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138 運命のチョココロネ
双校祭の後はこれまでの事はまるで何事もなかったかのように穏やかな日々が学園内では続いていた。
そうしている間にエナリア派閥は中核のメンバーを中心としてこれまでバラバラに群雄割拠だった東部をまとめ上げ、東部学園都市コスモシュトリカに新しい秩序を生み出していた。
生徒会メンバーを筆頭とし、まるで国の正規の騎士達のように各自の特性ごとに特化させた新しい隊制案を打ち出した。
それが功を奏してか学園内のまとまりが増していき目的意識が移り変わっていく。
騎士になる事だけが目的ではなく、この国の未来の為に自分が出来る事を各自が考える、行う、というシンプルな考えが誰にとっても分かりやすく伝わったことが大きい。
敢えて全員が騎士を目指す必要がないということなどの多様性をエナリアは認め、その上で騎士になりたい者達を全力でサポートしてもらうという立ち回りや役割を明確に生み出したのである。
次の東西模擬戦闘訓練での勝利に焦点を当て、それぞれの生徒が得意な事を明確に判断し、合った部隊に配属するという先鋭的な手法を用いたエナリアは瞬く間にこれまでの生徒会が成しえた事のない統一感ある東部学園都市を築き上げていった。
これらは本気で騎士を目指していないという者達にとって非常に革新的かつ魅力的な提案だった。
元々、戦って騎士となる事を渇望する者は前線で戦い、出来る事なら戦いたくない者にその他で貢献してもらう。
一見単純だが、それぞれの適性が噛み合う事でこれまで以上に色んな戦況に対応する事もひいては今後可能となる。
「皆様、生徒会より通達いたしますわ! 東部学園都市生徒会は皆様と共に足並みを揃え、理想の実現のためにこれより新体制を整えました! それぞれ個人がこの学園から先の未来でこの国の新たな礎となれるよう私達と邁進いたしましょう。これからの時代は騎士としてのみが我々、生徒の進むべき道にあらず!」
新年の幕開けの挨拶でのエナリアの力強い演説が生徒達の結束を高めていく。
皮肉な事と言えば、その強い結束の裏には多くの生徒が目撃した単騎模擬戦闘訓練でのゼア・クレアスクルの最後の姿。
シュレイドに両断されたあの出来事が記憶に刻まれている者も少なくはなかった。自分はこうなりたくはないという恐怖が結果的に年が明けても尚、大きく影響していたことにこの時のエナリアは気付いてはいなかった。
「そして新たな年の始まり、この良き日にこの私、エナリアより新たな東部学園都市の体制を発表いたします!」
告げられたのは東部生徒会により学園全体で生徒を隊分割し、必ずどこかの枠組みに確実に配属させるという非常に大掛かりなものだった。
これまでの学園祭までに至る流れから大きな反対をエナリア派閥に対して抱く者はほとんど居なくなっていた。
期待感といえば安易には聞こえるが、何かを変えてくれそうな空気がこの頃のエナリア派閥には存在していた。
スカーレット隊……主に最前線で王道的な戦局を組み立てる為の部隊。隊長にスカーレットを据え、突破口を開くべく敵陣へと突入する血気盛んなメンバーが集まる隊。学園で突発的に起きた九剣騎士ディアナとの戦いを見ていた者達が特に多く志願してきている。
アイギス隊……スカーレット隊の後方にて最前線へも介入ができ、防衛の要にも優勢でも劣勢でも立ち回れる位置で全体の戦況をコントロールし最も乱戦になりやすい中盤の戦線を維持する隊。エナリアの最大対抗派閥のリーダーであったシルバをアイギスが圧倒した事から先の学園祭から急激に支持を得て志願者が集まった。
カレッツ隊……策源地管理を主として戦況判断と作戦指揮、それらの伝達や物資の支援などを行う隊。長期化する戦いでは非常に重要な位置となり、それら情報と物資の管理に長けた人物が集まる隊。直接の戦闘を出来る限りしたくないという希望がある生徒達をまとめてこの隊に配属させている。
出来る限り前線で戦わない代わりに、武器や防具の作成、また作戦の立案などの頭脳労働を担い知恵を結集する。
エル隊……バイソン派閥の人数の多さを基盤とし後方での戦闘発生の際にカレッツ隊の防衛を担う部隊。特に体力に自信のある者を多く集めており、エルの指示の下で局所戦闘の補助を行う。斥候や戦場の情報集めなどもこの隊の役目となっている。自分の活躍よりも集団としての価値の向上による国への貢献。また全員が一丸となることで個に才覚がなくても連携の高さなど集団活動での利点をアピールし、騎士への道に繋げていくという方法に惹かれる者達が集まる。
ガレオンはエナリアの申し出を断り、隊ではなく個人とし規定以上の年数通い続ける学園の上級生達と遊撃枠となった。その自由度の高い個別の枠もエナリアはガレオンやその他個人で動きたいという者の意見を汲み取り大枠だけは設けていた。学園祭でのモンスターの襲来の一件により上級生たちも一人で出来る事には限界があると感じ、この申し出を受け入れている。
そして、最も一般的な国の騎士隊とは大きく異なるのがエナリアの立ち位置であった。
本来であればこれらの全ての隊は生徒会長、つまりは学園内のリーダーとなる人物であるエナリアを守るように全体の陣形を組むのが一般的である。
しかし、エナリアが戦況に応じて全ての隊を渡り前線で動き回るという形になっており、どちらかといえばガレオンと同じ遊撃の枠に近くなっている。
ここまでのことをさせておいて自分がそもそも前線に出ないというのは性に合わないというエナリアの独断によるもので、当初は集団としてのリスクの高さにスカーレット達に猛反対されていた。
ただ、彼女にとってはそれも折り込み済みで、自分が倒れた際にも東部が瓦解する事は避けたいと考え、全員の身に何が起きても誰でも引き継いでリーダーシップを他の者が取れるようにしていくべきと断言し、最大限柔軟に行動できる事がこれからの国の未来にとって確実に必要になると熱弁し、最終的に生徒会の面々はエナリアの強い意思に説得される。
実際にエナリアが他の生徒達に対して精力的に前に進む背中を見せる事で大きな信頼を得られる事が確かな実感となって東部学園内の統一感は日に日に増していった。
学年も能力も関係なく、誰もが自分の出来る事で貢献できるという理想。
その理想への道は確実に始まっていた。
年明けからのエナリアが敷いた新体制が徐々に浸透し始めてきた頃、今年もまた東部学園都市コスモシュトリカに新入生が入ってくる時期が訪れていた。
多くの期待と戸惑い、そして不安が入り混じるこの季節を懐かしく思いながらシュレイドは食堂からの帰り道、一人ベンチに腰掛けパンの袋を開けた。流石にもう食堂の混雑など手慣れたものである。
懐かしい時期でもあり、自分が入学した時に初めて行った食堂での出来事がふと頭をよぎる。
今、手元にあるのは巻貝のような形のパンの中心にチョコレートという甘いソースが詰められた菓子パン。チョココロネだった。
あの日、騒動に巻き込まれた際に昼食を食べ損ねたシュレイドがゼアからもらった思い出のパン。今でも忘れる事はない。
普段はまず好んで自分では食べないそのパンをその日はどうしてかシュレイドは購入した。きっと新入生が来るこの季節が懐かしく思え、手に取ってしまったのだろう。
見つめる先にある螺旋はその見た目のように思考をぐるぐると巡らせる。
その時だった。
「うぅ、お腹空いたよぉ」
小さな呟きが耳に入った。
「はぁ~何にも買えなかったぁ。午後の授業どうしよう」
視線を上げるとお腹を両手で抱え込んで今にも泣きそうな顔の少女の姿が視界に入る。学園ではあまり見慣れない顔だった。その独特な髪色と髪型で両サイドに結わえた髪がゆらゆらと揺れている。
新入生だろう、おそらく食堂の初見の混雑に成す術もなく、食べるものを手に入れる事が出来なかったという事は想像に難くない。
いつものシュレイドならばきっと放っておいたはずだった。
いつも関係ない人から声を掛けられる事は多くあっても、シュレイドは自分から声を掛けるという事は知り合い以外にはほとんどすることがなかった。
けれど、その日だけは違っていた。
「あ、あの」
無意識に自分から声を掛けた。
「きみ、新入生?」
掛けられた声の主がシュレイドに振り向く動きに髪が揺れる。
「はい、えと、あなたは?」
目が合った途端、急に気恥ずかしくなってシュレイドは目を逸らして手を彼女に向かって突き出した。
「ん」
突然の行動に面食らった少女は怪訝そうに首を傾げる。
「なんですか?」
差し出した手に掴んでいるパンを上下に揺らした。
「ん、これ」
「これ?」
「やる」
「わたしに?」
「ああ、腹、減ってんだろ?」
「へ? どうして、、、ってああ、私、口に出ちゃってましたか!?」
シュレイドは自分でもどうして声を掛けてしまったのか分からず混乱し、ぶっきらぼうに袋の口が開いた巻貝のような形のパンを差し出し、半ば無理やり少女の手に掴ませる。
「あ……これ……」
少女はその手元に掴まされたパンを見た途端に瞳孔を開き、凝視する。
「ちょこ、ころ、ね、ですよねコレ。ほんものですよね?」
「そ、そうだけど」
「あのパンと、おんなじ、だぁ」
不思議な言い回しでそのパンの名称を呟く少女の瞳がうるうると揺らめいているような気がした。
ぽつりと零したその言葉に込められたものをシュレイドが知る由などない。懐かし気に愛おし気に、ほんの一時であるものの永遠にも感じられる少女がパンに向ける眼差し。
その空気に遂に耐え切れなくなったシュレイドは一言。
「それやるよ。そんじゃ」
と告げてその場を逃げるように一目散に去っていった。
一人残された少女は離れていくシュレイドの背中を見つめる。
「……」
少女は、視線を落とし、既に開いている袋の口から震える手でパンを取り出してまじまじと見つめ、恐る恐る口を開き、頬張った。
「はむ」
柔らかいパンの中からじんわりと出てくるチョコレートのソース。
「あまい、ね」
その途端に地面にぽたりぽたりと零れ落ちる何かがあった。誰にも見られずに溢れ出すその想いは誰にも伝わる事はない。
「……おにいちゃん……」
少女は制服の袖で涙を拭って、残りのパンを口の中にねじ込んだ。もぐもぐと咀嚼しながら涙を堪える。突然の出来事に彼女自身もまだ気が動転しているようだった。
こんな所でこのチョココロネに出会えるとは少女は思ってもいなかったからだ。
「……そういえば、お礼、言い忘れちゃった。そういえばちょっと、ほんのちょっとだけ、おにいちゃんに、似てた気が、する。……名前も、聞きそびれちゃった。たぶん、先輩、かな……また、会える、よね」
シュレイドが去った先を遠く見つめる彼女の頬がこの季節にだけ咲く特別な花のようにうっすらと染まりゆくのだった。
つづく
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