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Second memory(Sarosu)10

「ねぇ、ほんとに行くの?」
「あぁ、嫌か?」
「嫌じゃないんだけど、、また、心配かけちゃうかも……」

 その夜、ヤチヨが久々にうちに泊まることになった。
 シスターはちょっと……いや、異常なくらいはしゃいでいた。
 でも、そんなシスターの……。いや、そもそも笑顔を見るのは久々で……。
 ヤチヨと二人で料理なんか作っていて……とても賑やかな食卓だった。
 ただ、そこに母ちゃんもいて欲しかったなと俺は思ってしまった。

「じゃあ、そろそろ行くか、、ほら」
「何?」
「手、つないでやるよ。暗いの苦手だったろ?」
「あ、うん! ありがとう」

 元気な返事とは真逆に、ヤチヨは俺の手を控えめに握った。
 それはなんだか不思議な感覚だった。ヤチヨの手なんていつも握っていたはずだったのに……。
 ヤチヨの手は俺が思っていた以上に小さくて、力を入れ過ぎれば簡単に壊れてしまうようなそんな危うさを感じた。

「? どうしたの? 手、じっと見つめて」
「!! なんでもねぇ! 行くぞ」

 もう何度目かわからない夜の脱走を俺たちは決行した。
 ただ、もう小さな子供じゃない俺にとって、あの頃に感じていた夜の森への恐怖は完全に無くなっていた。

「なぁ、ヤチヨ……お前本当に怖いか?」
「……さぁ~どうでしょ~?」

 答えをはぐらかされたから、離してやろうかとも思った。
 でも、そんな俺の脳裏を過ったのは幼い日の泣いているヤチヨの姿。
 
 ただ、普通に考えれば泣くほど怖いはずがない、、だいたい、あの日だってフィリアと一緒にうちまで……。

 フィリアと一緒に……。

「サロス? どうしたの? 道、忘れちゃった?」
「えっ?」

 ぼーっと立ち止まっていた俺をヤチヨが不思議そうに見ていた。

「あー……その……」
「まったく、、サロスから言い出したんだからね! 仕方ない、あたしが案内してしんぜよう!!」
「おっ、おい……」
 
 そう言って、ヤチヨは俺の手をぐいぐいと引っ張って森の中を駆け出した。
 
 やっぱ怖いっていうの嘘なんじゃねぇか……。

「とうちゃーく」

 ヤチヨの言葉と共に、俺たちの目の前には見渡す限りの原っぱと、、空には満点の星空が広がった。

「星の見える丘」

 幼いころ、ヤチヨと二人で見た。思い出の場所。
 あの日、、俺はヤチヨと一緒にヤチヨのお願いを一緒に願った。
 あの頃は思いもしなかった、、まさか、ヤチヨと同じ経験をすることになるなんてこと。

「ここは、いつ来てもきれいなんだね」

 横にいたヤチヨがポツリと呟いた。

「あぁ、そうだな」

 俺も、それに短く返す。

「ねぇ、、また、お願いしてみる? あの頃みたいにさ」

 そう言って、ヤチヨが無邪気に笑った。
 
 あの時のヤチヨは泣いていたはずなのに……今、ヤチヨは笑っている。

 今ここにいるヤチヨはあの頃とは違う。そんな当たり前のことがなんだか少し不思議だった。

「流れ星にか?」
「? サロス、そのために来たんじゃないの?」
「どうだろな」

 そうだったのかも知れない……。散々、お願いなんてと思っていたのに……。
 こんなことになって、初めて俺は今更、、そんな都合のいいことを考えているのだろうか。

 だとしたら自分でも、笑えるくらいに滑稽だと思う。
 ……そんなことしたって時は戻るはずないのに……。

「……仕方ないなぁ! まずは、あたしがお願いしようかな」

 そう言って、ヤチヨは両手を合わせ。空に向かって何かを一生懸命願っていた。

「……何、お願いしたんだ?」
「ひ・み・つ~」

 ヤチヨが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なんだよそれ、、いいから教えろ」
「いやだよ~。サロスには教えないよ~だ」

 そう言って、ヤチヨは楽しそうにくるくると回りながら逃げ出した。それを俺は、必死になって追いかけた。
 
 フィリアや医者にしばらくは安静にしろと言われた事なんて、、俺たちはすっかり忘れて全力のおいかけっこを楽しんでいた。

「いたっ」
「おい、大丈夫かよ!! ヤチヨ」
「アハハ、こけちゃった……。どうやら、あたしの足はまだ完全に元通りにはなかったみたいだぁ~。はぁ、、もう、走れないやぁ。ハハハ。こうさーん」

 ヤチヨはそう言いながら楽しそうに笑っていた。

「そうか……。じゃあ、俺もやーめた」

 言いながら、俺も原っぱに寝転がる。
 少し、、無茶をし過ぎたようだ、、痛みが治まるまでは動けそうにない。

「ごめん! サロスの方が重傷だった!! 大丈夫? 痛い?」
「平気だよ! こんくらい、しばらく休んでれば治るっつーの」
「そう? じゃあ、あたしも」

 俺の横にヤチヨが転がって移動してきて俺に小さく笑いかける、、
 ちょうどよい風も吹いている。気持ちがいい、、虫の声さえ聞こえてこないそんなとても静かな夜だった。

「ねぇ、サロス」

 いや……うるさいのが真横にいたんだった。

「なんだよ? 俺今、この雰囲気に浸ってるんだけど?」
「ぷっ、らしくな~い。サロスにはそういうの似合わないよ」
「なんだと?」
「アハハ」

 ヤチヨの笑い声が耳に届く、胸が暖かくなる、、ヤチヨが、笑っている。

 ただそれだけで俺の心が満たされていく……そんな気がしたんだ。


続く

作 小泉太良

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