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68 死神の一閃
黒いフードの人物はティルスへ向き直り告げる。
「いいか。今、俺が剣を振れるのはたった一度だけだ」
突然の言葉にティルスは困惑した表情で返答する。
「え、一度、だけ??」
「ああ、別の強い力がこの区域に干渉していてな」
この男が嘘を言っているようには思えなかったティルスは瞬時に自分が果たすべき役目を導き出して答える。
「つまり、一度に多く切れるような位置にあの怪物達を誘導しろという事ですわね」
黒いフードの男の表情は伺い知れないが、その声色がわずかに和らぐ。
「理解が早くて素晴らしい事だ。君たち学園の生徒達も集まった場所に混ざって存在していても構わない。そのままやつらを断ち切る」
「それは、生徒達ごと斬るというおつもりなのですか? 流石にそれは承服しかねます」
臆せずにじり寄るティルスを制するように言葉を続ける。
「安心しろ。大丈夫だ。勿論その気になれば俺の剣は君たちを『斬る』ことはできる、がどうやっても殺すことだけは出来ないようになっている」
「……それをどう信じろと言うのでしょうか?」
もっともな質問だった。突然この場に現れた親交の全くない男の言葉をすぐに信じろと言うのは難しいことだった。
そうしている間にも遠く離れた場所から他の生徒達の悲鳴が上がり続ける。徐々に劣勢となっている様子が見て取れる。それほど長い猶予もないように思える。
混乱するこの場の全員を助けられる可能性のある他の手段、行動が今のティルスには思いつかない。
そんな彼女の心を見透かした様に重ねて口を開く。
「……今は、信じろとしか言えない。俺が振り抜く剣閃の直線上にさえ集めてくれれば。俺が奴らを全て、斬ってみせよう」
「……わかり、ました」
ティルスとて信じ切れてはいるわけではない。それでも今出来る限りの最善の行動を判断し、決断を下すまでの時間すらも惜しかった。
目の前のフードの人物も学園の一人の生徒であるというならば生徒会長であるティルスはただ、その言葉を信じるより他ない。
「嘘だった時には私があなたを斬ります」
「構わない」
そう言って微かに笑みを浮かべたような様子の後、彼はティルスの前へと躍り出る。
ティルスは未だ戦いの続く場に向けて彼の後ろから声高らかに届く限りの全員へと張り上げて叫んでいく。
「全員!! この私の剣が真っすぐ差す先の直線上に集まりなさい!!!! 出来るだけ多くの怪物達を引き連れて集まるのよ!! 助かりたければ全力で集まってきなさい!!」
そう言って自分の前に真っすぐ剣を突き出して掲げた。生徒達はティルスの響き渡る声に大きな声で返答して一斉に動き出す。
「ほぉ、君は実に信頼を得ている生徒会長のようだね」
ティルスは僅かに頬を緩め苦笑いをする。
「ありがたい事です」
その言葉を聞いた彼はティルスに背を向けたままで彼女の言葉の裏にある胸中までをも推し量る。
「双爵家の娘であるという自分の肩書による注目度や地位の信用があるからこそ、こんな場面であっても自分は信頼されている。というだけなのではないのだろうか?」
ティルスはドキリとする。その心の中を覗かれたような気持ちになる。
「自らの持つ力で信頼させているわけではない。という自身の存在への懐疑、といったところか。随分と複雑な心情を抱いているものだ」
「…………」
ティルスの心を見透かしたようなその言葉が気にかかるが、フードの男は話を断ち切るように剣気を発する。
「……まずは、あいつらを片付ける事としよう」
「……ええ」
練り上げられるその力にティルスは瞠目する。信じられないのはその質だ。
剣気というのは練度が高く、主に剣を使う騎士の特有で生み出される。張り詰めて場に満ちゆく空気感のことを比喩している言葉だ。
しかし、目の前の人物の剣気はそのような比喩などではなくティルスの視覚で確認できるほど身体の表面を覆い、まるで天へ立ち上る炎のようにも見えたからだ。このような現象は見たことがない。
「この人、一体何者……?」
目の前の剣気に気圧されてティルスの身体は再び硬直する。自分の剣を握る手が震える。本当に他の生徒の皆は大丈夫なのかという不安がよぎる。
決断をしたのは自分だ。本当に彼が嘘を付いていて生徒ごと切り裂いたとしてもティルスが彼を倒すことなどは到底できそうにもなかった。
本当に自分の決断は正しいのか?
彼女は珍しく苦々しい表情を見せる。自分の力でどうにかできればこんなことにはならなかったのだ。自分の弱さに嫌気がさす。
どれだけの努力や研鑽を重ねようともある時からは成長は緩やかになる。まるでそこが自分の限界であるかのように感じられる。
求めれば求めるほどにその限界が見えてしまうような気がしてくるのだ。
自分の剣技は師と仰ぐプーラートンを超えられるのだろうか? そして目の前の黒いフードの彼の辿り着いているであろうその場所に届くのか?
学園へ来るまでは何も問題なかった。
昔、失った初めて出来た友人と呼べる少年。
彼の夢を自分が叶えてみせるのだと躍起になって強くなろうとした。
双爵家の現当主である父すらも遂に説き伏せて、ここへ来ることを承諾させた。
あの頃の自分はとにかく前しか見ていなかった。
ただ、それだけでがむしゃらに前に進むことが出来た。
けれど、時が経つにつれて、視野は否が応でも広がっていく。現実を知る年齢になったともいえる。
自分自身が騎士になって貴族の在り方を変えようという漠然とした目的にすがって、いつしか自分の家の持つ力の大きさから逃げているだけの自分に気付いてしまう。
勿論それら全ては自分の立場や昔の出来事がなければ考えもしなかった事だろう。
双爵家に生まれなければ、家に蔵書されていた多くの書物も読めず、ここまでの知識を蓄える事も出来なかったし、卓越した先駆者たちの指導を受ける事も出来ず、戦う事など自分はまるで出来なかったであろう。
皮肉にも貴族であるという自分の環境があったから知識を得て、技術を得て、遠い日に失った彼の目指した夢を得て、結果ここへ来る理由を無理やり自分に押し付けていただけなのではないか。と
だけど、もう、ここまで来てしまった。後に引きかえすことすら出来ない。
本当に騎士になろうとしている生徒達は学園に来るまでに恵まれない環境にあって、それでも尚どうにかしてこの学園に来た者達だった。
自分が優れているわけではない。ただ、そうなれるだけの環境がたまたま自分にあっただけなのだと思い至る。
この学園に来て自分の甘さを痛いほど思い知った。いつの間にか生まれていた自分の立場による自尊心。
自らの血筋を嫌悪しながらもその恩恵に大いに助けられていた自分に気付いた時、彼女の心を支配したのは虚しさだった。
先生たちと対等以上の関係なのも、生徒会長という立場に生徒の誰からも反論が出なかったことも、自分のいう事を誰もが首を縦に振ってくれるという事も。
全部全部、自分の力なんかじゃない。
双爵家の娘としての立場の力だ。
学園内が如何に平等である事を謳っていてもやはり自分は特別な存在であるという事をこれまでに学園の生活で実感させられてきた。
「ふうううんん!!」
大きな叫び声にハッとなり視線を黒いフードの男から戦場へ戻すとマキシマムが数多くの怪物を大外から吹き飛ばして集めてくれている様子が目に入った。
他の生徒達もティルスの掲げる剣の一直線上に集ってくる。凄まじい数の怪物がティルスの剣の掲げる直線上に集められているのがティルスの視界に捉えられる。
ティルスはそれまで脳裏をよぎっていた全てを振り払い。黒いフードの男に叫んだ。
「……これでいいのかしらっ!?」
彼の身体に纏わっていた剣気が、彼の持つ剣へと集まっていく。
「十分だ」
黒いフードの人物が剣を両手で持ち、横薙ぎに剣を振るであろうと思われる動きで身体を捻じり、左後方へと剣を引き絞り構え、ピタリと制止する。
瞬間、先ほどまでの剣気は剣の覆う以外はフッと消失し、風の凪ぐ音や怪物達の声など戦場の音の一切が消えるような感覚が生徒達を包みこんだ。
「消えろ。ここはお前達が居ていい場所じゃない」
一言そう呟くと黒いフードの人物は構えた剣を持ち、右足を一歩前に踏み込んだ。地面が割れるような衝撃と共に振りかぶった剣を全力で横薙ぎに振り切った。
剣速が早すぎて刀身が消えたようにすら感じるその一瞬の動作の後、振り切る剣から遅れるようにして音が周囲へと伝播していく。
次の瞬間には閃光が音を追い越して戦場を覆っていく。ゴオッっと地鳴りが起き、振り切られた剣から放たれるその光は怪物達と生徒達を吞み込んでこの場の一帯は光に包み込まれていく。
そのあと一拍遅れてヒュオンっと剣を振って空気を切り裂いた時に鳴る音がティルスの耳を突き抜けていく。
生徒達の視界には光に薙ぎ払われていく怪物達の姿があり、うめき声と共に塵となり、剣から放たれた音と同時にゆっくりと消失していく。
「なんじゃ!? これはっっ」
マキシマムは怪物達とともに光の中に吞み込まれえていた。目の前の光景が信じられない。おそらく誰かが放ったのであろう攻撃であることは分かったが、あまりにもでたらめな攻撃であったためだ。
長らく戦場を生き抜いてきたマキシマムですらこんな現象は見たことがない。
彼は土煙が上がる中で拳を握り込んで佇んでいた。
じんわりと視界が元に戻る。眩んだ目がゆっくりとその景色を形作っていく。
信じられない事が目の前で起きていた。驚くべきことにその攻撃で傷ついている生徒は目視できる限り一人も居なかった。まるで手品の類だ。もしくは剣自体が特殊なものではないかとティルスは推測する。
だが、今はそれよりもこの危機を乗り越えた安堵が勝る。怪我はあるだろうが、致命傷を負ったものはそう多くはないようだった。
生徒達が抱き合い、お互いの無事を喜び合っている姿が目に入る。
ティルスもようやくここでホッと胸を撫で下ろす。
だが、まだ完全に張り詰めた空気を解かない黒いフードの男は先ほどまでとは違う方角へと視線を向けて立っていた。
「君の魂の系脈、そして果たすべき役割を受け継いだ者に、何か、問題があるようだな。ベルティーン……。ん? この気配は……?」
黒いフードの男の声は周りの生徒達の歓声に掻き消され風に消えた。未だに緊張感を解かない男を不思議に思いティルスは声を掛ける。
「どうかしたのですか?」
「……禁忌に手を出した者、やはりいたのか」
「禁忌?」
「ああ、どうやら、この区域にきたようだな……この方向……目的は、そうか、狙いは、ベルティーンの魔女核(ウィッチコア)」
「魔女核(ウォッチコア)?」
「説明している暇はない。ティルス。こい」
「え、私も、なのでしょうか?」
「今この場所に居る者の中で、残念ながら君以外に『アレ』と今戦える力はないだろう」
「……分かりましたわ。マキシマム先生! 他の生徒を頼みます!」
「お、おお」
次々と動く展開を整理したいが今はマキシマムにこの場は任せるしかなかった。
ティルスと黒いフードの男は走り出した。
茂みの合間を駆け抜けながらも問いかける。
「どこへ向われるのでしょうか?」
「あの者の元だ」
「あの者?」
ティルスは他の生徒達と行動を別にしている生徒を思い浮かべた。その存在にここに来るまで一人だけ心当たりがあった。彼の言葉でそれを思い出していた。
「……まさか、ショコリーのこと?」
「……ショコリー?……ショコリー・スウニャか?」
「ええ」
フードの男は何故か懐かしさを含むような声色で一言呟いた。
「ショコリーが彼女の受魂者だと? 少しばかり複雑な事になりそうだな……急ごう。このままでは全て終わってしまう。それだけは避けねばならない」
「え……ええ」
彼の言葉の真意を汲み取れないでいるティルスはひとまず速度を上げた彼の背中に追随したまま駆けていった。
続く
作 新野創
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