見出し画像

Sixth memory (Sophie) 00

「次、入れ」

 低く、野太い男性の声がドア越しに聞こえてくる。

 ボクは、緊張で震える足を一歩また一歩と前へと進める。
 
 右手と右足、左手と左足が同時に動き出す。言わずとも誰が見ても緊張している事が分かったと思う。

「申請番号101番! ソフィでぇす!!!」

 震える声で、精一杯大きな声で自分の名前を叫ぶ。

 が、裏返ってしまい、思わず両手で口を押えた。

 周りにいる待機している人の中からくすくすと笑う声が聞こえる。心臓の早鐘を打つ音が更に大きくなる。

 ドッドッドッ

 顔から、火が出るのではないかと思うくらいに恥ずかしい。

「静粛に……今、笑ったのは誰かしら?」

 中央に座る、目を細めていた女性の目が開く。

 場の空気が一気に変わる。それは、そこにいる誰もが背筋を正すほどに緊迫した状況だった。

 ボクはもちろん、ボクの周りの他の自警団の団長さんたちも思わず息をのんでいた。

 自警団の第七団(アイゴケロス)団長、アインさんのそんな空気感に飲まれず、第八団(タウロス)団長であるツヴァイさんはあくびをし、第九団(カルキノス)団長であるドライさんは苦笑いを浮かべていた。

 自警団の団は、その数字が若ければ若いほどに力を持つ……と、いうのはずいぶん昔の話のようで……今は、この第七、第八、第九の三勢力がほぼ自警団の中心にある。
 
 第一団である(ジュゴス)を除けば他の団の勢力は古くからの……所謂、古参の人たちばかりで成り立っており、自警団内の運営実権はほぼ前述の三つの団が担っている。

 新しい人を拒む古参の団とその下、第拾団(アクアリオ)第拾一(トクソテス)、第拾二(イクテュエス)はほとんど名ばかりで今はほとんど活動を行っていない。

 聞いた噂では、自警団という名前と肩書だけが欲しい人達の集まりになっているとも言われている。

 それが本当なら、何故、そんな人たちを活動中の自警団の人たちが野放しにしているのかはわからない……今のボクには想像も及ばないような理由があるのだろう……。

「正直に申し出なさい……」

 周りが再び、静まり返る……。

 誰も名乗り出る様子はない。

 今、一番彼女に近い……アインさんの目の前にいる、ボクは冷や汗が止まらなかった。

 アインさんは目を伏せてふーっと溜息を吐いた後、顔を上げた。

「……わかりました……チャンスを与えたというのに……45番から59番、67番から82番、111番から……そうですね……まとめて残り150番までは失格です。さようなら」

 彼女のその言葉で、数十人の人たちが自警団の人たちによって連れ出される。

 文句を言う人、許しを請う人さまざまいたけど、誰一人として例外なくその場から追い出されていく。

 その中にはアインさんの団、アイゴケロスへの入団が決まっていたであろう人も数人いたはずだが……おそらくそれも白紙に戻されたということだろう……。

「ごめんなさい。101番ソフィ、あなたの邪魔をしてしまいましたね」
「いっ、いいえ……大丈夫です」
「ありがとう。では、続けますね」

 アインさんが、その眼をまた細め、にこやかに笑う。その笑顔がなによりボクは怖かった。

 ガチガチに固まり、ピンと姿勢を正して冷や汗をかきながら応答する。

 他愛のない質問が続き、ボクもそれに対して誠実な答えを返す。
 
 肌感覚だけでいうなら、決して良いとは言えない空気だった。
 
 最後の質問を終えた、タイミングで一人の団長さんが手を挙げた。

「はいはーい! この子、あたしのカルキノスにほっしーな」

 そう言って、ドライさんが無邪気な声で言い放つ。

「却下です」

 その発言にはっきりとアインさんが拒否を示す。

 その言葉を聞いて、ドライさんが頬を膨らませた。

「ちょっと、アイン~!? いっくら今の自警団での発言権が一番強いからってそこまでの権利はーー」
「理由は主に二つあります! 一つは、彼をもしあなたの団に正式入団となると、唯一の男性団員となること」
「あたしは、彼、可愛いから全然気にしないわよ~」
「そう言って、カルキノスに入団した男性団員がひと月以内に辞めてしまう確率はここ直近の数年間100%です。貴重な団員を無駄に減らしたくはありません」
「それはーーまぁ」
「もう一つ……団員は、あなたのおもちゃではありませんよ……ドライ」

 その発言に、ボクの背筋がゾクリとした。

 噂だけは聞いたことがある、カルキノスに入団した男性団員は突然団を辞めるか、失踪する……という話を。

 これまた理由はわからない……でも、男性団員の中では『魔女の巣』という別名が、カルキノスにはつけられているらしい。

 それが関係しているとは思うけど、想像がつかないほど過酷なんだろうか?

「あ~ら、どういう意味かしら? アイン」
「ここで言っても、私は構いませんが……それはドライあなたが困るのでは?」
「うーん……別に言われて困るようなことなんてないけどぉ……」

 アインさんとドライさんの見えない戦いのようなものが始まっているのを感じて、ボクは思わず息をのんだ。

「そんなに言うなら……アイン、お前のとこが引き取るのか?」

 ツヴァイさんの発言を聞いて、アインさんの細かった右目が開きボクを真っすぐ見つめる。

 そのあまりの眼力に、ボクは逸らすこともできずに怯えた目でただただ体をこわばらせた。

「惜しい……んだけどね」

 何かをぽつりとアインさんがつぶやくいたような気がしたが、上手く聞き取れず、いや、そんな余裕はなかった。

「学科、実技、共にうちのアイゴケロスの基準には達していません……ですので、私の団では少なくとも受け入れられられません」

 はっきりと一つの可能性は消えた。いや、初めからアイゴケロスに入団できるとは思ってはいなかったのは事実なんだけど……。

「失礼。結果は追って伝えるはずでしたね……」
「あーっと、そうでした~ ゴメンね。ソフィ君、でもカルキノスもちょっと入るのは難しそうかなぁ」

 ズバズバと言われる。いや、あまり長く先延ばしにされるよりは断然いいとは思うけれど余りにも歯に衣着せぬ物言いに見えないボディーブローを食らったように精神が悶絶する。

「うっ」

「ドライ」
「はーい、ごめんなさーい~」
「……101番、最後に何か言いたいことはありますか?」
「えっ……えっと……」
「……ありませんね……では、下がってーー」

 ここで、帰れば何かが閉ざされてしまう気がした。

 分かっている。今のままじゃいけないことを。

 だから、ボクは……。

 

 咄嗟に心の中にしまったままになりそうな言葉を吐き出した。

「ぼっ、ボクは!! 自警団に入ることを夢見て!! 今日、ここに来ました!! 絶対! 絶対に正式団員になってみせます!!」
「……聞こえませんでしたか? 下がってーー」
「自警団に入ること! それは、僕だけの夢じゃないんです!! 父さんの!! 僕らの夢なんです!! 僕は!! 弱いです!! 強くありません!! でも、いつか父さんにも母さんにも心配をさせないくらい強くなりたい……いえ、なります!! 自警団に入団することはその第一歩なんです!! いつか、いつの日か、ボクは!! 大事な人を守れるようになりたいんです!! いえ、なります!! だから……だから!! ボクは、ボクは……その夢、目標を今日終わらせる気はありません!! 今日が、ボクの……ボクの始まりの日だと思っています!!」
「……結構、下がってください」
「あっ、ありがとうございました!!」

 ボクは、勢いよく頭を下げ、自警団の人に連れられてその場を後にした。

「じゃあ、次の子どうーーちょっと! アイン? どこ行くの?」
「私は、ここまででいいわ……そうだ……あなた方も、船をこぐぐらいなら、私のように退出した方が良いんじゃないでしょうか?」
「ちょっと! アイン!!!」
「失礼、後は任せたわ。ツヴァイ、ドライ」
「ちょっ、ちょっと!! アイン!!!」
「まぁ、あいつの気まぐれは今に始まったことじゃねぇ……じじい共も何も言わねぇってことはそういうことだ……」
「もぅ……」

「良いのかい? 古参団長たちにあんな喧嘩を売るような発言をした挙句に、途中で出てきてしまって?」
「……二人には悪いけど、私はもう今回の入団面接に興味はないわ」
「……それにしては少し嬉しそうだな? アイン……君が他人に興味をもつなんて、珍しいね」
「……私、あまり詮索されるのは嫌いよ」
「そうだったね……」
「ソフィ……」
「……?」
「自分は、弱いか……守るために強くなりたい……フフフ、あの子のことは、多分私、覚えている気がするわ」
「そう、か……」
「こんなとこにいたら、それこそあの古狸に見つかるわ……それは、あなたも本望ではないでしょ?」
「そう……だね」
「行きましょう……ナー……フーリー」
「あぁ、そうだね」

 翌日、ボクの家に一通の白い封筒に入った手紙が届いた……入団合格通知……入団先は第八団(タウロス)、ツヴァイ団長をはじめとする男性のみで構成された肉体派の団だ!!

 父さんは真っ先に喜んでくれて、母さんも今日はごちそうね! なんてお祝いしてくれた。

 その日は、母さんがボクの好物ばかりを作ってくれて、父さんは涙を流しながら何度もおめでとうを言ってくれた。

 こうしてボクは春から、自警団としての生活が始まることが決まった。

 その日、ボクは嬉しさで眠ることができなかった。

 
 そして……入団式の日、ボクの脳裏に焼き付く人物がいた。

 壇上で、現、自警団の有望な人物として代表で挨拶をした、青い髪に、灰色の瞳の彼……。

 ただ、ボクは知らなかったんだ……自警団に入団するということがどういうことか……考えていた以上にボクの人生の大きな転機になるということを……そして、目を奪われるフィリアさんが後にボクの恩人になることをボクはまだ知りもしなかったんだ……。



続く

■――――――――――――――――――――――――――――――■

天蓋は毎週水曜日の夜更新

「天蓋のジャスティスケール」
音声ドラマ版は 【 こちらから 】ご購入いただけます(note版)

声プラのもう一つの作品
「双校の剣、戦禍の盾、神託の命。」もどうぞご覧ください。
双校は毎週日曜日に更新中
★西部学園都市ディナカメオス編が連載中

双校シリーズは音声ドラマシリーズも展開中!
「キャラクターエピソードシリーズ」もどうぞお聞きください。
★EP01~16 リリース中!!
なお、EP01 キュミン編 に関しては全編無料試聴可能です!!


そして声プラのグッズ盛りだくさんのBOOTHはこちら!!
BOOTHショップへGO
■――――――――――――――――――――――――――――――■

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?