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182 重ねられた過去
遠征の帰還から数日が経っても未だに救護室で目の覚めないリリア。その側でウェルジアは静かに窓の外を眺めていた。
窓の外に見える景色が何故かこれまでとは違う景色のように思える。久しぶりに学園で過ごしているからという事だけが理由ではないような気がしている。
カタカタと風が窓を揺らす音を耳にしているとガチャリとドアが開く音が聞こえ、足音もなく近づいてくる人影に気付く。
「……まだ起きないの?」
「ネルか」
心配そうにそっとリリアの寝顔を覗き込んだネルは首を傾げた。小さく呼吸を繰り返すのみでまるで彫像のように動かない彼女。
こうしてしっかりとまじまじ顔を見るのは初めてかもしれないとネルは思う。班戦闘の時には弱い足手まといとなりかねない彼女の存在に苛立ちを覚えたこともある。
だが、あの時に感じた雰囲気は今の彼女からは見て取れない。勿論眠っているというというのもあるだろうが、遠征で何があったのだろうことだけが分かる空気が彼女を包み込んでいた。
「大丈夫なの? この子」
「さぁな、お前の方こそ。その右足、大丈夫なのか?」
「……良く気づいたわねアンタ」
ウェルジアが歩行の違和感に気付くとネルは視線を落とす。彼女もまた遠征で負傷していた。彼女の戦い方にとっては命綱となる素早い動きを取れない状態。
普段ならこうして部屋に入る時にもそう簡単には気取られずにウェルジアに接近していたはずだ。
僅かに左右のバランスを崩している事を目ざとく悟られてしまいネルも苦笑するしかない。
「大丈夫、とは言えないわ。……まったく。この程度でこれまでには出来ていた全ての事が思い通りにいかなくなるなんて、人ってのは本当に……脆いものね」
「そう、だな。ままならないものだ」
「……」
その言葉を最後に二人とも椅子に座ったまま沈黙が続く。そもそも二人とも元よりそこまで口数が少ない方ではない。
共に班戦闘で一緒だった時からそれなりの交流はあったが、そこまで仲がいいという訳でもない。
ただそれでもそれぞれが不思議と共有できる何かがあった。その裏に共に過去に肉親を亡くすという経験があったという事は二人には知る由もない。
「学園に戻ってからアンタも休んでないんでしょ、ここは私が代わるから」
日頃、ウェルジアと同じく他人には興味を持たないネルも学園の中で徐々に変化をしてきている。
ヒボン班としてリオルグ事変を介してドラゴとも日々関わるようになり、そこからゼフィン、プルーナなどとの交流も生まれゆき、徐々に学園の中で関わりを持つ人間が増えていた。
こうして誰かを気遣っている。そんな状況、そして自分の姿に思わず口元が緩む。
「あの時誓った自分に近づけてはいる、のかもね」
「ブツブツとどうした?」
怪訝な視線が向けられる。ネルもジトッとした目で恥ずかしさを押し殺すように睨み返す。
「なんでもないわ。ほら、さっさと休みなさい」
「……わかった。すまん」
「そこはありがとうでしょ」
「ありがとう」
思わぬ返答に呆気にとられたネルの口がポカンと空いた。その目がまんまるに見開かれている。
「随分と素直ね。アンタも、何かあったってこと、か」
「ふん、そんなものはない」
そう言うとウェルジアは椅子から立ち上がり入口へと向かう。
「……あまり無理してもいいことないわよ」
背中にかけられた声には反応しないまま足取り重く部屋を後にする。言われてみれば確かに息が詰まるような感覚が学園に戻って来てからあり、常に胸の辺りを締め付けてくる。
色々な事があまりにも急にありすぎてウェルジアにはその全てをまだ整え切れていない。
学園に来るまで一つの事だけを考えて生きてきたウェルジアにとって難しい出来事が余りにも多すぎたのだろう。
ぼんやり漠然とした考え事をしながら歩いて気が付けばいつもの校舎裏の森へと足を運んでいた。
この場所が今の自分にとって心穏やかになる場所。自然の香りと音に包まれる空間。
だがこの場所にウェルジアよりも長くいる人物がいた。今日もその人物は変わらずそこに佇んでいた。
「ウェルジア?」
「……プルーナ。ひさしぶりだな」
「うん」
見るとプルーナの身体もまた包帯だらけだった。ネルもだが、全員それぞれの遠征がどれほど過酷であったかが一目で分かる。
「怪我、大丈夫なのか」
「だいじょうぶ。気遣ってくれるなんて、ウェルジア優しい」
「俺は、優しくなんかない」
「ううん、優しい」
その言葉とまっすぐ見つめてくるその瞳に少しばかり照れくさそうに顔を伏せてしまう。
「ウェルジアこそ、大丈夫?」
「俺は、大丈夫だが」
「うそはよくない」
ネルと似たような事を言われ少しムッとする。自分はそこまで分かりやすい人間ではない。とウェルジアは思っている。
がこうなる前の彼、遠い昔に心の奥底に封じ込めて消したはずの昔の自分が時折、顔を出し周りはその変化に気付き始めていたのだった。
下げていた顔を上げると真っすぐ見つめる視線と交差する。全てを見透かすような彼女の純粋な瞳には敵わない。
これまでの交流で色々な事を教えてくれたプルーナ。頼るつもりはなかったはずだが自然とウェルジアは心の内を吐露し始める。
「わからなくなった」
遠くへと視線を投げやって呟いた。
「なにが?」
ウェルジアの呼吸をしっかりと受け取り、ゆっくり、静かに寄り添うようにプルーナは問う。
「騎士になって、この国を滅ぼしてやる。ずっとそう思っていた」
プルーナの表情に困惑が浮かぶ。
言葉は真実、ウェルジアはきっと本気でそう思っていたのだろう。そして、かつて自分も同じように思ったことがあり、そして、今ウェルジアが戸惑っている悩みは自分も同じである事にも驚く。
この国の言い伝えにより忌み嫌われる紫色の髪。確かにまだまだ自分は学園の多くの生徒には避けられ続けている。
しかし、ウェルジアを介して、リリア、ネル、ドラゴ、ゼフィン、ショコリー達とだけは少なからず交流が生まれていた。
だから今の彼の言葉と今の彼の心境は少しだけ自分にも分かる。
「おんなじだ」
「なに?」
「私もそう思ってた、から」
「そうなのか」
「うん。でも、そうするべきなのか、わからなくなったってこと?」
「……ああ。国を滅ぼしたところで大切なものはもう元には戻らない。考えれば分かる事なのにな」
「ふふ、それもおんなじ」
心の内を吐露する二人の傍を風が吹き抜けていく。靡くウェルジアの髪は彼の心を表しているかのように風で乱れ荒ぶる。
「学園に来て、色んなやつに会った。色んな生き方を知った。知らないやつにも俺の知らない事情が、生き方があるんだと」
「うん」
「悪い奴ばかりだと思っていたが、良いやつも、いる」
プルーナはその言葉に少しもじもじしながら返した。
「わたしは?」
ウェルジアは思案するように視線を泳がせる。
「わる……」
途端にしょんぼりするプルーナの様子に少し可笑しくなった。
「嘘だ。お前はいいやつだ」
冗談を言うウェルジアに驚くもすぐに微かに頬を緩ませる。まだぎこちなさはあるもののプルーナもこうして小さく、ほんとに小さく笑えるようになっていた。
「へへ、ウェルジアはいじわる」
「お前は俺に読み書きを教えてくれた」
「え、えっへん」
自分に向けられる微笑みに恥ずかしくなったのかプルーナは照れ隠しのように日頃は絶対にしないであろう腰に手をやって偉そうなポーズをとった。
ウェルジアは再びゆっくりと視線を遠くへ投げて話し続ける。
「ふ、強くなりたいという気持ちは昔と変わらないんだ。いや、昔よりも強くなったと思う。ただ、この国をぶち壊してやる。そう思っていたはずの気持ちはどこに向ければいいのか分からない。俺は何のために強くなるべきなのか、いつのまにか少しだけ分からなくなった」
「そっか」
ウェルジアが足元の花へと俯く。
「強くなるのは理不尽をねじ伏せる為だと俺は遠征の途中で俺はとある奴に言い放った。それも本心ではあるんだが」
「この世界は理不尽のほうが少ないかも?」
「ああ、少ないかもしれないと思う自分が居た」
自分の身に降りかかる不幸。その全てを一身に受けてきたプルーナの表情は曇る。同じだと思っていたのに、もしかしたら少しだけ同じではないかもしれない。
「……どうすることも出来ない理不尽はまだ沢山あるよ」
「?」
プルーナはウェルジアには話てもいいと思った。自分の生い立ちを。
もしかしたら、そこから彼が自分を救い出してくれるかもしれないという期待が胸の内に生まれている事にはまだ気付かないまま。
「知ってる? この国では紫色の髪を持つ人間は悪魔の生まれ変わりと呼ばれて迫害されてしまう。生きている事は本来許されない」
「そうらしいな」
最初にプルーナと会った時はまるで知らなかった様々な事。文字を読み書きできるようになった結果、本を読んでいる中で見た内容だった。
だがそれを知ったとしてもウェルジアの中で最初に持った彼女への印象が変わる事はなかった。
動物と戯れる姿。文字を教えてくれる姿。それこそが彼女の本当の姿だと自分は知っている。髪色だけで接し方を変えるなんて事はあり得ない。
けれどこの国はそうした理不尽があるということは自分も身に染みている。
「知らなければよかったことを知って、どんな気持ち?」
「生きている事だけは許されていた俺は、もしかしたらお前よりもマシだったのかもしれないな。だから何だという話だが」
「そう、学園のルールの中で生かされている私はここを出たら普通に生きていく事なんてできない。凄い騎士になって生きる事が許される居場所を作る道以外には、死が待ってる」
悲壮な表情のプルーナからは微かに怒りも滲む。昔の自分がよくしていた顔に似ている。彼女もこの国を、憎んでいるのだろうことが窺えた。
「だとしたら、それは俺も同じだな」
「ウェルジアも?」
「俺は地域奴隷だ。だから力を誇示し、地位を得るしかない」
プルーナは身分の埒外に居たために身分そのものの差別の存在やそれに伴う理不尽は知らなかった。人はだれしも自分が関わらない事への理解には乏しいものだ。 地域奴隷と聞いてもピンと来きていない。
「そのままじゃいけない理由がある?」
「妹に、幸せになって欲しい」
その表情はこれまでに見たウェルジアの顔の中で最も優しい笑みをたたえている。自分ではおそらく気付いていないだろう表情にプルーナはクスリと笑う。
「へぇ、妹がいるの。全部その子のため?」
「ああ、そうか……そうだ。そうだったんだ」
全ては妹の為、そう思い返して強く拳を握り込んだ。
「ちょっとうらやましい」
「うらやましい?」
「私には、守ってくれる人はいな……ううん、二人? 昔はいたんだけど」
影を落としたプルーナ。彼女にも色々な過去があったのだろうとウェルジアも思う。
こうして他の人の歩んできた人生へと触れる度にやはりなんとも不思議な気持ちになり自分の矮小さを思い知る。
苦しみを抱えて生きてきたのは自分だけではなく、誰もが大なり小なり何かを抱えているのかもしれない。
「ならば俺が守ろう。プルーナ。お前には大きな恩がある」
「ええっ? あ、それは、その、あり、がと」
思わず真っ赤になったプルーナが視線を落とした先にウェルジアの足の裾にくっつく何かを見つけたプルーナはハッとしてしゃがみ込み毛玉を見つけて即座にそれをつまみ取る。
「ふわふわ」
「なんだこれは?」
「くっついてた」
「……まさかあの時の?」
「あのとき? あ、ウェルジア。これ、もらっていい?」
「構わないが?」
「なんだか、懐かしい気がして」
「そうか、おそらくだがこれは……」
雪原での出来事を自然と話していた。静かに森の凪ぐ音を聴きながらプルーナとウェルジアは日が落ちるまで話をし続けた。
そう、他愛もない話。けれどそれぞれがこれまでの自分と向き合う為の大切な時間だった。
つづく
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