113 理外の瞑想
静寂の満ちるその場所で瞼を瞑り続ける者達が居た。
微かな風の音とどこかで水の流れる音がする。
3名もの人物がいるという空間にも関わらず、その他一切の動作音が鳴らない。
呼吸音くらいはしそうなものではあるがこの場に集まる者達はただただ静かにその場所と一体化するように息をひそめていた。
その場にいる3人の人物のうちの1人が傍らに立て掛けてあった鞘を手に取って立ち上がり目を開けて口を開いた。
「バルフォード。しばらく出る」
歩き出そうとする彼女に向かって男が目を瞑ったまま声を掛ける。
「……学園か? シュレイナ」
足を止めた彼女は一度振り返り答えた。その透き通るように静かな声は場に響き渡る。
「決戦の地となるシュバルト平原を一度は見ておこうと思って」
男はゆっくりと瞳を開き、シュレイナと呼ばれた女性を見つめる。
「……ふ、嘘を付かずともよい。気になるのだろう」
「……」
隣の大男も片目を開けて話に加わる。大きく場の空気がその声に揺るがされようやく生気ある空間に変わっていく。
「ああ、報告にあった話か。そりゃ、お前さんは、さぞ気になるだろうな」
大男の言葉に微かに彼女の肩がピクリと反応する。もう一人の男も納得したように頷いた。
「英雄の孫、シュレイド・テラフォール。そう名乗る生徒がコスモシュトリカにいるという話だったか」
男は思い出すよう顎に手を添え、自身で呟いた言葉には疑問の色が滲む。
「妄言か虚言の類じゃないかとは思っているが、少し気になるな」
大男の言葉に男は同意を示すように視線を重ねる。
「ああ、グラノの元にはミレディア・エタニスがいたのは間違いないが、それ以外の人物がいたという情報はなかった」
男は自分の記憶の中にある情報を手繰り寄せるが該当する人物が思い浮かばずにいた。
「バルフォードも知らない人間だということか? お前さんが情報を持ってないような人間がこの国にいるってのか? 信じられん話だな」
「……ふむ。シュレイナ。行って来い。今はここでずっと張り詰めていても仕方がないからな」
二人の話が聞こえていたのかいないのか彼女は小さく頷き返事をした。
「ええ、そうさせてもらう」
そう言って静かに音も立たない足音で彼女はこの場を後にした。
「学園内の剣使いを厳選しておくという命令の中での報告に上がって来ていた情報、だったか」
二人の男はそのまま話を続ける。これまでは気にしていなかったその情報がどうにも引っかかっていた。
「ああ。わざわざ今、英雄の孫だと名を語るような必要があると思うかぁ?」
「本人も知らないうちに誰かが噂を吹聴しているということも考えられるだろう。それにその者を知っている誰かが利用している線もある」
「そうか、確かテラフォール流を使う生徒だったか。ふーん。けどメリットがまるでないんじゃねぇか?」
「そこが腑に落ちぬ点だが、噂など今は気にせずともよいだろう。とにかく学園内の情報はこちらから手に入れる事は出来ない、何かあればシュレイナが判断して対処してくるだろう」
「ああ、でも大丈夫なのか? シュレイナはあの地に居ても不都合はねぇんだろうな」
「問題ない。だからあいつが必要なのだ」
「なるほど、な」
「勿論、お前の力もだ。カバネウス」
「当然だ。だが、この一年前というタイミングで西部からの情報を遮断してよかったのか? トリオンに任せたらしいが、本当にちゃんとしてるんだろうな」
バルフォードは薄く笑みを浮かべる。
「トリオンはお前が思っているよりもずっと大人だぞカバネウス」
ここに集まる者達にもそれぞれお互いに知らない事情があり、必要がない限りは開示されておらず、その全てはバルフォードのみが所持している。
「いやいや、普段があれで信じられるわけないだろ」
「ま、そちらも問題はない。西部のイレギュラーとなる事案は生徒として送り込んだ奴ら自身がイレギュラーになる前に処理しただけの話だからな」
カバネウスが眉間に皺を寄せる。
「となると予定外なのはプーラートンの負傷か」
「それに関してはあいつが想定以上に衰えてしまっていたというだけだ。まぁ次の兆しはあるようだし。問題はないだろう」
カバネウスは興味深げにほくそ笑む。
「兆し? ほぉ」
「西部の方面では多数の見知らぬ魔脈の鼓動、その初動を感じた。間違いないだろう」
カバネウスが叩いた両の手の音が鋭く太く響き渡った。
「ほほう、そりゃ朗報だ。だが、期間を一年も空けてよかったのか?」
「解放された魔力が人々の魂に還元されるまではまだ時間がかかる。この地に魔力が満ち元に戻るまでは待たねばならない」
バルフォードはこれまでで一番不快感をあらわにした表情で呟く。
「ああ、サンダール・テンペスタに妙な動きがある。おそらく最近の予定のずれは奴のせいもあるだろう」
意外そうな表情で首を傾げてカバネウスは驚く。
「サンダールだぁ? なんでやつが出しゃばる?」
「こちらの動きに被せて何かをしているようだ。気付かれていないとでも思ってるのか、自分の企みに利用しようと考えているのだろう。浅はかな男だ」
「だとしたら抑止力にも出来るアレクサンドロを討ったのはまずかったんじゃねぇのか」
「かもしれんな。とはいえ過去の英雄足り得る者達は消しておかねば来る人々の新時代は作れない。遅かれ早かれ同じことだ。目的を果たしたのち、消せばいい」
「ま、こっちは全部ぶっ壊せるならなんでもいいいけどよ」
そのセリフに対してバルフォードは声色を一層低く変えて話しかけた。場の震えるような重厚感ある声が響く。
「場合によってはお前にサンダールへの牽制にも動いてもらうぞカバネウス」
カバネウスはニヤリと心底楽しそうに笑みを浮かべた。
「あいよ。何ならさっさと片付けてきてもいいぞ」
自慢の大斧を二本左右の手で掴むとギリギリと握り込んだ。
「お前とサンダールの傍に居るヴェルゴは相性が悪い。後回しでいい」
カバネウスはわずかに苛立ちを孕んだ声で急に不機嫌になる。
「俺が負ける可能性があるってか?」
「ふ、そうではない。お前とヴェルゴが派手に戦えば全部明るみに出てしまうだろう。それは困るという話だ」
その返答が的を得ていたのか即座に頭に昇った血をカバネウスは下げて口から自らの血を吐き出した。
「ぺっ。は、まぁ、そだな。スマートには戦えねぇからな」
「そういうことだ」
「理解した」
こうして暗い洞窟の中で再び二人は眼を閉じて瞑想を再開した。
つづき
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