いくらいはしてみたことがあるかもしれないと思っていたんですけど」
青い髪をさらりと耳にかけ流してエナリアは微笑んだ。
「ダメで元々。いつの間にか、気付かないうちに私も他派閥の相手を倒すことばかり考えてしまっていたようですわ。お互いにメリットがあれば協力できるはずですわよね。目先の勝利などではなく、もっと遠い未来の事を国の事を見据えていくのであれば、十分に話し合う余地があるはずですもの」
エナリア派閥の面々は東部学園都市の状況を変える為に戦わない方法で学園内の派閥の統一を目指すという方向に舵を切ることになった。
続く
作 新野創
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