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Fourth memory 20
子供たちを寝かしつけた後、あたしは、サロスを自分の部屋に呼んだ。
今回もこれまで通り、偽りの名を本当の名前だと名乗り、サロスに伝える。
今の時間だけのピスティという一人の存在をサロスに刻みつける。
かなりむちゃくちゃで矛盾だらけのあたしの嘘だとしてもサロスはその嘘を……あたしを信じてくれる。
それは、あたしとサロスだけでしか成立しない嘘の形だった。
「そういや、よ、ピスティ、昼間の続きになるんだけどさ……お前そのピアスどうしたんだ? 確か、夜になったら教えてくれるって言ってたよな?」
「あぁ、そうだったわね。もらったのよ、昔、大切な人に……」
そう言いながら、あたしは耳にしていたサロスのピアスにそっと指先を触れさせる。
それと、同時にアカネさんの顔が頭によぎっていった。
初めて、アカネさんにサロスのことを頼まれたのも今考えてみれば、もう、随分と昔の事のような気がする。
「そっ、か……」
「ねぇ、なんでこのピアスのこと、気になったの?」
「お前のしてるそのピアスを見たらさ……なんでか、かあちゃんを思い出したんだ。多分、似たようなピアスをしてたからじゃねぇかなとは思うんだけどさ」
サロスがこのピアスを見て、アカネさんを連想し、思い出した。
その事実がなにより嬉しかった。
子供の頃、キッチンに立って料理をしているアカネさんの後ろ姿をサロスと二人で良く見ていた。
今、思えばその頃から、アカネさんはサロスのピアスをつけていたものね……。
少しだけいたずらな表情でにんまりと笑いながらあたしは言う。
「なるほど。つーまり〜あたしのピアスを見て、ママが恋しくなったんでちゅね~」
「からかうな……ま、否定はしねぇけどよ……」
ふてくされながらも肯定する姿に目を細める。
「素直なサロスは可愛いわね、ふふっ」
そういってほっぺをちょっとだけツンツンしてあげた。
「だからからかうのはーー」
ふっと真面目な顔に戻ってあたしはそう呟いた。
「ねぇ……このピアス、サロスにあげよっか?」
「えっ!?」
サロスが、あたしの発言に驚きの表情を浮かべる。
だって、このサロスのピアスはきっと……これはきっと、本来サロスが持っているべきもの……。
良い頃合いだとも思っていた。
どんな結果になったとしても、この繰り返しは今回が最後になる……どこにもそんな根拠はないけど、なんとなく、そんな気がしていた。
だからこのピアスもきっと、これからはあたしには必要のないものになる。
本当は、アカネさんを思い出せるこのピアスはいつまでも待っていたいけれど……でも、それこそ、それはあたしのただのわがままだから……。
「あたしの片方のピアス、あげてもいいよ」
だから、これはあたしの意味のある抵抗、全部じゃなくて半分だけ。
サロスにとって、アカネさんは大事な人だけど、あたしにとっても、アカネさんはとても大事な人なんだもの。
そんな二人にとって大事なアカネさんの……この世に残された、たった一つの形見なのだから……。
「……ばーか、そんな顔したやつからもらえねぇよ」
「えっ?」
「ピスティにとって、とても大切にしているものだろ? そんなもん、もらえねぇよ」
サロスがそう言って、にっと笑みを浮かべる。
優しいな、でも、ダメだ。その優しさに甘えては……だって、サロスにとってアカネさんはーー。
「うん……そうなんだけどね。でもーー」
「それにーーちょっと待ってろ」
あたしの言葉を遮って、サロスが自分の部屋へと一度戻った。
あたしの部屋に再度来た時に大事そうに小さな木箱を両手で抱えていた。その箱をテーブルの上に置いて、そして木箱の金属の留め金部分にゆっくりと指をかけ、上に押し上げるようにして、中を開ける。
そこには、あたしがもっているものと同じサロスのピアスが二つ揃ってしまってあった。
「これ……」
「俺の20歳の誕生日の日。教会に、鍵が届いたんだ」
「鍵?」
「誰から送られた来たのかも、どこから送られて来たのかもわかんねぇんだけどさ……」
差出人不明の手紙、それはきっとアカネさんからの贈り物。
どうやったのかはわからないけど……きっとそんな気がした。
「その鍵さ、小さな封筒ん中に入ってたんだ。見たことない鍵でさ、ダメ元でこの鍵どこのかわかるか? ってシスターに聞いたらさ、かあちゃんの部屋の引き出しの鍵に似てるって言うんだ」
なんとなく、その封筒を入れたのはシスターなんじゃないかと思った。
まだ、アカネさんがあたしたちのそばにいた時、アカネさんはシスターにお願いしてたんじゃないのかな?
必要なときになったら、そうやってサロスにその鍵を渡して欲しいって。
「それ聞いて、俺、母ちゃんの引き出しを開けてみたんだ……そしたらこのピアスと、かあちゃんからのメッセージがあったんだ」
その事実はあたしも初めて知ったことだった。
サロスもこのサロスのピアスを……アカネさんの持っていた未来を変えられるかもしれない鍵を持っていたということ。
アカネさんからのメッセージそこにもきっと何かヒントが……。
「その手紙には、何て書いてあったの?」
「お誕生おめでとう。そのピアスはいつか必ず必要になるときが来るから、大事に持っていなさい、そばにいてあげられずゴメンね、サロス、愛しているわって」
「……それ、だけ?」
「あぁ、それだけだ」
そのメッセージにはあたしの期待したものはなかった。
でも、アカネさんらしい、短いながらも愛のあるメッセージだと思った。
「……ただ、その手紙さ、何度も何度も書き直した形跡があってさ、なんて書いたのか読むことはできなかったんだけどさ……でも、多分、たくさん考えて、考え抜いて、結果それだけ書いたんだと思う」
それは、きっと、アカネさんがその先の未来を確定させないために、言葉を選んだ結果だと思う。
アカネさんはあのとき、いったいどこまで知っていたのだろう?
ただ、きっと、運命に精一杯、抗ってサロスに何かを伝えたかった結果、それがその手紙なのかも知れない……。
サロスの力になりたい。
アカネさんは、ずっと前からあたしを助けにいってサロスが天蓋に消えてしまうことを知っていたのかも知れない……。
「そっ、か……」
「あぁ、大事なこと、いつも全部は話してくれないんだよ、かあちゃんってさ」
「そう、なんだ……サロスは、大好きだったんだね……おかあさんのこと」
「あぁ、今でも大好きだ……俺の自慢の世界一のかあちゃんだからな」
うん、知ってる。
だって、あたしにとってもアカネさんは自慢のーーだから。
「ねぇ、そのピアス、あたしが付けてあげよっか?」
「えっ? いいよ!! んなーー」
「いいから、付けてあげる! ほーら、じっとしてて」
「ったく、強引だな……」
サロスはそう言いながらも、嬉しそうに笑っていた。
あたしは、ゆっくりと箱からサロスのピアスを取り出し、サロスの左耳につける。
もう一つをつけようとすると、一つでいいとサロスがつけるのを拒んだので、大事に箱の中へとピアスを戻した。
最初は照れた様子だったサロスが、左耳についたピアスを軽く撫で、嬉しそうに小さく笑っていた。
今、きっと、アカネさんを思い出しているんだろうな……。
「……泣く?」
「っつ! ばか! 泣かねぇよ!」
「ふーん、こういう時はさ、かっこ悪いとか思わないで、泣いていいと思うよ」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、なんか昔……誰かに似たようなこと言われた気が、してさ……」
その言葉に、あたしはハッとする。
何度目だったかは覚えていないが、どこかの繰り返しの中。
あたしは、確かにサロスにそんな言葉をかけた。
その時、なんでそんな言葉をかけたのか覚えてはいないけど……覚えているのは、その言葉をかけた時のサロスは痛々しすぎて……見ていられなくて……。
あたしたちは、ただ二人で泣いた。
確か……星の見える丘でーー。
でも、その記憶は……あたしの中にしかないはずなのに……サロスの中にも記憶として残っている……?
こんな事態は、初めてで……いや、初めてではない。
確かに、その予兆はいつからかあった。
でも、こんなにはっきりとわかるほどにサロスが別の時間の記憶を朧気とはいえ、覚えている。
その事実にあたしは驚き、言葉がつまった。
「……っつ……」
「……なぁ、ピスティ! お前——」
「よし、今日はそろそろ寝よっか! 明日はシスターに子供たち帰しに行くんだから、早起きしなきゃいけないんだし!!」
何かを言おうとしたサロスの言葉をかき消すように、わざとらしく声を大きくする。
「……そうだな……じゃあ、もう寝るか……おやすみピスティ」
驚くほどに、早く引いたサロスに驚いた。
いやサロスは気づいたのかも知れない。
気づいたからこそ、深く聞かずに話を終わらせたのかもしれない。
「おやすみ。サロス」
サロスの背中越しに声をかける。返事はなかった。
ゆっくりと歩いて部屋から出るサロスの足音だけが響く。
カチャリ。部屋の扉が閉まり、足音が徐々に遠ざかっていく。
完全に聞こえなくなったのを確認して、あたしは声を出さずに泣いた。
覚えていてくれた……あたしだけじゃない……その、事実がどう影響するのかわからないし、本当は良くないことなのかも知れないけど……。
でも、今、あたしは、嬉しさで涙が止まらなかった。
もしかしたら、今までのあたしも、サロスの中に存在しているのかも知れない……。
あたしであってあたしじゃない…………それぞれの世界のヤチヨたち……ここに来るまでの日々を過ごす中で犠牲になったたくさんのあたし。
「……ははっ……」
小さく息が漏れ、鏡に映る自分を見ると、自嘲気味に笑みを浮かべた。
笑って気づいたが、とても寂しくて、苦しくて、切なくて、胸が痛かった。
忘れるな。忘れるな。
……今度こそ、間違えない。あたしは、ピスティであってヤチヨじゃない。
だから、最後までピスティとして、この痛みを抱えて、生きるんだ。
続く
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