91 手に残る感触
立て掛けられた剣を握り締めようとして開いた手の平に残る感触が消えてくれない。
消えろ。消えろ。消えてくれ。
昨夜、宿舎棟の屋上で会ったメルティナのおかげで僅かに落ち着いたはずだった。
でも、こうして剣と共にあった日常はこれまでの日常とは大きく変わっていた。
目を瞑り大きく息を吐いて剣を掴んでみる。
消えない痛みがじくじくと小さな震えを指先へと連れてくる。
もう一度、指を開くとその震えは大きくなっていく。
再度、恐る恐る掴んだ剣にもその震えが伝わってる。
カタカタカタカタと音が鳴る。
なんだこれ。
日課となっている朝の訓練に来たけど、何度やっても鞘から剣を引き抜くことが出来ず俺は切り株に座り込んでいた。
大きなため息をついて足元に視線を落とす。
目を瞑ると浮かぶ記憶の形が自らの行いを責めてくるような気さえした。
俺の剣は何も語ってはくれない。
慰めてはくれない。
落ち込んだ時に助けてくれたじいちゃんも、もういない。
自分の手の平を見つめ、今日までの学園生活を思い出す。
東部学園都市コスモシュトリカでは単騎模擬戦闘訓練、通称オースリーの中止後、学園の生徒達への説明が行われた。
今回の騒動の状況調査の為に九剣騎士が学園に訪れるとの説明がカレン先生からもあって、気が気じゃなかった。
きっと、俺もあの時の事を聞かれるだろうと思ったから。
今は、話したくない。
国の騎士の来訪に一気に周りの生徒達は沸き立っていたらしい。
九剣騎士というのはじいちゃんも昔、そうだったから、よく覚えている。
一握りの限られた者しか与えられない騎士の頂点ともいえる称号。
そう、昔は憧れていた。俺も、昔は九剣騎士に。
あの人物は、きっと今も憧れていたんだ。
ゼアは、きっと。
そう思うととてつもない罪悪感に心が支配される。
俺は、学園からの説明のほとんどにその時、耳を傾ける事が出来ないでいた。後になって俺の幼馴染の一人、ミレディアが上の空だった俺に全部説明してくれた。
「……俺は……」
唇を引き結び難しい顔をしていると背後から声が聞こえた。
「ふふ、やっぱりここにいた」
メルティナの声だ。俺は顔を見上げて声の主と視線を交わす。
「メルティナ……昨日は眠れたのか? もう身体は大丈夫か?」
昨夜の出来事からそこまで時間も経ってないからか、思い出して心の中で苦笑する。
「うん、もう大丈夫。ありがと。でも、それはシュレイドも同じでしょ? 大丈夫?」
そう言われて少し肩が跳ねる。多分、嘘をついてもバレるような気がしたからだ。
「まだ少し、大丈夫じゃない気もする」
そう正直に答えた。
「そっか」
笑みを浮かべてメルティナがそっと俺の顔を覗き込んでくる。
「ね? また、少し違う悩みで暗い顔してない~?」
「えっ」
どうしてこいつは俺の奥底に気持ちにいつも気付くんだろうか。
メルティナも倒れてしまってたのに俺の心配なんか……。
その時は通りがかった人が助けてくれたみたいで、事なきを得たけど多分、こいつにも俺が余計な心配をかけてしまったという事なんだと思う。
夜に生徒宿舎棟の屋上で会った時の事を思い出すと少しばかり恥ずかしさがまだ残ってはいる。
でも、メルティナのおかげでほんの少しだけ俺の心は救われていた気がする。
「無理しなくて大丈夫だよ……私が、傍に、いるから……ゆっくり進も」
「ありがとう。その、いつもの朝の稽古しようと思ったんだけど、剣が鞘から、抜けなくてさ」
「えっ、でも、そっか、そうだよ、ね」
メルティナも驚いていた。そりゃそうだ。俺が剣を抜かない日なんかこれまでメルティナに会った日から一日たりともない。
二人の間に沈黙が流れていく。
俺もなんて話したらいいかわからないし、メルティナもどう言えばいいかわからないといった様子だ。
感覚的に気付いた事があり、ふと口を開く。
「もしかして、そろそろ授業始まる時間か?」
メルティナは首を傾げて、何かに気付いたように手をポンと叩いて微笑んだ。
「あー、それなんだけど、なんかしばらく通常の授業はおやすみになるんだって」
初耳だ。そんな事になっていたなんて思わなかった。これももしかしたら俺のせいなんじゃないかと思うとまた心がチクチクとささくれ立つ。
「え、そうなのか?」
「はぁ、やっぱりシュレイド、今朝、宿舎棟に届いてた学園からのお知らせ見てなかったんだ~、そんな事だろうと思った」
腰に手を当ててジト目で見上げてくる視線に思わず頭を掻いて謝る。
「わりぃ」
「ふふ、ミレディはまだ朝に会ってないんだけど大丈夫かなぁ? シュレイドとちょっと似たようなところあるから」
どういうことだよ。思ったがメルティナがいつも通りにしてくれようとしているのに気づいて心の中で感謝する。
「あいつは俺よりしっかりしてるし、大丈夫じゃないか?」
「うん、それもそうだね」
メルティナがニヤつきながら即答してくる。
「おい、否定しろよ」
俺もそれに釣られて、頬が僅かに緩む。
「ふふふっ、でも心配だから私ちょっと探しに行ってみるね」
俺は、助けられっぱなしだ。今も、昔も、メルティナに。
まだ完全には落ち込んでいく気持ちを拭い去れはしない。
それでも、こうして居てくれるのは今の俺にはありがたかった。
そうか、授業は、しばらくないのか。
メルティナがミレディアを探しに去っていく後ろ姿を見送った後、俺は校舎棟の付近へと向かいフラフラと何をするでもなく、何のアテもない中を一人、歩いていた。
続く
作 新野創
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