Sixth memory (Sophie) Last
「――――あきらめるもんか」
「えっ?」
「絶対にあきらめない!!!」
そう言って、ヤチヨさんががむしゃらに緑人間の中の一体の背中へと組み付いた。
しかし、緑人間の動きは止まることなく。ヤチヨさんが引きずられる。
でも、ヤチヨさんは掴んだその手を決して離さずに、必死にしがみついていた。
「ヤチヨさん!! 危険です!!! 離れてください!!!!」
密着しているヤチヨさんに対してやつらが何をしてくるのかわからない以上、ボクは必死に離れるようにと、ヤチヨさんに向けて叫ぶ。
しかし、ヤチヨさんは依然として離れない。
「この!! 止まれ!! 止まれ!!! 止まれ止まれ!!!」
「ヤチヨさん!!!」
ヤチヨさんに駆け寄ろうとした時、ヤチヨさんを大きな光が包む。その光の眩しさに思わずボクは目を閉じた。
すると、ボクの耳に聞いたことのない男の人の声が聞こえてきた。
「諦めんな!!!」
その声はとても力強く、ボクに言い知れない不思議な勇気をくれた。
震えていた足が前に向く。緑人間にしがみついていたはずのヤチヨさんも何故か隣にいる。
彼女にも何が起きたのか分からない様子だった。
にも関わらず、先ほどまでの険しい表情が柔らかいものとなっていた。
気のせいだろうか? ヤチヨさんの頬に涙の後があるように見えるのは。
「ソフィ! 行くよっ!!」
「はっ、はい!!」
考えるのは後だ、彼らが何を目的に現れたのか?
今、この瞬間に何が起きているのか?
何故、ボクたちを……人間を襲うのか……今は何もわからない。
いや、今は考える時じゃない。目の前の存在に集中しなければ……。
と、そう考えるのは一瞬遅かった……。
「がっハッ……!?」
油断をしていた訳じゃない、でも気付くのが遅れてしまった。
先ほどヤチヨさんが投げた手榴弾で倒したと思っていた内の一体が起き上がり、ボクたちに肉薄していた。
その一個体の接近に気づくのが遅れ、ボクよりも一回り以上も大きいその存在が振り上げたその硬い腕の攻撃に吹っ飛ばされる。
「ソフィ!!」
宙を飛んでいる間に、ヤチヨさんの悲痛な叫びが耳に聞こえた。
数メートル飛ばされる。
当たりどころが悪かった……どうやら、呼吸困難が起きている。
息をするだけで、体の痛みで気を失いそうになる。
はっきりとは見えないけれど、腹部から出血もしている。
……逃げなきゃ・・・せめて、ヤチヨさんだけでも、逃がさないと……ボクが……ボクはこんなところで寝ているわけには……
「ぐっ!? うっ……」
痛みに耐えながら、立ち上がろうとしたとき、目の前に見慣れたその存在が飛んでくる。
「やっ……ヤチヨさん……」
ボクよりは軽傷に見えるが、ヤチヨさんもどうやら気を失っているようだった。ボクと同じく吹き飛ばされたのだろう。
緑人間たちは静かに慌てるでも急ぐでもなく、音すらもなく、ボクたちの方へとにじりよってくる。
守らなければ……ボクがヤチヨさんを……ボクはやつらに背を向け、ヤチヨさんを覆うような体制をとる。
初めて……本当の死を覚悟するような瞬間だった。
怖い……すごく怖い……今すぐにでも逃げ出したい。
……でも、ボクが守らないと……でないと……ヒナタさんにも……フィリアさんにも申し訳ない。
ボクは、目をつぶり。ただ、自分の最後が訪れる瞬間を待った。せめて、ヤチヨさんだけは生きてーー。
しかし、ボクの命が終わるその瞬間はいつまで待ってもおとずれなかった。
おそるおそる、ボクが目を開き、映った光景は思いもよらないものだった。
「よく頑張ったな。ソフィ」
「後は、俺たちに任せな。ヤチヨのこと守ってくれてサンキュな」
「……フィリア……さん? そして、もう一人は……?」
それはさっきボクに「諦めんな!!!」と言ってくれた声だった。
炎のように、赤く燃えるような髪をした男の人は、ボクを一度見るとフィリアさんと共に緑人間たちへと突っ込んでいった。
その姿を確認したと同時にボクの意識は真っ白な光の中に溶けていき、やがて何も見えず、何も聞こえない空間へと意識が落ちていく。
痛みが、消えて行く。今までの記憶と共に、ヒナタさんやヤチヨさんと過ごした日々が……自警団の団長になって過ごした歳月も……。
ボクは……死ぬのか……? これが走馬灯?
意識が朧げになっていく中で耳に届く声。
『ダイジョウブデス』
聞いたことのない声がボクの頭に響く。不思議と安心感を覚えるような優しいその声。
ボクを抱き上げるような暖かいその感覚は、笑顔をボクに向ける……
君はいったい……誰なんだ……?
『ワタシノナマエハーー』
その瞬間、ボクの意識は完全にブラックアウトする。
「はっ!!」
ボクの目の前に広がる景色……それはさっきまで見ていた地獄のような戦場……でもなく、温かな空間でもない。
ただ、心地よい風が吹く……ボクの良く知る場所……安らぎの丘だった。
日はすっかりと落ちて、夜になってはいたが……。
夢……だったのか……?
いや夢だと簡単に片付けるにしては、妙に生々しかった。食べた料理の味や受けた痛みは間違いなく本物だった気がする。
じゃあ、今いるボクは誰なんだ?
いやあの瞬間、あの場所にいたボクは誰だ?
間違いなくボクであるはずなのに、靄がかかったようにはっきりと思い出す事が出来ない。
夢であるなら、見た夢を忘れるのは何も不思議ではない……じゃあ、やはり夢……?
確かめるため、ふと、服をめくってみる。
夢の終わりに受けた腹部の大きな傷の跡はどこにもない。とても綺麗なお腹におへそがあるのが見えた。
でも、確かにあの痛みは……流れた血の暖かさは……あの息苦しさは、夢であるはずがない……とさえ思う。
それに、あのボクは今のボクよりも明らかに成長していた……ボクは確か自警団の団長になっていたし……ヒナタさんと食事を共にもしていた。
おかしなところは上げればキリがないほどにたくさんあるけれど……
あれ……? それよりも、ヒナタさんと一緒にいたあの彼女はいったい誰なんだろうか?
さっきまで、覚えていたはずなのに、その名前も姿も徐々に記憶から零れ落ちたように消えて行き思い出せない
そして、あの言葉が再びボクの頭に響いた。
『そんなことも分からないで、命の重さも分からないで、気安く命をかけるなんて言わないで!!!』
「命の重さ……か……」
それは、ボクの中でずっと引っかかっていることだった。
あの奇妙な夢の中で成長したボクはその答えについて何かをつかみかけていたようだったけど、それが何だったのか今のボクにはわからなかった……。
そして……夢の中で聞いた耳なじみのない言葉についてもわからないはずなのに、不思議と取り乱すことも混乱することもなかった。
ボクにとってはそれよりも……自分が生きる意味を見失ったことの方が重要だった。
「ボクは……どうして・・・」
答えが出るはずのないものに答えを出そうとして疲れてしまったのだろうか……朧気な記憶を頼りに思い出そうとしてみる。
でも、やはり靄がかかったようにはっきりと思い出せない。
夢の出来事を思い出そうとするなんて自分でも馬鹿げていると思うけれど、何度考えてもただの夢だと片付けるには、あまりに現実的過ぎたのだ……。
長い長い眠り。
本当にその出来事を事象を経験して来たかのように、ボクの体も心も疲弊していた。
ボクが知らないはずの色んな記憶が混在する夢。
……本当に夢、だったのか……それとも……現実だったのか……。
今、ボクは、フィリアさんを失って……名も知らない彼女のあの言葉で胸にぽっかりと穴が空いていて……いや、もう考えるのは止そう……。
気持ちを切り変えようと、空を見上げる。
見上げた先の夜空には満点の星々が輝いていた。
「わぁ……綺麗だなぁ………」
思わず感想が口からこぼれる。思えば、こんな時間にこの場所にいることは初めてかも知れない。やっぱり長く眠ってしまっていたのだろうか?
「綺麗……」
ふと、近くから小さな声が聞こえた。
声の方に振り向くと、女の子が立っていた。
女の子もボクの存在に気づき、ボクの方を向く。
「これが……この世界の星空、なんですね………」
その声に吸い寄せられるように彼女へと自然と足が動いた。
星の煌めく明るさしかない今のこの場所では顔は見えないが、背丈や声色から察するにおそらくボクと同じ位か少し年下くらいの少女だろう。
「こんばんは」
「……」
なんとなく一人で寂しそうにしているように見えたボクは思わず声をかけてしまった。
けれど返事はない。聞こえてないのだろうか?
会話がしたいわけではないのだろう。
そのまま同じように夜空を見上げているとまた小さな呟きが聞こえてきた。
「綺麗……」
自分に向けた言葉ではないのかもしれないけれど、ボクもその場で頷く。
「……です、ね」
彼女にそう答える。
その日は特別に静かだった丘。透き通るような空に雲はなく、瞬く星が満点に輝く綺麗な夜だった。
この日ボクは出会っていたんだ。
彼女に……。
まだ名前すらも知らなかった、彼女に……。
Fin
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