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Sixth memory (Sophie) 03

「……これまで大変な思いをしてやってきたようだね」
 
 フィリアさんは、そう言ってボクの目をまっすぐ見つめながらポツリと呟いた。

「えっ?」

 予想外の一言に、ボクは怒りを一瞬忘れ、動揺する。フィリアさんはそんなボクに向かって一歩近づいてくる。

「僕は、君が正式団員になれないとは一言も言っていない。ただ、タウロスには向いてないと、そう言っただけだ」
「同じことじゃないですか!! ボクみたいなものが正式入団するにはタウロスしか―――」

 そう口走ったボクの言葉を遮るようにフィリアさんがボクの両肩に手を置き、至近距離まで顔が近づく。そして、真っすぐにボクを見つめて呟いた。

「君は、アイゴケロスに入るべきだ」
「アイゴケロス……それってフィリアさんと同じ……アイン団長の団………」

 突拍子もない提案だった。タウロスに選ばれたボクが改めて、アイゴケロス……別の団に移るなんてことが……果たして可能なのだろうか?

 確かに選ばれる前に希望として入団志願書を出すのは、自由ではある。でも、それは受け取る各団長の裁量次第だ。

 志願書を出したとしても、それを拒否することもまた団長の判断で可能になる。

 事実、アイゴケロス……アイン団長の団への入団率は1割未満……つまり、ほとんどの人たちは選ばれず、入団を拒否され、別の団に入る事になるか、次の全体募集がかかるまで待つしかない。

 そんな文字通り選ばれた人達しかいないアイゴケロスにボク……が?
 
 困惑している僕の心の中を見透かした様にフィリアさんが苦笑しながら教えてくれた。

「そんなことが出来るのかって顔しているな。珍しいことではあるが、移団申請は団規則でも認められている。何なら書類作成等の面倒事は僕が全てやっておくよ」
「まっ、待ってください! アイゴケロスはアイン団長によって選ばれた人たちのみで構成されている団ですよね! そんなエリートだらけのところにボクなんかが入れるわけ、それにきっとまた入団面接の時のようにアイン団長に断られます」
「決して力に屈せず自らを犠牲にしてでも小さな花を守った心優しい君なら、アイゴケロスでもやっていける、僕は、そう確信している。アイン団長にもきっと伝わるはずだ」

 フィリアさんは、今度は何か確信めいた表情でボクにそう答えた。

 心が優しい……それは、自警団にとって本当に必要なこと、なのだろうか?

 タウロスでは、力が全て。その影響もあってか、最近のボクは自分よりも弱い存在を守ることで自分の強さに浸りたかっただけじゃないのだろうか?

 そんなボクが……本当に心優しいと言えるのだろうか?

「どうしてですか!! ボクは、力も強くないし、頭だってそんなにそれに本当に優しいのかなんて―――」
「……誰に何を言われたとしても、そんなこと、気にしなくていい。それに君の優しさは本物さ」
「なんで……なんでそんなにフィリアさんは自信満々にそう言えるんですか!!」

 ボク自身ですら……自分を一番良く知る人間ですら、疑いを持っていることをどうして、彼は……フィリアさんは確信を持ったように言えるのだろうか?

「ソフィ……僕だって、特別に力が強いわけでも、頭がいいわけでもない」
「えっ!?」

 フィリアさんは、自警団の内でも特別扱いをされている。周りも、きっと言葉には出さないけど団長さんたちも彼の実力は評価しているはずだ……。

 そんなフィリアさんは、自分自身を特別だとは思っていない。

 これが、フィリアさんでなければただの嫌味に聞こえていたかも知れない。でも、そう言ったフィリアさんの表情と言葉にボクは不思議と嫌悪感を感じることがなかった。

「大事なのは、誰よりも努力ができること。それが、君には備わっている」
 
 そう言って、フィリアさんは小さく笑った。

 誰よりも努力すること……その一言の思わぬ重さに身震いする。

 何故、フィリアさんの言葉に嫌みも不快感も感じなかったのか……それは、彼が自分で言い放ったその言葉通り、今の力を得るまでにボクには想像できないほどの苦労と努力を重ねてきたからなのだと、心が、理解した。

「あのっ!!」
「大丈夫だ。僕に任せてくれ」
 
 フィリアさんはそう言って、ボクの手を引き走り出した。
 
 ボクは、フィリアさんの握られた手を離すことが出来ず、彼のキラキラした横顔をぼーっと眺めながら、フィリアさんに連れて行かれるままに走る事しか出来なかった。

 ハァハァと肩で息を切るボクとは対照的に、呼吸をまったく乱すことのないフィリアさんがアイン団長の自室の前でドアをコンコンと二回ノックする。

 扉越しに『どうぞ~』と言う、普段のアインさんからは考えられないほど気の抜けた返事が返ってくる。

 フィリアさんは『入るぞ』と一言断ると、ドアノブをゆっくりと回し扉を開いた。

「久しぶりね~フィリア、今日はどうしたの? デートのお誘いかしら?」

 自分の机に頬杖をついて、ニコニコした表情を浮かべたアインさんがそこにいた。

「……また、最近忙しいみたいだね。少し、散らかってる」
「もー無視はひどくないかしら? まぁ、いいわ。その辺は散らかってるからそっちのソファーに腰掛けてちょうだい。あら? その子は……?」
 
 アインさんが、僕の方を見て不思議そうな表情を浮かべる。

「あっ、あの……」

 初めて来た団長の、それも女性の部屋の様子にボクは少し緊張してた。

 なるべく視界に入れないようにしては、いるが、その……色々とボクには刺激の強いものが散乱してもいる。

 ボクの知る彼女とはだいぶ印象が違っていた。

「ごめんなさい。見苦しいものを。今は見なかったことにしても貰えると助かるわ。時に、フィリア。あなたは善意で片付けようと姿勢をかがめて掴んでいるそれを今すぐ離してくれるとありがたいわ」
「……すまない。つい、クセでね」

 フィリアさんが今まさに手に取ろうとしているものを止めるが声にそこまでの強さはなく。

 ボクにすら、アイン団長が相当疲れているであろうことがわかった。

「ヒナタちゃんの部屋でも今みたいにデリカシーなく、掃除をしているのかしら? だとしたら悪い子ね。フィリアは」
「からかうのはよしてくれ。今日は、君に紹介したい人がいてね。彼なのだけど」
 
 フィリアさんにそう言われ、ボクは本来は立ち上がってきちんと頭を下げるべきなのだが、緊張して、うまく体に力が入らず、地面につくような勢いで頭を下げる。

「ひゃっ、初めまして。アイン団長!!! タウロスのソフィと申します。本日は、突然の訪問にも限らずごちゃいおうしてくだしゃってありがとうございますっ!!!」
 
 緊張で少し声が上擦るし、甘噛みはするし、もう顔が火が出そうなくらい恥ずかしかった。

 数秒の沈黙が続く、アイン団長がボクを隅々まで見ている。

 彼女はボクを舐め回すように見終わった後、腕を組み、左手を顎に当てながら、フィリアさんの方を向いた。

「フィリア、あなたついに同性にまで」
「えっ!? あっ、あのあの、ちがいます!!!」
「……アイン、今日は、真面目な話しに来たんだが」

 一人、慌てるボクを尻目にフィリアさんは冷静な返答を返す。

 その返事を聞いて、アインさんがボクの方を向き、少しお茶目な笑顔を浮かべる。

 その笑顔を見て、確信した。ボクを。いや、正式にはボク達をからかおうとしたんだと。

「それで、わざわざ別の団のその子を私の前に連れてきてどうしたいの? フィリア」
「アイゴケロス……つまり、君のところで、面倒を見てやってくれないか?」

 さっきまでおふざけモードだったアインさんの目が、真剣な目に変わる。

 その空気の変わりように、ボクはそのまま姿勢を正し、二人の顔を交互に見る。

「それは、あなたの意思? それとも彼の?」
「ソフィの実力は、アイゴケロスに来たとしても、低いことは間違いない。だけど、彼には一番大切なものが備わっている」
「ふーん。確かに、かわいい子だし。他ならぬ貴方からの珍しい頼みだし引き受けてあげてもいいんだけどぉ……。他の団員には基本、無関心なあなたがそこまで肩入れをする理由は何かしら?」

 アインさんのその言葉に、フィリアさんは目を閉じて少し考えた後にゆっくりと口を開いた。

「裏庭に咲いている小さな花、彼はそれを自分の身を犠牲にして守ってくれたんだ」
「裏庭の花……それって……?」
「ヒナタが大事に育てていたマリウスの花だ」
「……そう、確かにそれならあなたにとっては命の恩人に等しいわね」
「あぁ、彼女に悲しい顔をさせなくて良かった。ソフィには感謝してもしきれない」
 
 花の名前は初めて聞いたけど、そうかあの子にもちゃんと名前があったんだ。

 そのことが何故か、少し嬉しかった。

 さっきも言ってたけど、フィリアさんの言うヒナタさんというのはきっと彼にとってとても大切な人で、きっとアインさんも知る人なのだろう。

「でも、もちろんそれだけじゃないさ……彼には他の誰にも負けない優しい心を持っている。優しさは、やがてその人物だけの強さになる。そしてその強さは、他人には決して敵わない力にもなる。君は、それを経験している。そうだろ? アイン?」

 フィリアさんの話を聞いて、アインさんは少しだけ考え、数秒後納得した表情を浮かべる。

「そう、ね……ソフィだったかしら?」
 
 アインさんがボクの方へ振り返り、ボクの目をじっと見つめる。

「はっ、はい! そうですっ!!」

 アインさんが、ゆっくりとボクに近づいてくる。妙に顔が近い。呼吸の音すら聞こえそうだ。

 彼女の、アインさんの魅力と女性らしさにボクの胸は爆発するんじゃないかというくらいドクドクと鳴っていた。

「ねぇ、ソフィ。あなたが思う自警団にとって一番大切なものってなんだと思う?」
「……一番、大切なもの、ですか?」
「そう、あなたの、思う大切なものって、何、かしら?」

 唐突にアインさんがボクに質問をしてくる。
 
 驚きはしたけど、最初の面談の時に勢いで色々と言ってしまった事を反省して、常にそうした事を聞かれても答えられるように考えて準備をしていたから大丈夫。

 答えはーー。

「それはもちろん! 誰にも負けない力や、頭の―――」
「私が聞きたいのはつまらない模範解答なんかじゃないわ、私はあなたのあなただけの答えを聞きたいの。ソフィ」

「えっ!?」

 予想外のアインさんの返答に、面食らってしまう。ボクの思う……ボクだけの答え……?

 ボクの考える自警団にとって一番大切なもの……。

「時間内に答えてね。はい、5、4、3—――」
 
 アインさんが、突然、目をつぶり、指を折って、数を数え始める。

 突然のカウントダウンにボクの焦る気持ちが更に加速した。

「えっ、えっ!!! あのっ!!!」
 
 ちらっと、フィリアさんの方を見る、彼は何も言わずに静かに頷くだけだった。
 
 彼は、なぜかわからないけど、ボクが彼女のアインさんの望む答えを出せると信じているようだった。


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